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センシング技術で車外情報を解析。状況に応じて運転支援──
事故を起こさないクルマを目指すデンソー走行安全技術
世界では、毎年127万人が自動車事故で亡くなっている。それを一人でも減らすために研究開発を進めるデンソー。今回は車載レーダやカメラのセンシング技術で、ドライバーをサポートする走行安全システムを取材。目指すは「事故を起こさないクルマ」だ。
(取材・文/広重隆樹 編集/宮みゆき 撮影/早川俊昭)作成日:11.04.06
世界の交通事故死は200万人へ。一人でも減らすために、今何が求められるか
井戸準行氏
情報安全事業グループ
DP-iSafety室 室長
井戸準行氏

「世界で今、毎年127万人の方が自動車事故で亡くなっています。今後、新興国における自動車需要が増えれば、その数は200万人に達すると予想されています。それを一人でも減らすためにはどうしたらいいのか。それが私たちに課せられた大きなテーマです」
 というのは、デンソー情報安全事業グループ DP-iSafety室の井戸準行室長だ。

 安全なクルマづくりは、自動車技術の根幹にあるもの。まずはブレーキやステアリング、シートベルトといった個々の安全技術の品質を高めることが重要だ。さらに、安全制御を確実なものにするため、走行中の車外の情報を取り込み、これらを大きなセーフティシステムとして統合することが、近年では求められるようになった。

 例えば、予防安全の分野では「プリクラッシュセーフティシステム」が知られている。クルマに搭載したミリ波レーダセンサで前方車両や障害物との衝突を予測し、衝突前にシートベルトの巻き取りやブレーキ制御を行うことで、衝突時の衝撃を軽減するシステムだ。デンソーがトヨタ自動車と共同で開発し、2003年2月発売のハリアー向けに世界で初めて搭載した。その後もセンサの精度向上は続き、今では対向車だけでなく前方の歩行者も検知できるようになりつつある。

 システムを構成するのはミリ波レーダ、プリクラッシュセーフティECU(Electronic Control Unit)、シートベルトECUの3つの主要部品だ。走行中に絶えずミリ波レーダが前方の障害物を検知。レーダが検知した情報により、プリクラッシュセーフティECUが障害物までの距離と相対速度からその障害物を衝突不可避かどうか判断し、この信号に基づき、シートベルトECUがシートベルトを巻き取るモータをコントロールする。同時に、プリクラッシュブレーキシステムが作動する仕組みになっている。

 ミリ波レーダは、一般に「アダプティブクルーズコントロール」と呼ばれる速度維持システムと組み合わせることで、その安全性を高めることにも貢献している。レーダにより、先行車を認識・判断し、あらかじめ設定した速度内で車間距離を保ちながら追従走行することで、ドライバーの運転ストレスも低減する。

「レーンキーピングアシストシステム」は、車載カメラの画像センサにより路面の白線を認識し、車線内走行を支援するシステムだ。車線から逸脱する可能性を検知するとブザー音を鳴らしたり、さらに電動パワーステアリングシステムに操舵力を付加したりすることで、ハンドルを通してドライバーに注意を促すことができる。

【図1】運転支援システム「センシングシステム」
低コストのセンサ開発、画像識別技術の精緻化・高度化が鍵

 レーダセンサと画像センサは、“電子の目”の役割を果たしている。この2種類の目が融合したセンシングシステムで、対象物と自分の車両との位置関係や動きを正確に認識することができるようになる。この情報をECUが正確に処理し、さらに各種の制御を行うことで、さまざまな運転支援システムが可能になるのだ。

「こうした運転支援システムは、高級車にはかなり装備されるようになりました。ただ価格が高いので全体の普及率はまだまだ。高級車用のシステムを高度化すると同時に、全体のコストを削減して、“Aセグメント”と呼ばれる小型の車格にも行き渡るようにさせたいのです。私たちは今、Aセグメント専用の低コストセンサの開発にも力を入れています」
 と、井戸氏は開発の方向性を語る。

 さらに、ミリ波レーダでは物体の識別能力(分離能)をより高めるためのIC開発が急がれている。カメラでは、色の認識とステレオ視技術、あるいは夜間や暗所でも視界を確保する暗視装置との融合などが課題だ。
「日本の道路は白線が一般的ですが、米国などではボッツ・ドッツという丸いマーカーが埋めてあります。センサはこれも認識しなくてはなりません。また、欧米では高速道路に侵入する動物との衝突事故が跡を絶たない。このように地域ごとの事故の特性を調べて、現地に根ざしたニーズに対応していくことがこれからの技術的課題になります」(井戸氏)

【図2】事故防止と運転負荷軽減を実現する「運転支援システム」
海外出張で世界のニーズを実感。ユーザーが驚くオートハイビームシステムを目指す

 デンソーではすでにエアバック、ABS(アンチロックブレーキシステム)、ESC(横滑り防止装置)、レーダ、車載カメラなど走行安全に関わるさまざまな技術と製品が、情報安全事業グループ傘下の複数の部署で開発されている。ただ、企業として走行安全技術により力を入れるためには、これらの部署を横断的にまとめるプロジェクト型の組織が必要だった。そこで2010年11月に誕生したのが「DP-iSafety室」だ。ここが製品開発と全体のシステム開発をとりまとめ、個々のパーツは走行安全事業部が開発するという両輪体制が生まれた。

 このように走行安全技術への取り組みが体系化されようというとき、自ら希望してDP-iSafety室に移ってきた若手技術者の一人が塩田健太朗氏だ。
「走行安全は伸びしろのあるこれからの技術だという想いがありました。今は、画像センサにおける“直接視界支援”という部分を担当しています」

 直接視界支援とは、運転中のドライバーが見る視界の広がりを助ける運転支援システムの一つ。塩田氏は、その中でもヘッドライトのハイビーム(走行用前照灯)とロービーム(すれ違い前照灯)をインテリジェントに切り替える技術を開発している。

 歩行者死亡事故の7割は夜間に発生するといわれる。前方が暗いため、歩行者の横断にドライバーが気づくのが遅れたというものが多い。国内の道路交通法では、夜間に対向車とすれ違うか、他の車両の直後を走行する場合は、下向きのロービームにすることが規定されている。しかし、通常は上向きのハイビームが基本なのだ。ハイビームで光が遠くまで届いていれば防ぐことのできた歩行者事故は、決して少なくない。

塩田健太朗氏
情報安全事業グループ
DP-iSafety室 開発1課
塩田健太朗氏

「先行車の存在や対向車の接近をセンサが検知するとロービームに切り替え、それらが検知されないときは自動的にハイビームに戻すオートハイビームの技術が私の担当です。今はまだ難しいのですが、クルマが1台しかいないときや、標識だけを照らしたいというときにも、これを検知して特定の領域のみを照らすよう、ハイビームの配光パターンを切り替えるようなこともできればよい。いずれはクルマと歩行者、道路標識、ガードレールのリフレクターなどをそれぞれ識別できるような技術に高めたいと思っています」(塩田氏)

 この技術が世界市場で使われるためには、各国の道路を実際に走り、道路状態や道路標識をパターンとして取り込む走行環境分析を行った上で、カメラ設計、画像認識処理に落とし込むことが必要となる。さらに、カメラだけでなく、ミリ波レーダやカーナビと連携する融合化も重要になる。
「メンバーの何人かが常に海外で走行テストを繰り返しています。そこで撮影した画像をコンピュータにかけてシミュレーション分析をするのです。私もドイツに出張したことがあります。ドイツでは頻繁に速度制限が変わる上に、罰金もものすごく高く、スピード違反ですぐに免停になる。普段アウトバーンを利用して通勤しているようなドライバーにとって、これは致命的ですね。だからこそ、日本以上に標識認識のニーズが高いのだということがわかりました」
 と塩田氏は、ユーザーの利用ニーズを知ることが、技術開発の励みになると言う。

 オートハイビーム一つとっても、グローバル市場を想定すれば、その技術の広がりには限りがない。そもそも安全を極める技術において、ここがゴールというものはないのだ。
「直接視界支援はドライバーの感覚に依存するので、これが絶対だという確実な答えはありません。だからこそ研究開発も奥が深くなる。ドライバーが『運転支援ってこんなものだろう』と思っているその期待値をはるかに超えるようなレベルにまで、早く持っていきたいですね」

トータルなシステムとして安全を高める。世界のリーダーシップを握るチャンス

 井戸室長は、技術者がデンソーの走行安全技術に関わることの醍醐味をこう語る。
「走行安全技術を高めるのは、自動車サプライヤーとして当然の使命であり、マーケットとしてもこれからの成長が期待される分野です。何より自分たちが開発した技術が、世界の交通事故を減らすことに直接つながるという手応えがあります。もちろん、単に新しいシステムを作ればよいというものではない。走行安全を謳うだけに、決して誤作動があってはいけませんから、品質をギリギリまで高める必要がある。つまり、広くて深くて、やればやるほど終わりがない。けれども、交通事故死ゼロという大きな目標に向かっている実感は、確実に得られると思います」

 夢に近づくために、まず「一人ひとりのエンジニアに使命感を持ってほしい」と井戸氏は期待する。その使命感は具体的な数値によって常に醸成される。交通事故のタイプを分析した詳細なデータが井戸氏の手元にあった。例えば、「交差点の出会い頭における自転車との衝突事故が年間何件発生しているか」というようなものだ。自分が担当するシステムが完成すれば、その数が1割、2割減るかもしれないとなれば、技術者のモチベーションは否が応でも高まるだろう。

 そうした使命感の上で求めるのは、新しい領域へのチャレンジ精神だ。
「各種の自動車法規やNCAP(New Car Assessment Program)などの自動車アセスメントで求められている追突警報装置などは、すでに枯れた技術です。とはいえ、それらを使ってクルマ全体での安全を確立する技術となると、世界中のどの車両メーカーもまだ実現できていない。欧米のサプライヤーも力を入れていますが、私たちはそれらに伍してつばぜり合いの闘いができているという自負があります。とりわけ今必要なのは、無線、画像などの要素技術をシステムとしてまとめることができる人。その分野の人材を強化することができれば、世界の競争で確実にリーダーシップが握れると思います」

 クルマの走行安全技術は、今後、道路インフラとの協調(路車間)、自車以外の車両から得た情報の活用(車車間)がより高度に進んでいくはずだ。運転状況に応じた最適な運転支援技術がめざす先には、世界200万人の交通事故死を限りなくゼロに近づける、「事故を起こさないクルマ」の姿が見えている。

情報安全事業グループ DP-iSafety室 室長 井戸準行氏
1983年入社、研究開発、走行安全、電気制御などの分野を経て、2010年11月から現所属。
情報安全事業グループ DP-iSafety室 開発1課 塩田健太朗氏
2006年入社、電子制御、走行安全の部署を経て、2010年11月から現所属。
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