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No tech No life 〜この技術とともに在り〜 Vol.2 拡大し続ける「組込みシステム技術」の29年史
家電、自動車・車載機器、携帯電話、デジタルオーディオプレーヤー、テレビ、DVDレコーダーなどなど、幅広い適用製品。半導体プロセスからOS、ミドルウェア、アプリケーションまで、幅広い技術領域。それらに対応して、幅広く多くのエンジニアが貢献して現在に至っているのが「組込みシステム」。技術史連載第2回は、この技術ジャンルが形成されてきた29年史をつづります。
(文/谷川耕一 総研スタッフ/根村かやの イラスト/岡田丈)作成日:08.02.21
Part1 生活の中に入り込んだ組込みシステム
組込みシステム技術者に求められる3つの課題
 コンピュータといえば、誰もが本体にキーボードとディスプレイが接続されている姿を思い浮かべるだろう。いまや、企業における業務はもちろん小学生さえもが授業でパソコンを利用し、コンピュータはかなり身近な存在となった。

 これに対し、誰もが形を想像できるコンピュータよりも、はるかに数多く生活の中に入り込んでいるのが、組込みシステムと呼ばれるコンピュータだ。家庭で利用されるテレビや洗濯機、エアコンなどの家電製品はもちろん、街に出れば信号機や自動販売機、駅の自動改札など、電気で動いているものほとんどにコンピュータが組み込まれていると言っても過言ではない。組込みシステムの産業規模は、急拡大している。日本における組込みシステムの開発規模は経済産業省によると約3兆2700億円(2007年6月時点)あり、これは前年に比べて19.8%も拡大しているという。

 組込みシステムとパソコンなどのコンピュータの違いは、行う処理が専用か汎用かということ。パソコンでは、ワープロや表計算などソフトウェアを切り替え目的に合わせ処理を行う。そのため、さまざまなソフトウェアを動かすよう汎用的な構造となっており、操作のためのキーボードやディスプレイもさまざまなデータが扱える汎用的なインターフェースとなっている。

 対して、例えば洗濯機に組み込まれているコンピュータは、洗濯のための処理しか行わない。インターフェースは数個のスイッチ、表示もせいぜい数個のLEDかあっても小さな液晶程度で汎用性はない。当然ながら、コンピュータが入っているからといって洗濯機で四則演算ができるわけではない。
 もちろん昔の洗濯機には、コンピュータは組み込まれていなかった。単に電源をオン、オフするスイッチがあるだけで、せいぜいアナログ式のタイマーがある程度。この単純だった家電が、全自動洗濯機の登場で大きく変化する。洗濯物を入れボタンを押せば、自動的に洗濯物の量を確認し、最適な水量で洗い、すすぎ、脱水、そして今なら乾燥まで行う。この家電の便利さを実現しているのが、組込みシステムだ。

 組込みシステムには、さまざまな過酷ともいえる稼働条件がある。その中でも、開発するうえで影響が大きいものが3つある。ひとつ目はパソコンのようにシャットダウンなどの手続きなしに電源のオン、オフですぐに起動、終了ができることだ。もうひとつは、利用できるコンピュータリソースが通常は極めて少ないこと。コストに大きく跳ね返るためだ。そして最後が、スイッチを押せばすぐに処理を行うリアルタイム性の確保だ。これらの条件を克服するために、汎用的なコンピュータで動くソフトウェアとは異なる開発スキルが、組込みシステム技術者には求められる。
SH-G2マイクロプロセッサ
ルネサス テクノロジが提供するSH-Mobile G2マイクロプロセッサ(2007年量産出荷開始)。NTT DoCoMoのFOMA 905iシリーズの心臓部として採用されており、通話もその他のマルチメディア機能もひとつのプロセッサで実現されている。
1980年代、組込みOSの活用へ
 1980年代以前は、組込みシステムを実現するにはアセンブラ言語を用いプログラム開発を行うのが普通だった。専用ハードウェアに限られたリソースしかないので、選択肢がアセンブラしかなかったのだ。ごく簡単な処理であれば、機械語を用い直接プログラムをハードウェア上に記述する方法でもよかった。現在でもコストが厳しく、利用できるコンピュータリソースが極めて限られる場合には、この方法が使われる。

 しかしながら、組込みシステムに求められる機能が複雑化するにつれ、アセンブラで直接開発する方法では、要求される機能を実現することが難しくなる。そこで登場するのが、組込みシステム用のOSだ。

 リアルタイムOSとして、1979年にOS-9、1980年にはVxWorksが開発、提供されてはいるが、この当時は、自社のハードウェア専用に、自社開発でOS機能を実現することもまだまだ多かった。しかしながら、1980年代後半になり、複数のベンダーから各種組込み用プロセッサに対応した組込みOSが提供され、市場に徐々に普及し始める。OSがあれば、組込み用プロセッサと各種センサーやスイッチなどのデバイスとの接続処理をOSに任せ、処理のロジックだけをプログラミングすれば、組込みシステムの構築が可能となる。さらに、一度構築した汎用的な処理をするプログラムを使い回すこともでき、開発の効率化が図れる。

 組込みOSが利用されるようになると、多くの場合はプログラミングにCおよびC++言語が用いられるようになる。また最近では、グラフィカルユーザーインターフェースを搭載する機器などの開発にJavaも利用されるようになっている。
組込みシステム技術史:(1)1979〜99
組込みシステム技術史 IT技術史
1979
「OS-9」の最初のバージョンが登場
モトローラの8ビットMPU MC6809のために開発されたリアルタイムOS
松下電子工業が真空管の生産を終了(真空管時代の終焉)
1980
「VxWorks」が登場
高い信頼性や安全性が要求される航空宇宙、防衛分野などで広く採用されているリアルタイムOS
電電公社がDDX-P(デジタル・データ交換網パケット交換)サービスを開始
1982
「pSOS」開発(Software Components Group社)
組込み機器向けリアルタイムOS。同社は後にIntegrated Systems社に買収され、さらに1991年には「VxWorks」を提供するWind River System社がIntegrated Systems社を買収
日本電気、ジョセフソン素子理論回路を開発
公衆電気通信法改正(中小企業VAN自由化)
1984
コンピュータ・アーキテクチャ「TRON」提唱(東京大学坂村健教授)
TRONプロジェクト発足
電電公社、INSモデル実験を東京・三鷹、武蔵野地区で開始
1986
社団法人日本システムハウス協会設立
通産省の指導の下、マイクロエレクトロニクス応用技術に関する標準化の推進、権利の保護、調査研究等の活動を目的
「ARM2」提供開始
世界中の組込みシステムで数多く使われているARMアーキテクチャの最初のCPU製品
「Lynx」最初のバージョンが登場
POSIX互換のリアルタイムOS
ソフトウェア生産工業化システム(シグマシステム)プロジェクトがスタート
UNIXワークステーションが相次いで製品化(パナファコム、カシオ計算機、ソニー、オムロンなど)
NTT株の一般入札開始。財テクブーム起こる
1987
「ITRON」仕様公開(TRONプロジェクト)
機器組込みシステム用のリアルタイムOS
「第1回ツールフェア'87」開催(社団法人日本システムハウス協会)
現在の「Embedded Technology展」の前身
日米政府が国際VAN自由化で合意
ニューヨーク証券取引所で株価暴落(ブラックマンデー)
利根川進にノーベル医学・生理学賞
1988
社団法人トロン協会が発足
トロンプロジェクト推進の中核機関
瀬戸大橋が開業
UNIX標準化の国際団体「OSF」が発足
1992
「SH-1」発表(日立製作所)
組込み機器用32ビットRISCマイクロコンピュータ SuperHの最初の製品
産業構造審議会・情報化人材対策小委員会、「2000年のソフトウェア人材」を発表
1993
OSEK(Offene Systeme und deren Schnittstellen fur die Elektronik im Kraftfahrzeug)プロジェクトがドイツで発足
欧州の自動車制御を行うコントロールユニットの標準化を目標とする
国内パソコンメーカーとソフト会社約70社、「OS/2コンソーシアム」を設立
細川連立内閣成立
1996
「Windows CE」発表(マイクロソフト)
PDAや組込み機器向けの32ビットのマルチタスク/マルチスレッドOS
情報処理技術者試験制度で「マイコン応用システムエンジニア試験」開始
組込みシステムの設計、開発に関する実務経験や組込みシステム開発のプロジェクト管理スキルを測るもの
電子ネットワーク協議会、「パソコン通信の利用をめぐる倫理問題に関するガイドライン」を発表
文部省とNTT、全国の小中学校計1000校のパソコンに通信機能を持たせる共同計画を発表
1997
「JBlend」開発(アプリックス)
ITRONとJavaの実行環境を融合したJTRON仕様に準拠したオペレ−ティングシステム
「コンピュータ西暦2000年問題関係者省庁連絡会議」を設置
1998
Symbian社が英国に設立
携帯電話搭載のOSとして高いシェアをもつSymbian OSを提供
「EmbeddedJava」の仕様が提唱される(Sun Microsystems社)
組込み用のJavaの開発環境
「Auto PC 1.0」提供開始(マイクロソフト)
車載情報端末向けのソフトウェアプラットフォーム
「MISRA-C」策定・発表(The Motor Industry Software Reliability Association)
C言語による標準コーディングガイドライン。MISRAは欧州の自動車関連ソフトウェア業界団体
「第1回 組込みシステム開発技術展」東京ビッグサイトで開催(リード エグジビション ジャパン)
「ソフトウエア開発環境展」の「組込型システムコーナー」が分離独立
政府、総合経済対策を発表(総事業費16兆6500億円。情報通信関連は総額7500億円を計上)
行政情報化推進基本計画(1998〜2002)がスタート
民間金融機関と郵便貯金、日本デビットカード推進協議会を設立
和歌山毒物カレー事件起こる
ERP/CRMなどニューアプリケーション市場が広がる
1999
「MontaVista Preemptible Linux Kernel」リリース(MontaVista Software社)
2.4 Linuxカーネル用のパッチ。同社は、組込みシステムに特化したLinuxオペレーティングシステムとクロス開発ツールの提供を主軸にこの年設立
「Microsoft Windows NT Embedded 4.0 日本語版」発表(マイクロソフト)
組込み機器専用OS
EU単一通貨「ユーロ」がスタート
郵政省、「日本インターネット決済推進協議会」を設立
経団連、「デジタル・ニューディール構想」推進5カ年計画に関する提言を発表
国産技術「TRON」の活躍
 現状、ITの世界では多くのハードウェア、ソフトウェアが海外製だといわれている。そんな中で、東京大学の坂村健教授が1984年に提唱したコンピュータ・アーキテクチャのTRONをベースとしたITRONや、TRONの発展形T-Kernelに準拠したリアルタイムOSが、組込みOSとして数多く採用されている。

 また、ここ2000年代に入ってからは、さらに複雑で高度な性能、機能が組込みシステムに求められるようになっており、WindowsやLinuxといった汎用のパソコンなどで利用されるOSをベースとした、高機能な組込みOSも利用されるようになってきた。
 Linuxは、OSのカーネルソースコードが公開されていることもあり、自由に改変でき、カーネルサイズを小さくしたり目的に応じてカスタマイズしたりが可能という特徴がある。半面、リアルタイム性や信頼性については、既存のリアルタイムOSよりも劣る部分もある。2000年には、国内でもLinuxを組込みシステムに普及させるために、NPO法人日本エンベデッド・リナックス・コンソーシアムが発足している。Linuxの組込みシステムでの採用が加速したのは、Linux Kernel 2.4が公開された2001年ごろからであろう。
 また、高いリアルタイム性や堅牢性、信頼性などを特長とし航空宇宙や防衛分野などで実績のあるVxWorksのように、特定用途で大きなシェアを獲得する組込みOSも登場している。
90年代以降、さらに複雑化し適用範囲が拡大
 近年、大きく利用が拡大している組込みシステム領域としては、自動車を挙げることができる。1993年にはドイツを中心にエンジンコントロールユニットの標準化を目指すOSEKプロジェクトが既に発足しており、1998年には欧州の自動車関連ソフトウェア業界団体が、C言語による標準コーディングガイドラインであるMISRA-Cを発表している。日本では、2006年に名古屋大学とトヨタが車載マルチメディア向けのOSの共同研究開発の開始を発表し、車載コンピュータの領域はマルチメディアやネットワーク機能へと拡大している。

 当初はカーエアコンやカーナビゲーションなど、運転とは直接関連しない機能の制御を中心に組込みシステムが活躍していたが、現在は運転そのものにコンピュータが利用されるようになり、エンジンの制御はもちろん、搭載されているさまざまなセンサーから得られる情報を安全、便利な運転に役立てるために利用するようになっている。そのため、いまや車は組込みシステムで動いているともいえる状況だ。

 さらに、さまざまな機器がネットワークに接続されるようになってきたのも、組込みシステムに大きな変化を与えている。例えば、昨今の携帯電話は、通話という基本機能よりもそれ以外の機能がむしろ重要であり、あの小さな筐体の中にパソコンと同等ともいえる機能が詰め込まれている。この傾向は、3Gと呼ばれる第三世代携帯電話のサービスを各キャリアが開始した2002年ごろから加速し、携帯電話ではネットワーク接続は必須な機能のひとつとなり、さらにマルチメディア対応も求められている。

 機能はどんどん複雑化しても、組込みシステムとしての過酷な稼働条件が緩和されるわけではない。なるべくコンパクトなプログラムで堅牢性、リアルタイム性を発揮することが組込みシステムでは常に求められている。
 そのために最近では、組込みシステムにデータベースを採用する動きもある。組込み用の汎用OSが普及したこともあり、その上で動くサイズの極めて小さなデータベースが、さまざまなベンダーから提供されるようになったのだ。複雑な機能を短期間で実現するために、OSに加えデータベースのようなミドルウェアの活用も、今後はさらに促進されることであろう。
組込みシステム技術史:(2)2000〜2007
組込みシステム技術史 IT技術史
2000
「SQLite Version 1.0」公開
パブリックドメインライセンスの組込み用データベース
NPO法人 日本エンベデッド・リナックス・コンソーシアム設立
組込みLinuxの普及と周辺技術の標準化を目的とする、組込みLinuxコンソーシアム
コンピュータ西暦2000年問題、世界的にクリア
情報家電インターネット推進協議会が発足
2001
「BREW」発表(クアルコム)
au携帯などで採用されているモバイル端末の開発実行環境
情報処理技術者試験制度の「マイコン応用システムエンジニア試験」が、「テクニカルエンジニア (エンベデッドシステム)」と名称を変更
「Microsoft Windows XP Embedded」発表(マイクロソフト)
「Windows NT Embedded」の後継に当たる組込み機器専用OS
中央省庁再編(通商産業省→経済産業省、郵政省・自治省・総務庁→総務省など)
米グーグル日本法人設立
G-XMLのJIS化完了
アメリカで同時多発テロ。ニューヨークWTCビル崩落(9.11)
2002
T-Engineフォーラム発足
組込み型リアルタイムシステムの標準アーキテクチャ「T-Engine」の規格推進団体
「VxWorks」「JWorks」日本市場に投入(WindRiver社)
「VxWorks」はリアルタイムOS。その開発環境である「Tornado」と統合されたJavaアプリケーション用開発プラットフォームが「JWorks」
欧州統一通貨「ユーロ」の貨幣流通開始
みずほ銀行、システム統合でシステムトラブル
米連邦議会で「上場企業会計改革および投資家保護法(SOX法)」が成立
2003
ルネサス テクノロジ設立
日立製作所と三菱電機の半導体部門が事業統合。組込み用プロセッサの国内最大手メーカーとなる
「MontaVista Linux」の「T-Engine」上への移植・対応を合意(MontaVista SoftwareとT-Engineフォーラム)
TRON技術とLinuxが融合
家庭系使用済パソコンの自主回収および再資源化を開始
六本木ヒルズ開業
2004
「DeviceSQL」提供開始(エンサーク)
組込み用途に特化したサブルーチン型のデータベース
「T-Kernel」仕様公開
T-Engineプロジェクトの中核となるリアルタイムOS
ICカードと電子マネーの利用が本格化(Suica、ETC、キャッシュカード、住基カードなど)
2005
組込みスキル標準「ETSS」公開(IPA ソフトウェア・エンジニアリング・センター、 経済産業省 組込みソフトウェア開発力強化タスクフォース)
組込みソフトウェア開発分野における「人材の育成」や「人材の有効活用」のための指針となるもの
「Entire」提供開始(日立製作所、日立ソフトウェアエンジニアリング)
カーナビなどのユビキタス情報機器用の組込みデータベース
PDA用OS「Palm OS」を提供していたPalmSourceを、日本のソフトウェア会社ACCESSが買収
個人情報の保護に関する法律(個人情報保護法)全面施行
人口の実質減少が判明(通年の出生数を死亡数が上回る)
2006
名古屋大学とトヨタが、車載マルチメディア向けOSの共同研究開発を開始
ライブドア事件
2007
「Android」発表(Google、Open Handset Alliance)
携帯電話を含む携帯デバイス向けのオープンプラットフォーム。Open Handset Alliance は、Googleが主導し携帯電話会社や端末メーカーなどと協力して設立した業界団体
経産省、「情報システム信頼性向上のための取引慣行・契約に関する研究会」最終報告書を発表
Part2 3人の組込みエンジニアが語る「現在から未来へ」
海外の技術導入からオリジナルのプロセッサ開発へ
 ルネサス テクノロジの茶木英明氏が「組込み」の世界に入ったのは、日立製作所に在籍していた1980年ころ。当時は、国産の組込み用マイクロプロセッサは存在しない。日立ではモトローラの許諾を受け、MC68000系のマイクロプロセッサの製造を行っていた。また、組込み汎用OSもなく、茶木氏はMC68000用のOS開発を担当していたという。このとき米国DRIと共同でCP/M68KというOSをC言語で開発している。これがはじめて組込みの世界でC言語が利用された事例であり、現在でも組込みでもっとも利用されている開発言語は、CおよびC++となっているのだ。

「海外のアーキテクチャに頼っているのではだめだということで、1984年ころからオリジナルのマイクロプロセッサの開発が始まりました。その結果オリジナルのHシリーズが誕生します。このとき同時に、汎用のITRONベースのOS開発も行っています」(茶木氏)
茶木英明氏
茶木英明
株式会社ルネサス テクノロジ
システムソリューション統括本部 SOCシステム統括部 統括部長
 92年に32ビットRISCマイクロプロセッサSuper Hシリーズが発表されたのを皮切りに、現在は携帯電話やカーナビゲーションなど幅広い製品に、国産プロセッサが採用されている。茶木氏は、Super Hの進化とともに、OSやミドルウェアの開発を行ってきた。またマイクロソフトなど各種ベンダーとも、組込み用OS開発においては積極的に協業してきたという。
ハードウェアとソフトウェアの最適ミックスポイントを提案
 半導体は半導体ベンダーが、その上のOSやミドルウェアはサードパーティーが開発、提供するのが一般的な構造。ところが、ルネサス テクノロジは、半導体もミドルウェアも提供する。

 「半導体の集積化はどんどん進んでいます。その進化にソフトウェアが追いついていない。半導体を最もよく理解する半導体ベンダー自らがミドルウェアを開発することで、半導体の性能を最大限に引き出せます」(茶木氏)

 顧客の要求には限りがない。その実現に、どの部分までを半導体の仕事とし、どこからはソフトウェアに任せるか。半導体ですべて行えば電力や熱効率、リアルタイム性に優れたものが出来上がるが、逆に半導体のコストは上がり柔軟性もなくなる。ハードウェアとソフトウェアの組み合わせが最適となる、「ミックスポイント」を引き出す必要があるのだ。
ブレークスルーが待たれる組込み技術
 今後の組込み技術のトレンドには、例えばマルチコア化がある。マルチコアの性能を引き出すには、適切な負荷分散が必要だ。マルチコアで複数の処理を最適に負荷分散することは、リアルタイム処理が必要な組込みソフトウェアの技術面では今後の大きなブレークスルーとなる可能性がある。その実現はチャレンジングなことであり、やりがいのあるところだと茶木氏は言う。

「世の中で利用されるさまざまな物の潮流を、半導体の立場からリードできる。あるいは新しい物を顧客と協力し生み出せる環境にあるのが、組込みの世界にいて面白いところです」と茶木氏。だからこそやりがいのある仕事だと言う。組込み技術者は自分の専門分野を極めると同時に、世の中の今後の流れを把握する広い視野をもつ必要があるとも言う。

 組込みシステムにおいて、ソフトウェアのコストや価値、比率は、今後よりいっそう上昇する。現状でも、ソフトウェアは膨大となり、開発にもテスト(検証)にも大きな手間が発生しているのだ。ソフトウェアを人海戦術で作るのではなく、要求仕様から自動生成する。また、テストパターンを理論的に効率化し、テスト作業量を削減する。こういったところにも知恵を絞っていく必要があると、茶木氏は指摘する。ハードウェアはさらに小さく、ソフトウェアはより高機能、高性能を要求される組込みシステムは、まだまだ技術的にも奥が深い世界だ。
データベースで開発生産性を上げる
 エンタープライズのITシステム技術が組込みの領域にもどんどん入ってきている。そのため、システムの肥大化が問題となっており、さらに自動車や携帯電話など組込みが活躍する製品の提供ペースが昨今はかなり早く、複雑で膨大なシステムをいかに短期間で提供するかという、さらに厳しい課題もあるとエンサーク株式会社の藤井達治氏は言う。

 この課題クリアのために、組込みでも汎用OSやデータベースなどのミドルウェアが活用されつつある。とはいえ、データベースはサイズが巨大なソフトウェアの代名詞のようなもの。そんなものを使ってはいけないという観念をもつ傾向が、組込み技術者にはある。
藤井達治氏
藤井達治
エンサーク株式会社 アプリケーション・エンジニアリング シニア・エンジニア
 組込みでは、データ管理の処理は技術者が自ら開発してきた。これはCOBOLで汎用機のシステムを開発していたころと同様で、データと処理のアルゴリズムは一緒になる。これでは、多様化する製品の変化に柔軟に対応できず、製品ごとにプログラムを作り直すしかない。共通化できる部分は共通化し、機能を分割し生産性を上げないと、顧客の要求にタイムリーに応えられない。膨大なシステムを人海戦術で開発するのではなく、多少メモリなどのハードウェアリソースが増えても、データベースを採用し生産性を向上させるほうが、結果的にはコスト削減につながる。日本でも、ここ2、3年でそういう流れになってきた。
組込み用データベースの2つのタイプ
 組込み用データベースには、現状2つのタイプがある。1つは1990年代後半から登場してきたOracleのような大きなデータベースの縮小版で、機能を削りサイズを小さくしたものだ。小さいとはいえ、組込み用途としてはリソースを大きく消費するので、メモリなどに余裕がある際に利用される。

 対して、2000年ごろに登場してきたサブルーチン型と呼ばれる組込み用途に特化したデータベースがある。これはテーブル定義やリレーションはSQLで記述するが、それらをプリコンパイラにかけC言語のソースコードに変換する。これに加え、極めてサイズの小さいデータベースエンジンがあるというものだ。
「組込み技術者が自分で作っていたデータ管理プログラムを、自動的に作ってくれると考えればいいでしょう。これなら、従来の組込み開発の延長線上で構築できます」(藤井氏)

 エンサークが提供するDeviceSQLは、このサブルーチン型だ。小さく高速なだけでなく、データストリームも扱える特徴ももつ。
「組込みでは、センサーなどから流れてくるデータを使うことが多い。その中から異常値を発見するために、蓄積されたテーブルデータとセンサーのストリームデータをジョインして検索するといったことが、DeviceSQLでは簡単にできます」(藤井氏)
システム全体を見渡し適切な手法を選択する
 ある組込みシステムの実現方法は、1つだけではない。どこまでをハードウェアに任せ、どの部分をソフトウェアで実現するか。さらには、どのミドルウェアを採用し生産性を向上させるか。

「システム全体を見渡し、いいものを効率よく作る。これが1年後ではだめ。短期間で実現するには、何を活用すればいいのか。技術者は何でも自分でやりたがる傾向がありますが、これからは適切な方法を選択できるよう、新しい技術にもアンテナを張っておくといいでしょう」(藤井氏)

 いいものを作ることは、どの技術者でも意識している。それを効率よく実現するには、目の前の技術に固執せず幅広い選択肢を検討する必要があるのだ。
プログラミングで携帯電話のすべての機能を作っていた1999年
 武井啓之氏が東芝情報システムテクノロジーに入社した1999年当時は、携帯電話機能が飛躍的に拡大を始めた時期。このころからメールやWebはもちろん、カメラが搭載されるようになり、通信とマルチメディア双方の機能が追加される。

「当時はOSも単純なものしかなく、ほとんどの機能をC言語で書いて作らなければなりませんでした」(武井氏)

 武井氏は、auの携帯電話端末の組込みシステムの開発に長く携わってきた。当初はcdmaOne用にクアルコムが提供していた単純なOSがあるだけで、さまざまな機能は技術者がすべてプログラミング開発しなければならなかった。2001年以降、新たなプラットフォームBREWが開発現場に導入されていくが、やはり機能のほとんどをプログラミングしなければならないという状況がしばらく続いた。
武井啓之氏
武井啓之
東芝情報システムテクノロジー株式会社
システム技術第三部 リーダー
「メモリも少なく、アプリケーションごとにプログラム分割もできず、1タスクにさまざまな機能を詰め込まなければなりませんでした。そのため、ある機能のバグを直すと全く別なところに新たなバグが発生する、といったこともありました」(武井氏)
2005年〜2007年、複雑な機能要求に対応する共通プラットフォームの高度化
 2005年には、端末ごとにバラバラだったプラットフォームを共通化するKCP(KDDI Common Platform)というフレームワークが、KDDIによりBREWに追加される。これで開発環境は改善し、機能ごとに部品化を行いプログラムの再利用が可能となる。さらに2007年のauの秋冬モデル端末の一部からは、「KCP+」というさらに高機能化した共通プラットフォームが採用され、すべての携帯電話機能がBREW上に実装されるようになる。

 こうして確かに開発環境は改善されたが、開発現場の苦労はあまり減っていないという。携帯電話の新製品サイクルは早く、機能がさらに複雑化しているためだ。

「昔は開発環境こそ整っていませんでしたが、求められる機能は単純でした。今はかなり機能が複雑で、環境は便利になったのですが開発は楽になっているとはあまり言えません。実際、1台の端末の開発に携わる人数でみても、私が入社してからの9年間で3倍から5倍、あるいはそれ以上と、開発が大規模化しているんです。1999年ごろは私が担当していたユーザーインターフェースに20人程度、全体でも100人くらいだったと思いますが、今はユーザーインターフェースだけでも100人以上います」(武井氏)

 逆に考えると、高度な共通プラットフォームがなければ、現状の高機能な携帯電話は実現できないともいえる。
世の中の人がもっともよく使う情報機器を作る喜び
 携帯電話は組込みの中でも、ある意味もっとも「人」の近くにある製品を作っているといえる。

「自分が作ったものを高校生からお年寄りまで、さまざまな人が手にしてくれている。電車の中などで使っているのを見かけると、やはり嬉しくなります」(武井氏)

 さらに携帯電話は進化し、近い将来、現状のパソコンレベルの機能を持つだろうと武井氏。そうなると、現状の携帯電話のフレームワークでは、限界も出てくるかもしれない。Googleの「Android」のような、スマートホン的なフレームワークが今後は伸びてくるのではとのこと。武井氏は、iPhoneを見たときに、携帯電話の開発技術者として驚きがあったという。今後は、これまでの携帯電話の固定観念や先入観を捨て、新しい自由な発想が必要になるのではと指摘している。
次回予告:次回の掲載は3月19日、「コンピュータセキュリティの17年史」(仮題)です。
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根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ 根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ
これまでに、組込みシステム技術やそのエンジニアの取材をすることは何度かあり、それを通して、私のなかには“組込みとはこういうもの”という漠然としたイメージがつくられていました。今回の記事のための取材の過程で“漠然”がだいぶはっきりしたように思います。“漠然と”“なんとなく”知っていることについて、過去→現在→未来というふうに追ってみることは、理解を深めるのに効果的だと再認識しました。

このレポートの連載バックナンバー

No tech No life この技術とともに在り

技術を育てるのはエンジニアであり、エンジニアを育てるのは技術。その人なしにはありえなかった技術を、その技術なしではありえなかった技術者人生とともに語ります。

No tech No life この技術とともに在り

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