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懐かしの“アレ”がエンジニアの原点だ!Vol.12 四半世紀経た今なお色褪せない「ガンプラ」の魅力
憧れのMSを3次元に再現してみたい、自分専用の機体が欲しいetc……。ガンプラはそんな願いをかなえてくれる、単なるおもちゃ以上の存在。今回は今なお愛され続けるガンプラの魅力に迫る。
(取材・文/金沢桃子 総研スタッフ/山田モーキン) 作成日:06.03.01
座談会テーマ:ガンプラがエンジニアにどのような影響を与えたか?
 今回の座談会には、前回の「ラジコン編」から引き続き参加の2人に、新たに1人を加え、計3人のエンジニアが参加。カスタマイズへのさらなる熱き思いが語られた。
ガンプラとは?
「ガンダムプラモデル」の略語。1979年に放映を開始した『機動戦士ガンダム』をはじめとする「ガンダムシリーズ」に登場した、モビルスーツ(MS)・モビルアーマー(MA) ・戦艦などをプラモデル化したもの。
1980年7月に発売され社会現象になるほどの人気を獲得したガンプラは、現在作品別シリーズ以外にもHGシリーズ、MGシリーズ、PGシリーズといった多くのシリーズで構成されている。
ガンプラは発売当時ほかのアニメロボットのプラモデルとは異なり、スケールが統一されており、異なる設定サイズのMSなのに並べると同じ大きさになっていたというようなことがなく、リアリティを追求するユーザーに喜ばれたのが、ヒットの要因のひとつとなった。ガンプラの人気が高まり、再放送が重ねられるようになって、ガンダムシリーズの人気はさらに上がり、またガンプラが売れるという循環を起こし、四半世紀経た現在も多くのファンに愛され続けている。
ガンプラに熱中したエンジニア3人のプロフィール
矢田さん 大塚さん 榎木さん
矢田さん(仮名・39歳)
ITコンサルタント
好きなMS(※1)シャア専用ザク(※2)。
大塚さん(仮名・32歳)
サービスマニュアルの作成
好きなMS:ゲルググ(※3)
榎木さん(仮名・30歳)
教材関係
好きなMS:グフ(※4)
まずは「ガンプラ」との出合いについて教えてください。
大塚:
1/144「グフ」
小学校1、2年のころ、従兄がガンプラを作っていて、かっこいいなと思って自分も作るようになりました。親戚からザクか何かをもらったりしましたね。自分が見ているアニメの中のものが、立体的な形で手に取れてうれしかったです。
榎木:
本放送のころからガンダムを見て好きだったので、親が誕生日プレゼントにガンプラを買ってくれました。10歳くらいのころで、確か、1/100のファーストガンダム(※5)でした。
箱を開けてまず思ったのは楽しそうということですね。これを自分で組み立てるのか〜って。色をそろえてちゃんと塗った記憶があります。でき上がったものを見て「ガンダムだー」としみじみ思いました。
矢田:
うちは父がプラモを好きで、生まれたときから既に家に大和(※6)とかエンタープライズ(※7)とかがあったんですよ。自分で最初に買ったのは動く戦車でした。ガンプラが出たころはもう中3で、プラモ屋で完成品を作るアルバイトをしていました。RX−78(※8)を買って自分で胴体を切ってコア・ファイター(※9)を作ったりしてましたね。
作った「ガンプラ」はどんなものでしたか?
矢田:
1/144(※10)のをずっと作っていました。30体くらい買いましたね。ザクは5、6体作りました。マスターグレードシリーズ(※11)みたいに最初から着色されていて、できが良すぎるのは逆に作る気がしなくて、やらなかったですね。
大塚:
同じく1/144と1/100を作っていました。最初は色を塗ってなかったのですが、だんだんとタミヤカラー(※12)を使って、最終的には30〜40色くらいになってそれで着色していました。MSはほぼ全種類作りましたね。MA(※13)はあまり好きじゃなかったから1、2個しか作りませんでした。
榎木:
1/1200「ホワイトベース」
100体くらいは作りました。MSもMAもホワイトベース(※14)とかの戦艦も、ガンダムのものなら全部作りました。途中からオリジナルの色も塗ったりして、「赤いグフ」とかも作りましたよ(笑)。
「ガンプラ」とほかのプラモデルの違いは何ですか?
大塚:
車とかだと現実にあるけど、ガンプラは現実にはないものなので、夢がありますよね。実際にはこの世にないMSを自分で作ってポーズをつけられたり、動かせたりするのがよかったです。
矢田:
最初のころ、ガンダムのプラモは作りが悪いなーと思いました(笑)。でも、大河原さんのデザイン(※15)がすごいんだと思うのですが、3次元にしてもおかしくない。企画の段階からプラモを意識しているんだと感じましたね。
どんなカスタマイズや工夫をしましたか?
大塚:
やすりで段差をなくしてきれいにしました。やすりと紙やすりの、目の粗いものから細かいものまで使い分けていました。従兄から聞いたり、マンガ本を見て勉強しました。やすりを使うと、仕上がりが全然違って細部の完成度が高く、自己満足に浸っていました。
榎木:
1/100「ドム」
パテをつけてオリジナルのものを作ったりしました。MSの手をほかのMSにつけてみたり、ドム(※16)の足をMAにつけたり、またオリジナルの色をつけてみたりetc……。人が持っていないものを作りたかったんですよね。シャアが赤いから「自分は青」だって感じで、違う色を塗って自己主張したり(笑)。
矢田:
コア・ファイターを作ったときが、自分では最も力を入れてカスタマイズしましたね。当時のプラモ屋にはアルミの板とか真鍮とかの素材も売っていたんですよ。バルサ材(※17)とプラスチックを買ってきて、羽の部分を折りたたんで入れると強度がないんでアルミの板を敷いたりして。胴体を切って、内側にやすりをかけ、そこにバルサ材で作ったブロックが入るようにして、コックピットとかがスムーズに動くように作りました。
何かの本とかを見たのではなく、本物に近づけたいと思って、自分で考えて作ったんです。 ほかにもザクのモノアイ(※18)に発光ダイオードを入れて光らせたり、リック・ドム(※19)の足にモーターをつけて走らせたりしました。エアブラシを使って、わざと汚してみて、リアル感を出したりとかもしましたね。プラモ屋では素材なんかも売っていたので、プラモ用のカンナ(※20)とかを使って、資料を見たりしながら、いろいろと作りました。
「ガンプラ」を作る過程でいちばん楽しい瞬間は?
榎木:
部品をつなげているときです。それぞれのパーツを作って、最後に腕・足・胴体などをつなげて全身が形づくられていく瞬間ですね。完成に近づいているんだというドキドキ感と楽しさがあります。
矢田:
ニッパーで部品を切り離してるときで、そのときに出る「パチッ」というあの音が好きなんです。それと仮合わせでぴっちり合ったときも思わず「おおー」と感嘆してしまうほどうれしい瞬間です(笑)。
大塚:
1/100「シャア専用ゲルググ」
各部品を組み立てているときです。これがどこになるんだろうと思いながら作っていました。腕とか足とかはすぐにわかるのですが、背中の細かいパーツとかは作っているときは何だかわからないので、作りながらいろいろと想像していました。
「ガンプラ」に熱中した経験が今の仕事にどのように影響していますか?
榎木:
集中力がつきました。私の場合、何かに集中してしまうと他人が見てて怖いくらい、黙々とひとりで何時間も作業に夢中になってしまう。それこそ、「話し掛けないで」っていう状態くらい(笑)。その入り込み方はプラモのときと一緒ですね。仕事ができたときの達成感はガンプラが完成したときのそれと同じです。
大塚:
今の仕事でも部品を作ったり、はめ込んだりする作業をしますが、そういうときに想像力が働くようになりました。「買ったら最後まで作り上げる」というところから根気もつきました。説明書の話が出ましたが、一度、ガンプラの説明書を作ってみたいですね。今自分がマニュアルを作成する立場になって振り返ると、ガンプラの説明書は作る人のことをよく考えてるものだったな、と思いますね。
矢田:
“ファースト”ガンプラ
ガンプラを作るときに資料を見るのが好きで、そういうのを読解する力がついたと思います。あと空間認識力がつきましたよね。組み立て説明書を見て、立体を想像できたし、手順も考えられる。平面のものを立体で考えられる力がつきました。
あなたにとってガンプラとは?
大塚:
創造力・想像力がつくものです。プラモだけでなく、ジオラマとかを作るときも、頭の中でいろいろな想像をして作ったりしていました。
榎木:
モノを作る楽しさを覚え、そして自分も架空の世界に入れる楽しさを教えてくれました。自分はガンプラから入ったのですが、ガンダムがあったからプラモをやったんだと思います。プラモを作っているときは現実から離れて、ガンダムの世界に浸れたことが楽しかったですね。
矢田:
これがなかったらエンジニアではなく、文系に進んでいただろうなと思います。モノを作る原点であり、具現化をするイマジネーションの元であり、こだわりをかきたてるものです。今の若い人は自ら工夫して組み立てるという作業を敬遠する方が多いので、ぜひプラモを作ってみてもらいたいですね。
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MS(モビルスーツ)(※1)
ガンダムに登場する人型ロボット・モビルスーツの略。それまでのロボットアニメのように、ヒーローだけがもつ特別なものではなく、戦車や戦闘機同様、ひとつの兵器として扱われた。当初はアメリカのSFに登場していたパワードスーツ(人間が着る重装甲の能力強化防護服。現在、介護支援用などのために現実に実用化が進められている)のようなものにする予定だったがスポンサーから巨大ロボットを要求されたため、18m級のスケールになった

シャア専用ザク(※2)
ザクはジオン公国が開発したMSで一年戦争開戦時、ジオン公国の圧倒的な攻勢を支えた。緑色の量産型ザクとは別にシャア専用の赤いザクが存在。ザク自身、さまざまな改良型があり、ザクII、ハイザック、ザクIII、ギラ・ドーガ、ザクウォーリアなどがあり、さらにはザクIIの派生機などもある。

ゲルググ(※3)
一年戦争末期、ソロモン攻略戦後に配備されたジオン公国のMS。ジオン軍で初めてビームライフルを装備した機体であり、ビームナギナタという特徴的な武器を持つ。大型のシールドは耐ビームコーティングがされており、ある程度のビーム兵器は防ぐことができた。

グフ(※4)
ジオン公国の陸戦用MS。機体色は青で、ランバ・ラルなど熟練パイロットが好んで乗っていた。敵モビルスーツに絡みつき大電流を流すことができるヒート・ロッドなどの固定装備が追加された。開発当初から連携攻撃を考慮されていたため、指揮官用だった頭部通信アンテナを標準装備とした。

1/100のファーストガンダム(※5)
全高18cmのプラモデルで価格は700円。各関節部が自由に可動でき、ビームライフル、ビームサーベルなどの武器がついており、Aパーツ、Bパーツ、コア・ファイターの3つのメカに分離合体し、コアブロックはコア・ファイターに変形した。ギミックは豊富であったが、合体ロボット玩具的なフォルムはキャラクタープラモデルの過渡期を感じさせる。

大和(※6)
大日本帝国海軍が建造した大型戦艦。1942年連合艦隊の旗艦となり、武蔵が配備されるまで、旗艦を務めた。ミッドウェー海戦、マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦、サマール島沖海戦に参加。1945年4月沖縄特攻。

エンタープライズ(※7)
アメリカ海軍の航空母艦。アメリカ海軍ではよく用いられる伝統的な艦名である。今回話題に上がったのは、世界初の原子力空母で歴代8隻目となる。1961年竣工。

RX-78(※8)
ガンダムの型式番号。正式にはRX-78-2。ほかのMSにもこのような型式番号があり、ガンキャノンはRX-77-2、ガンタンクはRX-75-4である。同名のものにバンダイがかつて発売していたパソコンがある。

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コア・ファイター(※9)
小型戦闘機であり、コックピット兼脱出カプセルである。コア・ブロックに変形し、ガンダムの胴体に収納される。通常の戦闘機としても優秀で、しばしばコア・ファイターのみで戦闘に参加した。

1/144(※10)
12.5cmほどのプラモデルで価格は300円くらい。現在の価格としても非常に安いが、1980年当時もほかのおもちゃに比べて手ごろな価格であり、アニメのプロポーションをよく再現してある商品として品切れになるほど人気だった。

マスターグレードシリーズ(※11)
ガンプラ15周年記念企画として登場した1/100プラモデル。もし本物があったら、というコンセプトで内部のメカまで再現したガンダムコアファンに向けたシリーズ。3000〜5000円くらいで15歳以上を対象年齢にしたもの。

タミヤカラー(※12)
タミヤが発売している塗料で、アクリル塗料、エナメル塗料などがある。現在でも1個126円くらいと安価で、ツヤ感があり、扱いやすくプラモデルには欠かせない。ちなみにガンダムには、キットごとに色が調整ずみの「ガンダムカラー」という塗料がある。

MA(モビルアーマー)(※13)
ガンダムに登場する大型機動兵器。MSと違い、人型ではなく、MSに比べて大型。高火力の兵器や可変能力をもつものが多い。ビグロ、ビグ・ザムなどがある。

ホワイトベース(※14)
地球連邦軍所属のペガサス級強襲揚陸艦でアムロやガンダムが搭乗していた。初代艦長パオロ・カシアスがミサイルの爆風により重傷を負い、士官候補生であったブライト・ノア少尉が次の艦長になる。単独での大気圏突入・離脱が可能で、ブロックごとに切り離すことが可能。ジオンからは「木馬」と呼ばれていた。

大河原さんのデザイン(※15)
メカニックデザイナー・大河原邦男氏。タツノコプロで背景を描いていたがガッチャマン以降メカニックデザインの専門となる。ガンダムのMSデザインを担当し、初代ガンダムから現在の映画版Ζガンダムまで四半世紀以上にわたりガンダムのメカニックデザインを担当している。


ドム(※16)
ジオン公国の陸戦用重装甲・高機動MS。360mmジャイアント・バズーカ、ヒート・サーベルを装備。MS本体に重防御が施されているためシールドは持たない。脚部の熱核ジェットエンジンによるホビーユニットで高速移動が可能。十文字状のモノアイレールのついた頭部が特徴で、局地戦能力、汎用性が高い。

バルサ材(※17)
模型には欠かせない材料のひとつ。非常に軽く、軟らかい材質なので、カット、削りなど作業が簡単にできる。

モノアイ(※18)
連邦軍のMSが人間の目のようなゴーグル型のセンサーユニットだったのに対し、ジオン軍のMSはモノアイという単眼タイプのセンサーユニットを使っていた。ザクは横にスライドするモノアイがついており、索敵のためにそのモノアイが動いて光るシーンがアニメ中に多くあった。

リック・ドム(※19)
宇宙用に改造したドム。ジオン軍のMSは、ザクのように宇宙用だったものが陸上用に改造されたのだが、リック・ドムはそれとは逆の改造がされている。装備は通常のドムとは変わらない。

プラモ用のカンナ(※20)
小刀のようなもので刃を立てて削る。段差や接着剤がはみ出した部分などに使い、やすりに比べて、早くできる。ちなみに本文中で矢田さんが使っていたのは、京都のガレージキット会社・ボークスのもの。

白熱!「ガンプラ」座談会を終えて
「カッコイイ!」。少年時代、そのひと言がキッカケでガンダムワールドに魅了され、そこに引き込まれるかのように、「ガンプラ」にはまっていく。
 モノづくりに大切な「想像力・創造力」を、熱中した少年たちから無限に引き出した「ガンプラ」の能力はまさしく、“ニュータイプ”そのものであり、四半世紀経た今もなお、多くのエンジニアを魅了し続けている。
 そんな「ガンプラ」もまた、エンジニアにとってひとつの原点と呼べる。
コラム1:「ガンプラ」担当者が語る、「ガンプラ25年の歴史」
「ガンプラ」メーカーといえば、バンダイ。そこで今回、バンダイ入社以来20年間、開発・事業戦略などあらゆる立場で「ガンプラ」に携わってきた、株式会社バンダイの川口克己さんに、「ガンプラ」四半世紀の歴史を振り返ってもらった。
・「ガンプラ」誕生の経緯

キャラクタープラモデルカテゴリーの先駆けとして誕生した「ガンプラ」が発売されたのは、1980年7月。TV放映自体は同年1月に既に終了していたが、なぜ終了半年後のタイミングで発売されることになったのか?

「本放送が放映中にハイティーンに人気となっていたガンダムは、玩具よりもプラモデルのほうが支持されるんじゃないか、と思い商品化の検討を始めたのがきっかけだと聞いています。ただそのとき、もう放映は終わりに近づいている段階で社内でも、商品化に対して疑問の声も多かったようです。でもリサーチしてみるとかなり市場の感触がよかったこともあって開発に踏み切り、番組終了後に商品が発売されることになりました。このようにTV放映終了後に商品が出るというのはキャラクターマーチャンダイジングでは非常に珍しいパターンですね」

そして、企画スタートから半年間の開発期間を経て発売された「ガンプラ」は事前のリサーチどおり、瞬く間に一大ブームを巻き起こしたことは、周知の事実である。


・発売10年・15年の「転機」

その後も「Zガンダム」「ガンダムZZ」など続編の影響もあってさらに「ガンプラ」市場は拡大していったが、他社からも違うキャラクターのプラモデルを続々発売されていく中で、徐々に市場は飽和していくことに……。

「そうした状況を打開するために、ちょうどガンプラ発売10年の節目で、『HG』(ハイグレード)シリーズという、ファーストガンダムのリメイク版を発売したのがひとつの転機でした。色分けされた部品・はめ込み式で接着剤不要、という製作作業の簡素化をコンセプトに、誰でも手軽に作れる製品を開発しました」

その結果、子供や「ガンプラ」初心者には手軽にガンプラが楽しめると好評であった一方、長年のファンには「作る楽しみが減ってしまった」という声も少なくなかった。

「そこで1995年、ガンプラ発売15年の節目で今度は『MG』(マスターグレード)シリーズを新たに導入しました。テレビに連動する商品群とは別に、従来からのガンダムファンにとって『作り応えのある商品を提供する』というコンセプトを立て、実際にMSが本当にあったらこうなっているんじゃないか?という設定の構築からMSデザインのアップデートを行い、機械としてのMSを彫刻表現や可動表現にこだわり商品化しています
結果として従来の商品よりもはるかにパーツ数も多くなっていますが、ガンダムファンを自負する方には作り応えのある商品になっていると思います」

こうして、子供・初心者向け〜マニア向けまで豊富なラインナップをそろえながら、現在もその数を増やし続けている。


・ 「ガンプラ」の今、そして大切にしたいもの

昨年で発売25周年を迎えたが最近、「ガンプラ」に対する市場ニーズが明らかに変化してきていると川口さんは語る。

「昔はTVのブラウン管を通して見た“解像度の低い”ガンダムをガンプラで、いかに精密に表現できるかというのがガンプラの楽しみ方のメインストリームでしたが、最近は『キャラクターグッズの1アイテム』としてガンプラを購入される方が確実に増えてきています。
つまり『TVで放映していたあのシーンを楽しみたい』とか『あのパイロットが乗っている○○が好き!』という動機で購入される方が多くて、プラモデルという商品形態に対するこだわりはあまりないんですね 」

しかしそんな状況の変化に対しても、「ガンプラ」開発の基本コンセプトは25年前と全く変わっていないそうだ。

「とにかく『自分で考えながら手を動かす作業、つまりプラモデル作りの醍醐味をなくしてはいけない!』というポリシーは常に大切にしながら開発をしています」


・「ガンプラ」25年を振り返って

改めて振り返ると、まさか25年も続くとは想像できなかったと語る川口さん。では今なお愛され続ける秘密とは?

「ガンプラに限らず、何かに熱中している間ってそのことだけを真剣に考えますよね。その中でモノに対する愛着が深まっていくわけです。特にガンプラは先述しましたが、『モノづくりの楽しさ』を最優先して開発されたものですから、単なる消費財ではなく、『財産』として製作後も大切に所有していただいた結果として、今があるんじゃないでしょうか」

その上で最後にこんなメッセージが。

「長くガンプラを愛し続けてくださっているみなさんにはぜひ、『完成したガンプラを使って何をするか』ということも意識してほしいですね。最近のガンプラは完成度が高いからつまらないと言われる方もいらっしゃいますが、単なる完成品ではなくガンプラを使った作品を作るという気分をもっていただければ、きっとそこから、また新しいガンプラの歴史が創られていくんじゃないでしょうか」
川口克己さん
川口克己さん
株式会社バンダイ
ホビー事業部
事業戦略チームマネージャー
今月公開予定の映画「機動戦士Zガンダム」の主役MS機 「MSZ006 Zガンダム」の最新モデル
コラム2: プラモデル48年間の歴史をひもとく
今回はもうひとつ、「ガンプラ」を含めたプラモデルの歴史を探るため、模型とホビーの総合メーカー・童友社会長兼日本プラモデル工業共同組合理事長の内田さんにもお話を伺った。
1958年にマルサンから発売された、原子力潜水艦ノーチラス号(画像参照)。
これが日本初のプラモデルでありそれ以降、飛行機や潜水艦など実存する乗り物の縮尺模型がはやり、木製模型のメーカーなどが昭和30年代、相次いでプラモデル事業に参入した。
また「鉄人28号」や「鉄腕アトム」などのキャラクターモノの登場もあり、プラモデル市場が拡大。その後のスロットカーレーシング・スーパーカーブームが巻き起こった昭和40年代、プラモデルは右肩上がりの成長を続ける。

その中で、80年代突入とともに生まれた「ガンプラ」は、プラモデルの歴史の中でもエポック・メーキングだったという。
それまで「ガンプラ」や「ミニ四駆」などのプラモデルは「作れば売れる」という時代が続いた。しかしその後、世の中の景気後退の流れとともにいくつかのメーカーが脱落していき、脱落した会社の資産である「金型」を他メーカーが買い取り、製品を継続生産していく動きが続いた。

その後80年代後半以降、接着剤を使わない、着色しなくても簡単に組み立てられるプラモデルが出回り始めたことも影響してか、モノづくりから子供たちが離れつつあるという。
「プラモデルは親子で楽しむのにはとてもいいものなんです」と語る内田さん。子供ができない部分や力のいる部分を親に作ってもらったり、あるいはもっと小さなころは親に全部作ってもらって、その技術に感動した経験がある読者もいるのではないだろうか。

「プラモデルの魅力はディテールを自分で工夫して、人それぞれ違った味のものができることなんです。だからこそ、自分の手でモノを作り上げる楽しさを、ぜひ子供たちにも受け継いでいってほしいですね」と、内田さんもプラモデル業界全体も切に願っている。

内田悦弘さん
内田悦弘さん
株式会社童友社 会長兼日本プラモデル工業共同組合理事長
日本初のプラモデル「原子力潜水艦ノーチラス号」
童友社の人気プラモデル 
1/20 トヨタ2000GT
1/32 ゼロ戦21型
1/280 安土城
次回予告(4/5) ストイックなまでにゲームを追求するユーザーを引き付ける「セガワールド」の魅力に迫る
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山田モーキン(総研スタッフ)からのメッセージ  
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当然ながら私もその昔、「ガンプラ」にどっぷりつかった少年時代を送っていました。本編でも触れられていますが、最近店頭に並んでいるモデルはかなり値が張るんですが非常に精巧な作りで、ついつい手にして見入ってしまいます。今回の記事をキッカケにまた“はまり”そうな予感が……。

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