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IT企業を渡り歩き理想と現実の間で苦闘

今もグローバルベンダーから次を目指すM・Hさん(30歳)

ベンチャーIT企業を皮切りに大手SI企業に転身、現在は大手ソフトウェアベンダーの日本支社で活躍するM・Hさん。華麗にキャリアアップを実現している女性エンジニアのように見えて、実は不本意な状況を脱するための転職だった……。
(取材・文/中村伸生 総研スタッフ/山田せいめい)作成日:04.12.22
IT企業を渡り歩き理想と現実の間で苦闘 今もグローバルベンダーから次を目指すM・Hさん(30歳)
キッカケ編
有名な企業で働き続けたけれど……

キチンとした教育を受けたい!

 新卒で入社した企業は、今や日本のIT業界をリードするとまでいわれているA社。ベンチャーとして出発し、最も成功したとされる企業だった。だけど私が入社したころはまだ規模もそれほど多くなくて、社内の仕組みや組織も急成長に追いつけず混とんとしていた。そこでは社内ヘルプデスク的な仕事を任されたのだが、新人の私にキチンと教えてくれる社員が一人もおらず、苦労ばかりしていた。間もなくデータベースの運用と、それに伴う開発を担当することに。ここでもトレーニングが受けられなかった。そんなある日、社内事情の影響で前触れもなく子会社に転籍することに。成長企業はそれなりの魅力があると思ったが、組織のゴタゴタにほんろうされてばかりの状況が嫌で、転職を考え始めた。何よりもきちんとした教育を受け、キャリアアップしたかったのだ。

 次に入ったのは、大手IT企業のB社。前職での経験が評価され、下流工程をアウトソーシングするためのコンサルタントとして入社した。ここに決めたのは、研修に力を入れていると聞いたから。ところが入社してみると、ここも何だか社内が混乱している。悪い予感どおり、そのうちに大掛かりな組織改革が断行され、所属していたプロジェクト自体がなくなってしまった。それからしばらく仕事がない日が続いた。給料は支払われたが、飼い殺しの状態。これでは堂々と研修だって受けられない。

長時間労働の連続で体に変調が

 再び転職。前職の企業名が効いたのか、大手SI企業C社にすんなり決まった。ところがコンサルタントとして入社したのに、任された仕事はプログラマ。しかもプロジェクトが暗礁に乗り上げて火を吹いているような所に配属されてしまった。それから過酷な日々が続いた。深夜遅くまで端末にへばりついて、客先の応接室に泊まり込み、朝起きてそのまま仕事。通勤に2時間以上かかる家には2〜3日に1度くらいしか帰れず、帰っても着替えてすぐ戻らなければならなかった。さすがに体に変調をきたした。ただしんどいだけでなく、フラフラする。集中力がまったく出ない。病院に行ったらリズム障害と診断された。それなのに会社側のケアは全くない。今度こそ長く勤めようと思って入社したC社だったが、転職だけが自分を救う道だった。
PROFILE
パッケージベンダー
開発兼システムエンジニア
M・Hさん(30歳)

1996年に理系私大の経営工学を卒業。新卒で入社したベンチャー企業は後に急速に成長。その当時に経験したヘルプデスク/サポート業務を中心に転職を重ね、現在は4社目。
M・Hさんの転職活動DATA
前勤務先 大手SI企業
プログラマ
転職した時期 2002年 12月
活動期間
(決意〜内定)
約6カ月
転職理由 徹夜続きの激務から逃れ、体調を整えて仕事に臨みたい
会社選びで優先したこと 仕事内容、勤務環境、待遇
実際に応募した社数 5社
内定社数 2社
落ちた社数 2社
辞退した社数 2社

応募からの日数
D社:大手電機系情報システム会社
E社:銀行系システム開発会社
F社:グローバルパッケージベンダー
 
D社
E社
F社
書類選考
7日
10日
5日
1次面接
5日
7日
(内定)
5日
(電話面接)
2次面接
12日
21日
5日
(電話面接)
3次面接
   
5日
(内定)

転職準備編
体を治し、自分の進路を見つめ直す

短期派遣をうまく活用

 C社を辞めて、まずしなければならないと思ったのは、体を治すこと。規則正しくストレスのない生活で体調を回復し、再々度の転職活動に臨もうと考えたのだ。そこでしばらく家で休んでから、派遣会社に登録した。派遣なら重い責任を負うこともないし、ほぼ定時に帰れる。リハビリとして、女性エンジニアならうまく使える手だと思う。
 約半年にわたり短期派遣のヘルプデスク業務をいくつかこなしたところ、次第に体も復調してきた。もう、日中にフラフラすることもない。徐々に派遣の仕事では物足りなくなっている自分を感じた。

今までの反省と仕事選択

 転職活動を始める前に、今一度、活動方針を整理した。なぜ、よい仕事にめぐり合えなかったのか。自分は、本当は何に向いているかなどを考えた。そうしてシステム開発よりも、サポート職のほうが生き生きしている自分に気づいた。そして本物のコンサルならまだしも、もうプログラマだけは嫌だと感じていた。
活動編
仕事内容はもちろん、待遇面もこだわった

人材紹介会社に伝えた3つの希望

 まずはリクナビNEXTなどの転職サイトを利用した。職歴などを登録し、オファーを待つ。けっこうなオファーが届いたが、いずれも開発職の募集だった。自分のキャリア評価と希望進路は離反しているのだろうか。
 そこで前回の転職同様、人材紹介会社を活用する方向に一本化した。人材コンサルタントの方に伝えた希望は次の3点。まず、開発職ではなくサポート職。次に年収レベルを大幅に下げたくない。最後に通勤時間は1時間以内というものだった。B社は業界でも高給と知られる企業。C社は残業代が本給を上回ったので相当な年収になっていた。もちろん少々のダウンは仕方がないと思っている。
慎重に、慎重に、企業選択を重ねる

 さっそく2つの会社を紹介された。大手電機のシステム子会社D社と銀行系システム子会社のE社だ。D社はSAPのERP導入コンサルタントとしての採用。E社はSEとしての採用だったが、ユーザー系ソフト開発会社ということでサポート業務もあるし、開発フェーズになっても楽なのだそうだ。

 まずはD社の面接を受けた。実はB社時代、R/3のプロジェクトに少し携わっていて、興味があったのだ。研修のうえ、SAPのコンサルタント資格をきちんと取らせてもらえるという話は魅力的だった。しかし、D社は落ちてしまう。ユーザーへの導入支援のために全国行脚することが、生活リズムを崩すことになりかねず、体調面で不安だと言ったからだろう。半ば辞退したようなものだった。

 そしてE社の面接も受けた。前職での激務を伝えると「それは大変でしたね。ウチはそんなことはまったくないから」との返答。本当にのんびりしていそうだ。ここなら腰を落ち着けられるだろう。話も和やかに進み、2回目の面接の直後、内定をもらうことができた。でも、なんだか刺激が足りなそうという不満が出てきた。待遇も年齢給、つまり年功序列なのだ。ベンチャーや外資系、実力主義の企業を経験してきた私にとって、それは辞退するに十分な要素だった。

すべての条件を満たしていたF社

 派遣社員をしばらく続けていたある日、紹介会社から連絡があり、外資系ベンダーF社を紹介してもらうことになった。プロダクトサポート職だそうだ。期待して面接に臨んだところ、人事担当マネジャーと、雑談のように和やかなコミュニケーションができた。体調面の不安を正直に言うと、「ボクは夜遅くまで仕事をさせるつもりはない」と言ってくれた。提示された待遇も悪くない。扱うプロダクトは世界的に知られたものだ。ただ、英語を使う機会が多いらしい。TOEICのスコアは665だ。日常会話に困らないレベルといったところだが、何とかなるだろう。

 ちょっと焦ったのは、米国本社のマネジャーからの電話面接があるということだった。自宅にかかってくるのである。そして、数日後にかかってきた。これまでの経歴を英訳して準備していたのに、聞かれたのは大学時代の研究内容だった。しかも会話がちぐはぐ。ちょっと無理があったみたいだ。
数日後に、今度は日本語ができるという中国系米国人のマネジャーからの電話面接があった。話の内容はデータベースのセッティングの仕方について。前回より少しマシな会話になった。
最後に日本法人の社長と最終面接を行った。サポート体制が弱いので強化していきたいと言われ、暗に合格のようだった。

転職活動考察

 既にF社で働いて2年少々になるが、実は今も転職を考えている。F社は、外から見るよりも内実は不安定な企業だった。遅くまで残業させないと言っていた人事マネジャーは、私の入社1カ月後事情により退職。アメリカでトレーニングを受けさせてくれる約束は、いまだに実現していない。そのうえ、担当プロダクトのことをよく知るエンジニアが日本にはほとんどいないのだ。
 仕方がないから自分で業務マニュアルのようなものをつくり、ユーザーの問い合わせにはその都度対応していかなければならなかった。本来ならプロダクトに対する深い知識をもったサポートエンジニアが、事前に対応マニュアルを用意して対応すべきである。納得のいくサポート業務ができないことで、ストレスもたまってきた。

 外資系は向いていないのだろうか。でも、転職回数の多さを気にされないからだろうか、書類応募した際に先方からのレスポンスがよいのは決まって外資系なのだ。
 でも、この波乱万丈のキャリアのおかげで貴重な経験ができたと思う。かえって自分の市場価値は上がった。最先端とされるプログラム技術を磨けたし、不本意にせよサポート業務の構築もスキルに入れられるようになった。次は国内企業も視野に入れ、さらに著名度にこだわらず、今一度、キャリアプランを見直して、じっくりと自分にマッチする企業を探して行こうと思う。今度こそ長続きする企業を選びたいからである。
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