【話し方のプロが伝授】“人前で話すのが苦手”は3ステップで克服できる

人前に立つと言葉が出てこなくなる、何度経験しても緊張してうまく話せない…そんな苦手意識を持つ人は少なくないのでは?そもそもなぜ、人前で話すことを「苦手」と感じてしまうのか。その克服方法とあわせて、長崎大学准教授でスピーチコンサルタントの矢野香さんが解説します。

机に向かっているビジネスパーソンのイメージ画像
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人前で話すことが苦手と感じてしまう原因

社会人になると、人前で話す機会が日常的に舞い込みます。プレゼンテーション、会議のファシリテーション、新たなプロジェクト発足時の自己紹介、お客様先との商談など。その都度、「何を話せばいいんだろう」「どんなスライドを作ればいいのだろう」「うまく話せなかったらどうしよう」と不安になってしまう人もいるでしょう。

そもそも「人前で話す」ことを苦手に感じ、緊張してしまうのはなぜなのか。最大の原因は、人前で話す際に「目的が明確になっていないこと」にあります。

心理学では、ヒトは目的なく口を開くことはないとされています。私たちが口を開き、言葉を発してコミュニケーションをとるのは何らかの目的があるからです。ビジネスシーンにおいて人前で話す際も、そこには必ず目的があるはずです。

例えば、社内会議でのプレゼンなら、その目的は社内で企画を通し協力者を募ることかもしれません。クライアント向けのプレゼンなら他社とのコンペを勝ち抜くこと、新しい部署での自己紹介なら、チームメンバーに信頼してもらうことが目的となるでしょう。

「目的」が明確になっていないと、人前で話すこと自体が目的になってしまいます。そのため、上手にプレゼンをしなければ……と不安になってしまうのです。まずは、人前で話す先の最終目的をきちんと見定めることが大切です。

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「人前で話すのが苦手」を克服する方法

では、人前で話すのが苦手と感じてしまう人は、具体的にどんな行動をとるといいのか。3つのステップで考えていきましょう。

ステップ1:目的を明確にする

「人前で話すのが苦手」と感じる多くの人は、前述のように話すこと自体を目的だととらえてしまっています。しかし、話す目的はさまざま。営業担当者であれば契約成立が目的でしょう。いくらプレゼンが滞りなく終わったとしても、お客様が契約の意思を示さなければ、その話の目的が達成されたことにはなりません。

一方、プレゼンはたどたどしく雑談に終始しているだけにみえて、どんどん契約をとってくる方がいたとします。人前で流暢に話しているとはいえませんが、目的は果たしているため適したコミュニケーションをとっていると言えるでしょう。

なかには、話す目的自体が「プレゼンのうまさを周りに認知してもらうこと」というケースもあるかもしれません。しかし、それ以外の場面において、上手にプレゼンをすることは必須ではありません。安心してください。

「相手との信頼関係を築く」ことが目的であれば、拙い言葉で訥々(とつとつ)とした話し方であっても、「誠実そうな人だな。一緒に助け合ってやっていこう」と相手は思うかもしれません。そうなれば、目的は達成できたことになります。

まずは、人前で話す機会を得たときに、改めて「目的」を明確にしましょう。なぜ自分はこのミッションを与えられたのかです。うまく話さなければいけない、完璧なプレゼンをしなければいけないという思い込みを取り除くことが、初めの一歩です。

ステップ2:「セルフ・パペット」をイメージし、相手目線で話す

人前で話す目的を明確にしたら、次は、相手から自分はどう見られているのか(見られたいのか)を具体的に言語化します。自分をカテゴリー化していきましょう。

例えば、「学生向けの会社説明会で仕事内容について説明する親しみやすい若手社会人」、「役員クラスに商品提案プレゼンをする信頼できる営業担当者」などです。徹底した相手目線で、自分がどんな存在として話すべきかを分析します。

目的が明確になり、相手から見た自分をカテゴリー化できれば、相手目線に立った話し方を考えることができます。このように、自分自身が望む、相手に与えたい印象を統制して示す行為を心理学では「自己呈示(ていじ)」といいます。

似た言葉に「自己開示」があります。これは、自分のことをオープンに伝えてお互いの理解を深めるための行動を指します。しかし、話す目的次第では、自己開示は不要になります。ビジネスシーンにおいては、狙った印象を的確に相手に伝える自己呈示がより求められるでしょう。

この行為を、私は「セルフ・パペット」と呼んでいます。自分がどんな人間かを他者に印象づけるには、「セルフ・パペット」、つまり「自分自身の操り人形」を、自分が操っているようにして人前で話しましょう。

「学生向けの会社説明会で仕事内容について説明する親しみやすい若手社会人」の例を考えてみましょう。「学生向けの会社説明会で仕事内容について説明する」場なので、専門用語を使って説明しても相手には伝わりません。基礎知識から丁寧に解説が必要です。

「親しみやすい若手社会人」らしく話すには、「今日はゆっくりと、少しやわらかい声を出そう。にこにこと笑顔を作りながら、自分の失敗談を織り交ぜながら話そう」などと考えるでしょう。

これらの話し方はいつもの自分とは違うかもしれません。しかし、目的に合わせて操り人形の操り方を変えることが、聞き手を意識した最適な「話し方」につながっていきます。

このように、具体的な操り方について考え始めると、「人前だから緊張する」「うまく話せなかったらどうしよう」という不安は消えていきます。自分の感情だけを考えていた状態から、相手からどう見られているのかという、自己の客観視ができるようになるからです。

これを、心理学では「メタ認知」といいます。素の自分から離れて俯瞰したところから、目的行動のために何をすべきかを冷静に考えられるようになる。そのスキルが、人前で話すことの苦手意識を取り除いてくれるでしょう。

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ステップ3:成功の指標を定めておく

人前で話すことの難しさは、それが成功したかどうかを決めるのは聞き手であるということです。どんなに自分では完璧にできたと思っても、話したことがうまく伝わったのかどうか、成功したかどうかは、聞き手の反応からしかわかりません。

そこで、何らかの可視化できる指標を定めておくことも大切です。例えば、聞き手からのアンケートで、満足度などの数値指標と感想などの自由記述を聞いておけば、振り返りに有効です。

ほかに、拍手の量(音量)や、目線を上げてメモを取っていた人の数、質問をもらった数などを指標にするのもいいかもしれません。コミュニケーションの原則は徹底した他者目線にあることを、いつも心にとめておきましょう。

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「セルフ・パペット」を操ることは、攻めと守りの自己表現

「セルフ・パペット」を操ることは、ポジティブな自分を演じることでもあります。元気がなくても明るくはつらつと見せる。新しい仕事を引き受ける際に、本心では自信がなくても「やれます。任せてください」と言い切る。このようにビジネスパーソンとして理想の自分を演じ、“攻めの自己表現”につなげることができます。

一方で、 “守りの自己表現”としても機能します。素の自分のまま人前で話し、大きな失敗をしてしまったとき、何らかの批判やお叱りを受けると、ショックは大きいものです。

しかし、「セルフ・パペット」で話していれば、「操り方に間違いがあった」と客観的に捉えることができます。「声の高さがふさわしくなかったのでは」「ビジネスライクに話しすぎて、冷たい印象を与えてしまったのでは」などと、素の自分から離れた位置で振り返り、話し方を変えることができるでしょう。

ビジネスパーソンとして、年次やポジションが上がっていけば、人前で話す機会はますます増えます。批判を受け、多様な利害関係者の間で板挟みになったりすることも増えてしまうかもしれません。

そんなときでも、「セルフ・パペット」を操る力を持っていれば、心の健康が揺らぐことなく、冷静に対応できるようになるはずです。今回ご紹介した3つのステップで、今のうちから「人前で話す苦手意識」を克服していってください。

国立大学法人長崎大学准教授・スピーチコンサルタント 矢野 香さん

矢野香さんNHKでのキャスター歴17年。NHK在局中から心理学を根幹とした「他者からの評価を高めるスピーチ」を研究し、博士号取得。著書に、『最強リーダーの「話す力」』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『その話し方では軽すぎます!――エグゼクティブが鍛えている「人前で話す技法」』(すばる舎)『【NHK式 + 心理学】一分で一生の信頼を勝ち取る法』(ダイヤモンド社)などベストセラー多数。

取材・文:田中瑠子 編集:馬場美由紀
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