残業が多すぎる、大きなミスをした、プロジェクトが進まない…。仕事でついイライラしたり、落ち込んだりするのは誰にでもあることですが、そうしたストレスと上手につきあう対処法「ストレスコーピング」を知っておけば、私たちの日々はグンと楽になるはずです。そこで、ストレスコーピングの方法や、働く毎日の中でどのように取り入れて行けばいいのかについて、東邦大学医療センターの小山文彦先生にお話をうかがいました。
目次
ストレスコーピングとは
私たちにとってストレスは、生きていく上で避けられないものです。でも、ストレスと上手につきあったり、解消したりする方法を意識して身につけていくことは可能です。
そうしたストレスに対処する方法のことを「コーピング(coping)」または「ストレスコーピング」といいます。英語で「対処する・処理する」という意味の「cope」が語源で、アメリカの心理学者、リチャード・ラザルスによって提唱されました。
まずストレスコーピングにはどのような方法があるかを、身近な例で見ていきましょう。
職場でストレスを感じたときはどう対処する?
みなさんも、仕事で取引先やお客さんから思いがけないクレームが来たり、トラブル続きで仕事が思うように進まなかったりしたときに、とても嫌な気持ちや、不安な気持ちになることがあるのではないでしょうか。そこで質問です。あなたはそんなとき、次のどのような方法で対処することが多いですか?
【タイプ1】
「失敗も次のステップに繋がることだよね」「仕事だからまあ仕方がない」と割り切ってみたり、「これは私だけの責任じゃないから…」と密かに心の中で言い訳したりして、嫌な気持ちを紛らわそうとする。
【タイプ2】
再び同じことが起きないように対策を考える、同じ体験をした上司や先輩に相談する、情報を集めるなど、行動することによって、自分がストレスを感じている環境を変えようとする。
【タイプ3】
友人と食事したり、お酒を飲んだり、週末にスポーツを楽しんだり、音楽を聴いてリラックスするなど、自分にとって楽しいことや、心地よいことをして気持ちを切り替える。
「ストレスコーピング」には3つのタイプがある
いかがでしょうか。
実は、上の回答例にある対処法は、そのまま、ストレスコーピングの「情動焦点型」「問題焦点型」「ストレス解消型」という3つの分類に当てはまるものです。
【タイプ1】=情動焦点型コーピング
ストレスが原因で生じた自分自身の嫌な気持や不安な気持ち、つまり「情動」に焦点を当てて、自分の考え方や感じ方を変えようとする対処法。
【タイプ2】=問題焦点型コーピング
自分の気持ちではなく、ストレスの原因に焦点を当てて、それを解消するために行動を起こす対処法。
【タイプ3】=ストレス解消型コーピング
ストレスを感じた後に、その影響を外へ追い出したり、発散させたりするために行う対処法。別名「気晴らし型コーピング」とも呼ばれます。
では、これら3つのコーピングの特徴と活用のポイントについて解説していきましょう。
1.みんなが日常的に試みている「情動焦点型コーピング」
私たちはストレスを感じると、辛い気持ちを少しでも楽にするために、他のことを考えて気を紛らわせたり、「くよくよするのはよそう」「きっと良いこともある」などと自分に言い聞かせたりすることがよくあります。情動焦点型コーピングは、多くの人が日常的に、ごく自然に行っているストレス対処法です。
自分で自分をコントロールするのは難しい
同じ状況でも、少し視点を変えるだけで、気持ちがすーっと楽になることは多々あるもの。心の中で気持ちを整理したり、切り替えたりする方法は、比較的すぐに実行できるため、私たちは情動焦点型コーピングに頼ることが多いですし、それはごくごく自然なことです。
とはいえ、ストレスが原因で生じた痛みや辛さを自分の気持ちでコントロールしようとするのは、実はとても高度で難しいことであり、限界もあります。
ダメージによっては対処しきれないこともある
たとえばどんなに頑張ってみても、不快に感じるものを心地よく感じられるようになるとか、本来自分が嫌いなものを好きになれることは、まずないでしょう。また、大きな失敗や、失恋の悲しみなどによる心のダメージが大きい場合は、情動焦点型コーピングだけでは対処が難しいことが多いものです。そんなケースでは、次にお話しする他の方法も試みてはいかがでしょうか。
2.考えるよりも行動する「問題焦点型コーピング」
自分の気持ちをコントロールするのが難しいときに推奨されるのが、ストレスの原因である問題そのものの解決に向けて行動する、問題焦点型コーピングです。
問題の根本解決に動くこともストレスケアには重要
例えば、あなたが電車の中で、西日が差す席に座っているとします。暑くて眩しくて嫌だけど「暑いのは全員一緒」「混んで動きにくいから仕方ない」と考えて我慢するのは、一種の情動焦点型コーピングと言えるでしょう。それに対して、立ち上がって窓のシェードをサッと下ろすこと、ストレスの元を取り除いて根本的な解決を図ることが、問題焦点型コーピングです。
西日程度のストレスなら、多少我慢しても「暑い」「日焼けする」で済むでしょう。しかし、たとえば仕事が多くてパンクしそうな状態の中で、「辛いと思わないようにしよう」「納期が過ぎるまでは我慢だ」とストレスを浴び続けていると、いつかメンタルのバランスを崩してしまうかもしれません。場合によっては、問題そのものに焦点を当てないと解決しないこともあるのです。
「ストレスの原因」に焦点を切り替えるには
思わぬクレームでダメージを受けたり、荷の重い仕事に不安を感じたりしたときには、まず情報を集める、問題を見極めて対策を練る、先輩や同僚に相談する、ときには「はっきり断る」などの明白な決断をすることなどが、問題焦点型コーピングの実践例です。
そのとき大切なのは、自分が受けたストレスだからといって、必ずしも一人で解決しようとしないこと。自分よりも詳しい人に相談することが、ストレスの元となる状況を変え、有効に働くことは案外多いものです。こうした方法は、問題焦点型の中でも「社会的支援検索型コーピング」といわれるもので、あなたの心強い味方になってくれるはずです。
とはいえダメージが強い中で、問題解決に取り組むのは難しいと感じることもあるかもしれません。そんなときは、しばし凹んでも構いませんが、コツは「とにかく着手する」ことです。ストレスの元をできるだけ細かく切り分けて、小さなタスクから一歩一歩、段階的に片付けていくことを考えましょう。
問題焦点型コーピングを図ることは「自分は問題解決に向かっている」「前進している」という自己効力感に繋がります。それが心理的にもよい影響となり、あなたの背中を押してくれるでしょう。
3.たくさんあるほど効果的な「ストレス解消型コーピング」
「情動焦点型」と「問題焦点型」のコーピングは、いずれもストレスを受けている最中に行う対処法です。それに対して「ストレス解消型コーピング」は、ストレスを感じてしまった後に、心のダメージを和らげたり、発散させたりすることです。
変化のある楽しみ方をたくさん持つ
抑うつ状態から腹痛などの身体的な症状まで、ストレスによる心身への影響はさまざまですが、それらはストレスを受け続ける期間が長引くほど、重く深刻になっていきます。ですから、ストレスを受け続けている状況には、できるだけ早くインターバルを設け、気持ちをリセットすることが必要です。
ストレス解消型コーピングには、音楽を聴く、ショッピングをする、美味しいものを食べる、小旅行に出かけるなど、自分の好きなことであれば何でもOK。そして、多様性のある楽しみ方をできるだけたくさん、とにかく持てば持つほど効果的です。
たとえば、自分一人でできる趣味と、数人で一緒にやる趣味の両方があれば尚可ですし、「インドア」「アウトドア」、「静」「動」の両方でそれぞれ気晴らしがある方が、よりストレスに強くなれます。具体的な方法を多く持っているほど「今日はお茶を飲みながら○○の音楽を聴こう」「お天気だからあのコースをジョギングしよう」など、その日の気分で臨機応変に、手軽に選べるからです。
五感への心地よい刺激を求めよう
自分の五感をいっぱいに働かせて心地よさを感じることも、ストレス解消に良い効果をもたらします。たとえば、お茶やコーヒーの味や香りをゆっくりと楽しむ。外を歩くときも、風の感触から季節の移り変わりを感じたり、花の香りを感じたり、落ち葉をリズミカルに踏む感触を味わってみる。散歩のコースも同じではなく、その日の気分に合わせて変えた方が、より刺激になるでしょう。五感に働きかけるバリエーションも多いほど、ストレス解消型コーピングはより効果的なものになると思います。
ストレスは「嫌だな」「不安だな」と感じるうちに対処しよう
巷ではよく「ストレスをためてはいけない」といわれますが、ストレスはどこかにたまるのではなく「原因がなくならない限り心に浴び続けているもの」といった方が正確でしょう。
私たちの心が弾力のあるボールだとすれば、ストレスを浴びて多少凹んでも形を保とうとしますし、ストレスの原因が取り除かれれば元の形に戻ります。しかし、あまりに重い圧力を長く受け続けていると、次第に弾力性がなくなり、自分の嫌な感情にも馴れてしまい、ついにはどこかに穴が開いて、元に戻らなくなってしまうことがあります。それがうつ病などのさまざまな病気として表に現れます。
ですから、ストレスを感じて「嫌だな」と思ったらすぐに、ちょっとかわしたり、原因自体を取り除いたり、リフレッシュしたりするなど、早めのケアが重要です。そのために、気がついた時にすぐできるストレスコーピングの手段をたくさん持っておくこと。そして自分に合った方法を見つけるために、色々な方法を試みることを是非おすすめします。
プロフィール
小山 文彦(こやま・ふみひこ)
東邦大学医療センター産業精神保健・職場復帰支援センター長・教授。医学博士。1991年、徳島大学医学部卒業後、岡山大学病院、香川労災病院、東京労災病院などを経て、2016年より現職。専門はメンタルヘルス問題の予防と治療。著書に『精神科医の話の聴き方 10のセオリー』(創元社)ほか。音楽家の側面も持ち、2023年秋には『きみがいた』をメジャーリリース。