「働く個人が主人公となり、イキイキと働ける職場を創る」。2014年度から始まった「GOOD ACTION アワード」(※)は、そんな職場での取り組みに光を当てて応援する取り組みです。
先ごろ、第8回目となる「GOOD ACTION」の受賞企業が発表され、大賞に徳島県警察の取り組みが選ばれました。部署によっては不規則な労働時間で残業も多い警察組織で、働き方改革の意識を向上させるため、徳島県警察本部小松島警察署の副署長(当時)である川原卓也さんが、ユニークな広報紙「週刊副署長」を発行。署員の意識改革を促し長時間労働を是正した点が評価されました。
今回は、発案者であり取り組みを主導した川原さんに、「GOOD ACTION」の審査員であり慶應義塾大学特任准教授で株式会社NEWYOUTH代表の若新雄純さんがインタビュー。取り組みの背景や効果などについて、語っていただきました。
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署員にもっとイキイキ働いてもらいたいという思いが原動力に
若新 『週刊副署長』、拝見しましたが面白いですね。働き方改革についての方針や仕事の意識向上に役立つ考え方などが紹介されている一方で、小松島警察署の署員を1人ピックアップして生い立ち、趣味や特技など人となりを伝えたり、川原さん自身のプライベートを面白おかしく紹介していたり。
川原 ありがとうございます。副署長の立場で堅苦しく「働き方改革」について語り掛けると訓示っぽくなってしまいますが、広報紙の形で面白おかしく文章をまとめれば、署員に気軽に読んでもらえるのではないかと考えました。
若新 異動されるまで(2021年4月徳島県警察本部へ、2022年3月徳島中央警察署へ異動)全36回、川原さん1人で毎週作り続けたのは本当にすごいと思います。まさに孤高の存在。原動力となったものは、何なのでしょう?
川原 「署員にやりがいを持ってイキイキ働いてほしい」という思いです。
警察官は、小さな子どもにとっては憧れの職業です。しかし職場としてとなると、ドラマなどの影響もあり「勤務時間が不規則で激務なイメージ」「上下関係が厳しくて若手が活躍できなさそう」などのマイナスイメージが先行してしまうようです。
これらのマイナスイメージを払拭するためには、署員自身に働きやすさを実感してもらい、さらには「社会の役に立つというやりがい」を意識してもらうことが大切。そのための情報発信・コミュニケーションツールとして広報紙発行を思いつきました。
紙面では働き方への意識改革とともに、署員間のコミュニケーション向上、職場のフラット化などを意識した内容を盛り込みました。警察署員なのでふざけたことは書きにくかったのですが、上司の理解を得て発行し続けることができました。
警察官の中には、その業務の特殊性から「休みを取る」「自分だけ先に帰宅する」ということに罪悪感を覚える人が未だに多数存在します。
幹部から休暇取得を指示し、働き方改革を訴えるだけではそうした署員の心は動かせません。そこで、定時退庁、有給取得、残業縮減などをポイント化しゲーム性を持たせた「マイテージポイント」を導入し、紙面でも積極的に取り上げて啓蒙しました。

若新 警察という官僚組織で自身をさらけ出し、ユニークな発信を行うことには勇気も伴ったと思います。
川原 警察の仕事はミスが許されないものが大半ではありますが、中には失敗を恐れずチャレンジできる業務分野もあるんです。
しかし、署内には「前例を踏襲していれば安全」という雰囲気が根強くあります。副署長の自分が自らをさらけ出し、「警察組織の中でここまでやっていいんだ」とレベル感を示すことで、特に若手署員の行動を喚起したいとも考えました。
若新 既存のルールは人間の誰かが作ったものでしかないのにある種の力を持ち、破るのが難しくなります。特に警察などの組織ではより強い縛りになるのでしょう。
それに、組織の中では「暗黙の了解」という明文化されていないルールもあります。ルール化されていないのに「こうするべきもの」と思い込むことで成り立つものも多いですよね。
これは警察組織に限らず、あらゆる職場で言えること。絶対ルール通りにやらなければならない業務ではないのに、皆が勝手に思い込み、一切のミスが「許されない」という環境を自ら作ってしまっていることがあります。
そんな中、川原さんのような警察官然としていない、人当たりがよく人間っぽいキャラクターの人がゆるい広報紙を発信することで「現在のルールがすべてではなかったよね」と皆に思い起こさせてくれたのではないかと思います。
足りない部分を認め、支え合う組織風土づくりに注力

若新 ミスを起こさない完ぺきな人間などいません。人が集まるところにはミスがあるし、ルール通りにはいかない。――こういうことも川原さんは広報紙を通して伝えたかったのではないか、と感じました
川原 そうですね。人間には個性があり、一人ひとり強みもあれば足りない部分もあります。それを認め合い、助け合う風土ができれば、皆がチャレンジを恐れずイキイキ働けるようになるはず。
副署長という役職にいる自分が、あえて足りない部分を積極的に伝えることで、そういう風土づくりを促したいという思いがありました。
若新 「GOOD ACTION アワード」のテーマは、「働く個人が主人公となる」です。“主人公”というと、仕事において個人が自由に意思決定できる、自分で仕事を生み出せるという部分ばかりが注目されがちになってしまう。でも、主人公になるということは、「働く一人ひとりが人間である」ということを思い出すことでもあると私は思うんです。ロボットではなく、あくまで一人の人間なのだと。
主人公であるべき人間が、1つのミスも許されない環境でルールを重視するなどといった非人間的なことに捉われすぎると、働くこと自体がどんどん面白くなくなっていく。そういう社会的な課題に対し、川原さんはアンチテーゼを投げかけたのではないでしょうか?
ルールに縛られているイメージが強い警察組織で、主人公である人間がもっと人間らしく働くことを推し進めた点が、本当に素晴らしいと思います。
川原 みんな内心は、多少なりとも「ルールに縛られ過ぎるのはおかしいんじゃないか」と感じていたんだと思います。だから、私の発信が受け入れられやすかったのではないかと。
「許す」ことができる組織が、チャレンジングな組織を作る
若新 そもそも、警察組織でずっと働いてきた川原さんが、「人間ならばミスがあっていい」「100%完ぺきな人間でなくていい」という発想に至ったのは、何かきっかけがあったのですか?
川原 かつて「警察官たるもの、こうあるべきだ」と警察ながらのルールを叩きこまれるころ、私にも若さゆえの凡ミスをおかしてしまうことがありました。そんなとき、当時の上司や先輩がミスを前向きに受け止め、見守ってくれたことが大きかったですね。周りから教えられ、自分は成長できたという実感が、若手を育てたいという思いを強くしたんだと思います。
若新 いまの世の中では「個人のやりたいことや個性を認める」「個人の能力に注目して伸ばす」といった風潮が強いですが、今の川原さんのお話の素敵なところは「頑張った末のミスなど、人間としてやってしまったことを許す」という点。許してもらえないと思い込んでいるから、みんな前例を踏襲していれば良いという発想になり、決められたルールの通りに動くしかない。
もっと組織の中で「許され」ないと、「働く個人が主人公となり、イキイキと働ける職場」は創れないんですよね。若手時代に「こんな自分を許してもらえた」という経験をしたからこそ、川原さんは今回のような改革に踏み切れたのだと腹落ちできました。
川原さんが、順調に出世されている点にも希望を感じます。川原さんの考えや姿勢が、組織で評価されたという証になりますね。
川原 ドラマ『踊る大捜査線』で忘れられないセリフがあるんです。いかりや長介さん演じる主人公を支える老刑事・和久平八郎の「正しいことをしたければ、偉くなれ」というもの。
やりたいことをするには、ある程度権限や裁量を持つ必要があると感じていたので、ステップアップへの思いは常に持っていました。
若新 川原さんのように一人ひとりの違いや不完全さを認め、許せる人がリーダーになってこそ、真の意味で多様性や個性が尊重される社会になります。
どんな組織であっても、「許し」を組織の中に作ることが、いろいろな人の働きやすさややりがいにつながるのではないでしょうか。
そして働く個人も、自分の能力をアピールしたいならば、「弱い部分」「足りない部分」を周りに伝えることが大切。
それが組織の中に「許し」を生み出すことにつながり、ルールに縛られ過ぎずチャレンジを恐れない職場づくりにもつながるのだと思います。

審査員プロフィール
若新 雄純 氏 (わかしん ゆうじゅん)
慶應義塾大学特任准教授
株式会社NEWYOUTH代表
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大学ではコミュニケーションデザインの研究ラボを運営し、日本全国の企業・団体・学校等において実験的プロジェクトを多数企画・実施。ビジネス、人材育成・組織開発、就職・キャリア、生涯学習、学校教育、地域・コミュニティ開発などさまざまな現場でフィールドワークを行う。テレビ・ラジオ番組等でのコメンテーター出演や講演実績多数。