過去、現在、未来と「大きな歴史のうねり」の一部を担えることが誇り――NHKの女子アナから伝統工芸の職人に。根付職人・梶浦明日香の仕事論(2)

NHKの女子アナから伝統工芸の職人に転職した梶浦明日香さんの仕事論、人生論に迫る連載企画。第2回は現在の根付職人という仕事のやりがい、根付を作る上で大切にしていることなどについて語っていただいた。

第1回<NHK女子アナから伝統工芸の「職人」に。彼女を突き動かしたのは、ある職人の涙だった――根付職人・梶浦明日香の仕事論(1)>はこちら

プロフィール

梶浦明日香(かじうら・あすか)

1981年岐阜県生まれ。小学生の頃からアナウンサーに憧れ、立教大学在学中からフリーアナウンサーとして民放を中心に活動。大学卒業後、NHKに入局、アナウンサーとなる。2010年、「東海の技」の取材を通じて出会った伊勢根付の名人・中川忠峰氏に弟子入りし、根付職人に。次世代の若手職人の活動の幅を広げるべく、三重の若手職人のグループ「常若」や、東海の若手女性職人のグループ「凛九」を結成。リーダーとして各地で展示会やワークショップを開くなど、新たな担い手の育成にも力を注いでいる。

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時間をかけて根付職人として自立

──根付職人として生きていこうと決断してからは、どのように修行してきたのですか?

少しでも師匠(※中川忠峰氏。伊勢根付の第一人者)のようになりたいという思いだけで、週に1回、師匠の工房に通って、師匠が根付を彫るところを見させてもらって、家に帰って見よう見まねで自分で彫っていって少しずつ技術を習得していったという感じですね。職人の世界は見て覚えろという世界ですから。

──長い時間をかけて、コツコツ努力してうまくなったと。

ないなりに素養というものをあえて言うのであれば、細かい作業を長時間、嫌にならずに続けることができる能力は多少あったみたいです。

──今は思ったように作れるようになってるという感じですか?

もちろん技術的にはまだまだですが、師匠に教えてもらいながら、いつも精一杯、なんとかお客様の注文に応えることはできていると思います。

──根付の制作期間は?

どんな根付を作るかによって様々ですが、精緻な細工や複雑なからくりや仕掛けが必要なものは2〜3ヶ月かかります。中には半年から1年ほどかかるものも。図案を考える時間も含めるともっとかかりますね。

──注文を受けてから作るのですか? 販売方法は?

私は問屋さんに卸さずに、直接ネット経由で個人のお客様から注文を受けて作る受注生産がメインです。おかげさまで順調に注文は伸びて、今では難易度の高い根付が3年待ちで、そこまで大作じゃない物だとなるべくお客様の要望に応じて早めに作るようにしています。その辺は調整がきくんです。最近は家紋の注文が多くて、家紋ばっかり彫ってます(笑)。それ以外ではイベントやデパートなどでの展示会用に作ることもあります。

──収入の方は?

年々伸びて、もし独身だったとしても根付だけで最低限の生活をしていけるレベルの収入は得られるようになりました。私が結婚していることを知ると「旦那さんの稼ぎがあるから伝統工芸の職人としてやっていけるんでしょ」と言う人もよくいるのですが、職人の仕事だけで生きていけないと伝統工芸の後継者が出てこないので、そこははっきりと明言しておきたいですね。

──販売を伸ばしていくために工夫したことは?

今、私の注文のほとんどはFacebook経由なのですが、注文を増やすためにいろいろと工夫しました。例えば、重要なのが私に興味をもってくれる人を1人でも多く増やすこと。そのために大事なのがプロフィール写真。最初に興味を持ってもらうきっかけになりますからね。まず、ちゃんと顔がわかる写真であることが最低条件です。お客様にとってはどんな人が作っているのか気になるし、自分が責任をもって作っていますという証明にもなりますからね。その上で、写真としては普段より素敵に見えるものが好ましいです。もちろん、お客様は職人の顔ではなく作品を見て買うのですが、だからこそ最初のきっかけは大事にすべきだと思うのです。私はこの1年ほどプロフィール写真を、季節感を大事にした写真、職人らしさを意識した写真、一番、かわいい・きれいって言ってもらえることを意識した写真、親近感を感じてもらうことを意識した写真など、いろいろテーマを決めて実験していました。これによって、どの写真が仕事に繋がりやすいかがわかったのです。

その他は、個人だけではなく、仕事用のFacebookページも作って、製作途中の根付の写真を定期的にアップしたり、根付制作に対する思いを書いたりしています。そうやって試行錯誤していくうちに段々注文が増えていったんです。

職人の世界は“一生修行”

──なるほど。それにしても3年待ちってすごいですね。ご自身では一人前の根付職人になったと思いますか?

いえいえ、一人前という意識は全くないです。まだまだ修行中の身です。

──どうなれば一人前と言えるんですかね。一人前の定義は?

そこは難しいですよね。自分の作品が売れたら一人前という人もいて、その定義では一人前ということになりますが、個人的にはたぶんずっと一人前にはならないんだろうと思います。一生修行ですよね。だって、伊勢根付の第一人者でこの道40年以上の師匠でさえ、まだ一人前じゃない、一生勉強だとおっしゃっているんですから。

──実際に根付を彫ること以外に、技術向上のためにやっていることは?

なるべく美術館や展示会に足を運んで、いろんなアート作品を見るようにしています。質の高い作品にたくさん触れて、感性を豊かにしておきたいんです。行く度にいろんなヒントをもらっていて、いい作品をたくさん見た後はいろんなアイデアが次から次へとあふれてきて根付を作りたくてしょうがなくなるんです。そうやって刺激を受け、モチベーションが上がって作った作品も結構あります。また、かなり時間が経ってから別の形で作品に現れてくることも。インプットされたものは私の中に蓄積されていくんでしょうね。

注文と展示会用の作品の違い

──根付は注文を受けて作るのと、展示会用に作るのとの2パターンあるということですが、やはり同じ根付でも作り方や作る時の意識は違うのですか?

違いますね。私は基本的にお客様から注文された物を作っているので、自分のことはあくまで職人だと思っているんですよ。「こういう根付を作ってほしい」というお客様の要望・希望に沿って、悩みながら作るので、私個人の好みや個性は二の次、三の次。一方、たまに作る展示会用の作品は完全に自分が作りたい物を作りたいように作れます。自分ならではの個性が100%出せるので、どちらかといえばアーティストに近い意識だと思います。

──どちらが好きですか?

どちらも好きです。そこに甲乙はつけられないですね。ただ、職人として成長できるのは注文の方だと思います。お客様からいただくのは、こんなの作ったことがないというような注文ばかりなので。お客様からお題をいただいて、それに挑戦することで職人として成長できるんです。また、お客様に完成した根付を渡した時に喜んでもらえるのも大きな魅力です。これには展示会用に一人で作る根付では味わえない喜びがありますね。根付を渡して何年か経って、「今こうなってるよ」という連絡までくれるお客様もいらっしゃるんですよ。それがすごくうれしいんです。ただ、作ってて純粋に楽しいのは展示会用です。自分ならではの感性で好きなように作れるし、やってみたかった挑戦もその根付の中にたくさん込められますから。

ロンドンの展示会で大賞を受賞

──展示会といえば、今年(2018の夏にはロンドンで開催された日本発のアート公募展『DISCOVER THE ONE JAPANESE ART IN LONDON』に根付作品を出品して、約200点もの作品の中から、大賞を獲得したそうですね。

はい。日本のアート作品をイギリスの人たちが評価するという展示会でした。出品した理由は、確かに注文は3年待ちですが、私の作品の何を評価してもらっているのか、正確なところはわからなかったからです。元アナウンサーという肩書で注目されて買ってもらっているだけなのかなとか、私自身、自分の作品はまだまだ全然ダメだと思っていました。それに、私は今まで伝統工芸というものにこだわってきましたが、海外に持っていけばその作品が伝統工芸だろうが現代アートだろうか関係ないわけですよね。今、私は伝統工芸というものに甘えているというか、ちゃんと技術的に評価されているのかどうかわからなくなっていたので、そういうものが一切関係ない海外で私の根付がどう評価されるのか、一度勝負してみたかったんです。出品するからには大賞を狙って、どんな作品ならイギリス人の心に響くかなと考えて、厳選した7点を出品しました。

▲『DISCOVER THE ONE JAPANESE ART IN LONDON』に出品し、大賞を受賞した作品

──現地の人たちの反応はどうでしたか

すごくたくさんの人に集まって見てもらえました。むしろ日本人よりも根付に興味があったようです。実は根付って日本よりも海外の方が認知度も人気も圧倒的に高いんですよ。私も現地で根付について解説したのですが、ゴテゴテしたものよりもシンプルな中に細かい細工が施されているという点が気に入ったのかなと感じました。

──大賞を受賞した時の気持ちは?

狙っていただけにすごくうれしかったです! その一報を受けたのは日本橋三越の展示会中だったのですが、自宅にいたら「やったー!」って飛び上がって叫んでいたと思います(笑)。イギリス人の琴線に触れるようなストーリー性を考えて展示したので、それも奏功したのかなと。自分の作品が本当に評価されているのか疑問に思っていただけに、世界で評価されたことは大きな自信になりましたね。

根付を彫っている時間がすごく幸せ

──根付職人という仕事の魅力は?

まず、根付作品は一点物で、山に材料となる木を採りに行くところから始まって、工房で作って最終的にお客様にお渡しするところまで一貫して全部自分一人でやるところが魅力であり、誇りに思う点ですね。根付を彫ることに関しては、こういうからくりにしたらおもしろいかなとか、こうやったらお客様は驚くかなと自分の頭の中で考えたことを物体としての形にできる、表現できることがすごくおもしろいです。それがお客様に喜んでもらえたら最高ですよね。

また、家にいる時はほとんど根付を彫っているんですが、一日中ずーっと彫っていても嫌にならず、むしろその時間が大好きで、気がついたら3、4時間経っているということもよくあるんです。それだけ集中して根付を彫ってる時間ってすごく幸せなんですよ。夢中で根付を彫っていくうちに、いつの間にか形になっていくというのがたまりません。

そして、江戸の昔からいろいろな職人が考え抜いて今に至っているものを受け継ぎ、守り、また未来へと繋いでいくという大きな歴史のうねりのバトンの一つに自分自身がなれるということが大きなやりがいで、すごく誇らしいです。

──根付を作る上で大切にしていること、こだわりのようなものは?

いろいろありますが、そもそも根付って私たち根付職人が作って終わりじゃなくて、持ち主が長く使えば使うほど摩耗して飴色になります。この程よく変化した状態を根付用語で“なれ”といって、価値が高くなるんです。技術だけではだめで、年を経ることでしか出せない美しさに価値をおくというのも根付の魅力です。長く使うものなので、親から子、子から孫へというふうに同じ根付が代々受け継がれていくというケースも珍しくありません。例えばお母さんからもらった根付が形見となり、それを見た時にちょっと元気がもらえれば素敵ですよね。根付はお守り代わりだとも思っているので、持っているだけでうれしくなるとか、心が弱った時に見たら元気が出るような物にしたいという思いで作っています。特に伊勢の根付は昔から伊勢神宮にお参りする人たちに買われていたので、人の祈りや想いのようなものも大事にしていきたいなと思っています。

それと先程、根付は粋や洒落を大切にするので、とんちやからくりが隠されている物も多いとお話しましたが、私もどうしても作品のどこかに遊び心というか、ちょっとした仕掛けを入れたいんです。だから作品を見た人がそれに気付いて「おおっ!!」とか「なるほどねー」などと言ってくれるととてもうれしい。注文してくださったお客様には、隠されたからくりをあえて明かさないことも多いですね。根付を渡したお客様からかなり時間が経ってから、「実はここ、こうなっていたんですね!」とか「これって最初から狙っていたんですか?」という連絡が来ることもよくあって、そういう時の方が楽しいです。やっと気付いてくれたかと(笑)。だから私は根付が好きで、これが根付職人になった原点でもあるんです。でも中には最初から狙って入れた仕掛けではないこともあるんですよ。お客様が想像して自分なりにそう解釈することもありますし、使っているうちに音や状態が変化して仕掛けのようになることもあって。こういう点も根付のおもしろいところですよね。

それと関連して、作品の中にストーリーを作るようにしています。例えば、猿蟹合戦をモチーフにした根付を作る時、本来のお話に沿うならば、猿と蟹がおにぎりを巡ってケンカしていなければいけませんが、そもそも蟹が食べる量なんてほんの少しですよね。だからおにぎりを分け合えばケンカせずにみんなで幸せになれたはずなのに、という思いを込めて、あえて本来のストーリーとは違う、みんなが仲良くおにぎりを食べて幸せそうな根付にするんです。

▲梶浦さん作の「さるかに合戦」の根付。飛騨高山木彫根付公募展で優秀賞を受賞。少し表現を変えた2号はイギリスロンドンで行われたDISCOVER THE ONE JAPANESE ART 2018 IN LONDON大賞受賞作品のうちのひとつにもなった

一番強いのは使命感

──日々どのような思いで根付を作っているのですか?

根付は数百年前からこの地で大切に守られてきた伝統工芸で、作った物には粋な遊び心や洒落など、日本人が長年大事にしてきたであろう知恵や職人の生き様、魂なども一緒に込められていると思うんですね。もし根付が消え去ってしまうと、これらも一緒に失われてしまいます。技術はなんとか復活できても、日本人の知恵やそこで受け継がれてきた精神のようなものは一度失われてしまうと復活できないと思うんです。それを防ぐために、そういう目に見えないものも数少ない私たち後継者がしっかりと受け継いで、次世代に繋げなければならないという使命感が一番強いです。これは根付職人を目指した日から今日まで変わっていません。

今は地球規模のインターネットの普及・発達によっていつ、どこにいても世界中の情報を瞬時に知ることができるし、リアルな世界も格安航空機の普及によってどんどん地域の個性がなくなり、均質化されています。そんな現代において、今後ますます財産になるのは独自性で、そういう意味で伝統工芸は何十年後かに日本の観光資源としてものすごく価値の高い日本の宝になると思っているんですね。だからこそ国の個性や日本人が守ってきた伝統を受け継げるというのはすごく大切で意義があることです。各工芸とも最後の職人ばかりですが、私たち若手が踏ん張ってちゃんと受け継いで、未来に向けてリーダーになって、伝統工芸の素晴らしさを発信していかなければとすごく思います。

──ではNHKのアナウンサーを辞めて、根付職人になってよかったと思いますか?

すごく思いますね。これまでお話した通り、とてもやりがいを感じられる仕事ですし、何より全部自分次第という点がいいですね。いつ、どのくらい働くかも休むかも、すべて自分で決められるし、何かをしたいと思った時にぱっとできる。つまり、自分の時間を全部自分でコントロールできるので、自分の人生を生きているという実感をもてるようになったことが一番幸せです。そして、工夫して頑張ったら頑張った分だけそのまま評価や収入になって返ってくるという点も気に入ってます。

──でも確実に収入は減りましたよね?

もちろん収入は大幅に減りましたが、支出も大幅に減ったんですよ。NHK時代は同僚や取材先の人と毎日のように食事に行っていたし、洋服代も同じものを着てテレビに出てはいけないのでものすごくかかっていました。支出のバランスを考えるとどっちが裕福かわからないくらいですね。ただ、間違いなく時間的、精神的に豊かなのは職人になってからの方です。

幸せという意味では、私はいろんな職人と接してきましたが、中川さんのような師匠に出会えて、弟子にしていただけたことはとても幸せなことです。本当に私は師匠に恵まれていて、人生にとってこれほど幸せなことはないんじゃないかと思うくらいです。その理由はまず、目指すべき技術を師匠はもっているということ。いつか、師匠のように素晴らしい作品を作れる職人になりたいと思いつつ、日々修行に励んでいます。一般の会社員の方々でも身近な上司を見て、「30年後には、私もこうなってるんだ、がっかり」と思ったら働く意欲もなくなるじゃないですか。でも「30年後、ああいう技術を身に着けていたい」と思えれば前向きに働けますよね。

▲師匠の中川忠峰さん。多くの人に慕われている伊勢根付の第一人者

そして、師匠は人としてとても尊敬できる方なんです。工房はいつも弟子のほかにも近所の人から外国からの訪問者、若い人からお年寄りまでたくさんの人たちで賑わってとても素敵な空間になっています。それはひとえに師匠の人柄のなせる技。こんなふうに生きていきたい。こんな人になりたい。そう思える人が身近にいて、直接教えてもらえるのはすごくありがたいなあ、幸せなことだなあといつも思っています。身近に目指すべき人がいることは幸せに仕事をしていくためにとてもありがたいことです。

 

地道な努力で今や人気根付職人になった梶浦さん。次回はそもそも梶浦さんが根付職人になろうと決意した理由である後継者問題を解決するための活動について語っていただきます。乞う、ご期待!

取材・文・撮影:山下久猛

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