ビジネスにおいては推論力が必要とされていますが、その具体的な方法について理解している若手ビジネスパーソンは少ないと思われます。「推論の方法として、帰納法、演繹(えんえき)法というワードは聞いたことがあるけれど、どういうものを指すのかわからない」という人も多いと考えられます。
そこで、著書『問題解決力を高める「推論」の技術』が話題の羽田康祐さんに、「帰納法」「演繹法」についての解説と、なぜこの2つがビジネスにおいて重要視されているのか、ビジネスでの活用方法や鍛え方などを解説いただきました。
目次
「帰納法」とは複数の事実から共通点を見出し、結論を導き出す推論法
「帰納法」とは、複数の事実から共通点を見出し、それを根拠に結論を導き出すという推論法です。
例えば、
<事実2>メーカーA社の金谷さんは、まじめな性格だ。
<事実3>メーカーA社の石田さんは、まじめな性格だ。
という事実があった場合、A社の社員に共通しているのは「まじめな性格」であること。よって、A社はまじめな社風なのだと結論付けることができます。
「帰納法」は、「妥当性の高い論理を導くための手法」と捉えられていますが、本来の真価は、帰納法を用いて推察することで、数多くの「法則」を発見できる点にあります。
目の前の出来事をいろいろな角度から観察し、常に共通点は何かを考え、「こういう共通点があるならばこうだろう」と結論付ける。このような頭の使い方を繰り返し行うことで、「ああなれば、こうなる」というパターンが徐々にストックされていきます。そして、このストックをさまざまな分野に応用することで、仕事の精度、スピードを飛躍的に上げることができます。世の中には「何事も飲み込みが早く、一を聞いて十を知る」というデキる人がいますが、そういう人はこの「帰納法」を無意識のうちに習慣化しているのです。
「帰納法」は、ビジネスシーンでどう活用できる?
帰納法は主に、「方針や戦略を決めたい」ときに活かすことができます。
例えば、あなたが企業のイベント担当者で、これまで実施したさまざまなイベント経験から、次の事実に気づいたとします。
<事実2>イベントBで「宇宙」をモチーフにしたら、集客力が高まった。
<事実3>イベントCで「図鑑」をモチーフにしたら、集客力が高まった。
帰納法を用いて考えれば、これらの事実から「この3つのイベントの共通点は、モチーフを加えたことである」という共通点を発見し、「イベントにモチーフを加えれば、集客力を高めることができる」という結論を得ることができるでしょう。
これは、「モチーフを加えたら集客力が高まる」というあなた独自の「法則」を手に入れたことを意味します。この法則を活かし、今後はモチーフを加えたイベント企画を立案することで、高い成果を上げ続けることができるようになるでしょう。
初めにご説明した「メーカーA社」のケースでは、会う人会う人みんなまじめな性格であれば、生真面目な社風であると結論付けられます。もしあなたが営業担当者で、A社がクライアントならば、エッジの利いた革新的な提案よりも、基本を押さえた定番的な提案のほうが通りやすそうだなと判断できるでしょう。これも一つの「法則」です。
このように、さまざまな経験に帰納法を取り入れ「法則」を手に入れることができれば、これらの法則が武器となり、ビジネスパーソンとしての成長や競争力へとつながります。
帰納法のトレーニング方法
目の前で起こっている出来事を単に受け流すのではなく、「何か共通している点はないか」と考える習慣をつけるといいでしょう。
一見バラバラに思える出来事でも、何か似ている点はないか、そこから読み取れるものはないかと考えるだけで、帰納法のトレーニングになります。
自身の「経験」を活かす方法もあります。
例えば、仕事でうまくいった経験を振り返り、「どんなことをしたときにうまくいったのか」を書き出してみます。その「どんなことをしたとき」に共通点はないか、考えてみましょう。
スティーブ・ジョブズが言った「Connecting the dots(点と点をつなげる)」がまさにこれで、全く別の分野の成功体験であっても、例えば自身の思考や行動、創意工夫などに共通点があるかもしれません。それを考えることそのものがトレーニングになり、自身の武器となる法則の発見にもつながります。
「演繹法」とはルールに物事を当てはめて結論を出す推論法
「演繹法」とは、前提となるルールに、目の前で起きている物事を当てはめ、「当てはまるかどうか」で結論を出すという推論法です。
実はこの演繹法は、日常生活の中で誰もが知らず知らずのうちに使っている推論法です。
例えば、横断歩道を渡るときは、無意識のうちに次のように演繹法で考えているはず。
<当てはめる物事>目の前の信号は、現在「赤」である
<導かれる結論>よって、今は横断歩道を渡らず止まっていなければならない
方程式のようにルールに当てはめて考えればいいので、非常にシンプルでわかりやすく、ビジネスでも取り入れやすい推論法といえます。
例えば、ミーティングを行うとき、で考えてみましょう。
過去の経験から、「ミーティングに出席する人数が多いほど、そこから得られる結論は平均的なものになる」という前提があるとすれば、「今回のミーティングには15人が参加するから、おそらく平均的な結論しか導き出せないだろう」「したがって、新しいアイディアを考えたい場合は、少人数に絞ってミーティングを行おう」という結論を導き出すことができます。
「演繹法」は、ビジネスシーンでどう活用できる?
前述のとおり、演繹法は正しいとされているルールに物事を当てはめて結論を出すものなので、「今後の市場動向の予測」や「戦略や方針に基づいた企画立案」「会議のファシリテーション」「企画を提案する際のロジック」などに活用できます。
特に相性がいいのが「未来予測」です。例えば、新商品の投入を計画しているときは、演繹法でこのように未来を推察し、今やるべきことを明確化することができます。
<当てはめる物事>現在、もうすぐ市場導入期に入ろうとしている
<導かれる結論>よって消費者や流通事業者の関心を高めるプロモーションを展開する必要がある
もっと身近な例でも、考えてみましょう。
例えばあなたが新人営業担当者で、なかなか実績が上げられない状態にあるとします。
<当てはめる物事>自分は、先輩から仕事を教えてもらえる立場にある
<導かれる結論>先輩に営業のトークスクリプトを教えてもらえれば、自分も実績を上げることができる
演繹法でこのような結論を得られれば、先輩に的確な教えを乞うなど正しい行動をとることができ、仕事の実績向上、営業スキルの向上につなげることができるでしょう。
演繹法のトレーニング方法
演繹法の最適なトレーニングは、実は「帰納法を習得すること」にあります。
演繹法の肝は、前提となるルール。このルールをどれだけ多く理解しているかどうかで、演繹法の精度や活用範囲が決まります。
そして、この前提となるルールは、帰納法でこそ得られます。もちろん、「赤信号は止まる」などといった法律的なルールや社会的なルールは別ですが、先ほど挙げたような「ミーティングの参加人数が多いほど、結論は平均的なものになる」などといったルールは、自身の経験の中から共通点を発見し、得られた法則です。
自分の頭の中に、「こういうときは、こうなる」という前提となる法則がないと、演繹法的な頭の使い方はできません。したがって、帰納法のトレーニングを行い、独自の法則を積み上げていくことが、すなわち演繹法のトレーニングにもなるのです。
常にアンテナを張り、新しい情報を収集しようという姿勢も大切です。いくら独自の法則があっても、古すぎる法則では意味がありません。昔の成功体験を前提にしたことで、間違った判断をしてしまうベテラン社員は、決して少なくありません。自分の法則を、常にブラッシュアップし続けることを意識しましょう。
汎用性の高い第3の推論法「アブダクション」とは?
帰納法、演繹法以外に、アブダクションという推論法も注目されています。厳密に言えば、論理学の世界ではまだ正式には認められていない考え方なのですが、実務では活用頻度が高い頭の使い方なので、覚えておけばきっと役立ちます。
「アブダクション」とは、「起こった現象」に対して「法則」を当てはめ、起こった現象をうまく説明できる仮説を導き出す推論法です。「仮説形成法」「仮説的推論」などとも言われています。
例えば、次のように仮説を導き出すのが「アブダクション」です。
<法則の当てはめ>買う人が減れば、売り上げは落ちる
<導かれる仮説>よって、売り上げが落ちたのは買う人が減ったからに違いない
アブダクションの特徴は、仮説の可能性を広げたり、掘り下げたりできる点。これが、帰納法や演繹法にはないメリットと言えます。
例えば、先の例の「法則の当てはめ」部分を別の法則に入れ替えると、また別の仮説を導き出すことができます。
<法則の当てはめ>商品単価が落ちれば、売り上げは落ちる
<導かれる仮説>よって、売り上げが落ちたのは商品単価が落ちたからに違いない
このアブダクションは、課題解決のフレームワークである「ロジックツリー」を用いる時に、必ず必要になります。
「売り上げが減少した」という事象でロジックツリーを作成するとき、買う人が減ったから?単価が落ちたから?など、起こった現象の原因についてどんどん仮説を出して分解していくことで、問題特定や課題解決につなげることができます。
仮説が生まれなければ、ビジネスはそこで止まってしまいます。次の一手を考え、ビジネスを前に進めてスケールさせるためにも、アブダクション的な頭の使い方を覚えておきましょう。
アブダクションのトレーニングも「帰納法」にある
実はアブダクションのトレーニングも、演繹法と同様「帰納法」にあります。
アブダクションでは、「売り上げが落ちた」という事実に対し、「買ってくれる人が減れば、売り上げが落ちる」という法則を当てはめる必要があります。この法則をどれだけストックできているかで、導き出される仮説も変わってくるのです。
さきほど、「法則の当てはめ」部分を変えれば、別の仮説が導き出せることをお伝えしました。法則のストックが多ければ、「単価が落ちたら、売り上げが落ちる」「競合ブランドへの買い替えが起きれば、売り上げが落ちる」などの法則を当てはめ直してみて、さまざまな仮説を導き出すことができます。それらを一つひとつ検証することで課題を明確化でき、確度の高い打ち手を考えられるようにもなります。
推論力を習得すれば、ビジネスの強力な武器になる
これらの推論法は、いわば「頭の使い方のレシピ」です。まずはこの3つのレシピを覚えておくと、仕事人生を通じてずっと役に立つ武器になります。
特に「帰納法」はすべての土台になる推論法です。帰納法で法則を生み出す力を身につければ、演繹法で未来を予測できるようになり、アブダクションで問題の原因を特定できるようにもなります。帰納法を鍛えることで、演繹法とアブダクションの力も飛躍的に上がるので、ぜひまずは帰納法の頭の使い方を習慣化してほしいですね。
若い時はとかく「知識」をつけることでスキルアップを目指そうとしますが、知識は後からでもつけられます。まずは推論法という土台を作ることに注力するほうが得策です。
そして、知識は先人からの借り物ですが、推論法という「考える力」は、自分自身で生み出すものです。3つの推論法をベースに考える習慣をつければ、自分オリジナルの知恵を生み出すこともできます。
そのためにも、仕事での経験そのものを増やすことをお勧めします。ビジネスシーンにおいては「若いうちはできるだけ打席に入れ」などとよく言いますが、経験を重ねれば導き出される法則が増え、自身のストックへとつながります。チャンスがあったらどんどん手を挙げ、打席に立ちましょう。
そして、ただ経験するだけでなく、「それを法則化してストックしよう」という意識を持つことも大切です。
私は20代のころから、どんなに些細な仕事でも必ず自分のストックにしようと決めて行動してきました。例えば、広告代理店の営業時代は、広告が掲載された媒体をクライアントに直接届けるという、ただのお使いのような仕事があったのですが、単に「届けて終わり」にはせず、「届ける時にどんな一言を添えればクライアントに喜ばれ、次の発注につながるのか」というテーマを設けていろいろ試してみました。
すると、「A社にはこういうことを言うと喜ばれ、次の発注につながる可能性が高い」という法則が見えてくるようになり、それをうまく活用することで継続的な発注につなげることができたのです。そして、A社と似たようなタイプの会社には、同様のアプローチが喜ばれるのではないか?という仮説のもと、同じ法則を応用できるようにもなりました。
得られた法則は、ビジネスパーソンとしての生涯にわたる大事な武器になり、仕事で勝つための方程式になります。ぜひ推論法を上手に使って、仕事そのものを楽しんでほしいですね。
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羽田康祐さん
株式会社朝日広告社ストラテジックプランニング部門の戦略ディレクター。
広告会社の営業、マーケティング担当を経て朝日広告社に入社。マーケッターとして活躍する傍ら、産業能率大学院ビジネススクールを修了(MBA)。一度退職し、3年間外資系コンサルティング会社に参画。2010年に再び朝日広告社に戻り、現職。広告会社流の右脳とコンサルティング会社流の左脳を併せ持つハイブリッドキャリアを持つ。
著書に『問題解決力を高める推論の技術(⇒)』(フォレスト出版)『インプット・アウトプットを10倍にする読書の方程式(フォレスト出版)』『ブランディングの教科書』(NextPublishing Authors Press)。自らの経験をもとに本当に使える仕事術を厳選した『無駄な仕事が全部消える超効率ハック――最小限の力で最大の成果を生み出す57のスイッチ(⇒)』(フォレスト出版)が話題に。
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