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「言われた通りに100%できる人」をもっと評価したい! 1日100食限定、毎日18時までに退勤できる飲食店を実現した佰食屋の思い

株式会社minitts(佰食屋)
取り組みの概要
佰食屋は「1日100食限定」のステーキ丼専門店。営業時間に縛られて、長時間労働を余儀なくされる、従来の飲食店経営の常識を覆した。人数(食数)を目標として掲げることで、全スタッフが残業せずに計画的に働ける環境を実現。同じメニューを提供し続けることで、業務ルールをシンプルにし、障害者や高齢者、子育て中の人など、多様な人材が活躍できるようにしている。
取り組みへの思い
従業員の誰もが、無理なく働くことができ、且つ結果を出し続けること。こんな持続可能な会社経営・働く環境を、会社の仕組みで実現すべきだと強く思った。言われたことを言われた通りにやる。これができる人は素晴らしい、と言われる会社があってもいいのではないか。積み重ねた小さな成功体験が、自己肯定感を高める。結果として、主体性が生まれ、強いチームとなっている。(中村 朱美さん/代表取締役)
受賞のポイント
1.長時間労働が当たり前の飲食業界において、あえて販売数に制限をかけることで、クオリティを上げる仕組みづくり。
2.明確な目標設定により、誰でもそこに向かってモチベーション高く頑張ることが出来る。
3.凝縮された働き方をすることで、プライベートも充実し、職場全体がイキイキとしている。

多くの企業とは正反対?佰食屋が考える「優秀な人材」とは

飲食店経営においては、多様なメニュー展開で客単価を上げ、営業時間内に回転率を高めて売り上げを確保していくことがセオリーとされている。その方法は一方で、従業員の業務負荷を高め、長時間労働の要因となることも少なくない。こうした常識を真っ向から覆す飲食店経営を実践しているのが、「1日100食限定」「メニューは3種類のみ」の佰食屋だ。

代表取締役を務める中村 朱美さんの考え方は、著書『売上を、減らそう。』(ライツ社)で注目を集め、メディア出演や講演依頼が相次いでいる。ただ、中村さんが夫とともに100食限定の店を作ることを決めたときには、働き方に関する仕組みは何も考えていなかったのだという。「すべては一緒に働く仲間が増えるに連れて考えてきたもの」だと語る。

佰食屋では、クリエイティブなことを考える必要はない

佰食屋の特徴は、食数(来店客数)を目標として掲げることで全スタッフが計画的に残業せずに働ける環境を実現していること。そして、同じメニューを提供し続けることで業務オペレーションをシンプルにし、多様な人材が働けるようにしていることだ。

1日100食と掲げた目標をクリアした時点で、その日の営業は終了となる。そのためスタッフは長時間労働に追われることなく、夕方の早い時間帯に退勤できる。

中村さんはこのやり方の秘訣を「個人の強みを組み合わせる経営」だと話す。それは秀でた能力を持つ人材が集まっているという意味ではない。そもそも佰食屋では、一般的な多くの企業と比べて「優秀な人材」の定義が違うのだという。

「佰食屋の場合は、スタッフ自身がクリエイティブなことを考える必要はないし、リーダーシップもコミュニケーション能力もいりません。毎日100食という目標が決まっているので、『こうすれば150食売れますよ』といった提案は求めていないんです。かつ、創業時から材料もレシピも変えておらず、同じメニューだけを提供し続けているので、ここでもクリエイティブな要素は求められません」(中村さん)

昨今では多くの企業が、「変化に対応して自分自身で工夫できる人材」を求める風潮がある中で、佰食屋における優秀な人材の定義は真逆だと言えるのかもしれない。佰食屋では、変化しない日常を楽しみ、同じことをひたすら続けられる人が優秀なのだ。

「言われたことを言われた通りに100%やっていく。これができる人が優秀だと言われる会社があってもいいじゃないか、と思っています。だから私たちは採用でも他社と競合せず、採用活動はハローワークのみ。真面目に人と協力して、毎日コツコツと生きていきたいと思っているかどうかを、1時間以上の面接をかけて見極め採用しています」(中村さん)

そうして、佰食屋では障害者や高齢者、子育て中の人など、多様な人材が活躍するようになった。「電話対応は苦手だけど洗い物は得意」「接客は好きだけどお肉はさばけない」……それぞれの個性が組み合わさることで、現在の佰食屋が成り立っている。

代表取締役/中村 朱美さん

スタッフが自分で考え、判断したことは、どんな結果であれ肯定する

中村さんのマネジメントに対する考え方を伺い知ることができる、興味深いエピソードがある。

あるスタッフは、何日も続けて朝の出勤予定時間に遅刻していた。そんなスタッフにも中村さんは叱責することなく、遅刻してしまう理由を詳しく聞きながら、「それなら出勤時間を昼にしよう」といった形で根気強く接し続けたのだ。その理由について中村さんは「人材教育では即効性を求めるよりも、その人の根幹を変えていくべきだと考えているから」と語る。

「遅刻するという事象だけを見れば『明日は早く起きなさい』という指導になるでしょう。しかし私は『遅刻をする原因はなんだろう』『そのバックグラウンドにある課題を解決したい』と考えます。そうしないと遅刻することが恐怖になり、結果的には会社を辞めることになってしまいかねないからです。どこかの会社がそのバックグラウンドを解決しないといけない。私はその覚悟を持っているつもりです」(中村さん)

そのスタッフは当初、遅刻の原因を「夜遅くまでゲームをしていたから」と話したという。しかし中村さんが詳しく事情を聞いていくと、家族との関係がうまくいっていないというバックグラウンドも見えてきた。そうした個々の環境を理解しながら、少しずつ改善していく。それが中村さんのスタイルだ。

こうしたやり方を「責任ある社会人に対して面倒見が良すぎるのではないか」と見る人もいるかもしれない。会社に対して「おんぶに抱っこ」の状態になってしまい、スタッフの自律を妨げてしまうおそれもあるだろう。

「私がずっと現場にいたら、確かにおんぶに抱っこ状態になってしまうのかもしれません。でも私はあえてボスとして振る舞い、現場にはほとんどいないようにしています。だからスタッフは簡単には私を頼れないんです。みんなは私がいないことを前提に、自分で一生懸命に考えて動きます。私は、そうして動いた結果としてスタッフが自分で判断したことについては、後で『ありがとう!』と全力で肯定するようにしています」(中村さん)

順番は「働き方改革→利益」。従業員満足度を高めながら高い利益率を確保する

突出した個人の能力や努力に依存することなく、仕組みによって持続可能な経営スタイルを成り立たせている佰食屋。その一方では、同僚だけでなく取引先からも評価してもらう人事制度を取り入れ、昇給や賞与につなげているという。

100食限定の、売り上げが青天井に伸びていくはずはない経営方針であるにも関わらず、スタッフの待遇を高め続けられる理由はどこにあるのだろうか。

一人ひとりを「全角度から見て」評価する

上司だけでなく、同僚や部下からのレビューも踏まえて人事評価を行う「360度評価」という方法がある。佰食屋ではさらに、社内だけでなく仕入れ業者などの取引先からも評価を集めている。

まずは店舗責任者である店長が日頃の業務を踏まえてスタッフ全員を評価。加えて中村さんは全スタッフと面談し、他者の評価を深掘りしている。そして取引先とも密に連絡を取り、「店舗への食材納品時の対応に問題はありませんか?」「すぐに対応してくれるスタッフは誰ですか?」といった内容をヒアリングするのだ。

こうして集めた情報をもとに人事評価を決定し、4カ月に一度の賞与や、年に一度の昇給へとつながっていく。

「特定の上司だけが評価する形では、その人が見ているときだけ頑張ったり、ごまをすったり人が出てきてしまうかもしれません。誰も見ていないところで頑張っているスタッフもいるはず。だからこそ、取引先からも話を聞いて、一人ひとりを全角度から見ることが大切だと考えています」(中村さん)

ここで気になるのは人件費率の推移だ。現在のスタッフが人事評価を経て昇給を繰り返していけば、必然的に店舗の人件費率は高まっていく。1日100食限定で、売り上げを大きく伸ばさない前提の佰食屋としては致命的ではないのか。

この疑問に対して中村さんは「スタッフ全員が定期的に昇給したとしても、現在の利益で少なくとも10年は耐えられる」と答える。

「佰食屋の利益率は15%と、飲食業としてはとても高い水準です。物件の賃料を抑えていることに加え、上限売り上げが決まっていることで徹底的にコスト削減をしているため、この利益率を実現できています。さらに今後は現状の体制で新規事業に取り組み、さらに利益率を高めていきたいと考えています」(中村さん)

2020年以降、新型コロナウイルスの影響で飲食業界は大きな打撃を受けた。佰食屋も例外ではない。人流が激減した繁華街の店舗については閉鎖せざるを得なかったという。

一方で中村さんは、「店舗へ集客する」「テイクアウトやデリバリーで稼ぐ」といった従来の方法以外に、飲食業として新たな利益を生み出すための新規事業を動かしていた。それが「おいしい非常食を作る事業」だ。

「非常食は長期保存を前提にしていますが、一定期間が過ぎれば廃棄して入れ替えざるを得ません。そこで発想を逆転し、『普段からおいしく食べられる非常食』を提供し、自宅にストックし続けてもらうことで災害時の備えにつながるようにしたいと考えています。これは飲食店だからこそできること。人の役に立つおいしさを追求していきます」(中村さん)

仕事は「自分のやりがいのためにあるもの」だと知った

佰食屋が作り出した新たな飲食店経営の形は、そこで働くスタッフを確実に変えている。

正社員として働く濱田 日輪子さんは、前職でも飲食店に勤務していた。しかし「8時から20時の勤務」「休みは週1日だけ」という環境から転職を考え、佰食屋へと移った。そんな濱田さんだが、現在の佰食屋については「一言で言うなら、とても忙しい店」だと表現する。

「佰食屋は一人ひとりが自分らしく働き、人に優しい店であることは確かです。でも、のんびりゆったりと働いている人はいません。それは社員もアルバイトも同じで、みんな責任感がとても強いんです。前職の飲食店時代と比べてもスタッフのレベルは高いと思います。

私自身は、前職時代と同じくらいの量の仕事を、より短時間でこなせるようになりました。以前は何も考えずにダラダラやっていましたが、佰食屋では短い時間で集中して成果を出すことが求められます。だから最初は大変だったんですよ」(濱田さん)

こうして得たのは、生活のメリハリだった。前職よりずっと早い時間に帰宅し、まとまった連休を取ることもできるようになった。そして、仕事そのものへのモチベーションが高まり続けている自分に気づいたという。

同じく正社員として働く武市 直弥さんは、フリーターとして回転寿司店などでアルバイトをした後、ハローワークの職員に紹介されて佰食屋へ入社した。現在はそつなく接客をこなす武市さんだが、元来は人見知りなのだという。

「僕は小さいころから人と話すのが苦手でした。それでも飲食店で働いたのは、仕事でお客さまから感謝され、相手の笑顔を見ることができれば、自分を変えていけるかもしれないと思ったからです。ただ、アルバイト時代は朝から晩までシフトに入り、『嫌な仕事もお金のために我慢して続けている』という感覚でした。

佰食屋に来てからは、そんな自分の本質を職場のみんなが理解してくれるようになりました。今は無理して自分から話しかけなくてもいいし、コミュニケーションを強制される環境でもないので、気楽に働いています。普段は18時半には自宅に着くので、自分のことをじっくり考えられるようになり、仕事はただ稼ぐためだけではなく、自分のやりがいのためにあるものだと考えられるようになりました」(武市さん)

佰食屋スタッフ(左から2人目が武市さん/右から2人目が濱田さん)

こうしたスタッフ陣を見守りながら、中村さんは「世の中の多くの企業でも同様に取り組めるはず」と語る。

「企業の多くは単年の利益にばかり目が行きがちです。でも長期的な利益を考えれば、そのベースには従業員満足がなければならないはず。自分の会社の商品を愛せない従業員がいる会社で、長期的な利益を追求できるはずがないと思うのです。だから企業がやるべきことはまず働き方改革であり、その先に利益があるのではないでしょうか。」(中村さん)

私はこれからも、「働き方改革をしながら高い利益率を確保できています!」と声を大にして言い続けていきたい——。そう中村さんは結んだ。

(WRITING:多田慎介)

※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります。

第8回(2021年度)の受賞取り組み