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なぜ片頭痛は相談しづらい?有志メンバーの疑問から生まれた「ヘンズツウ部」の活動が、「みえない多様性に優しい社会」をつくる取り組みへと発展!

日本イーライリリー株式会社
取り組みの概要
悩んでいる人が多いにも関わらず、当事者からは打ち明けづらく、職場単位での配慮も進んでいない「片頭痛」。この症状についての理解を深め、悩みを共有しながら働きやすい環境づくりを目指していく、「ヘンズツウ部」を有志メンバーで立ち上げた。7名で立ち上げたヘンズツウ部には、現在110名が参加。その半数は、片頭痛持ちではない「非当事者」である。この取り組みによって、社内では片頭痛への理解が広がるとともに、腰痛や女性特有の症状など「みえない多様性」についての関心が高まり、マネジメントや職場環境に好影響をもたらしている。さらにこの取り組みは社外へも拡大し、企業や医療機関、自治体など9つの組織が参加する「みえない多様性に優しい職場づくりプロジェクト」へ発展している。
取り組みへの思い
自分の健康課題を打ち明けるのは難しいもの。ヘンズツウ部では「部活」のゆるさを持ち、カジュアルで笑いの多い雰囲気を大切にしてきた。活動を通して得た、片頭痛をはじめとする、「みえない多様性」を理解するための、ノウハウやツールはすべて無償公開。日本イーライリリーの企業理念である、「世界中の人々のより豊かな人生のため、革新的医薬品に思いやりを込めて」につながっている。この活動が社会的に認められることで、私たち自身の取り組みが、人々の健康につながっているという実感を得られている。(山縣 実句さん/コーポレート・アフェアーズ本部 広報・CSR・アドボカシ― 課長)
受賞のポイント
1.言い出しづらい持病を、「見えない多様性」という切り口で捉えてケアしている。
2.ヘンズツウ部の活動により、持病への理解が深まったことで、社内間のコミュニケーション改善に繋がった。
3.他の見えない多様性にも目が向けられていることや、社内に止まらず社外も含めて活動の幅が広がっている。

企業活動において前例のない「ヘンズツウ部」が動き出した

頻繁に訪れる痛みで仕事に支障をきたしているのに、上司や同僚には相談しづらい——。そんな片頭痛の悩みを抱えている人は少なくないはずだ。推計では日本人の約10人に1人が抱えているという片頭痛。それにも関わらず、職場での理解が広がっていないのはなぜなのか。

日本イーライリリーの有志メンバーは、そんな疑問を出発点にして「ヘンズツウ部」を立ち上げた。目指したのは、みえない多様性への理解を広げ、誰もが働きやすい職場を作ることだった。

当事者にとっては「打ち明けにくい」。職場にとっては「みえない」

「製薬企業で働く私たちでさえ、片頭痛への理解が進んでいるとは言えない状況だったんです。現状を知るにつれて『自分たちが動き出さなければいけない』という意欲や使命感が高まっていきました」

ヘンズツウ部の立ち上げメンバーの1人である山縣 実句さん(コーポレート・アフェアーズ本部 課長)は、当時の心境をそう振り返る。グローバル製薬企業として、片頭痛に関する製品開発を行ってきた日本イーライリリー。その業務の一環で片頭痛について学んでいた社員たちは、片頭痛で悩む人の現状に強い違和感を持つようになったという。

日本には約10人に1人が片頭痛の悩みを抱えているとされるが、職場においては「片頭痛を理由に休む」人はあまり聞かない。現実には職場からほとんどケアされておらず、当事者も悩みを相談できないままでいるのではないか……。

「MRI検査を受けても異常なしと診断されてしまう片頭痛は、当事者にとっては『打ち明けにくい悩み』であり、職場にとっては『みえない多様性』の一つではないかと考えました。製薬企業で働く私たちだからこそ、アクションを起こすべきだと思ったんです」(山縣さん)

とはいえ、日本の企業では片頭痛の問題と本気で向き合って活動した前例はなく、医学的な見地から論文を当たっても、職場の片頭痛と向き合っている事例は当時は見つけられなかったという。暗闇で手探りをするような状況のもと、ヘンズツウ部は動き始めたのだった。

コーポレート・アフェアーズ本部 広報・CSR・アドボカシー 課長/山縣 実句さん

気軽に、楽しく参加できる「部活動」として

ヘンズツウ部の立ち上げメンバーは7人。山縣さんと同じコーポレートアフェアーズ本部のみならず、研究開発、臨床開発医師、マーケティング、営業など、部門横断的にメンバーが加わった。

2019年の夏に動き始めた7人は、ほぼ同時に部活動に参加する社員を公募。片頭痛に悩まされている当事者はもちろん、「家族や同僚が片頭痛で悩んでいる」「片頭痛を知ることに興味がある」といった非当事者も手を挙げ、当初の段階で52人が集まったという。

2022年2月時点では120名を超える規模となったヘンズツウ部。多くの人が参加した要因として、山縣さんは「業務ではなく部活動」と位置づけたことが大きかったのではないかと見ている。部署も職位に関わらず気軽に参加できるようにしたのだ。

「業務として参加してもらう形だと、所属部署の上司から反発される可能性もあると思いました。実際に当初は『○○さんはただでさえ忙しいのに、さらに忙しくさせるのか』と言われたこともあります。だからこそ部活という立ち位置にこだわり、野球部やマラソン部と同じように、個人の意志で楽しみながら活動できるようにしました」(山縣さん)

参加者の1人である小林 舞さん(マーケティング本部 フォーキャスティング担当課長)は、「片頭痛の当事者としてこの活動に期待していた」と話す。

「私の場合は片頭痛でつらいときも発熱などの分かりやすい症状がなく、周囲にはいつも『ちょっと体調が悪くて……』とぼかして説明するのが日常になっていました。実際には吐き気に襲われるなど、仕事に向き合えなくなるほどつらいこともあるのですが、そうした状況を打ち明けられないままでいたんです。

だからメールでヘンズツウ部立ち上げの案内が届いたときには、同じように悩んでいる人の声を聞いて、自分の悩みの一部を解消できるかもしれないと思いました。ヘンズツウ部の活動に参加し、社内で片頭痛のことが共有されるようになってからは、職場の上司が以前よりも深く症状を理解してサポートしてくれるようになりました」(小林さん)

同じく初期からの参加メンバーである細谷 直史さん(研究開発・メディカルアフェアーズ統括本部 臨床開発本部 課長)は、妻が片頭痛で悩んでいたことからこの活動に興味を持った。

身近に片頭痛で苦しんでいる人がいるのに見守ることしかできない。そんな状況にもどかしさを感じていました。だからこそ、ヘンズツウ部に参加することで病気についての知識を深め、自分自身の理解や行動を変えたいと思っていました」(細谷さん)

左から、執行役員 コーポレート・アフェアーズ本部 本部長(※当時)/北野さん、研究開発・メディカルアフェアーズ統括本部 臨床開発本部 課長/細谷さん、山縣さん、マーケティング本部 フォーキャスティング担当課長/小林さん

「言ってはいけない症状」を、「言ってもいい症状」に変える

活動を重ねるごとに参加者が増えていったヘンズツウ部。その勢いはコロナ禍でも衰えることがなく、あるオンラインイベントには社内から約300人が参加したこともあったという。

片頭痛という言葉は知っていても、実は正しく片頭痛のことを知らない人は多く、片頭痛に関心を持つ人は、想像していた以上に多いのかもしれない。その手応えを得たメンバーは新たな活動に向けて動き出す。社内を飛び出し、みえない多様性を理解するためのアクションを社外へも広げていったのだ。

企業・団体間で取り組み内容を共有し、ノウハウを無償公開

日本イーライリリーの活動を発端として生まれた企業横断の「みえない多様性に優しい職場づくりプロジェクト」には、アシックスやパソナ、明治安田生命といった大手のほか、地元自治体である神戸市や医療機関など9つの企業・団体が参画。山縣さんをはじめとするヘンズツウ部メンバーの声がけに応じて、各企業・団体の取り組み内容を共有し、社会への啓発メッセージを発している。現在では片頭痛だけでなく、腰痛や女性特有の症状など、みえない多様性として幅広いテーマを挙げて議論する。

ヘンズツウ部の「顧問」として、役員の立場で山縣さんたちの取り組みをサポートしてきた北野 美英さん(執行役員 コーポレート・アフェアーズ本部 本部長 ※当時)は、「世の中に新しいスタンダードを作っていけるのではないか」と手応えを語る。

「健康経営への意識が高い企業でも、片頭痛などのみえない多様性に対して正面から取り組んでいるところは見つけられませんでした。職場の健康につながる取り組みとして興味は持たれていても、これまでには有効なソリューションがなかったのです。だからこそ、私たちの声がけに共感して動いてくれたのではないかと思います。神戸市もこの枠組みに加わり、市として設けている企業連携の場で私たちの活動を紹介するなど、積極的に支援していただいています」(北野さん)

みえない多様性プロジェクトの活動で特筆すべきなのは、各社の知見を集めたノウハウを無償で公開していることだ。プロジェクトの公式サイトでは、片頭痛などの見えない多様性について当事者や専門家の声を知ることができる「ツール冊子」や、ワークショップなどで活用できる「ストーリーカード」(カードゲーム)などを自由にダウンロードできる。

「私たちの経験値や、活動から生まれた資料・ツールなどは、オープンソース的に自由に活用してもらいたいと考えています。この活動を事業化するつもりは一切なく、ヘルスケアカンパニーとして社会に貢献できることを考えた時に、革新的な医薬品の開発のみならず、病気を抱えながら働く方々がより豊かな人生へと踏み出せるよう、みえない多様性についての理解を社会全体で広げていくことを大切にしたいと考えています」(山縣さん)

症状を打ち明けることで部署への貢献度合いが高まった

ヘンズツウ部の活動は、日本イーライリリーの職場に大きな変化を起こした。片頭痛や腰痛、女性特有の症状など、以前は「打ち明けづらい」「みえない」と思われていた悩みについて、社員同士が気軽に相談し合えるようになった。

ただ、ここで一つの疑問も頭をよぎる。さまざまな個性が働く職場においては、「自分は片頭痛持ちだけど、それを他人には打ち明けたくない」と考える人もいるのではないか。みえない多様性を重視していくと、究極的には一人ひとりが抱える悩みや痛みが、本人の意志に関わらず表出してしまうことにならないだろうか。

活動を組織全体や社外へと広げていく際に、個人の価値観を重視するためには何が大切だったのか。この問いかけに対して山縣さんは「『言ってはいけない症状』を『言ってもいい症状』に変えていくことが大切」なのだと答えてくれた。

「個人の価値観を重視することは大前提で、私たちも時間をかけて議論しました。『自分のことを言わない人が悪』になってしまうような職場は、私たちの目指すところではありません。そこで出した答えは、これまでは『言ってはいけない症状』と捉えられがちだったものを、これからは『言ってもいい症状』に変えていくというステップそのものが大切だということです。みえない多様性で悩む人の症状は、言わずに我慢するべきものではなく、周りにちゃんと知ってもらうべきもの。一方で言いたくない人は言わなくてもいい。そんなメッセージを社内外へ発信してきました」(山縣さん)

片頭痛の当事者である小林さんは、「『言ってもいい』という雰囲気が生まれたことで働きやすさが格段に高まった」と話す。

「以前の私は『他人に症状を打ち明けたくない人』でした。正直に片頭痛のことを伝えると、仕事ができない人だと思われるのではないかという怖さがあったんです。でも、ヘンズツウ部の活動に参加してその考えは変わりました。我慢せずに症状を打ち明けることで自身の業務パフォーマンスを改善し、結果的に部署への貢献度合いを高められると知ったからです」(小林さん)

当事者にとっては打ち明けづらく、周囲にとってはみえない多様性。それは知らずしらずのうちに相談を遠慮させる空気を作り、職場のパフォーマンスを阻害してしまっているのかもしれない。業種や規模に関わらず、日本中のありとあらゆる組織で。

山縣さんたちは今後、ヘンズツウ部や社外活動で得たノウハウを、職場だけでなく学校などへも提供していく計画だという。これまでは相談しづらかった悩みを気軽に打ち明けられる社会へ。その変革に向けたアクションは、まさにこれからが本番なのだ。

(WRITING:多田慎介)

※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります。

第8回(2021年度)の受賞取り組み