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公務員だけでもボランティアでもない、「副業で起業」という第3の道。 ビジネスの力で地域課題の解決を目指す横須賀市職員の新たな挑戦

一般社団法人KAKEHASHI
取り組みの概要
横須賀市役所の職員が、地域の課題を解決する取り組みに持続性を持たせるために、一般社団法人KAKEHASHIを設立。市内で暮らし働く現役世代の声を聞き、地元野菜の販売を拡大するための事業立ち上げなど、様々な活動を進めている。また同法人の活動によって、市民からの市役所に対するイメージ向上といった、副次的な効果も得られている。KAKEHASHIの活動をSNSで発信することで、「職員の立場を超えて地元に関わりたい」と考える、他自治体職員からのアクションにもつながり、現在ではKAKEHASHIの活動を参考にした、3つの法人が立ち上がっている。
取り組みへの思い
横須賀市の課題を解決したい、という一心で活動を続けている。横須賀のためになることなら、行政であれ一般社団法人であれ、活動の場にはこだわっていない。以前は「市役所職員として、出世しないとやりたいことができない」と思い込み、自分自身のキャリアにモヤモヤしていた時期もあったが、副業として外に飛び出し法人を設立することで、「今できることに全力で取り組む」状態になれた。(高橋 正和さん/代表理事、横須賀市 財務部 FM推進課 主任)
受賞のポイント
1.決められた業務範囲を「はみ出すこと」が難しい職場環境で、強い目的意識から法人を設立し、課題解決に向き合っている。
2.役所ではなかなか手が届きづらい市民ニーズに応えることで、市民からの市役所のイメージ向上にも寄与している。
3.職場の活性化のみならず、他自治体でもKAKEHASHIを参考にした同様の成功事例が生まれている。

「職員の限界」「有志活動の限界」というモヤモヤを乗り越えて

一般企業において副業に取り組む人が増えるなか、公務員の世界においても、職員の副業を認める地方自治体が登場している。働き方の可能性が広がる現状を受けて、自身のキャリアを見つめ直している人も少なくないだろう。

神奈川県横須賀市の職員である高橋 正和さんも、公務員として働きながら、さまざまな可能性を模索していた。より正確に言えば「もがいていた」と言ったほうが正しいのかもしれない。地元に貢献したいと強く想っていても、市役所職員の立場ではできることに限界がある——。ジレンマの末に選んだのは、全国でも前例のない「公務員が副業で起業する」という道だった。

ボランティアではなく、ビジネスとして取り組む意義

一般社団法人KAKEHASHIは、地元・横須賀市の事業者や住民の課題を解決するために設立された。

活動の一例としては「すこやかピュレ」というオリジナル商品の販売がある。市内の農家が生産し、傷が付くなどして値崩れしてしまったかぼちゃを適正価格で買い取って、ピュレに加工し地元特産品として売り出している。

コロナ禍の影響を受ける、事業者への支援にも取り組む。冠婚葬祭の需要が激減してしまった市内の生花店をサポートすべく、「活け花おけいこ定期便」という事業を提案。感染予防のため外出を控えている高齢者へ活け花作りのパッケージを定期配送し、生花の新規需要を開拓するとともに、高齢者の見守りにもつなげているのだ。

「KAKEHASHIの事業は、一つひとつが横須賀の課題を解決するために生まれた新規事業です。市役所職員だからこそ気付ける課題があり、法人を運営しているからこそ真剣にビジネスとして取り組めるんです」

設立メンバーの1人である高橋 正和さん(KAKEHASHI代表理事/横須賀市 財務部 FM推進課 主任)はそう話す。善意のボランティアとして活動するのではなく、利益を生む事業として取り組むことで、持続的に地域の課題を解決していく。そんな思いのもとに立ち上がった法人なのだという。

「横須賀市との関係性としては、単なる『公認』だけ。特に契約関係があるわけではありません。ただ、横須賀市は今、人口減によって歳入が減少しつつあり、将来的な公共サービスの原資も明らかに減りつつあります。地元の企業や事業者が稼ぐ力を高めてくれれば、結果的に市の歳入が増え、弱い立場にある市民の方々のためにもなる。そうした意味では、市にとってもKAKEHASHIの活動は非常にポジティブに捉えられています」(高橋さん)

副業としてKAKEHASHIの経営にあたる高橋さん。勤務先である横須賀市からは、「市職員としての年収を超えない範囲」で稼ぐことが認められている。普段は通勤時間や退庁後の時間を活用してKAKEHASHIの業務を進めている。

代表理事、横須賀市 財務部 FM推進課 主任/高橋 正和さん

市長に直談判した「法人設立の意義」

横須賀市役所へ入庁する前は、民間企業の営業職として働いていた高橋さん。公務員への転職を考えたのは、「大好きな地元・横須賀を離れたくなかったから」だという。会社員だと将来的に異動を命じられるかもしれない。ずっと横須賀で働き続けられる仕事は——?もっとも間違いないのは横須賀市の職員になることだった。

入庁後は選挙管理課を経て市長付の秘書を務める。市長の側で市の課題と間近に接し、横須賀市政や政策のことを深く考えるようになっていった。とはいえ、一職員だとできることには限りがある。モヤモヤを抱えていた高橋さんの転機となったのは、ある研修プログラムだった。

「大手広告代理店から講師を招き、広報戦略を学ぶ研修でした。その講師は放送作家やインスタグラマーなど、私たちが普段知り合わない領域の方々をゲストに呼んでくれたんです。そこで実施されたのが『街に出て市民の声を聞き、政策を考える』というフィールドワークでした。

日頃の仕事では、町内会長や地元企業経営者など、年齢が上の方と話す機会ばかり。しかしこのフィールドワークでは、横須賀に住む同世代の人たちの声をたくさん聞くことができました」(高橋さん)

同世代の市民が抱えている課題意識は、高橋さんが想像していたよりもずっと深く、多岐にわたっていたという。「こんな政策があれば子どもを生みやすくなるんじゃない?」「こんな制度があったら横須賀に住みたい人が増えると思うよ」。研修では、受け止めた声をもとにして市長へ政策提案。残念ながら実現には至らなかったものの、一緒に参加していたメンバーとともに、有志活動として市民の声を聞き続けることにした。

「しかし、程なくして活動に限界を感じるようになっていきました。有志活動である限り、出向いた先で市役所職員の名刺を渡すことはできず、私たちの訪問意図がうまく伝わりません。また、交通費などの必要経費を自腹で捻出し続けることにも限界があります。そこで、法人を立ち上げ、ビジネスとして継続することを検討し始めたんです」(高橋さん)

市の職員が法人を作るためには、任命権者である横須賀市長の許可が必要だった。前例のない試みだったが、高橋さんたちは市長へ直談判し、法人を設立したいと考えている背景や、その段階で構想していた事業アイデアなどを熱弁。市長の理解を得ることに成功し、KAKEHASHIが誕生することになったのだった。

KAKEHASHIも、職員としての出世も、「横須賀に貢献するための手段」に過ぎない

KAKEHASHIの設立には、高橋さんと志を同じくするメンバーも加わった。「横須賀のためになることがしたい」という思いのもとに集まった有志の仲間たちだ。

同時にそれぞれのメンバーは、公務員として歩むキャリアに対しても新たな期待感も抱いていた。高橋さんとともに代表理事を務める山中 靖さん(横須賀市経営企画部 都市戦略課)は、「優秀な人材が横須賀で活躍し続けられるようにするためにも、KAKEHASHIの活動には大きな意味がある」と話す。

代表理事 横須賀市経営企画部 都市戦略課/山中 靖さん

法人を設立することで、キャリアのモヤモヤから解放された

「私も高橋と同じく横須賀出身です。都内の大学を卒業し、『どうせ働くなら自分が一生懸命になれることをしたい』と思って、生まれ育った横須賀市の職員になりました。ただ高橋と違うのは、私が民間経験のないプロパー公務員だということ。その意味では、法人を設立して取り組む副業はとても刺激的で、貴重な経験を得ています」(山中さん)

市役所は、公共インフラや税金、福祉に関することなど、市政に関するありとあらゆる業務を担う「総合商社」的な職場だ。職員は人事異動によって、まったく望んでいない業務に就くことになる可能性もある。若手のなかには、望まない異動によって仕事へのモチベーションを低下させてしまう人もいるのだという。そうした意味では、KAKEHASHIのように別の活躍の場所を持つことが、キャリアに悩む公務員を救う可能性もある。

高橋さんも、かつてはキャリアに悩んでいた時期があると打ち明ける。

「私は以前、『市役所内で出世しなければやりたいことができない』と思い込んでいた時期もありました。でもよくよく考えてみれば、自由にやれるほど出世できるまでには20年はかかるんです。『そんなに待てない』という焦りを抱えていましたが、法人を設立することで、今できることに全力で取り組めるようになりました」(高橋さん)

KAKEHASHIの活動をヒントに3つの法人が立ち上がった

高橋さんたちの活動は、SNSを通じて新たな広がりを見せつつある。横須賀から遠く離れた、全国各地の自治体で働く職員から、「法人設立のノウハウを教えてほしい」という相談が寄せられるようになったのだ。

「全国を見渡せば、私たちよりも素晴らしい取り組みをボランティアとして続けている公務員がたくさんいます。一方で、私たちのように副業として法人を設立し、活動に持続性を持たせている例はこれまでありませんでした。同じような志を持ち、同じような悩みを抱えている人には、包み隠さず自分たちのノウハウを伝えていきたいと想っています」(高橋さん)

KAKEHASHIの取り組みが端緒となり、現在では全国で3つの一般社団法人が立ち上がっている。「法人設立後には『これが僕たちの定款です!』と言って共有してくださる方もいました。情熱を共有できている感じがして、とてもうれしかったですね」と高橋さんは微笑む。

活動風景

2人は今後の展望をどのように描いているのだろうか。山中さんは「面白い仕事にコミットし続けたい」と話してくれた。

「今後もKAKEHASHIと市役所の両輪でやっていくつもりです。必要とされる限りは法人組織を拡大し、後任育成も含めて活動していきたいですね。私にとっては、市役所の仕事もKAKEHASHIでの仕事も『横須賀を盛り上げていくためのプロジェクト』という点では同じなんです。とにかく横須賀に貢献することを続けたい。そんな思いで、この活動にコミットしてきます」(山中さん)

続く高橋さんの答えは、少し意外なものだった。「KAKEHASHIとしての活動を長期間続けることは考えていない」という。

「私がKAKEHASHIの活動を続けるのは、自分自身が市の部長等になるまでだと考えています。部長等になったら、現在の立場はそぐわない気がするんです。私にとっては、KAKEHASHIの活動も市の部長等を目指すことも、横須賀に貢献するための手段に過ぎません。『KAKEHASHIの高橋』という立場に縛られることなく、目の前にある課題の解決に向けて、常に柔軟に動いていきたいと思います」(高橋さん)

(WRITING:多田慎介)

※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります。

第8回(2021年度)の受賞取り組み