従業員の幸せのために、社長はあえて「トラックと売り上げ」を手放した。 健康経営を実践する日東物流の改革ストーリー
株式会社日東物流従業員の幸せのために、社長はあえて「トラックと売り上げ」を手放した。 健康経営を実践する日東物流の改革ストーリー
株式会社日東物流コロナ禍で多くの業界が変革を迫られるなかでも、物流を支えるトラックは休むことが許されなかった。ドライバーとして働く人々は「エッセンシャルワーカー」と呼ばれるようになり、社会に欠かせない存在であることが改めて認識された。
しかし、その機能は現場のドライバーにのしかかる重い負担によって支えられているのも事実だ。荷主(取引先)からはシビアな条件を突きつけられ、ドライバーの所定労働時間はあってないようなもの。そんな現実への違和感から立ち上がり、常識に縛られることなく変革を進めている会社がある。千葉県四街道市の物流会社「日東物流」だ。
「そもそも物流業界自体が、グレーでなければ成り立たない時代があったんです。特に当社のような24時間体制で動く運送会社にとっては」
そう話すのは、日東物流の2代目社長を務める菅原 拓也さん。父が興した同社へ2008年に入社するも、ちょうどその年、経営観を大きく変えることとなる出来事が起きた。所属するドライバーが死亡事故を起こしてしまったのだ。
日東物流は行政処分を受け、さまざまな問題が明るみに出ることとなった。ドライバーの違法な長時間労働や管理体制の不備を目の当たりにし、菅原さんは「コンプライアンスを重視し、従業員が健康に働けるようにしなければ会社の未来はない」と痛感する。
「僕自身は次代の経営を担う前提で入社しています。これまでの業界の常識を受け入れて会社を経営していくことは、僕にはできませんでした。『どの会社もやっていることだから』と言い訳し、労働時間をごまかして記帳するようなことはやっちゃいけない。ドライバーが長く健康に働けるようにしなければいけない。そのために僕は頑張るし、このスタイルが会社に合わないなら僕は辞めるしかないとさえ思っていました」(菅原さん)
大きな問題だったドライバーの労働時間を抑制するためには、会社として受注している案件そのものを見直すしかなかった。そのためには取引先との交渉を避けて通ることはできない。まずは営業エリアそのものを見直し、中部地方などへ向かう中距離便を廃止して首都圏の輸送のみ対応する体制へ。さらに取引先1社ずつを訪ね、労働時間が短くなってもドライバーの収入が減らないよう、条件交渉を重ねていった。
「2代目の若造が、何を偉そうに」
シビアな交渉の場では、そんな罵声を浴びせられることもあったという。
「『運送会社の料金は叩けるだけ叩く』という考え方の荷主さんも少なくありません。どこまで交渉しても適正なラインには届かないと判断し、やむを得ず撤退を選択したこともあります」(菅原さん)
菅原さんが推し進めたのは、一言で表すなら「売り上げを減らして利益を増やす」経営への転換だ。
「この業界でドライバーの健康維持を目指し、労働時間の圧縮を図るのであれば、売り上げを減らすか人を増やすしかありません。人材難の時代に後者が難しいのは明白。そこで僕たちは業務量、つまり売り上げを減らすしかないと思ったんです。父の代に無借金経営を貫いていたことにも助けられて、思いきった選択を重ねてきました」(菅原さん)
とはいえ、ドライバーのなかには高収入を重視している人も少なくないはずだ。社長が「売り上げを減らす」という方針を明確にして、従業員から不安や疑問の声は上がらなかったのだろうか。
「たしかに現場のドライバーは、『走る時間が減れば稼ぎも減るのでは』という不安を持っていました。僕としては当然ながら、従業員の収入減少につながるような改革を進めるつもりはありません。労働時間が減っても自動的に給与が下がることのない仕組みとし、会社を高収益体質に変えながら、ドライバーの収入を時間単位で上げられるようにしてきました。この体制が健康経営とコンプライアンスを強化する施策の根底にあります」(菅原さん)
事実、日東物流では、先代社長のころから長く働くベテランドライバーが多数活躍している。それは管理職も同様だ。取引先との条件を見直したことで労働時間が短縮され、収入が減ることなく、働きやすい会社へと変わっていった。「去っていく理由はない」と考える人がほとんどだったのだろう。
一連の交渉を進め、長時間労働の是正は一定の成果が見られるようになった。だがこれだけでは従業員の健康を守ることはできない。会社として積極的にアクションを起こし、従業員の健康意識を高める必要があった。
日東物流の健康経営施策を担当する嵩原 幸子さん(安全推進部 ヘルスケア担当)は、ドライバーとして走っていた経験も長く、従業員目線に立った働きかけを大切にしている。「私が入社した当時は、何年も健康診断を受けないまま走り続けていた」と振り返る嵩原さん。そんな状態から、どのように健康経営施策を動かしていったのだろうか。
「大前提は健康診断の100%受診です。ここは会社として強い意志を持って取り組んでいます。そのため現在では、健康診断を受けていない従業員は1人もいません。ただし、本当に大切なのは健康診断後の対応。何らかの懸念点が見つかったときに、いかに素早く対応できるかを重視しています」(嵩原さん)
嵩原さんの言葉は当たり前のように聞こえるかもしれないが、当事者としては「なかなかやりきれない」部分であるとも言えないだろうか。健康診断を受け、何らかの所見に基づいて再検査を勧められたにも関わらず放置してしまう。それが重大な結果を招く可能性を感じていながら、目の前の忙しさに追われているとなかなか自分の体に向き合えないこともある。
この点、日東物流の対応は徹底している。現在は再検査の実施率も100%だという。また、中長期的な検査や治療が必要な場合には経済的負担を和らげるための支援も行っている。たとえば無呼吸症候群の検査費用を会社負担とし、その後の治療費についても半額を負担するといった具合だ。
とはいえ、耳の痛い事実を指摘されればつい反発してしまうのもまた人間。従業員へさまざまな声がけを行う立場の嵩原さんは、「『うるさい!』と煙たがられたこともありますよ」と笑う。
嵩原さんはそうした気持ちも理解した上でコミュニケーションを図っているのだそうだ。健康診断を受けた後の従業員には、なるべく負担なく気軽に参加できるよう「短時間の面談」から始める。たとえ10分程度の時間であっても、打ち解けた雰囲気で会話を重ねることによって改善点が明らかになっていく。
菅原さんも、こうした着実なアプローチが大切だと話す。
「健康のためにやるべきことでも、最初はとにかくハードルを低くすることが大切だと思います。たとえば肥満・糖尿・高血圧といった危機的な状況の人が、週に5日ラーメンを食べて、毎回スープをすべて飲み干していたりするんです。そんな話を聞いたら、まずは『週に2回だけでもスープを残すようにしましょう!』と勧めます。半年後に次の面談を設定し、約束を守ってくれていたら、オーバーなくらいに褒めちぎっていますね」(菅原さん)
「昔は風邪をひいていても、インフルエンザに感染していてもトラックに乗っていた」という同社だが、現在では「ドライバーは健康と安全が何より重要」「健康状態に不安があるドライバーを走らせるわけにはいかない」という会社の意志が現場に浸透している。
その結果、従業員の意識も確実に変わってきているという。菅原さんは2021年に実際に起きたというある出来事を紹介してくれた。
「あるドライバーが、運行前に『頭が痛い』と話していたんです。それを聞いた運行管理者が本人に会ったところ、ろれつが回っていなくて、明らかに普段とは違う様子でした。そこで救急車に来てもらい、病院では脳梗塞が判明。現在は療養を続けて健康を取り戻しつつあります。恐ろしいことですが、以前の当社なら気づけていなかったかもしれません」(菅原さん)
残念なことに、物流業界では同様のことが起きても「気づけないまま」トラックを出発させる企業が今でも多いのかもしれない。シビアな競争のなかで改革なんてできるわけがない、ましてや健康経営なんて——。そんな考え方の経営者がまだまだ多いことを踏まえて、菅原さんは「自分たちの取り組みから、新しい運送会社の姿を示していきたい」と話す。
「運送会社は昔から、保有するトラック台数を誇らしく語ることが多いんですよね。『100台を超えてやっと一人前の会社』といった空気もある。当社でも100台を超えていた時期がありましたが、減車を続けて今は約80台になりました。
たとえトラックと売り上げが減っても、会社の利益と従業員の余暇時間を確保すれば、みんなが幸せに働く運送会社を作ることができるんです。僕たちがその実例を示し続けることで、業界に何かしらのメッセージを送れればと考えています」(菅原さん)
日東物流の改革ストーリーはメディアからも注目され、徐々に世の中へ発信されるようになった。応募者との面接では「紹介されている記事を読んで好感を持った」と話す人も増えているという。
(WRITING:多田慎介)
※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります。
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