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高校生だって活躍できる。創意工夫が新たな仕事のやりがいにつながる。 人事担当の「介護の楽しさを伝えたい!」という思いから生まれた施策が現場を変えた

株式会社ツクイ
取り組みの概要
髙い離職率と、採用未充足により、人材不足が深刻化する介護事業。スタッフの負担軽減や、モチベーション向上に向けた取り組みを実施した。無資格の高校生アルバイトを受け入れる「高校生ケアサポーター」や、複数の事業形態を行き来して、仕事のマンネリ化を防ぐ「ACT」(Area Crossing Tsukui-crew)、介護スタッフによるスマホ教室「寿まほくらぶ(すまほくらぶ)」を通じて、離職率を改善。新卒採用100名という、目標達成にもつながっている。
取り組みへの思い
「介護の現場で働く人は大変」というイメージが強いかもしれないが、実際はたくさんのスタッフが、明るく前向きに仕事に取り組んでいる。その事実をもっと世の中に届けて、若者にもっと介護業界のことを知ってほしいと思っていた。現場職員は、本社人事部門の私に対して、「理想論ばかり語っている」と思っていたかもしれない。それでも、「理想さえ語れなくなったら終わりだ!」と自分に言い聞かせ、人事として本気の思いを持ち、現場と向き合い続けている。(佐藤 友代さん/株式会社ツクイホールディングス 人財戦略部)
受賞のポイント
1.人材不足に喘ぐ介護業界において、高校生ケアサポーターという仕組みが改善のヒントになる。
2.若い世代が共に働くことで、職場に活気が生まれ、サービス向上にも繋がっている。
3.高校生の仕事観にもポジティブな影響を与えている。

介護スタッフのために動き出した3つの施策

高齢化が加速する日本において、介護職の担い手が今後ますます必要とされることは間違いない。一方で介護業界では人材確保の難しさに悩まされているのも事実だ。

業界大手の株式会社ツクイも例外ではなかった。2017年度にはグループ全体で22.7%という高い離職率を記録。目標としていた「新卒採用100名」にも届かない状況が続いていたという。そんな同社を、1人の人事担当者の情熱が変えようとしている。

介護の現場にある「ポジティブな事実」を伝えたい

「介護の現場では資格がなければできない仕事も多く、高い専門性が求められます。しかし現場のプロであるスタッフでも、人手が不足していると、なかなか自分が思い描くサービスを提供できません。また、事業所はデイサービスなどの種別ごとに分かれていて、配属先が『世界のすべて』になってしまいがち。こうした状況でルーティン業務を繰り返し、やりがいを見失って離職する人もいました」

そう話すのは、株式会社ツクイホールディングスの人財戦略部に所属する佐藤 友代さん。異業種から転職し、介護スタッフの採用担当を経て、現在はグループ全社の制度設計などを担当している。

「転職後に現場のスタッフと話して感じたのは、『みんな明るくいきいきと働いているんだな』ということでした。ニュースでは介護業界のネガティブな情報を聞くことが多いかもしれませんが、実際の現場は違うんです。このポジティブな事実をもっと世の中に伝えて、若い人にも介護の仕事に興味を持ってほしいと感じました」(佐藤さん)

とはいえ現実は厳しい。就職活動をする学生向けの合同説明会に参加しても、介護業界の企業にはなかなか人が集まらない。現場から日々聞こえてくるのは「人が足りない」「応募が来ない」「せっかく採用したのにすぐ辞められてしまった」といった声ばかり。当初は「どこから手を付けていくべきか分からなかった」という。

変化のきっかけは、現場で施設長を務めた経験がある上司との会話だった。その上司はかつて、有料老人ホーム開設の際のスタッフ募集において「資格がないとできない業務」と「資格がなくてもできる業務」に仕事を切り分け、主婦やアクティブシニア、学生など介護業界未経験の無資格者を大々的に採用していた。

「この方法を全体へ広げていけば、状況を変えられるのではないか」

佐藤さんはすぐに動いた。全国約20に分かれたブロックの中から試験的に協力してもらえるエリアを見つけ、「資格不要のケアサポーターを採用しませんか?」と持ちかけたのだ。

「若者に振り向いてほしいという思いがあったので、ターゲットは学生、中でも高校生に絞りました。身近な生活圏内で働いてもらいたかったし、若いうちから介護業界を知ってほしかったんです。こうして高校生ケアサポーターを活用する取り組みが始まりました」(佐藤さん)

株式会社ツクイホールディングス 人財戦略部/佐藤 友代さん

多忙な現場と向き合い、スモールスタートを徹底

さらに佐藤さんは、現場のスタッフが新たなやりがいを得られるようにするための施策を進めていった。

ひとつは「ACT」(Area Crossing Tsukui-crew)だ。従来の事業所勤務では特定の介護サービスにしか携われなかったが、エリア内で他のサービスを展開する事業所でも横断的に勤務し、スタッフが新しいステージで働けるようにした。「介護の複数の事業形態を全国で展開する当社の強みを生かしたもの」と佐藤さんは語る。

もうひとつの取り組みは「寿まほくらぶ」(すまほくらぶ)。ツクイのデイサービスを利用する高齢者を対象としたスマートフォン教室として、新型コロナウイルスの影響が広がる2020年に開始した。コロナ禍では、一人暮らしの高齢者が買い物に出かけづらくなり、離れて暮らす家族とも顔を合わせる機会が減り、高齢者が孤立するケースが多いという。

「スマホが使えれば、高齢者の暮らしは間違いなく便利になるはず。私たち介護事業者がスマホ教室を開くことで困っている人を直接サポートでき、担当するスタッフにとっては、従来のレクリエーションとは違ったやりがいを感じられるのではないかと考えました」(佐藤さん)

これらの新しい施策を進めていくにあたり、佐藤さんは「スモールスタート」を徹底したという。現場は日々お客様と向き合い、数字の責任も負っている。そのなかで本社人事が一方的に施策を提案しても、全事業所がすぐに受け入れることは難しいからだ。

「現場と私たちでは、見ているところが違うのは当たり前。現場のスタッフはとにかく多忙なんです。夕方までお客様の介護業務に追われ、日が暮れるころにようやくPCを立ち上げる。そこで本社人事からのメールが届き、新しい採用施策の提案のメッセージが書かれていても、じっくり読んで検討する暇なんてないだろうと思いました。だからこそ、最初はコミュニケーションの取りやすいモデルエリアにお願いして、小さく始めました」(佐藤さん)

徐々に広がる現場の理解。取り組みは全国の事業所・施設へ

こうして動き始めた施策は、現場で働くスタッフの状況に少しずつ変化をもたらしている。全国の事業所や施設では今、何が起きているのか。まずは高校生ケアサポーターとして勤務する2人の高校生の話を紹介したい。

「高校生も、身構えずに挑戦していい仕事だと感じています」

兵庫県内のデイサービスにアルバイトとして勤務する山下さんは、工業高校の1年生。2021年の夏休みに高校生ケアサポーターを始めた。きっかけは、同じく介護の仕事をしていた母親の勧めだったという。

「もともと人と話すことが好きなので、介護の仕事でもコミュニケーションを楽しめると思っていました。でも実際にやってみると、ちょっと気難しい方や認知症の方もいて、うまく会話できないこともありました」(山下さん)

高校生ケアサポーターは、資格がなくてもできる掃除などの簡単な仕事を担当する。デイサービスに通う高齢者の話し相手になるのも大切な役割だ。これが初めてのアルバイトだという山下さんは、「仕事の難しさと奥深さを感じている」と話す。「大変な仕事をずっと頑張っているお母さんには、『いつもありがとう』という気持ちになりました」と本音を教えてくれた。将来は、学校で勉強している電気回路の知識を生かして、介護施設のメンテナンスに携わることを考えているそうだ。

もう1人の高校生ケアサポーターとして勤務する山内さんは、2020年の秋から大阪府内のデイサービスで働いている。介護の仕事に興味を持ったのは、家族から人とのコミュニケーションが得意だから合っているのでは?というアドバイスと、何気なく眺めていたアルバイト情報サイトが「介護業界の募集だらけだったから」。専門的で難しそうだし、若い人が少なそうだけど、どんな世界なのか気になる……。そんな好奇心から応募したのだという。

山内さんもまた、お茶を入れたり配膳したり、お客様と会話したりといった無資格でもできる仕事を担当している。お客様の中には山内さんと話すことを楽しみにしている人も多いという。特に話題に上ることが多いのは孫の話だ。「最近ね、うちの孫が警察官になったんだよ」。うれしそうに語りかける高齢者と接しながら、同じ孫世代にあたる山内さんも「僕の知らないことをたくさん教えてくれるので楽しい」と感じている。

「介護の仕事には難しそう、大変そうというイメージしかありませんでしたが、いざやってみると先輩スタッフもお客様も優しく接してくれる。僕たち高校生も、身構えずに挑戦してもいい仕事だと感じています」(山内さん)

高校生ケアサポーターの存在は、デイサービスで働く他のスタッフにも好影響をもたらしている。専門的な業務に追われ、なかなかお客様と向き合えない状況でも、高校生ケアサポーターが話し相手になっていることで現場全体に安心感が漂うのだという。ある現場担当者は「既存スタッフが一つひとつの専門業務に向き変える時間が増え、サービスレベルそのものが上がっていると感じる」と手応えを語る。

高校生ケアサポーターが従事している様子

従来とは違う「創意工夫する仕事の楽しさ」を感じている

別のデイサービスからは、寿まほくらぶを担当するスタッフの話を聞くことができた。

神奈川県内のデイサービスに勤務する田上さんは、スモールスタートの実証段階から寿まほくらぶの運営に関わっている。この事業所では、寿まほくらぶをお客様向けの参加型イベントの一環として導入した。

「従来の参加型イベントでは、脳トレや塗り絵、折り紙などの手作業の要素を取り入れています。スマホ教室も同様に手を動かしたり、新しいことに挑戦したりすることでお客様にプラスになると考えました。スマホの使い方に慣れていけばネット通販なども使いこなせるようになるかもしれません。そうした意味でも重要なメニューだと捉えていました」(田上さん)

寿まほくらぶではまず、スマホの電源の入れ方やタップの仕方などの基本から教える。田上さんとともに寿まほくらぶの運営に携わる今泉さんは、「赤ちゃんの頬を触るようにタップしてください」など、分かりやすい言葉で操作方法を伝えていると話す。

「いきなり難易度を高めると、『先週習ったことを忘れちゃった』『どうせ家に帰ったら忘れちゃうんだよな』といったネガティブな反応が増えてしまうかもしれません。スマホを覚えてもらうことも大事ですが、その前にまずはスマホを楽しく扱っていただきたいと思っています。LINEを使って、グループで3文字のしりとりをするなど、楽しく覚えられるように工夫しています」(今泉さん)

今泉さんは加えて、寿まほくらぶを通じて仕事への取り組み姿勢にも変化があったと語る。

「お客様によって、スマホの操作を覚えるスピードはまったく違います。以前よりも深く一人ひとりの特性を知らなければいけないと思うようになりました。また、最初はおっかなびっくりになってしまう方もいるので、どうすれば興味を持っていただけるかを考え、お花が好きな方には『お花について検索してみましょう』など、個々のお客様に応じたオーダーメイドの楽しみ方を提案しています。従来の画一的なレクリエーション業務とは違い、自分自身で工夫する楽しさを感じています」(今泉さん)

2人は現在、こうしたノウハウを他のデイサービススタッフにも教えているという。近い将来には、全国のツクイのデイサービスで寿まほくらぶが人気メニューとなるのかもしれない。

高校生ケアサポーターとACT、そして寿まほくらぶ。新たな取り組みは現場の働きがいへとつながり、ひいては採用活動にも好影響をもたらすようになった。2021年度の新卒募集では、初めて3桁の大台を超えて111人の採用に成功し、目指し続けてきた目標をクリアできた。

佐藤さんは「全国へ取り組みを拡大していきたい」と意気込む。活動を後押ししてくれているのは、徐々に広がる現場の理解だ。

「一連の取り組みを通じて、現場の人たちとたくさんの関係性を作ることができました。本社人事部門という立場では、現場との距離が離れてしまいがち。でも今は、何か疑問があるときには現場の人にさっと連絡して聞けるし、現場の人にしか分からない視点でアドバイスをもらうこともできます。これは私自身にとって、とてもありがたい変化でした。こうした取り組みが広がっていけば、もっともっと強い組織になっていけると信じています」(佐藤さん)

(WRITING:多田慎介)

※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります。

第8回(2021年度)の受賞取り組み