「社長にはついていけない」。崩壊寸前だった中小企業のストーリー。 10年年表で全員の夢を共有し、掲げた目標を達成し続ける強いチームへ!
株式会社京屋染物店
「社長にはついていけない」。崩壊寸前だった中小企業のストーリー。 10年年表で全員の夢を共有し、掲げた目標を達成し続ける強いチームへ!
株式会社京屋染物店「なぜ自分たちの給料が上がらないんだ」「社長が勝手に私腹を肥やしているんじゃないか」「もう社長にはついていけない」……。
かつての京屋染物店は、組織崩壊の一歩手前の状態だった。人口減少が続く岩手県一関市で代を重ねてきた同社。2009年に父親から経営を引き継いだ蜂谷 悠介さん(代表取締役)は、東日本大震災で甚大な影響を受けながらも業績の立て直しに邁進する。結果、長時間労働が常態化した社員の間には不満が募り、ついには「社長にはついていけない」とまで言われてしまったのだった。
そんな京屋染物店は今、一人ひとりの社員が夢や目標を共有し、会社が掲げる「和の追求 世界一の染物屋を目指す」という理念を全員が追いかける組織となっている。どん底の状態から同社を変えた取り組みとは何だったのか。崖っぷちの中小企業が希望を見出すまでのストーリーを聞いた。
「当時は『とにかく稼がなきゃいけない』という一心で、夜中の12時を過ぎても職人たちに仕事をさせていました。休日は少なく、有給休暇なんて取れるはずもない。そんなことが続いたある日、社員たちから貸し会議室へ呼び出されたんです」
蜂谷さんは、絶望的な状況に置かれていたあのころをそう振り返る。社長は会社の金を使って私腹を肥やしているんじゃないか——。そんな疑いまで向けられ、「会社を存続させるために必死で動いているのに、なぜそこまで言われなきゃいけないんだ」と追い込まれた。
「そんな組織にしかできない自分の責任を感じましたし、何より社員のみんなが幸せになれていないことが残念でなりませんでした。そのときは半分開き直って『俺だってどうすればいいか分からないんだ』と本音を打ち明けたんです。必死にやっているし、みんなにも幸せになってほしいと思っているけど、今は何をやっても利益が出ないのだと」(蜂谷さん)
それまでの蜂谷さんは、「社長は威厳を持ち、かっこいい存在でなければならない」と思い込んでいた。社員には余計な心配をさせたくないという思いもあった。しかし、その本音がようやく社員に伝わったのは、威厳のある姿ではなく、追い詰められて弱音をさらけ出す姿を見せたときだったのだ。
当時、他の社員とともに社長を呼び出した庄子 さおりさん(en・nichiプロジェクトマネージャー、ディレクター)は、自らを含めた社員たちの心境の変化を克明に記憶している。
「社長の弱音を聞いて、今の状態を何とか良くしていきたいと考えているのはみんな同じだと分かったんです。目指しているゴールは同じ。そこから少しずつ、社内が一丸となって前に進んでいきました」(庄子さん)
どのように仕事を進めれば作業上のロスを減らせるのか、どうすれば顧客へ提供する価値を最大化できるのか。
社長と社員が一緒になって経営や業務改善の手法を学び、少しずつ残業を減らし、有給休暇を取得できる職場づくりを進めていった。
さらに、従来は蜂谷さんだけが握りしめていた経営に関する情報を誰もが得られるよう、サイボウズが提供するグループウェア「kintone」を導入。売り上げや収益をオープンにし、部署ごとの業務状況を見える化して社内の連携を強化していく。
「とはいえ、ただツールを導入するだけでは本当の意味でのチームワークは生まれないとも考えていました。何のために情報を共有するのか。何を実現するために情報を生かすのか。その共通認識がなければ、ツールを入れても活用しきれないと思ったんです」(蜂谷
さん)
そこで京屋染物店では、「10年年表」と名付けた独自の取り組みを開始した。その名の通り、一人ひとりの社員が「10年後にどうなっていたいか」を考え、それぞれの夢や目標を掲げる年表だ。
「最初は個人のやりたいことを言葉にすることから始めました。自分が実現したいと思うことなら、どんなテーマでも構いません。たとえばある社員は、
三代目J SOUL BROTHERSの熱狂的なファンであることから、『京屋染物店で三代目の手ぬぐいを作る』という夢を掲げていました」(蜂谷さん)
個々の思いを重ね合わせることで、次第に会社としてやりたいことも明確になっていった。会社の都合ありきではなく、「まず個人の夢ありき」。そうして言語化されたのが「和の追求 世界一の染物屋を目指す」という企業理念だった。
京屋染物店の10年年表は、毎年見直しを重ねて更新されている。年に一度、「自分たちは何のために働くのか」を全員で話し合い、新たな夢や目標を共有しているのだ。
新たな夢や目標を共有するのは、以前に掲げた夢や目標が実現しているからに他ならない。一人ひとりの成長によって、10年年表はアップデートを続けている。
「私は自分自身の目標として、2018年に『海外進出してコラボ商品を世界へ発信する』という10年年表を掲げました。社員のみんながその思いに共感してくれたことにも後押しされ、パリなどへ出かけてチャンスを探ってきたんです。今では実際に、海外ブランドとのコラボレーションが進んでいます」(蜂谷さん)
「私も2018年に掲げた『自社ブランドを作りたい』という10年年表をすでに実現しています。自分のやりたいことを言葉にして明確に掲げるからこそ、実現に向けて本気で動くし、社内外のさまざまなチャンスに気づけるのだと思います」(庄子さん)
ちなみに、蜂谷さんが紹介してくれた三代目J SOUL BROTHERSファンの縫製職人も、実際にマネジメント会社との取引を開始し、スタッフユニフォームの製作を手がけているのだという。夢を言葉にして、「いつまでに実現したいか」「そのために今年は何をやるか」「何月までに何をやるか」まで、具体的なアクションとして落とし込んでいく。アクションを起こすことで、成功か失敗かに関わらず新たな学びを得られる。この循環が、企業としての京屋染物店の成長にもつながっているのだ。
同社には長年の経験を持つベテラン職人も多い。そうした人たちも若いメンバーと同様に10年年表を掲げている。
「みんながみんな、未来に向かってキラキラしていなくてもいい。『孫と楽しく過ごしたい!』という目標でも構いません。ベテラン職人の中には、10年後にはもう引退している予定の人もいます。それでもみんなと一緒に目標を掲げ、培ってきた技術や職人としての姿勢を示し、若いメンバーへ継承してくれています。かっこいい背中を見せてくれるんです」(蜂谷さん)
蜂谷さん自身も、社員に対して常に「やりたいこと」を共有し続けている。
直近では「里山プロジェクト」というアイデアをワクワクしながら社員へ語った。東北の衣食住の魅力を発信していく新たな取り組みの構想だ。具体的な事業展開を考える際には、社員へ「こんなアイデアがあるんだけど、一緒にやってみたいことはある?」と問いかける。
「そうすると社員は、『以前に学んだことがある農業に挑戦したい』『夢だったカフェを開きたい』といった、さまざまな思いをぶつけてくれます。こうした会話から実現する事業も増えているんですよ」(蜂谷さん)
京屋染物店のストーリーはメディアでも取り上げられるようになった。会社の知名度が高まるとともに「京屋染物店で働きたい」と言ってくれる人が増え、新卒採用枠2人に対して、全国から50件もの応募が集まるようになった。10年前には考えられなかった状況だ。組織の拡大を見据えて、現在は評価や個人の成長支援のための仕組みも進化させている。
また、ここ数年は独立していく社員も現れるようになった。会社としては一時的な戦力ダウンかもしれないが、蜂谷さんは「私たちの理念に共感し、社外でも私たちと共にいい未来を作っていきたいと願っている人であれば、外へ飛び出していく人も応援したい。尊敬し、感謝し合える関係が大切ですよね」と話す。
「京屋染物店では、デザインや染物の技術はもちろん、営業や販路開拓の知識などたくさんのことを学べます。そうした経験を積み、技術、知識、心を高めて独立し、実現したい未来像を共感し合える人なら、いずれは京屋染物店の頼れる協力会社になってくれるかもしれません。組織やチームは会社の中だけではなく、外にも広げていけるはず。一緒にやりたいことを追いかけられるなら、どこにいても仲間ですから」(蜂谷さん)
(WRITING:多田慎介)
※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります。
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