警察官の仕事への意識を変え、定時退庁や有給休暇取得を推進! 遊び心あふれる異例の広報紙『週刊副署長』を1人で発行し続けた管理職の思い
徳島県警察
警察官の仕事への意識を変え、定時退庁や有給休暇取得を推進! 遊び心あふれる異例の広報紙『週刊副署長』を1人で発行し続けた管理職の思い
徳島県警察「警察組織」と聞いて、どんな内情を思い浮かべるだろうか。刑事ドラマで描かれるような徹底したピラミッド型の組織、過酷な勤務体制——。それらは外部から見た一面的なイメージに過ぎないものの、常に緊急事態と向き合い、時に命の危険にさらされることさえある業務の特性上、働き方改革が簡単ではないのも事実だろう。
しかし、組織の常識に縛られることなく、あきらめずに新たなアクションを起こす人もいる。舞台は徳島県小松島市の小松島警察署。そこでは『週刊副署長』という名の、警察関係者が作ったとは思えないようなユニークな署内広報紙が作られていた。
『週刊副署長』が書くテーマはさまざまだ。小松島警察署の働き方改革に向けた方針や日々の業務上の留意点、仕事の意識向上に役立つ考え方などを真面目に紹介したと思えば、署員を紹介する「ぴ〜ぷる」のコーナーでは、プライベートの過ごし方に重点を置いて人となりを面白おかしく伝える。
2020年7月に始まり、週に1回署内のイントラネットに掲示する形で、翌年3月まで実に計36回(さらには増刊号も)発行された『週刊副署長』。驚かされるのは、その編集・執筆・デザインなどのすべての工程を、当時副署長を務めていた川原 卓也さん(現・徳島県警察本部 警備部警備管理官 徳島県警視)が1人で担っていたことだ。
「以前に県警本部の採用業務を担当し、就職説明会のチラシ制作などを経験していたことから、広報物を作ることには慣れていたんです。公務員組織の広報に関する書籍も参考にして、新聞っぽい感じを意識して作りました」(川原さん)
昔から学術書やビジネス書などを読むのが好きで、「得た知識をアウトプットしたい」と考えていたという川原さん。しかし、副署長の立場で堅苦しく署員に語りかけると、それは単なる訓示になってしまう。面白おかしく文章をまとめ、イントラネットに上げて、「置いておくからよかったら読んでね」というスタンスで発行し続けてきた。
「最初は冗談のつもりでタイトルに『週刊』と付けたんです。すると予想以上の反応があり、『これは本当に毎週発行しなければまずいな』と焦ることになってしまいました」(川原さん)
冒頭で紹介した「ぴ〜ぷる」をはじめ、署員への取材や日常会話を通して作ったコーナーも多い。制作の過程では、副署長と署員という立場の違いを超えて、ざっくばらんに語り合うこともできたという。
取り組みの背景にあったのは、「署員の働き方への意識を変えたい」という思いだ。川原さんは『週刊副署長』と並行して、「マイテージポイント」という制度も考案。「My定時=自分で自分の働き方を変える」大切さを伝えるために、署員の定時退庁・残業削減・有給休暇取得の状況を見える化してポイントを付与する仕組みとした。
「警察署では、業務の特性上、どうしても時間外労働が多くなってしまう部署もあります。そうした事情があるのは理解した上で、自分自身の働き方として現状を認識し、過去の自分と比べてほしいと伝えました。個人やチーム同士で競争をしてほしいのではなく、自分自身が幸せになれる働き方を考えてほしいと思ったのです」(川原さん)
そんな川原さんの思いに間近で接してきた人がいる。2020年度まで小松島警察署に勤務していた大野 和雄さん(現・徳島県警察本部 生活安全部 生活環境課 課長補佐)だ。
大野さんは高校卒業後に警察学校へ進み、その後は交番勤務や機動隊での訓練・実務など、過酷な現場も多数経験してきた。夜間や休日に急な呼び出しがかかることも日常茶飯事だった。
「警察官もワークライフバランスは大切だと思います。とはいえ、事件や事故を差し置いて休むことは許されないという考えもありました。だからこそ川原副署長の発信は斬新だと感じましたし、大いに賛同する部分もありました」(大野さん)
当時は小松島警察署の生活安全課長として部下のマネジメントにあたっていた大野さん。マイテージポイントが導入されてからは、勤務時間や有給休暇取得の状況について他部署と比較しやすくなり、「上にも下にもはっきりとものが言えるようになった」と振り返る。
「それ以前も部下の勤務時間を管理していましたが、基本的にマネジメントは課長任せだったので、どこまで休ませていいものか判断に迷うところもあったんです。しかし現状がはっきり見えるようになってからは、『この人の業務はもっと改善できそう』『この人はもっと休ませてあげられそう』といった対策を取りやすくなりました。根拠があるので、上司にもはっきりと方針を伝えられるようになりました」(大野さん)
大野さんの課では、ほぼ全員が必要な休みを取れるようになったという。仕事にメリハリを持たせられるようになり、部下の「子どもの部活の応援にいきたい」といった希望もかなえられるようになった。
少しずつ現場の意識を変えていった取り組み。その目的として、川原さんは「働き方への意識改革」「署員間のコミュニケーション活性化」「職場のタテ・ヨコのフラット化」の3つを目的にしていたと語る。
背景には、「勤務の特殊性によるやらされ感から脱却してほしい」という思いがあったという。
「警察官の仕事は、所属部署によってその性質が異なります。刑事課や交通課などの部署は事件・事故に最前線で対応しており、何かあればすぐに現場へ駆けつけなければいけません。深夜の張り込みや当直業務が発生することもあります。そうした緊急対応を続けていくと、自分自身の裁量で働き方を変えることは難しいと感じるようになり、どうしても『やらされ感』が強くなってしまうんです」(川原さん)
もちろん警察でも、以前から署員一人ひとりの勤務時間を集計して休暇取得などを推奨してきた。しかし現場の実態はなかなか変わらない。川原さんは「伝え方に問題があるのでは」と考えていた。
『本部から各署長へ、あるいは署長・副署長から署員への通達では、『〜すること』の連続です。これでは結果的にやらされ感が増幅されてしまい、一人ひとりが本当の意味で幸せになるのは難しいと思いました』(川原さん)
川原さん自身、過酷な仕事の現場をたくさん経験している。若手のころには機動隊員として緊迫した現場に入ったこともあった。一般企業の人事・労務にあたる警務部門でのキャリアも長く、警察官の働き方に関しては人一倍強い重いがある。
「私自身は、仕事とプライペートを切り分けるだけでなく、『仕事も休日も楽しい人生』を送りたいと考えてやってきました。この2つを切り分けすぎると、仕事はただ単に苦しいものになってしまうと思うんですよね。私たちは責任ある仕事に本気で向き合い続けなければならない立場だからこそ、仕事以外の時間も幸せに過ごすべき。若い人たちにも、そうあってほしいと願っています」(川原さん)
外部から見れば、警察組織の中にあって『週刊副署長』や「マイテージポイント」の取り組みを進めていくのは簡単ではないように思える。川原さん自身も「署外からは『警察官に休め、休めと呼びかけてどうするんだ!』と言われたことがあります」と打ち明ける。
批判を受けるのは覚悟の上で進めていたという川原さん。ただ、小松島警察署の内部では、署長をはじめとして多くの署員が早い段階で理解を示してくれたという。県警上層部から「良い取り組みだね」と声をかけられたことも。川原さん自身が想定していた以上に、警察官の働き方を変えるべきだと感じていた人は多かったのかもしれない。
「みんな、あまり表には出しませんが、困ったときには助け合いたいという気持ちを強く持っている。それが小松島警察署であり、徳島県警なのだと思います。そうした気持ちが逆方向に働き、仲間に迷惑をかけたくない一心で付き合い残業をしている人も少なくありません。でも、ちょっとした意識の変化で『ここは俺がやっておくから早く帰れよ』とか、『この仕事はみんなでやったほうが早いよ』といった声がけが生まれ、元から備わっていたチームワークが表出するようになりました」(川原さん)
川原さんは2021年度から県警本部へ異動となり、『週刊副署長』は2021年3月16日の第36号が最終号となった。最後の紙面は圧巻の一言。川原副署長から、全署員一人ひとりへのメッセージで埋め尽くされたのだった。管理職としての関わりだけでは、全員に対してこれほどまでの思いがあふれることはなかっただろう。
新年度になり、『週刊副署長』と「マイテージポイント」は終了となった。「私が個人的な趣味に走りすぎてしまったこともあり、誰かにバトンを渡すことができなかった」と川原さんは率直に話す。
それでも、小松島警察署で働く人たちの中には、「やらされ感から脱却して、仕事も仕事以外の時間も幸せに過ごしてほしい」という川原さんの思いが息づいていると信じたい。ぶれない目的がある限り、組織は何度でも変わっていけるはずだから。
(WRITING:多田慎介)
※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります。
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