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メモリとストレージを統合するトータルな企業戦略の中で、東芝は無線技術を強化しようとしている。Bluetoothのオリジナルプロモーターとして培った近接無線通信の技術は、どう発展していくのか。求められる無線技術者とは──
(取材・文/広重隆樹 総研スタッフ/馬場美由紀 撮影/佐藤聡)作成日:13.09.04
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アナログ回路とデジタル回路が同一IC上に混在するICをミックスドシグナルICと呼ぶ。例えば無線の受信部では信号の入力部はアナログRF信号を処理するが、IC内部ではデジタル信号に変換して信号処理し、出力部分はデジタル信号を扱う。これらの機能が同一チップ上で構成されていればミックスドシグナルICとなる。最近のSoCの多くは、ミックスドシグナルICである、という言い方も可能だ。
東芝セミコンダクター&ストレージ社のミックスドシグナルIC技術でいま注力分野といえば、無線通信、モーター、電源、画像認識の4つの領域だ。中でも、無線通信はモバイル機器の入口と出口を司る重要な技術。社内のさまざまな製品領域に関わり、かつ東芝のトータルなメモリ・ストレージ戦略の要になるものである。
東芝の無線通信技術でまず思い起こされるのが、近距離無線通信規格「Bluetooth」だろう。同社は、Bluetoothの国際標準規格化に参画し、その発展と普及に深く関与してきた企業として知られる。そもそもBluetoothは携帯電話やノートパソコンなどのあらゆるモバイル機器同士をワイヤレス接続することを目的とし、1998年5月、東芝を含む通信・コンピュータ業界の大手5社が結成した業界団体「Bluetooth special interest group」によって策定された通信規格。東芝のような当初からの規格策定メンバーは、オリジナルプロモーター企業と呼ばれる。
東芝セミコンダクター&ストレージ社
ミックスドシグナルIC技師長 早貸 由起氏 |
中でも東芝が強みを発揮するのは車載向けBluetoothのチップセット開発だ。すでに、カーオーディオやカーナビなどの車載機器向けに、EDR規格に準拠した、Bluetooth通信と音声合成や音声認識などの高度な音声処理を同時に行える高性能Bluetoothチップセットを製品化している。このBluetoothハンズフリーキットを搭載した車では、Bluetooth携帯電話のアドレス帳情報を参照して相手の名前や電話番号を発声するだけで運転中でも電話をかけることができる。
「車載向け製品ですから、温度・振動など厳しい車内環境に十分耐えて、かつ確実に接続できる高信頼性が求められます。当社のチップセットは、Bluetooth接続品質、プロトコル異常系処理、低消費電力、高感度受信特性、耐タンパ特性などの優れた特長を持っています。またチップセットだけでなく、ハンズフリー用途に欠かせないノイズキャンセラ、エコーキャンセラ技術など、ソフトウェアも同時に開発している点も、東芝の強み」 こうした東芝のBluetooth技術は、2013年5月に横浜で開かれた「人とくるまのテクノロジー展2013」でも注目を浴びた。ここでは車載用途を狙った4種のICを展示したが、中でも関心が高かったのが、Bluetoothと無線LAN(Wi-Fi)一体型のコンボチップ「TC35662」だった。 「これからのカーライフは、ドライブ関連の情報を外部からWi-Fiで取得しながら、さらにスマートフォンとカーナビなどの車載機器をBluetoothでつないで相互に制御したり、画像情報をやりとりするなど、複雑なものになっていくと思います。それを一つのチップで実現しました。そこでは独自の干渉回避機能や高い接続互換性を保つノウハウが惜しみなく投入されています」(早貸氏) 今後は、Wi-Fi+Bluetooth+NFCという3つの小電力無線通信規格をワンチップ化した製品の開発も予定されているという。 |
Bluetoothで培ってきた技術の延長で今後注目されるのが、低消費電力版のBluetooth規格「Bluetooth Low Energy」に準拠した通信制御SoCの開発だ。Bluetooth Low EnergyはこれまでのBluetoothに比べて、数分の1から数十分の1の消費電力で通信できることが最大のメリット。消費電力を低く抑えるために新たな物理層を採用して、チャネル数を低減したり、パケットサイズを小さくしている。また、周辺デバイスの探索にかかわる通信制御方式も、従来のBluetoothとは異なる方式であるため、特に探索されるデバイス側の消費電力を抑えることができる。
「ボタン電池1個で1年間もたせることができれば、歩数計、心拍計、体温計、体重計などへの応用が期待できます。これらのセンサデバイスからのデータをPCやスマートフォンに送信することで、トレーニング計画や健康管理に利用することができるようになります」
と、早貸氏は最も有望な市場分野として、フィットネスやヘルスケアへの応用を挙げる。
Bluetooth Low Energyはビジネスシーンでの利用も有望だ。この規格に対応した腕時計型端末があれば、席から離れると自動的にPCにセキュリティロックをかけたり、かばんの中のスマートフォンに着信があると、それを腕時計に知らせるなどの機能を加えることができる。また、家庭内でも各種家電を操作するリモコンとしての応用が期待される。
さらに車載センサからの情報によってドライバの安全性を向上させるオートモーティブ、電力メータとセキュアに通信し家庭内機器の消費電力を削減するスマートエナジーなどの分野での応用も検討されている。
Bluetooth Low Energyは利用シーンに合わせてプロファイルの仕様を決める、という開発スタイルが特徴的だ。これまでのBluetoothに比べてプロファイルの数は増えるが、一つひとつのプロファイルの記述量が小さくて済むという利点がある。すでに体温計や心拍計、セキュリティロックのためのプロファイルなどがBluetooth SIGから公開されており、各社がそのプロファイルに基づく製品化をめざしている。
「とはいえ、規格やプロファイルが定まれば、誰にでも簡単に製品が開発できるというものではない。各種機器とのコンパティビリティを担保する必要があるので、チップ開発の歴史と経験がモノをいう世界なんです。Bluetooth規格策定におけるオリジナルプロモーター企業としてのノウハウはLow Energyでも欠かせないものになります」
と早貸氏は、Bluetooth Low Energy技術における東芝のアドバンテージを挙げた。
ミックスドシグナルICは電源ICとしても利用される。電源分野における革新技術として期待が高まるのは、無線による電力伝送、いわゆる「ワイヤレス給電」だ。いま急速に普及するスマートフォンだが、利用していてい一番困るのはそのバッテリー。携帯電話に比べて通信アクセスを頻繁に行うため、バッテリーが1日持たないことがよくある。長時間の使用が想定される場合は、ACアダプタやUSBケーブルも併せて持ち歩かなければならない。接続コードを必要とせずにスマートフォンやPCなどの充電が可能な、非接触充電システム=ワイヤレス給電技術の拡大が求められるゆえんである。
東芝はワイヤレス給電に関する業界団体であるWPC(Wireless Power Consortium)のレギュラーメンバーとして、WPCのQi規格に準拠したワイヤレス給電用システムLSIを以前から開発している。送電用LSIはマイコン内蔵、受電用LSIはDCDCコンバータによる充電機能を搭載。これらの制御デジタル回路とアナログのRF/電源回路をワンパッケージ化した受電側・送電側双方のLSIを製品化している。さらに、受信用LSIは第2世代として、従来製品から効率改善し、かつ給電コントローラ機能をワンチップ化した製品も開発済みだ。
「ワイヤレス給電では給電効率をいかに高めるかということと、それと相反する条件である、発熱の抑制を共に実現することが大きな課題になります。熱抵抗の低いパッケージング、材料技術などを含めた実装技術が必須です」
と、早貸氏は今後に向けた技術的課題を指摘する。
1984年東芝入社。マイクロ・プロセッサなどのSoC設計開発の経験が長い。2008年よりアナログIC技術に特化した製品開発を行う。2013年から現職。
話を無線通信技術に絞ろう。東芝における無線通信技術の将来を担う技術者はどんな人たちだろうか。 と意外なエピソードを披露するのは、ロジックLSI技師長・衣川正明氏だ。主に、家庭用ゲーム機やデジタルテレビの画像エンジンなどに使われるデータ・プロセッシング技術が専門だが、データ処理の側からも見ても、これからの無線技術の高度化は必須だという。 先のウォルマートの話は、消費者の購買動向という膨大なデータをマイニングすることで、新しい価値を生み出した例だった。データ処理技術とそのデータをやりとりするための無線技術、さらにそれらを溜め込むストレージ技術が結合されることで、新しいビジネス機会が生まれる。データを結び付ける要の位置に無線技術がある。 「東芝のロジックIC技術者は2年前までは、家電メーカーが出す新しいテレビの技術仕様がどうなっているかということを議論していました。ところが、いまは違う。例えば、家畜の発情期のことを研究しているエンジニアがいたりしています。それぞれの個体の体調を小さなセンサチップで測れるようになれば、それを無線でPCやクラウドに送ってモニターし、受精など適切な措置をタイムリーにできるようになります。ここでも無線が重要なファクターになります」(衣川氏) |
東芝セミコンダクター&ストレージ社
ロジックLSI技師長 衣川 正明氏 |
コンピュータやモバイル機器、家電や産業機械の一部品としてのLSI開発はもちろん重要だが、それだけだと単なる“部品屋”に終わってしまう。新しいライフスタイルやビジネスシーンを想定しながら、自分の固有の技術の可能性を広げていって欲しい──衣川氏はそれを言いたいのだった。
国内の家電メーカーが海外勢に押されるいま、それに追従するだけでは、東芝のIC技術も先細りになる、という危機感が背景にあるのだろう。
新しい市場開拓はこれまでとは違うパートナー企業と組むことによって可能になる、という側面もある。例えば、東芝が楽天と協業した、女性向け美容・健康サービス「楽天キレイ℃ナビ」がその一例だ。東芝が開発した専用の基礎体温計を用いて測定したデータを、自動でスマートフォンデバイスに転送し、専用のアプリケーション上で管理できるもの。日々の基礎体温管理や次回生理日予測、排卵日予測などができ、測定結果にマッチした美容やダイエット、食事などのアドバイスを受けることができる。デバイス間でデータをやりとりするための無線技術はこんな所にも活かされているのだ。
「このような新サービスの発想は柔軟な頭でないと、なかなかできない。市場のニーズにたえずアンテナを張りながら、データが持つ意味を考えること、それを適切に送る技術を磨くこと、時には企業の枠を越えて複数の企業をコラボしたビジネスモデルを考えること──つまりは、これからの無線技術者はもっと頭が柔らかくないと……ということですね」
と、衣川氏は言う。
もちろん、そのベースとして確固とした無線技術の蓄積が必要なことは言うまでもないモバイル端末のベースバンドチップの開発など無線技術に特化した経験も求められる要件の一つだろう。
「例えば、さまざまな規格団体が策定する無線通信プロトコルに精通していることは必須です。規格はたびたび更新されますが、最新の規格には最低限のことしか書かれていない。過去の規格は当然知っておくべきこととして、省かれていることが多いんです。だから、そこに書かれていないこと、文書の行間を読み込めることが、無線技術者には欠かせない要件になります」
と、早貸氏は言う。
日本の無線通信技術者は、その技術をチップ開発にまで応用できるという点では、携帯電話やスマートフォン、あるいはネットワーク家電の分野に分厚い人材の蓄積がある。また、モバイル基地局の設計・開発の分野にも優れたエンジニアが数多く存在する。
これらのエンジニアが東芝セミコンダクター&ストレージ社で活躍するとすれば、彼らの最大のモチベーションは何になるだろう。
「フラッシュメモリとストレージの連携を強めることで、日々爆発的に増え続けるデータを意味のあるものに変え、人々の暮らしに役立てていくという使命が私たちにはあります。無線技術はそうしたトータルなビジョンを支えるコア技術の一つ。技術者はトータルな企業戦略の中に自分の無線技術や通信用LSI技術を明確に位置づけることができるし、その戦略を活かして、これまでにないソリューションを生み出すことができるはず」
と、衣川氏は語る。
無線技術の可能性を先進的なチップ開発を通して広げる東芝。無線技術というと、これまではあくまでもインフラを支える地味な技術というイメージがあった。しかし、これからは違う。より前線のフロント領域で活躍できるチャンスがここにはあるようだ。
1983年東芝入社。半導体技術研究所でトランジスタ設計などに従事。1999年より事業部門に転じ、家庭用ゲーム機などの画像処理半導体ビジネスを担当。大分工場工場長を経て、2011年から現職。
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