|
|
カメラやレーザー光、ミリ波などを使って対象物を認識し、衝突を回避する。これからのクルマに求められる予防安全技術だ。将来の自動運転の核となる半導体の研究開発に自前で取り組むデンソー。半導体先行開発部の仕事を追いかけた。
(取材・文/広重隆樹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/早川俊昭)作成日:13.02.20
|
2012年の交通事故死亡者数は4411人。12年連続で減少しているが、交通事故の発生率自体は依然として高い水準にある。死亡者数が減っているのは、シートベルトやエアバッグなど自動車業界における衝突安全防止技術とドライバーの意識の向上が背景にある。今後クルマの走行安全技術は、衝突後の対応から、事故を未然に防ぐ予防安全の方へ進んでいくと考えられ、将来の自動運転技術に繋がっていく。
例えば、夜間や降雨時、霧の発生時など悪条件下でも車両周辺の障害物や歩行者を認識し、ドライバーに警報したり自動で止めたり回避するシステムなどの開発だ。ステアリングに脈拍センサを組み込んで、ドライバーの覚醒状態を感知するシステムの研究などもすでに始まっている。
これを実現するためには人間の感覚機能に相当するセンサと、頭脳に相当するECU、さらに手足に相当するアクチュエータのいずれもが、さらに高度に進歩しなければ実現できない。
現在の高級車にはマイクロコンピュータが80個以上、センサが100個以上も搭載されている。クルマがエレクトロニクス技術の固まりといわれるのもそのためだ。
こうした技術の根幹にあるのが半導体だ。パソコンやスマートフォンに応用されて急速な技術革新を続ける半導体だが、車載となるとまた異なった性能や条件を満たさなければならない。クルマのことはクルマ屋が一番よく知っている。
車載半導体をプロセスから回路設計、実装まで一貫して自社開発し、それを核として活用しているのがデンソーだ。近年はミリ波、レーザー、画像によるセンシング技術やパワー半導体の開発に力を入れる。
半導体先行開発部 担当部長
石原 秀昭氏 |
このような予防安全システムを開発する事業部門と緊密な連携を保ちながら、より幅広く先進の半導体技術に取り組むのが、基礎研究所の部門として活動している半導体先行開発部だ。「先行」と名づけられているのは、5〜15年後をめどに実用化・量産化される半導体エレクトロニクスの研究開発がテーマだからである。
「事業部門は事業性の観点から求められる半導体デバイスの開発がメインの仕事。逆に、汎用的なものや民生品に近いものは半導体メーカーなどから購入しているものがあります。とはいえ、半導体を外から買って取り付けるだけでは、決して差別化できません。車載半導体全体を俯瞰し、先進・先端技術を蓄積し、それらを言わば“手の内”に収め、実用化までリードしていく。それが半導体先行開発部の仕事なのです」 半導体先行開発部が取り組む半導体テーマは、安全技術だけでなく、制御技術、通信技術、パワーエレクトロニクス、EMC技術、モデリングなどのシミュレーション技術にも及んでいるが、今回は安全センシング技術に絞って話を聞いた。将来のクルマ社会を変える革新的な半導体はどのようにして生まれるのか。 |
山本啓史氏(マイコンIP開発室担当係長)の専門はデジタルLSIのアーキテクチャ・回路設計で、クルマの頭脳の部分の研究開発だ。現在は主に将来のクルマに載せるマイコンのアーキテクチャや、マイコンと周辺ICをつなぐチップ間通信の性能の飛躍的向上に取り組んでいる。
なぜこうした「時間保護」が求められるかといえば、それはクルマの安全システムに密接に関わるからだ。業務アプリを動かすオフィスPCのCPUにも時間保護という概念はある。ただプロセスやスレッドの管理は厳密ではなく、たまに終わらない処理があっても命には関わらないから問題にはならない。ところが、車載システムの場合は、極端にいえば、それが安全を揺るがすこともありうる。
ECUが人間の頭脳だとすれば、これまでは脳内処理の話。脳と目をつなぐ神経線維、つまり画像センサと画像認識LSIの間の有線・無線通信の信頼性向上に取り組むのは、秋田浩伸氏(通信IP開発室課長)だ。 例をあげると、もし画像伝送に遅れがあると、画像認識プロセッサが危険を認識しブレーキをアシストした時には既に衝突していたということも発生しうる。「表示画像は非常に綺麗ですが、ブレーキは時々間に合わない事があります」となったら、それはクルマの安全技術としては失格なのだ。通信の高速化と低遅延化の闘いは半導体技術者にとって永遠のものとも言えるが、こと走行安全では人命に関わるだけにより重要なのだと、秋田氏の研究開発は熱を帯びる。 |
半導体先行開発部
マイコンIP開発室 マイコンIP開発2課 担当係長 山本 啓史氏
半導体先行開発部
センサIP開発室 センサIP開発1課 担当課長 根塚 智裕氏 |
もう一人、今度は人間の感覚器にあたるセンサシステムの開発にあたる根塚智裕氏(センサIP開発室担当課長)に登場してもらおう。
「クルマのセンサに求められるのは死角をなくすこと。雨でも霧でも星明りでも人とか障害物を認識でき、一方で砂漠のような炎天下でもしっかり動作することが求められる。そのためには高感度で高ダイナミックレンジのイメージャや高性能なミリ波ICが最重要課題だが、センサから出てくる微小信号を外来雑音に影響されず処理するLSIの開発も重要で、両面から研究開発に取り組んでいます」(根塚氏)
いわば見えないものを見えるようにするセンサ半導体の技術。これまでは家電、AV、PCなど民生分野の半導体技術のほうの進歩が急速で、信頼性を重視する車載半導体技術はむしろそれを追いかけた方が良いという状況があった。しかし、「これからはクルマならではの技術がブレイクスルーを牽引するようになる」と語る。
これまで紹介した3人とも半導体業界からの転職組。画像LSI、センサのADコンバータ、携帯通信用LSIなど専門はそれぞれ異なるが、「クルマは社会インフラの一つであり、日本の産業を支える役割はこれからも変わらない。自分が培ってきた半導体の知識をクルマでこそ活かしたい」(秋田氏)という転職動機には共通するものがある。
半導体先行開発部では、今後も中途採用を通して民生などの他業界・他企業の技術とこれまでに蓄積してきた車載半導体技術の融合を押し進めようとしている。高周波半導体技術のクルマへの展開のケースとして、ミリ波レーダーについて考えてみよう。ミリ波は高精細画像を無線で伝送する「WirelessHD」などの規格も登場し、それに向けた研究開発が産学で活発だったが、無線LANの高性能化もあり普及には至っていない。そこで新たな活用領域として、いま最も熱い注目を集めているのは車載レーダーだ。さまざまな物体の存在を電波の反射で捉え、衝突を未然に防ぐプリクラッシュセーフティのコア技術の一つとして期待されている。
車載レーダーの2020年の市場規模は、現在の3.5倍規模、2,700億円に達するという予測もある。市場予測は盛り上がるが、しかし現実としてミリ波レーダーの設計技術者は世の中にそう多くはいないのが現状だ。ミリ波システムのコアにある半導体は、これまでGaAsなどを使ったモノリシックマイクロ波集積回路(MMIC)で設計されることが多い。 ミリ波用のアンテナ設計でも同様のことが言える。同じ高周波無線領域でも、数GHzレベルのWi-Fi、WiMAX、Bluetoothはコンピュータや移動体通信の分野に数多く設計者がいるが、より高い周波数帯を扱うミリ波アンテナ技術者は希少価値。ただ先述したようにミリ波を活用するアプリケーションとして車載レーダーの可能性は大きく拡がっている。 「ミリ波そのものの経験がなくても、Wi-Fiなどをやってきた人にとっては、全く未知の世界とは言えない。その知識は十分ここで活かせます。ミリ波にシステムLSIの視点を加えることが競争力になる」と、石川担当次長は太鼓判を押す。もちろん車載レーダーの場合、HD映画の伝送などとは桁違いに高いレベルの信頼性が要求される。だからこそ、車載ミリ波レーダーは高周波技術者にとっての新たな挑戦のフィールドということもできる。 |
半導体先行開発部 担当次長
石川 正幸氏 |
半導体先行開発部は、デンソー基礎研究所(日進市)とデバイス事業部門(刈谷市)からそれぞれ人が出て構成されている。先端半導体に関する高度な知見は必要だが、いつも研究室にこもっているわけではなく、技術者たちには絶えず実用化への視点も求められている。こうした目配りの広さは、求められる人材要件の一つでもある。半導体先行開発部では欧州(ドイツ、オランダなど)、米国(シリコンバレー)、インドにも人を送って共同研究、技術探索を始めており、グローバルに活躍できる人も求められている。
「各開発室に“IP”の名前がついているように、単に基礎研究に終わることなく、それを技術資産として社内に蓄えることが私たちの狙い。むろんその後の過程では、自社内での量産化に進む場合もあるが、半導体メーカーなどと共同で開発・実用化するケースも出てくるでしょう。技術標準化の策定やコンソーシアムの形成などを通して国内外企業や研究機関との仲間づくりを進めることも私たちの役割。最終的には、車載半導体の革新を通して、環境負荷ゼロ社会の実現や交通事故ゼロ社会の実現に貢献したい」と、石原担当部長はビジョンを語る。
世界の何億というクルマの安全を車載半導体エレクトロニクスが司る。その研究は、スマートフォンやコンピュータがもたらした影響度以上の社会的インパクトを持つはずだ。「その醍醐味をぜひここで味わってほしい」と、石原担当部長は半導体技術者へ呼びかけている。
大学では3次元計測センサを研究。アナログ回路を専門とし、半導体ベンチャーでビデオ用高速ADコンバータ、産業機器向け高精度アナログIC設計などに従事。センサ開発を一から行っているところに惹かれ、2011年デンソーに転職。 |
NTT研究所時代には、携帯電話に使われる高周波無線ICや各種通信用ICの研究開発に従事。1997年にデンソーに転職。以降ITS用システムLSI、アナログIP、次世代車載通信IP、EMC技術など幅広く技術開発に取り組む。 |
1982年デンソー入社。オリジナル32ビットマイクロプロセッサ、車載通信IP、アナログIP、EMC技術、システムLSI設計技術を開発し、トヨタをはじめ国内外のクルマに数多く適用して、自動車のエレクトロニクス化の伸展を支えた。また産業界のフォーラムや学会での講演活動を通じて、いろいろな提言を行ってきた。 |
半導体メーカーに6年間在籍。ベースバンドチップ、アプリケーションプロセッサなど携帯電話用LSI設計などを担当。部品からシステム開発まで垂直統合で開発を進める社風に惹かれ、2010年デンソーに転職。 |
||
|
このレポートに関連する企業情報です
自動車用システム製品(エンジン関係、空調関係、ボデー関係、走行安全関係)およびITS関連製品(ETC、カーナビゲーション等)、生活関連機器製品、産業機器製品等の開発・製造・販売続きを見る
このレポートの連載バックナンバー
人気企業の採用実態
あの人気企業はいま、どんな採用活動を行っているのか。大量採用?厳選採用?社長の狙い、社員の思いは?Tech総研が独自に取材、気になる実態を徹底レポート。
このレポートを読んだあなたにオススメします
カーエレクトロニクスの進化を牽引するデンソーが次に目指すもの
デンソーのデバイス技術トップが明かす次世代事業戦略
カーエレクトロニクスの進化を牽引するデンソーは、車載用半導体をプロセス開発から自前で行っていることでも知られる。同社の…
デバイス事業部の開発拠点を東京に設立する狙いは何か?
デンソーデバイス技術トップが明かす東京進出の真意
デンソーの車載半導体開発を担うデバイス事業部は2014年夏、東京に開発拠点を設立する。クルマの安心・安全技術に寄与する…
改良版19nmプロセス増産・次世代製品開発に向け、四日市工場増強
世界最小NANDメモリを実現!東芝の次世代プロセス開発
自動車エレクトロニクスの常識を変える〜異業界エンジニアも歓迎
次世代環境対応車を創る!デンソー技術者採用の舞台裏
自動車部品サプライヤー業界における圧倒的なシェアとブランド力を誇るデンソー。環境負荷の少ない次世代の車づくりに向け、パワーエレク…
高温オイル中に搭載可能な、小型、高耐熱の電子デバイス開発
デンソーが実現した機電一体ATモジュール技術革新とは
従来の常識に囚われず、新たな開発手法を生み出すデンソー。同社のオートマティック・トランスミッション(=自動変速機)制御モジュール…
僕たち私たちの転職忍者の術★31
バレないようにコッソリ転職活動したいでござる の巻
在籍中に転職活動をする場合、今の会社にバレないようこっそり慎重に進めたいもの。ときには家族や友人にも内緒で活動したいケ…
あなたのメッセージがTech総研に載るかも