【伊藤穰一氏×牧野正幸氏 “未来のIT”対談】文系理系に分けるのはNG!日本の教育に物申す

マサチューセッツ工科大学(MIT)のメディアラボで所長を務める伊藤穰一氏が、株式会社ワークスアプリケーションズ主催の『COMPANY Forum 2014』に登壇。「ITのカリスマが語る 未来のITのあり方」と題して、同社代表取締役CEOの牧野正幸氏と対談し、日本の教育問題や人材育成について、熱い議論を交わした。

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伊藤穰一氏といえば、デジタルガレージやInfoseek Japanなどを起業し、ローソン、マネックスグループ、ソニーなど多くの一流企業でボードメンバーを歴任。米国でも有数のエリート校、MITの所長に就任した際は、「2度の大学中退歴を持つ彼の就任は、非常に珍しいケース」とNYタイムズに報じられた人物だ。
「日本は、教育されることを待っている人が多いけど、もっと“学び”を学ぶべき」「クリエイティブな人には4つのP(Projects・Peers・ Passion ・Play)が必要」など、機知に富んだ発言に込められた教育への思いとは?

文系・理系と分けるから、日本でベンチャーが育たない

牧野正幸氏(以下、牧野):伊藤さんはさまざまなインタビューの中で、「日本でベンチャーが育たない」と発言されていますが、私は日本とアメリカで一番その落差が大きいのはソフトウェア業界ではないかと考えています。確かに日本では、小さなベンチャー企業はあるものの、フェイスブックやグーグルのような会社はまだ出てきていません。その一番の理由は何だとお考えですか。

伊藤穰一氏(以下、伊藤)ひとつは教育の段階で文系、理系と分けてしまうこと。それにより、ソフトウェアを作っている人にはビジネス感覚がなく、ビジネスをやっている人には技術がない。大企業なら部門ごとに分けられますが、ベンチャーはデザインもビジネスも技術も全部を分かったうえで、ひとりやふたりでまわしていかなければならないのに、文系、理系で分けてしまった時点で、そういう人材が育たなくなってしまう。

もうひとつは中小企業とベンチャーを混同してしまっていること。そもそも銀行を含め、投資家があまり育っていないので、経営者というより、投資家がベンチャーの可能性を壊してしまうケースが多い。早い段階から「とにかく利益を出せ」とか、「もっと短期で考えろ」と言いたがる。その点、アメリカはベンチャー投資家がたくさんいて、理解もあるから、そこがとてもよいところ。

牧野:確かに投資家の問題もあると思います。我々も3年半前まで上場していましたが、上場している中で功績をつくろうとすると、新製品を開発している期間というのは、赤字になるリスクがとても高いので、そこが難しいところ。無論、赤字になってしまうと、多くの株主にご迷惑がかかってしまいますから。これがアメリカだったら、いろいろな投資があるから、もう少し楽かなと思います。

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クリエイティブな人材育成に必要な4つのP

牧野:では、次に人材育成について伺います。我々は日本で最もインターンシップを受け入れる会社でして、毎回約3000人のインターンシップを受け入れて、1ヵ月間さまざまな疑似体験をしてもらっています。そのうちの約10%は海外からの学生で、彼らのことも日本人同様に新卒採用します。その海外の新卒と、日本の新卒と比べると、なんとなく日本の新卒のほうが幼い印象がある。もちろん個人差はありますが、そういった海外と日本の教育の違いはどうでしょう。

伊藤:日本に限らず、ある程度、教育のしっかりしている国は似ている部分があると思う。今まではブルーカラーも、ホワイトカラーも単純作業がワークコースの中に多かった。そういった仕事をアプリケーションや人工知能、ロボットがこなすようになったので、これからはクリエイティブなワークコースとして変えていかなければならない。現代はプログラムを書いて、どんどん単純作業を減らしていっている。プログラムを書く人というのは、皆と同じことをしていてはいけなくて、ちょっと違うことを考えていないといけない。

ところが、今の教育システムは、「ひとりでやらなくてはいけない」「正しい答えを求められる」「楽しめない」「お利口さんで、言われた通りしなくてはいけない」ことを強制される。お利口さんって、ある意味ロボットだからね。

僕らメディアラボでは、クリエイティブPという言葉を使っているのだけど、クリエイティブな人材育成には4つのPが必要で、Projects・Peers・ Passion ・Playがそれにあたる。

与えられたプロジェクト(Projects)を、仲間と一緒にやって、仲間から学び、仲間に教える(Peers)。たとえばポケモンで遊んでいる子どもを見ていても、お互い教え合っているんだよね。みんなでやる機会を持つことが大事。あと、本気で働くならパッション(Passion)が必要。そして、とことん楽しむ(Play)。ある実験結果によると、お金とプレッシャーで人にインセンティブを与えると、単純作業は早くなるけど、クリエイティブな作業というのは遅くなってしまう。情熱や遊び心は、クリエイティブな仕事の生産性に関わっている。

会社も今は単純作業があるけど、これからはどんどんなくなってくる。だからこそ、権威を疑い、自分で考えられる人材が本来は必要とされるべき。いつまでも命令だけに従っていたら、イノベーションはそもそも起こらない。でも、雇用主としては、そういう人材を採用するのは躊躇するよね。

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牧野:おっしゃるように、意欲的に学び合うクリエイターが複数人いないと、組織というのは起爆していきません。今回発表した新製品「HUE」を開発するにあたって、現状に対して初めに疑問の声をあげたのは僕なんです。「このままでいいのか」と新製品の開発を始めたのですが、当初社内では「いやぁ…」という声のほうが多かった。

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受動的な「教育」より、能動的な「学び」を

伊藤:この間、中国の工場へ見学に行ったのだけど、僕らが付き合っているその工場は、工場長、エンジニア、マネージャーを含めて、みんなが工場に住んで、一緒に飯を食っている。もう目が全然違うの。熱心だし、食いながらも仕事のことを話しているし、僕らより信頼関係がよほど強い。しかも、その辺り一帯、行く工場、行く工場がすべてそう。もともと、教育環境が整っているわけではないので、仲間同士で教え合ったり、お客さんから学んだりする力がものすごく強い。これが何千もあると思ったら、アメリカも戦えないなと思った。

かといって、あの真剣な目つきの人間を育成するための、特別なシステムが整っているわけではない。文化があって、仕事の量がある。その中で彼らは自発的に学んでいる。そういう意味で、僕は「教育」より、「学び」という言葉が好き。教育は誰かが僕に対してするものだけど、学びは自分がやるものだから。日本は、教育されることを待っている人が多いけど、もっと「学び」を学ぶべきだと思う。たぶん、戦後の日本の若者は、教育なんて受けられると思っていなくて、自発的に必死に学んでいたから、日本はここまで成長できた。今はその必死さが足りない。

牧野:うちの会社は、入社して最初の半年間は、徹底的に基礎のところだけを叩きこむ。今では、たとえ経験者であっても、必ず半年間の研修をやっている。でも、昔は研修などなく、プロジェクトを与えて、お互いに情報交換してもらって、その中でどんどん成長してもらうのが狙いだった。

ところが、抜けていく人はものすごい勢いで抜けていく一方で、8割くらいの人は教育がないから止まってしまう。その止まっている人たちに、「自分でどんどんやればいい」と伝えても、学生時代を通して長い間、受け身の教育しか受けてきていないから「この会社は教育のシステムがなっていない」なんて不満がこぼれたりしてね。そこに我々のジレンマがある。

その方法を続けていたら、2割の人だけが突き抜けて、8割の人がパフォーマンスが出ないというまずい状態に陥る。8割の人にもパフォーマンスを出してもらうには、ある程度の教育を与えないと厳しいので、それで「研修」というかたちを取るようになった。僕らだけではなく、多くの日本企業は今、似たような現状に戸惑っていると思います。

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伊藤:そうなんですよね。幼稚園やピカピカの一年生の頃から、そういった人材のプログラミングは始まってしまっているから、一旦それをぶち壊さなくてはならなくて、現に僕らはそういうプログラムを実施している。「Dプログラミング」と呼んでいるのだけど、方法としては、プロジェクトに放り込んで、アドバイスはするけど、一切の指示はしない。そうすると、みんなどうしてよいのかわからなくなる。

今までずっとガリ勉で、言われる通りやっていた人間が、「はい、すぐに動いて。すぐにやって」と言われると、困惑するのね。環境がそうだから、そうプログラミングされてしまっている。そこに企業から研究者を入れて、頭をガチャガチャにされてしまう。自分で活動できて、そういう訓練を経て、自分で考え出せる人間形成を行うべく、それまでの教育を、まず白紙に戻してもらう。

牧野:うちのインターン制度もそう。目的とやるべきことだけを告げて、方法論を一切指導しない。すると、8割の学生は「これは放置主義?」と思い、初日は「この会社は、これだけ一生懸命に人を集めておいて、初日は放置。放置して精神力でも試しているのかな」なんて感想も目立つ。けれど、それを20日間続けると、「いかにゼロから考えるのが、難しくて、楽しいかを知りました。初めての経験です」と言われる。そういう経験をもっと、大学でもできればよいですよね。

「若い血」を循環させて、社内全体の活性化を

伊藤:少し失礼な例だけど、ある遺伝子の実験で、年取ったネズミと若いネズミをつないで、血を循環させた。そしたら、年取ったネズミは細胞が若くなった。

この例から何を言いたいかというと、大企業は、会社が歳を取ってしまったせいで、システムが完全に出来上がり、なかなか動けなくなっているケースが多い。そこでアメリカの元気な大企業は、その対策として新陳代謝をよくするために、ベンチャーとうまく付き合って、巻き込んで、よいかたちで買収している。そこが日本との大きな違い。日本だと大企業が上にいて、ベンチャーを下にして、大企業病をうつしてしまっている。元来、これは逆でなければならない。

お腹が大きくなったグーグルやマイクロソフトが実践しているのは、ベンチャーが開発したプロダクトとコラボレーションしたり、売却してもらうために、きちんと窓口を置いているところ。そこで、ユニークなベンチャーを創設するような元気な若者がいると「プラットフォームにするから、グーグルにおいでよ」とスカウトする。元気のいい若者に活躍してもらい、会社の血の巡りをよくする方法を持っている。

あとは、ゲーム会社は、大企業になっても、お客さんである一番優秀なゲーマーたちをみんなリクルートしてしまう。最初はプレテストで引っ張ってきて、それから開発に巻き込むパターン。本当のファンは、強いパッションを持っているから、そういう人材が入社してくると、「ただの仕事だし」なんていうモチベーションでいた人たちにも、どんどんそのパッションを伝染させていく。そうやって、コミュニケーションの壁を溶かしていき、社内全体を活性化している。

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牧野:組織がきっちりした会社って、イノベータ―が育ちにくいじゃないですか。わざわざ道をはずそうとする人間を雇って、あえて失敗するリスクを取るのはなかなか難しい。けれど、我々もそうですが、やったことがない方法ばかりを試すしかない状況が続くので、創業した頃だと道を外すほかなかった。

すると、「新入社員にもどんどんやらせてみよう」という発想が生まれ、若手が育つよいプラットフォームになっていた。以前、大企業の方々が集まるフォーラムで、イノベーション人材を集める方法について「大企業でイノベーション人材を育てたいなら、新卒採用をやめて、我々みたいなベンチャーから20代後半くらいの人材をどんどんスカウトすればいい」と話したことがありました。我々ベンチャーが新卒を入れて、イノベーションを起こせる人材を育て、ある程度育ったところで大企業がそれなりの報酬でどんどんスカウトしていけば、すごく良い血の循環になると。「お、それはいいね」と賛同してくれた方が結構いらっしゃったんですが、その話はそれっきりになってますけどね。

伊藤:大企業で長く働いている人たちは、自分の会社のブランドというものに、すごく気持ちがありますよね。日本の大企業だと、若い時は薄給で死ぬほど働かされて、40歳くらいになってから、ようやくあまり働かなくてもお金をもらえるようになる。そこのペイオフがあるんだよね。だから、イノベーションを起こすような人が途中から入ってくると、自分たちが若い頃にしたような苦労をしていないように思えるから、「アンフェア」「何えらそうなことを言っているんだ」と負の感情がわく。その問題が意外と根深い。
あと、大企業の人たちと付き合っていて思うのは、自分の会社の中の話が約8割だったりするんだよ。やっぱり、外を見ていないから。だって、Uber(米国発ベンチャー企業。携帯アプリから今いる場所にハイヤーを呼ぶことができる配車サービスを提供する)だってさ、時価総額2兆円で、大企業並みの時価総額があるわけでしょ。そういうふうに外を見ていると、今こんなことをやっていていいのかと気が付かなきゃいけないけど、まだそこまで感じられてないのが課題です。

文・撮影:山葵夕子

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