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東急ハンズがSIerに? 常識破りのソニックガーデン

変わるSI業界!
   新世代SIerの時代が来るか?

「SIはオワコン?」などと言われるほど、変革の最中にあるSI業界。ウォーターフォールや人月計算が「時代遅れ」になりつつある中、新世代のSIerが徐々に設立されている。その特徴は従来にない「逆張り」の発想だ。

(取材・文・撮影/総研スタッフ 高橋マサシ) 作成日:13.12.16

“ハンズの販売員”が社内システムを内製、ついに会社設立!
ハンズラボ株式会社

販売部門からIT部門へ異動、「社内システムを内製せよ」


ハンズラボ株式会社
ITエンジニア
浅田茂太氏

東急ハンズがSIerになった? 信じられないかもしれないが、今年4月設立のIT子会社「ハンズラボ」は複数の案件を受注しているという。しかも、ここにいるエンジニアの多くは「元販売員」というから、謎は深まるばかりだ。
話はハンズラボの前身である、東急ハンズのITコマース部から始まる。
「池袋店のバラエティコーナーで販売員をしていたのですが、2008年の人事異動で、いきなりIT部門に行けと(笑)。大学は理系ではなく、プログラミングもわかりませんでした」
こう語るのは現在ハンズラボのITエンジニアである浅田茂太氏だ。

当時、東急ハンズでは組織改革が行われており、「IT基盤の強化」も課題だった。情報システムはパッケージソフトをカスタマイズして使っていたが、スタッフの不満は多く、その改修には費用も時間も掛かった。「ならば内製してはどうか」と考えたのが、当時のITコマース部長、現ハンズラボ社長の長谷川秀樹氏だった。

「改修にはお金がかかり、要望通りに動くかもわからない。ならば、現場を知る若手にやらせたほうが安く済むと考えたのかも(笑)。ただ、『参照系ならできるだろう』くらいの気持ちだったと思います」
実は好例があった。無印良品を展開する株式会社良品計画が、「ユニケージ」という開発手法で自社システムを内製化していたのだ。同社もこの手法を使うこととし、浅田氏と、同じく池袋店の若手販売員、外部から2人が常駐で参加し、合計4人が集まった。

「ユニケージ」でなければ開発はできなかった


現場からの要望はいくつも上がっていた。そこで浅田氏と同僚の新米エンジニア2人が最初に作ったのが、社内掲示板の「商品Q&A」。2009年2月ごろのことだ。東急ハンズの販売員は商品知識の豊富さが「売り」だが、そのための社内共有・質問サイトだ。ハンズ特有の商品カテゴリー、ログイン機能、拍手ボタンなどを2カ月弱で実装したという。
「しばらくは関連書籍を読むだけで、お金をもらっていいのか悩んでいました(笑)。後にプログラミングの講習会に行きましたが、全然付いていけない。それでも、ユニケージを徐々に覚えて、A3の紙にソースをプリントして、『これ何だろう?』と考えるようになりました」

ユニケージとは主にLinux上で、短いコマンドを組みわせたシェルスクリプトで記述する開発手法。「安い、早い、柔らかい」が特徴だという。
「安いは、Linuxのサーバーさえあれば低スペックでも動くこと。速いは、ミドルウェアを使わず、基本的にテキストファイルで、カーネルに近いところでたたくから速く動く。柔らかいは、変更しやすく拡張性も高いこと。ユニケージでなければ開発は無理だったと思います」
浅田氏はユニケージを「大きなエクセルのシートがたくさんあるイメージ」と語る。

機能の追加、通販サイトの自動化、Web-EDIも開発


ハンズラボの受付

同時期に別のプロジェクトも動いていた。当時の東急ハンズでは、在庫や売り上げなどのシステム管理は個店で異なり、商品マスター(名前、価格、グループ、仕入先などの商品情報)も全店で統一されていなかったという。
そのため、「ITに強い店と弱い店」があり、その差はスタッフの働き方にも影響していたという。そこで、各店舗のデータを横串で閲覧できるシステム「商品カタログ」を作った。2008年10月に開発を始めて2009年1月に完成。各店舗の売り上げや在庫などの情報が見られて、商品のスペック表や画像が別窓で開くようにした。生かされたのが浅田氏らの「小売の経験」だ。
「税込と税抜きの差、発注と仕入れの関係などは、店頭で接客してレジを打った人でないとわからないもの。『こんな検索ほしいよね』などの発想は出てこないと思います」

その後も、従来のシステムにない機能を追加する形で、開発は2010年春まで続いた。部員も6人ほどに増えて、今度は通販サイトに挑戦することとなった。
当時の通販サイトでは手動で商品マスターを入れたり、取り引き先からはメールでデータを送ってもらい、まとめてファイルサーバーに置いて集計し、関係者がサイトに流し込むなどしていた。こうした一連の流れを自動化し、取り引き先用にはデータを直接アップロードできるようにした。
「この辺からどんどん開発が広がり、2011年の1年を掛けてWeb-EDI(インターネットを介した企業間商取引)のシステムを作りました。これまでの内製システムへの置き換えで、数千万円のコストダウンができたのではないでしょうか」

ハンズラボ誕生!モバイルアプリやレジも作りたい


一通りの開発が終了すると、今度は外販をスタートさせた。ITコマース部は4月に独立してハンズラボというSIerとなり、業務システムやMD(マーチャンダイジング)システムを受注。得意分野はもちろん「小売」で、現在では30人弱のエンジニア集団となっている。
「時系列で見たい、ここは分析をしたい、発注を分けたいといった、私たちが感じてきたユーザーとしての要望を、お客さんに提案できるのが強みです」
もうひとつの特徴はスピード感。クラウドを使ったアジャイルのフルスクラッチで開発しており、簡単な「叩き台」なら1週間ほどでできるそうだ。それを介して顧客と「現場の話」をすることもできる。
「ただ、勝負はリリース後です。私は情報システムは満足度100%のものはできず、よくて70〜80%だと感じます。例えば、ベンダーさんから『デモ環境で使ってみて』と言われても、僕ら現場は必要に迫られないとやらないんです。忙しいし、面倒くさいから。それで、リリース後に『ここ使いにくいよ」と文句を言う(笑)。だから、リリース後がスタートです』

実際、リリースの数カ月後に現場のユーザーにヒアリングし、その内容を顧客企業の情シス部門に伝えるなどしているという。現在はグループ企業を含めた数社から受注があり、今後もいくつか案件が控えている。
外販のシステム開発もユニケージを使っている。担当者は基本一人で、顧客折衝、開発、検証、リリースまでを担当。案件が大きい場合は2〜3人に増える。案件は新規もあるがリプレースの話が多く、開発期間は短くて2カ月ほど、長いと1年弱という。

「極力無駄を省きたい」と浅田氏は語る。例えば、顧客の多くが読んでいない、分厚い仕様書は作らない。「それより機能の充実や納期の短縮を優先させたい」というのは、浅田氏が現場のユーザーとして感じていたことだ。
「社名が変わって、エンジニアになって、友人は皆驚いています(笑)。今後はシステム開発だけでなく、『ユビレジ』(iPadのPOSレジアプリ)のような、エンドユーザー向けアプリも作りたい。そして、それとつながるコンパクトなレジを作りたい。野望ですね(笑)」

大手SIer出身の異端児社長が作った「納品のない開発」
株式会社ソニックガーデン

大手SIerの社内ベンチャーが独立、アジャイルにこだわる


株式会社ソニックガーデン
代表取締役社長
CEO
倉貫義人氏

「納品のない受託開発」を掲げるSIのベンチャーがある。営業はせずに顧客が来社、システムではなく事業を相談、納品はせずに運用も担当、そして月額の定額料金。創業者で代表取締役社長兼CEOの倉貫義人氏は、大手SIerの出身。ただ、話を聞くと相当の異端児。起業までの軌跡を追ってみよう。
「1999年にSEで入社しました。当時は外注を多く頼んで大型案件を受注することがブームで、1〜2年するとマネジメント業務が中心になりました。大学時代はベンチャーでプログラマをしており、プログラミングが入社の理由だったので、当てが外れました」

そのプログラミングでさえも仕様通りに作る「流れ作業」で、すぐに違和感が出てきたという。プログラマ主導で何かできないかと調べるうち、当時は「エクストリームプログラミング」と呼ばれていたアジャイルを知る。これを広めれば評価が上がると考え、社内に広報するとともに社外コミュニティにも参加。事例や論文発表などの活動を続ける。
その後、リーダーやPMになると、アジャイルを取り入れたシステム開発をスタート。ただ、こうした開発手法を取っていたのは、全社でも倉貫氏ともうひとりくらい。そんな中、入社4年目で会社がR&Dセクションを立ち上げ、初期メンバーのひとりとなる。本社部門への大抜擢だ。

「会社公認でアジャイル活動ができるようになりましたが、売り上げがあるわけではないので、メンバーを全員実務に持っていかれました(笑)。そこで、残った若手と2人で社内システムを作りたいと上に提案し、社内で共有するナレッジマネジメントツールを開発しました」
社内に展開して公式となり、これをクラウドで外販するビジネスを2005年に立ち上げた。2009年に社内ベンチャー第1号となり、その後に別会社化という話に。そして、2011年に倉貫氏が「買い取る」形で設立したのがソニックガーデンだ。

SI常識の「逆張り」で、新しいビジネスモデルを構築


会社設立後はツールの販売だけでなく、新しいビジネスモデルでの受託開発も始めた。特徴のひとつが、営業には行かず顧客に来社してもらうスタイル。同社に営業部門はなく、顧客は問い合わせか紹介でやってくるという。
「来社していただく理由は、事業概要を聞きたいからです。半月〜1カ月で内容を深堀りしていきます。新規事業やスタートアップの案件が多いので、システムが必要ないと思えば案件を取らない場合や、別のツールを推薦するなどもあります」
最初に打ち合わせるもうひとつの理由は、同社の特徴を理解してもらうためだ。例えば、最終的な機能を約束しない、納品はしない、料金は月額定額であることなど。

当初想定していた5つの機能が3つで済んだり、機能の2つを変更するなどは、システム開発ではよくあること。だから、最終的な機能は約束しない。
また、「納品しない開発」とは、同社が運用まで担当し、リリース後も手軽に仕様変更してもらうための手法。これを可能にするのが月額定額料金だ。
「通常のSIerであれば仕様変更を嫌うでしょう。また、納品後の変更であれば、営業担当者が見積書を持って提案に来る。料金は発生しても業務が優先ですから、お客さんは渋々承諾する。これでは積極的な相談はできません。弊社は月額定額なので仕様変更はウェルカム。お客さんも気軽に相談してくれます」

また、ソニックガーデンでは要件定義をしない。これには主要顧客の案件がスタートアップやリスタートアップであることも関係しているようだ。システム開発をベンダーに頼む場合は要件定義から入るのが普通だが、こうした企業はそもそも要件定義をよく知らないし、難しいと考えてしまう。一方で内製化は苦労の連続で、エンジニアの採用ひとつにしても、彼らの技術力を評価できなかったりする。
「お客さんからも『この手法がフィットする』という声が多く、評価は上々です。また、私たちは仕様書を書きません。お客さんの机の隅に分厚いドキュメントが置かれ、ほこりをかぶっているのを何度も見ましたから(笑)」

技術進化を活用し、コンサルから運用までプログラマが担当


1フロアで仕切りのないソニックガーデンのオフィス

これまでの案件の一例は、ベビーシッターのマッチングサイト構築。業務はインターネットだけで完結せず、ベビーシッターという実業があり、ITとの両輪でビジネスをしている企業だ。こうしたO2O型の顧客が多いという。
「今まで受託したのは20社以上。納品はしないので納品までという考え方はありませんが、ローンチまでを3カ月以内としています。ただ、スタートアップの場合は難しいので、3カ月での開発後に1カ月で修正するなどもありますね」
案件は基本的にひとりが担当する。顧客折衝、開発、リリース、運用までの全工程で、開発エンジニアがコンサルタント、営業、SE、プログラマ、運用エンジニアの役割をこなす。

SIではこれが難しいからこそ分業体制が一般化したわけだが、同社ではこうした業務ができるエンジニアを採用しており、社内教育にも注力しているという。
「技術の進化も取り入れています。例えば、クラウドで運用しているので、サーバーエンジニアより必要なスキルは少なくすみます。開発はRuby on Railsなので、オープンソースで『部品』を多く活用でき、作り込みの労力が減ります。節約できた時間でお客さんの業務知識を高め、コンサル的なスキルを身に付けるなどしています」
最初からこのようにスムーズに進んだわけではない。顧客に新しいビジネスモデルを提案しながら四苦八苦して、現在の形になったそうだ。

業界変化は感じない、独自路線で「ギルド」もスタート


現在のSI業界の動向について倉貫氏に尋ねると、変化は感じていないという。
「クラウドが入ってきた2005年くらいまでしか実感がないので、変わったとは感じません。ただ、今後のマーケットがシュリンクしていき、プライムが外注に出さずに内製を始めるとすれば、下請けピラミッドの下のほうの企業は大変になるかもしれません」
ユーザー企業側の意識変化についても同様だ。そこには、同社独自のビジネスモデルがあり、競合他社があまりないことも理由だろう。

「弊社はほかのSIerのお客さんを奪っているのではなく、新しいマーケットを作っているのだと感じます。競合他社と呼べるのは、むしろスキルの高いフリーエンジニアさんではないでしょうか」
今後については、エンジニアを増員してのスケールメリットは求めず、優秀な弁護士事務所のような「少数精鋭のプロ集団」による、プロフェッショナルサービスを続けるという。
「『納品のない受託開発』を広めたいと思い、今年の夏からはノウハウを伝える会員制の『ソニックガーデンギルド』を始めました。メンバー企業を増やしていくのが当面の目標です」

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