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ソーシャルゲームやアプリ開発を全面サポートする機能を搭載したフレームワーク「GunyaSiF」。それはソーシャルゲーム開発にどうイノベーションを起こすのか。本システム開発者末永氏と「GunyaSiF」を使った新作ゲームの開発リーダー広瀬氏を取材した。
(取材・文/広重隆樹 総研スタッフ/馬場美由紀 撮影/平山諭)作成日:13.06.26
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ソーシャルゲーム事業本部
X-Function部 共通開発グループ SWAT 末永 匡氏 |
「GunyaSiF(グニャシフ)」は、DeNAが最近、社内で活用しているスマートフォン向けアプリケーションのためのフレームワーク。もともと、DeNAにはCTOである川崎修平氏らが開発した、フィーチャーフォン開発に特化したWebアプリケーションフレームワークとして「MobaSiF(Moba Simple Framework)」というフレームワークがあった。
「MobaSiFはモバオクのために開発したのが始まり。すでに10年近くの実績があります。ただ、当時は先進的なフレームワークだったのですが、現在のスマートフォン向けアプリの開発には対応しきれない部分がありました。たとえば、スマートフォンでは見た目がリッチとなるように複雑なCSSをつくり込みます。また、スマートフォンでは、ネイティブアプリケーションとWebアプリケーションとを組み合わせた、いわゆるハイブリッドアプリが台頭してきています。そのような用途に対して、MobaSiFは十分な機能を提供していません。スマートフォンWebアプリを意識して、フレームワークを再構築する必要がありました」
Webアプリケーションフレームワークにはオープンソースソフトウェア(OSS)として開発されるものが無数に存在する。それなのになぜ、DeNAは自社開発にこだわるのか。 |
Webアプリケーションフレームワークの機能として、一般的にはセキュリティ、データベースへのアクセスやマッピング、テンプレートによるHTMLの生成、キャッシュ、Ajaxサポートなどがある。
「アプリケーション開発者としては、これまでMobaSiFにあった機能はすべて使いたいのは当然です。さらにすでにMobaSiFをベースに業務フローを動かしているので、それからスムーズに移行できるようにしてほしいという要望もありました。ただ、要望の全部を聞いていると、フレームワークが肥大化してしまう。汎用的に必要な機能と、それぞれのゲームに特有な機能とを切り分ける必要がありました」
例えば、ソーシャルゲームによくあるアイテム販売。通常の販売機能なら、フレームワーク側がサポートしてもよいが、ゲームによっては期間限定販売や、割引価格でのセールスなど、ゲームの内容や時期に即した特色を打ち出すことが多い。その“個性”の部分まですべてフレームワークでサポートする必要があるのか。この切り分けの判断が、意外と難しかったというのだ。
「共有のフレームワークに依存しすぎると、みんな似たようなゲームになってしまう。創造性を支援するのがフレームワークの仕事なのに、フレームワークがゲームの個性を消してしまうとなれば、それは本末転倒」
という判断もあった。
末永氏が2012年8月頃に、最初は一人で始めたGunyaSiFのプロトタイプ開発。その動きは、すぐにCTO川崎氏の耳にも届くことになった。川崎氏からは「へえ、そんなの開発しているんだ!」と興味津々の反応があったという。
「海外のWebアプリケーションフレームワークは、PythonやRubyで書かれるものが多いことがわかりました。ただ、DeNAにはPerlに慣れたエンジニアが多く、社内にPerlのノウハウがたまっています。フィーチャーフォンやスマートフォンでもCPAN(Comprehensive Perl Archive Network)上に優れてモジュールが存在しているので、Perlで書いたほうが効率がよいというのが私の結論でした」
末永氏自身が、Perlが得意というわけでは必ずしもなかった。一番好きなのはC言語。
「本格的にPerlで書くのは、2011年6月、DeNAに転職してから。社内IRCでスーパーエンジニアたちにサポートしてもらいながら、なんとか覚えました(笑)」
他のプログラミング言語を知っていれば、Perlは簡単というが、このキャッチアップのスピードはおそるべしである。
さて、「新生」GunyaSiFは「伝統」MobaSiFを超えたのだろうか。
「MobaSiFにあった機能はすべて盛り込み、スマートフォン対応も進んでいると思います。ただ、これまでMobaSiFが社内の業務改善に果たしてきた役割を考えると、まだ足下にも及ばない。エンジニアたちにもっともっと気持ちよく使ってもらえるよう、まだまだ改善の余地はありますね」
すでにOSS化されているMobaSiFと違って、GunyaSiFをOSS化する予定はいまのところない。ただ、GunyaSiFをつくるために実装したPerlモジュールのいくつかはCPANに登録され、誰もが使えるようになっている
「エンジニアたちがみな同じところで苦労するのは無駄。それがOSSの思想でもありますからね。できるところはこれからも公開していきたいと思います」
と、末永氏は語っている。
東京工業大学大院修了。ニコニコ動画版Wikipedia「ニコニコ大百科」の初代開発者であり、オープンソースの全文検索エンジン「Senna」の開発者として知られる。2011年6月、DeNAに転職。「GunyaSiF」の開発責任者。
いまDeNAでは、GunyaSiFを活用した自社製ソーシャルゲーム開発が進んでいる。その一つが今夏以降のリリースが予定されているMobage向けゲーム「栄冠へのキセキ」だ。
「高校野球の選手育成シミュレーションゲーム。単にそのチームだけでなく、代々にわたってその学校に蓄積されるDNA、名門校に根づく伝統みたいなものを育てていく楽しみもあります」
そうゲーム内容を紹介してくれたのは、企画から関わる広瀬健志郎氏だ。GunyaSiFは昨年11月ごろプロトタイプの段階から採り入れた。末永氏とコミュニケーションを取りながら、その完成に向けてアプリ開発者の立場からリクエストを出してきた。
ソーシャルゲーム事業本部
広瀬 健志郎氏 |
「Linuxだけでなく、Mac、Windowsでも動きます。インストールしやすいし、ローカルマシンだけでも開発できるメリットもある。タイムリーに細かいデバッグリストが取れるなど、デバッグのしやすさは一番恩恵を受けている部分。ホットデプロイできたり、使いやすいMobageのOpenAPIラッパーがあったり、とにかく全体にかゆいところに手が届くフレームワークになっていると思います。もしいまGunyaSiFがなかったら、こんなにスイスイ開発は進んでいなかったでしょうね」
フレームワーク開発者と利用者との共同作業によるプロトタイピング。それがフレームワークの完成度を高めた。
広瀬氏は前職でもアプリケーションフレームを使うことはあったが、大人数による大規模開発のために、インストール自体に手間がかかるというような、重厚感があるものだった。 |
高校野球の選手育成シミュレーションゲーム「栄冠へのキセキ」
前職で5年間にわたって金融機関向けなどの業務アプリケーション開発に従事していた広瀬氏が、DeNAに転職しようと思ったのは、「アプリ開発に企画段階から関わりたいと思ったから」。大規模開発チームの中では途中投入が当たり前。役割分担もしっかりしている。スタート段階から、企画・開発・リリースの全工程に関わるチャンスはめったになかったからだ。
2011年5月の転職時は、ソーシャルゲーム開発の経験や知識があったわけではなかった。前職での経験を活かした別のサービス開発を薦められたこともあった。だが、企画段階から仕事に関わりたいという転職動機を満たすのは、やはりソーシャルゲームが最適だった。入社後すぐに既存ゲームの海外展開に従事。そこで経験を積み、晴れて自分がオーナーシップを持つ最初のタイトルとして担当したのが「栄冠へのキセキ」だった。
末永氏の場合は前職で、「ニコニコ大百科」などの開発に従事していた頃、ユーザー向けのサービス開発の醍醐味を知った。
「知人の紹介でDeNAに遊びに行ったことがあるんです。エンジニアたちと話していると、開発者自身が大規模サービスを構築しているワクワク感をものすごく発揮していた。とんがったエンジニアたちの高度な技術力、可用性の高いインフラ力。それらに裏付けられた大規模サービスの実現。これが自分の次の仕事だと思ったんですね」
いまGunyaSiF開発に取り組む末永氏は、「社内のエンジニアたちとともに、それぞれの意見を調整するのが自分の役目」だと言う。時には先端技術を研ぎ澄ませ、時にはバランサーも引き受ける──そんな役回りを楽しんでいる。
最近のソーシャルゲーム業界は、かつてのような成長の勢いが鈍化し、踊り場状態にあるのではないかとも言われる。その中でDeNAは継続した成長を実現している。だからこそ業界の盟主の1社として、ソーシャルゲーム業界を次のステージへ導いていく役目がある。
「現状維持のままでは、いずれ“緩慢な死”が訪れるという危機感はありますね。そもそもWebアプリ、Webサービスは5回チャレンジして1回当たればいいほう。DeNAの中でも失敗事例は無数にあります。いまだからこそ失敗を恐れない、そういうチャレンジが必要な時期だと思います」と末永氏。
取材時、彼の手元にはDeNA創業者で今年4月に職場復帰を果たした南場智子氏の近著『不格好経営』が置かれていた。同書の中で南場氏は「失敗を乗り越えてきたDeNAの歴史を誇らしく思う」と書いている。その経験と想いをくみ取り、次の成功に向けて歴史の1ページを開いていく役目が、末永氏たちには課せられている。
「昨今のHITタイトルに見られるように、斬新なアイデアとしっかりした開発がされていれば、ソーシャルゲームは新機軸を開くことができるし、まだまだ伸びる余地がある業界です。そのためには、つべこべ言わずにチャレンジし続けようと思います」 と、広瀬氏も言う。
彼自身、DeNAに転職したばかりの頃、いきなり人気ゲームの開発チームを実質的に任されるというこの会社のチャレンジングな風土にびっくりしたことがある。意図してか、意図せずにか、そうした現場を体験したことで潜在していたエンジニアのチャレンジ魂に火が着くのだろう。谷底に突き落とされても、そこで負けずに這い上がってくる、獅子のような人が、これからもDeNAには必要なのだ。
慶應義塾大学大学院修了。前職でWebアプリを含む業務アプリケーション開発に従事した後、2011年5月にDeNAに転職。今夏リリース予定の新作ソーシャルゲーム「栄冠へのキセキ」の企画開発を担当。
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