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“ヒーローエンジニア”を探せ!vol.13 発売直後に品切れ店が続出! ニコン一眼レフ「D300」開発者の発想
2007年11月に発売されたニコンのデジタル一眼レフカメラ「D300」。最先端技術があますところなく盛り込まれ、発売直後には品切れ店が続出した話題のヒット商品だ。今回は「D300」を開発したニコンのエンジニアにご登場いただく。
(取材・文/上阪徹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/栗原克己)作成日:08.04.22
“ヒーローエンジニア” 株式会社ニコン 開発本部 第一設計部 第一設計課 アシスタントマネジャー 檜垣利一さん
1965年、京都生まれ。設計部門でフィルムカメラ、デジタルカメラの電気回路設計に従事し、これまで一眼レフカメラF100、F80、F6、D80などの開発に携わってきた。最新機種D300では、開発プロジェクトのプロダクトサブマネジャーとして電気・ファーム部門をとりまとめた。
ニコン デジタルカメラ
「D300」
2007年11月に発売されたニコンDXフォーマットのフラッグシップとして誕生したデジタル一眼レフカメラ。有効画素数12.3メガピクセル。独自の新画像処理コンセプト「EXPEED(エクスピード)」搭載。1005分割RGBセンサーを使用したシーン認識システム。高密度51点AFによる高精度フォーカシング。視野率約100%&高倍率約0.94倍のファインダー……。新次元の高画質と高速性能を、より軽量・小型のボディに凝縮。抜群の機動性を実現。発売直後には品切れ店が続出するなど、高い評価を得ているヒット商品。
最先端の画像処理など、デジタル一眼レフの回路設計を手がける
 電気回路設計エンジニアとして、チームを率いるリーダー。デジタル一眼レフ「D300」の開発では、有効画素数12.3メガピクセルのCMOSセンサー、51の測距点を持つオートフォーカス(AF)機能、センサーと画像処理の間で起きる色の崩れをリアルタイムで補正したり、ノイズの低減などを高速で処理するセンサー、画像処理回路、ソフトウェアで構成される画像処理技術など、最先端の高機能回路の設計をとりまとめた。
新しいものについていくのに必死の20年
 父親がエンジニアだったので、子どものころから理系的なものへの関心がもてる環境でした。でも最終的には、高校で文系理系を選択するとき、やっぱり理系かな、と、そのくらいの感覚で(笑)。細かな将来像があるわけではありませんでした。大学で電子工学科を選んだのも、実は機械でもよかったのに、少しだけ電子のほうが偏差値が高かったというだけの理由(笑)。大学で最も熱中していたのは、クラブ活動でした。ワンダーフォーゲル部で山登りです。どうして山登りだったのかというと、中学、高校と卓球部で超インドアスポーツで揉まれたので、大学ではアウトドアに行きたくて。

  山登りは楽しかったです。単純に自然の中にいられるのが楽しかった。その風景を残したくて写真をよく撮るようになったのもこのころです。北海道の大雪山系に2週間も入ったり、北アルプスや南アルプスで10日間も過ごしたり。多いときには30kgの荷物を背負って登る。体力が必要ですから、普段から走り込みなどをして鍛えていました。

 正直あまり熱心とはいえなかった勉強のほうは、レーザー光線を使って光の計算機の基礎的なデバイスを作る研究室にいました。オプト・エレクトロニクスです。それで光学機器メーカーのニコンに興味をもちました。実はカメラではなく、当時ニコンが研究していた光磁気ディスクの部門で働ければと思っていました。ところが、配属がカメラ設計部。電気回路の設計担当でした。

 当時はカメラの電子化が急激に進んだ時期。オリジナルICチップを部品メーカーさんと一緒に作ったりしていました。今も覚えているのは、ICチップの中身の図面をプリントすると、畳2枚分くらいの大きさになったこと。こんなものをよく設計できるな、と思いましたね。あと、やっぱり驚いたのはニコンならではの機械の技術です。こんなことまでメカ機構でやってしまうのか、と驚きました。

 カメラの多機能化、高機能化は急速に進みました。ピント合わせや露出制御などの自動化……。機能アップを実現させるカメラに組み込むためのICチップの回路の設計を設計するのがまさに私の仕事。驚くほどのスピードアップや新しいデバイスの登場……。とにかくついていくのに必死。そんな20年だったと思っています。
カメラ好きとカメラ設計者がイコールになってはいけない
 1995年ごろから一眼レフの担当になりました。最初はAPS用一眼レフに始まって、F100、F80、F6、そしてデジタル一眼レフのD80、さらにはD300。開発プロジェクトが替わるたびに仕事とポジションがちょっとずつ変わっていきました。デジタルカメラがマーケットで盛り上がっていたときには、フィルムのF6を設計していましたが、デジタルに負けないものを作ろうと思っていましたね。

 ニコンでは、商品開発のかなり初期の段階から設計のスタッフが加わります。開発を主導するマーケティング部には常に技術情報をアップしておき、顧客ニーズの視点と技術の視点の両方をふまえて企画から一緒に考えるんです。私を含めニコンにはカメラが好きな人が多いのですが、私はカメラ好きとカメラ設計者は完全にイコールになってはいけないと思っています。自分の趣味で製品を作るわけにはいかないですからね。だから、少し距離を置いて製品は見ていたい、と思っています。

 ただ、設計しているともっとこうすればきれいな写真が撮れる、ということを設計者は知るようになります。理論として理解をするんですね。だから、実践として写真は撮りたくなります(笑)。美しい風景が撮れたりするのは、やっぱりうれしいですね。
 かつてフィルムカメラの時代は、フィルムが色を決めていました。デジタルカメラでは、撮像素子や画像処理エンジンによって色が決められる。

 その意味では、フィルム込みでカメラを売るようなものです。画づくりについてもカメラメーカーが責任をもたないといけないということ。また、ISO感度にしても、フィルムは一度入れたフィルムの感度は変更できませんが、デジタルカメラは1枚1枚自由にコントロールできます。自分の好みの写真にするための自由度が飛躍的に高まるんです。だからこそ、カメラの開発は面白いけれど、逆に本当に難しくもなっている。どれをお客さまに提供するか、が厳しく問われますから。

 他社製品ですか? もちろん見ますよ。面白いのは、何をお客さまに提供しようとしているかが中身からはっきり見えることです。ふーん、このメーカーは、こういうところはあまりこだわらないんだな、とか(笑)。それぞれ個性がある。そのうえで、どうすればニコンが一番になれるのかを考えていくわけです。というか、いつも一番だと思ってるんですが(笑)。
プロダクトで開発チームをまとめていく手法
 D300の開発には約2年かかっています。その前に手がけたD80から、開発の仕組みが変わりまして、部門横断で初期の段階からマーケット分析、さらには製造までプロダクトでチームをまとめていくプロダクトチーム制の開発手法が採られるようになりました。専門に関係なく、例えば電気屋がデザインに口を出すなど、全員で作っていくことができる。もちろん電気屋にも、厳しいオーダーがくるわけですが(笑)。開発チームには、プロダクトマネジャーが1人と、その下に電気ファーム系、メカ系、製造技術と3人のサブプロダクトマネジャーがリーダーとなり、実務を担うチームをまとめています。私は電気系のサブマネジャーとして回路設計者をまとめる役割を担いました。

 Dシリーズの最上位機種には同時発売になった「D3」があります。価格は約3倍なんですが、撮像素子も大きくていろいろな面で資源に余裕のあるD3に負けないものを作ろうとみんなで考えていましたね。もちろん実際にはそれは難しいわけですが、そのくらいの意気込みでやろうと。回路設計としては、このときまったく新しい撮像素子と、D3と共同開発している画像処理エンジン、さらには51点AFシステム、シーン認識など、新しいアイテムばかりが集まっていました。正直、かなりのプレッシャーでした。どうやってこの日程で開発をしようか、と(笑)。

 また今回は、ニコンとしての新しい画づくりのスタンダードを作る必要がありました。新しい画像の出力体系、ピクチャーコントロールです。これまでは機種ごとにベストな美しさを追求していたんですが、そうするとお客様が機種を変えたときに「色の雰囲気が違う」ということが起こり得ます。そこで、ニコンとして変わらないスタンダードな体系が必要になりました。でも、みんな画の仕上がりにはこだわりがありますから。これをまとめるのが、また大変でした。
画像エンジンだけで絵が決まるわけではない
 電気回路設計として最も大変だったのは、ノイズ処理です。撮像素子構造が新しいものになり、今までないノイズが発生したんです。過去の経験が生かせない予測範囲外のノイズだけに、製品レベルに仕上げるまでには手こずりました。また、こだわったのは電池の持ちをよくすること。初期段階からいろんな部門に「覚悟しとけよ」と言っておきまして(笑)。加えて回路でも地道に省エネに取り組んで。電気をあまり消費しない回路選びに加え、抵抗などの細かな1本1本の値を少しずつ絞っていくという本当に地道な作業もたくさんしました。実際、電池の持ちは前モデルのD200と比べると約1.5倍になりました。

 最近では、画像処理エンジンの性能の高さだけが取りあげられることもあります。しかし、ニコンではそれはしません。画像処理エンジンのチップだけで絵が決まるわけではないからです。撮像素子はもちろん、ソフトウェアのアルゴリズム、データ演算精度、処理スピード、測光の正確さ、ピント精度、ホワイトバランス、カードへの書き込み、TFTへの表示……。それらすべてで最終的な画は決まる。

 もっといえば、ファインダーの見えやボディの手触りや心地よさ、シャッター音の作り込みなど、すべての力が合わさって製品はできているわけです。どこかがどう、なんてとても言えないし、言う人間もいません。

 ひとつだけ間違いなく言えることは、これだけの機能をこの値段で入れたというだけで、ものすごいお買い得だということ、ですね(笑)。実際、すでに次のプロジェクトが始まっているんですが、次はどうしようかと途方にくれているんです。もっといいものを作らないといけないわけですから(笑)。
ヒーローの野望 サイバーなアイテムではなく、長く愛着のあるモノに
 ニコンのカメラは、モノの良さが何よりの売りだと思っています。デジタル機器は、最先端の技術が先行しがちですが、モノの良さをちゃんとわきまえた最先端機器を作っていきたいとずっと思っていました。単に最先端なだけのサイバーなアイテムではなく、道具として、製品として、長く愛着を持って使ってもらえるようなデジタル機器を作りたい。無駄に触っていたくなる、とでもいうか。

 カメラでいえば、フィルムカメラの良さを残したうえで最先端のモノにしたいんです。マイコンの性能などがすごいスピードで進化していく開発環境にいた一方、20代では古いカメラづくりの良さもしっかり目にすることができたのが、私たちの世代でした。その良さも今後に伝えていかなければいけないと思っています。

 そしてもうひとつ、これは部門横断の開発体制になってより強く思うようになったことですが、本当にいいモノを作っていくには、自分の専門性だけでは解決できないということ。自分の専門分野だけなら、頑張れば性能追求はできる。しかし、全体としていいモノを作るには、やっぱりいろんな部門との連携が大事になるんです。

 最近では、自分で図面を引くというよりは、マネジメントの仕事が中心になってきています。技術者としては少しさびしいという面もないわけではありませんが、カバーする守備範囲がどんどん広くなっていることに驚いています。回路設計が画像処理に広がり、カメラとリンクするデジタル機器にも広がり……。幅広い知識が必要になるわけですが、同時に実は深くないといけないことにも気づき始めました。幅を広げながら、深い知識にしていかないといけない。でも、深くなればまた面白みも深まる。エンジニアの仕事の奥深さを実感しています。
ヒーローを支えるフィールド 部門を超えて人が集まり、刺激的なディスカッションが始まる
 いい仕事をしようと思って仕事をしてきたことはない、と檜垣氏は語った。ただ、目の前の事象に対して必死に取り組んできただけだったと。大事にしてきたのは、自分が知らないことはそのままにしないこと。専門分野であろうがなかろうが理解できるまでくらいつく。ある程度、理解ができると次の疑問に向かう。それが技術者としての深みを生んだ。わからないことを知りたいという興味と関心こそが、実はエンジニアには最も必要だと思うと檜垣氏は語った。

 そんな彼にうれしい環境が、ニコンにはあった。20代のころに見た、オフィスの一角でふらりと始まるディスカッション。誰かがホワイトボードに何かを書き込むと、あちらこちらと部門を超えて人が集まり、さては通りがかりのエンジニアまでもが加わり、侃々諤々の議論が始まる。そんな様子を何度も見たという。当時は黙って聞いているだけだったが、刺激的で面白かった。そして現場では、先輩に聞けば必ず答えが返ってくる。忙しいが面倒臭がらず、きちんと若手の話を聞き、説明してくれる。こうした風土は、時代が変わった今も根付いている。

 また、「ニコンの画像処理エンジンはどこにも負けない……」とか、「このAF性能は世界一だ」といった、 自分の担当したパーツだけを誇示するような意見を言うエンジニアはあまり見たことがない、という。「こんなすごい画像処理エンジンができたからこういう性能をもったカメラに使ってくれ」とか、「今度の機種にこのシステムをいれれば、こんなキレイな画ができる……」とか。みんな最終的なカメラの全体像をイメージしてモノをつくっている。それがニコンのカメラづくりを象徴しているのではないだろうか。

 一人ひとりのモチベーションの高さは、カメラというプロダクトにも起因しているのかもしれない。カメラは趣味の道具であり、楽しい道具。そして、誰でも興味が持てて、誰でも欲しいもの。だから、誰でも意見をもちやすいのだ。しかも、エンジニアにはたまらない先端技術の塊でもある。D300の開発にしても、予期しないことの連続でモグラたたきのようにあちこち押さえながら走り続けたという。壮絶な日々だったことは想像に難くない。だが、出来上がった美しい試作品を手に取った瞬間、すべての苦労は吹っ飛んでしまったという。「とにかく触ってみてほしいんです。一度でいいから」と、愛おしそうにカメラを差し出した姿が、とても印象的だった。
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