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厳選★転職の穴場業界 第31回 自動車用タイヤ オレンジ製の高性能エコタイヤを走らせる
F1などレースにおいてはタイヤの性能が勝敗を大きく左右する。私たちが乗るクルマでもその重要性は周知のとおりだが、近年では天然素材を混入させる高性能エコタイヤの開発が真っ盛りだ。省燃費と同時にグリップ力や耐久性を向上させるタイヤ開発は、各社独自の技術力が問われる。
(取材・文/伊藤憲二 撮影/関本陽介 総研スタッフ/高橋マサシ)作成日:07.12.06
石油系合成ゴムはもう古い!? エコと性能を両立させたバイオタイヤ
バイオタイヤ
DNAデシベル・スーパーEスペック
DNA dB super E-spec
(DNAデシベル・スーパーEスペック)

世界トップクラスの静粛性をもつ横浜ゴムの乗用車用タイヤ「DNAデシベル」(写真)をベースに、タイヤのコンパウンドを従来の石油化学系ゴム主体から、柑橘類の皮から採れるオレンジオイルを配合した「スーパーナノパワーゴム」主体に変更したタイヤ。燃費を大きく左右するタイヤの転がり抵抗を従来品に比べて2割も削減しながら、グリップ力はむしろ向上させ、耐摩耗性にも優れている。
 当社の「DNAデシベル・スーパーEスペック」は最新型のエコタイヤです。柑橘類の皮から採れるオレンジオイルと天然ゴムを混ぜ、さらに当社独自の方法でシリカを混入させてつくった、バイオ系新コンパウンド「スーパーナノパワーゴム」を使用しています。エコタイヤというと、燃費と引き換えに性能や快適性で我慢を強いられるというイメージがありますが、スーパーEスペックは転がり抵抗を大幅に減らしながら、走行性能も既存の製品をむしろ上回るスペックとなっています。性能的には省燃費・ハイグリップであり、材料の8割が脱石油素材と、まさに「脱石油」という社会的要請にこたえられる、新しいコンセプトのタイヤです。(亀田慶寛)
横浜ゴム:ミカンの皮でつくった驚異の新エコタイヤ
亀田慶寛氏
横浜ゴム株式会社
タイヤ材料設計部
先行材料研究グループ
亀田慶寛氏
大学では高分子、特に合成と物性調査、解析を専攻。入社後は主に材料の探索をはじめ先行材料研究に携わる。休日にはサーキット走行をこなすクルマ好きでもある。

オレンジオイルと天然ゴムを配合した新素材

 自動車、自転車、飛行機、果てはスペースシャトルと、さまざまな乗り物に使われているタイヤ。あまりにも身近な存在であるこの製品、単なる「黒いドーナツ状のゴム製品」といったイメージをもたれがちだが、さにあらず。タイヤはそれらの乗り物の快適性や安全性、環境性能を向上させるうえで、極めて重要な役割を果たしているのだ。
 世界のタイヤメーカーはそれぞれ、世界をリードするイノベーションをわれこそが実現させようと、研究開発に躍起になっている。かつては超高速でも安定して走行でき、コーナリング性能にも優れるといった性能競争がイノベーションの主流だったが、今日では燃費向上など環境性能が最大の関心事だ。

 横浜ゴムが今年7月に発売したばかりの新型エコタイヤ「DNAデシベル・スーパーEスペック」は、タイヤ業界における技術開発競争の先鋭化を大いに感じさせる商品だ。メインの材料は通常のタイヤに使われる石化ゴムではなく、柑橘類の皮に含まれるオレンジオイルと呼ばれる油分を天然ゴムと配合してつくった「スーパーナノパワーゴム」という新素材だ。
 ミカンの皮のオイルというと奇異に聞こえるが、オレンジオイル自体は植物性の台所用洗剤、美容洗顔フォームなど多くの製品の油脂分として幅広く使われている、ごく一般的な物質だ。だが、「脱石油」を長期的な技術目標として掲げる横浜ゴムが、オレンジオイルをタイヤのコンパウンドに使うめどをつけたのは、つい最近のことだ。

材料ができればOKではないタイヤ開発

「オレンジオイルを使ってゴムをつくること自体は難しいことではありません。ですが、タイヤに使えるようなコンパウンドとなると、容易なことではありませんでした」
 スーパーナノパワーゴムの開発に携わった先行材料研究グループの亀田慶寛氏は語る。自動車のタイヤが置かれている環境は過酷だ。素手では触れないような真夏のアスファルトの熱さから、路面を凍結させるような真冬の寒さにさらされ、雨に打たれ、1t以上の車体の重さを受け止めながら、何年もの間劣化してはならないのは当然のこと。そのうえでユーザーが安全にクルマを走らせられるだけの、性能とフィーリングをもたせなければいけない。タイヤメーカーは材料開発と商品開発の両方を、同時に手がけているのである。

「単に数字上の特性が優れたものを開発すればよいのではありません。実際、理論的にはこれで絶対いけるはずと思ってつくった最初の試作品をテストコースで試してみたら、高速レーンチェンジでふらついてしまい、テストドライバーから『タイヤに“腰”がない』と言われてしまいました」
 スーパーEスペックの商品開発を手がけた材料設計4グループの後藤幹裕氏は、開発過程をこう振り返る。性能を満たすため、テストのインプレッションをもとに、カーボンブラック、シリカなどのフィラーと呼ばれる添加物質をさまざまな比率で混ぜたり、またオレンジオイル以外の天然樹脂を配合したりと、性能確保のためのチューニングを徹底的に行ったという。
 消費者を満足させられるだけの商品に仕立てて発売するまでには、タイヤ設計だけで2年がかかった。スーパーナノパワーゴムの開発開始から通算した開発期間は「言えないくらい」(亀田氏)だ。

クルマの挙動と運転者のイメージが一致する天然素材タイヤを

 高性能が要求される一方、安全性についても絶対のものが求められるタイヤづくりは、簡単にできる仕事ではない。が、その分だけ面白みもひとかたならぬものがあるという。後藤氏は2005年に化学メーカーから転職してきた中途採用組だが、
「以前は化学の材料開発だけをやっていたのですが、横浜ゴムに入社してからは、材料研究だけでなく、タイヤという商品の開発も手がけるようになりました。お客様の手に直接届くものをつくれるということは、本当に楽しいことです」
 と、素材メーカーと商品メーカーの2つの顔をもつ、タイヤメーカーの仕事の面白さについて語る。横浜ゴムは市販車用、レース用、旅客機用などの各種タイヤをはじめ、ゴルフ用品、音響材、ビル用免震積層ゴムなど、幅広い製品を手がける。商品ラインナップの豊富さは、横浜ゴムのみならず、高分子を得意とするタイヤ業界の特質といえる。

「そうしたエンドユーザーに直結したモノづくりだけに、自分が自動車、ゴルフといった対象製品の分野を好きだというのはとても大事だと思います」
 こう語る亀田氏は、自ら4WDターボ車を駆ってサーキットを走行するクルマ好きだ。横浜ゴムのクライアントにはベントレー、AMG、ポルシェなど、多くの超高性能車メーカーが名を連ねる。エンジニア自身がカーマニアである必要はないが、タイヤメーカーがそれらのクライアントと技術やクルマの走りについて対等に語り合うためには、やはりクルマの走りを支えるタイヤについて、一流のプロとして深い造詣をもっていなければならない。
 オレンジオイルを使ったバイオ材料、スーパーナノパワーゴムを使ったタイヤは、今のところハイブリッドカー向けを想定したサイズから展開が始まっているが、
「将来は、ステアリングを切ったときのクルマの挙動と運転者のイメージが、ぴったり一致するような高性能タイヤをつくりたい。もちろん天然素材で」(亀田氏)
 と、「脱石油」をハイパワーカーの分野にも適用していきたい考え。タイヤの進化はまだまだこれからが本番なのだ。
後藤幹裕氏
タイヤ材料設計部
材料設計4グループ
後藤幹裕氏
大学では有機化学における構造解析を専攻。卒業後、関西の化学メーカーで原料開発を手がけた後、2005年に横浜ゴムに入社。現在はタイヤの商品開発において材料分野を担当。


NR
タイヤ用原材料のひとつ、精製した天然ゴムのサンプル。NRはナチュラルラバーの略。石油化学が発達した今日でも、天然ゴムは最良のベンチマークとなる材料だ
NR
これも天然生ゴム。産地や製法によって色も異なる。現在でも熱帯雨林におけるゴムの木から樹液を抽出して生産され、生体内で既に有機高分子の形を取っている
SBR
タイヤ用に広く使われているSBR合成ゴム。頭文字からもわかるように、スチレンとブタジエンを共重合させたもので、耐摩耗性や耐候性に優れている
タイヤ開発への道:化学のプロ以外にもチャンスあり
 タイヤの需要は世界的な自動車生産の高まりを受けて、年々増加している。 技術開発ニーズが高まっていることも手伝って、国内、海外メーカーとも求人活動は活発。リクナビNEXTでは「タイヤ」をキーワードに検索すると、求人情報をゲットできる。また、主要タイヤメーカーが個別に中途採用を実施することもあるため、タイヤ開発を望むエンジニアは各社のHPも要チェックだ。

 求められるスキルはさまざま。材料開発については通常の化学メーカーとほとんど同じだが、石油やバイオ系などの原料、新しいタイヤ用材料を見つけるための化学材料探索、商品化のための製品用材料の開発、さらには空気漏れを防ぐための薄膜研究などというジャンルもあり、 化学のプロであれば医薬品も含め、ほとんどの人が転職の対象となると言っても過言ではない。もちろん生産技術、プラントエンジニアリングもOKだ。

 化学以外のエンジニアにもチャンスはある。CAEを使った構造設計、解析、実験、評価など、製造業における開発系のスキルをもっている人であれば、物理系エンジニアも対象とするケースが多いようだ。
 化学系、物理系のいずれにしても、エンドユーザーに渡る商品開発を手がけるケースが多いだけに、対象となる商品にある程度関心があること、広い視野をもつことが求められる。
タイヤ業界のエンジニアニーズ
・  タイヤ市場は拡大傾向にあり、エンジニアニーズも増えている
・  化学系エンジニアは素材から製品開発まで、幅広いスキルが歓迎
・  生産技術、プラントエンジニアリング関連の経験もプラスに
・  製造業の開発系経験者であれば物理系エンジニアにもチャンスあり
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高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ 高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ
タイヤの材料に天然素材を配合する技術は各社で取り組んでいますが、問題となるのは「空気の抜け」だそうです。「空気はまた入れればよいから何より素材」という企業もあれば、「ユーザーの手間を掛けずにできるだけ天然素材を」という企業も。横浜ゴムさんは後者です。良しあしはともかく、こんなところにも社風が出るようです。

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