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平林純@hirax.net エンジニアのための経済学最適インストール  File.1 ところでおカネって何なんでしたっけ?
エンジニアなら、経済より技術だ! 金儲けよりモノづくりだ! そのとおり。だけれど新聞の経済面がイマイチよくわからないのは、社会人としてちょっとマズいかも?と思ったなら、おなじみ平林純@hirax.netと一緒にこの連載で「エンジニアに最適化した経済学」を身につけよう。
(文/平林純 総研スタッフ/根村かやの)作成日:06.06.14
 ライブドア社の事件のころ、経済にまつわる難しい言葉をテレビ・新聞などで見かけました。そんなニュースを眺めながら、恐ろしいことに「経済」のことを私は全然知らないということに気づいたのです。そこで、「素人の疑問」を経済の専門家に聞いてみることにしました。
 第1回目は、東京大学大学院総合文化研究科の松原隆一郎教授にお話を聞きました。
松原隆一郎
松原隆一郎
東京大学大学院総合文化研究科教授。『失われた景観』『「消費不況」の謎を解く』『思考する格闘技』など著書多数。
 
平林純
平林純
人気サイト「hirax.net」を運営し、同サイト内でエンジニア的課外活動を精力的に展開している。Tech総研ブログでも「平林純@『hirax.net』の科学と技術と男と女」を掲載中のモノづくり系エンジニア。。
Part1 「最強のモテ男」と「現代の奴隷」!?
最近、「お金で買えないものはない」「100億稼ぐ仕事術」といった言葉をよく見かけました。
それでふと疑問に思ったのです……。
Q.「一体、お金って何なんでしょうか?」(平林) A.「お金とは、すべての商品と交換可能な『最強のモテモテくん』です」(松原)
「どんな商品とも交換できるモテ男」が「相思相愛の相手が見つからない」問題を解決した!
 
松原:
例えば、米を作るのが得意な人がリンゴを食べたくなったら、自分がたくさん持っている米とリンゴを交換しようと思いますよね。すると、リンゴを余らせていて、米を欲しがっている人を見つけなければならないわけです。けれど、そんな都合のいい人なんてなかなか見つからない。リンゴが余っている人を見つけることはできても、その人は米じゃなくて服が欲しい、なんていうこともあるわけです。  米とリンゴを直接交換しようと思ったら、お互いの持っているものを互いに欲しがる相思相愛の関係でないとダメなわけです。けれど、そんな相思相愛の関係はめったに世の中にないので、お金が発明されたと経済学は考えています(図1)。
 
図1
リンゴとお米と服を余らせている人がいる。互いに欲しいものを交換すればいいのだが、「持っているもの」と「欲しいもの」の組み合わせが一致する「相思相愛」の相手はなかなかいない。しかし、お金を介すれば交換できる。
平林:
お金を媒介にすれば、いろんな人の間でお金とモノが交換されていくうちに、どんな商品でも手に入れることができるというわけですね。
 
松原:
だから、お金っていうのは世の中のすべての商品と交換の可能性がある、誰にでも好かれる最強のモテ男みたいな存在なんです(笑)。
 
現代の「終身雇用制の能力主義」と古代の「奴隷」に共通点が!?
 
平林:
お金で何かモノを買うためには、まず働いてお金を稼がないといけないですね。収入がないと生きてもいけませんし。
 
松原:
働く、労働というものは“仕事をした量”をフローとしてお金に換算されます。
 
平林:
え、「フロー」ですか?
 
松原:
フロー(Flow)っていうのは、水が貯水池に入ってくるときの流水のスピード、ストック(Stock)っていうのが貯水池にたまっている水の量、水位というイメージですね。
 で、どれだけ作業や仕事をしたかというフローの量をみて、それが例えば「1000円」というお金に換算されたりするわけです。けれど、“働く能力をどれだけ持っているか”というストックをお金に換算するようなことが行われていた時代もあります。例えば、古代に“奴隷1人いくら”としてお金に換算されていたような感じです(図2)。
 
図2
働いた量(フロー)をお金に換算するやり方と、能力(ストック)をお金に換算するやり方がある。能力(ストック)方式という点では「古代の奴隷」と似ている!?
平林:
その、フローとストックというのは、作業給と能力給との違いのようなものでしょうか?
 
松原:
そうですね。能力給の場合には、潜在能力に対して支払われる給料だったわけですよね。それはストックに対してお金が払われているのに近いと思います。例えば、終身雇用制が、企業が従業員の生涯を完全に縛りつけるというものだとしたら、その場合は古代の奴隷の構造に似ていますよね。 従業員の能力を全部売り出したことになりますからね。この従業員1人の値段のことを「生涯賃金」なんていったりするわけですが。
 
平林:
終身雇用制の能力給は現代の奴隷制度だったんですね(泣)。
 
松原:
確かに、「フローではなくストックでお金が払われる」という近似性が若干ある、と見ることもできますが……。でも、全体としては別物なので、そう悲観的になる必要はないでしょう。
 
まとめ 経済学の世界では、お金そのものが「究極のモテ男」だった!
 お金は、すべての商品と交換することができる究極のモテ男でした。そのモテ男のおかげで、いろんなモノを買うことができるのです。ということは、少なくとも「商品」というモノであれば「お金で買えないものはない」という言葉は真実だったようです。そして、「終身雇用の能力主義≒古代の奴隷」(かも?)と思い至ったときはちょっとショックでした……。
Part2 読書とWinnyの経済学
お金を稼いだら、そのお金でいろんなものを買っていわゆるひとつの「消費」をしたくなります。例えばエンジニアなら、『ハッカーと画家』みたいな本を買ったり、とか。
Q.「あれ? そもそも消費って何なんでしょう?」(平林) A.「お金を払ってモノを買って、そのモノを1年以内に使いきってしまうことを『消費』と定義しています」(松原)
参考書を買うのは自分への投資か?
 
平林:
技術者が勉強用に本を買ったりするのも、単にお金でモノを買う消費なんていうものなんでしょうか?
 
松原:
お金とモノを交換し、モノをなくす(消費)代わりに満足を得るのが消費なんです。そして定義上は、モノを1年以内に使いきって消してしまう場合ですね。例えば、リンゴを買って、(1年以内に)リンゴを食べて消滅させてしまう代わりに食欲を満足させる、というのが消費です。このときのリンゴは「消費財」と呼ばれる。1年間で使いきれないもの、例えば家とか車とかは「耐久消費財」といいますね。
本の扱いがどうなのかは難しいところですが、定義としては消費財に含めちゃうのが一般的だと思います。
 
平林:
例えば『ハッカーと画家』は、1年で使いきって消えるとはいえませんよね。勉強用の本を買って読むときって、その本に書かれていた情報が知識となって10年も20年も自分の中に残り続ける気がするので。リンゴを食べて消化しても(もちろん食欲は満足しますが)、トイレに行きたくなるだけですが(笑)、本を読んで内容を消化したらまさに自分の血となり肉となるような……(図3)。
 
図3
買って1年以内に消えてしまうのが「消費」だ。リンゴの場合、普通1年以内に食べる。そして、食欲が満足すると同時にリンゴ自体は消えてしまう。……けれど、本の場合は、消えない!?
松原:
労働者として働くとき、自分の能力が高ければ高いほど良い給料で雇ってもらえます。だから、本を読んで自分の能力・価値を高めれば、賃金を上げるということにつながりますよね。つまり、本を読むということは自分にハクをつける、自分に投資するというふうにとることができる可能性もあるわけです(図4)。ストックとしての(自分の)資本を高める“自分に対しての投資”ですね。
そうやって自分の価値を自分で高めることができるのも、現代の労働者が奴隷と違うところじゃないですか。まあ、会社が面倒見てくれないから仕方なく、という面もあるかもしれませんが。
 
平林:
この場合の本は、消費財ではないということになるんでしょうか。
 
松原:
そうですね。「投資財」ということになる。こういうものを消費と投資のどちらに分類するかはかなり難しくて、問題になるのは例えば税金の計算をするときの扱いですね。ちなみに、私は最近格闘技の本を書いたから、格闘関係のグッズはみんな必要経費扱いなんですが(笑)。
 
平林:
うらやましいですねぇ……。
 
図4
本を買って勉強して自分の能力を上げる(スキルアップする)と、自分の価値が高まるはず。それは、「自分への投資」ということができないだろうか……?
MP3は経済学上の問題児!?
 
松原:
本って、すごく丁寧に読めばずっと新品同様のままですよね。それをモノ主体の経済学でどのように扱うかは難しいところがあります。経済学では、本とかも一応「紙が減ってボロボロになる」とかいって、無理やり「使いきるから消費」の理屈をつけてたと思うんです。音楽なら、LPレコードは一応すり減っていくし、CDは減らないけど、長い間使ったら傷ついて聴けなくなっていく可能性もあるわけです。ところが、MP3なんかは実に問題児なんですね。本当に変化しないですから。
 
平林:
確かにデジタルデータは劣化もしないし、減りもしないですね。
 
松原:
これが経済学上では最大の問題。ホントに壊れないから。へたすると、それ自体の複製さえ生まれていっちゃう。
 
平林:
Winnyでどんどん増えたりしてますからね(笑)。
コラム:お金が減ると満足が増える?
平林:
消費って辞書をひくと、con+sume。Conは「共に」で、Sumeはtake。単に「とってくる」っていう感じの言葉です。だけど、私の印象では消費ってお金や何かを「なくす」感じに思えちゃうんですよね。
 
松原:
経済学だと、なくす、っていうのはあり得なくて、人間が行動すると何か必ずプラスがあります。お金とモノとどちらが満足が大きいかと考えて、交換したほうが得だっていうように合理的に考えて、お金を手放してモノを手に入れるわけです。合理的に考えて行動・交換するのが経済学上の人間ですから。
 
編集N:
実際は、「お金やモノが減る分、満足が増えるから消費しよう」なんて考えないと思うんですが。
 
平林:
合理的に行動する賢い人間を前提にするあたりが、経済学っぽいですね……。
まとめ 本もCDも「1年以内に使い切って消滅する」ことになっている!?
 「お金でモノを買って、1年以内にモノが消えてしまうのが消費」ということでした。けれど、「情報」としての本や、デジタルデータとしてのMP3などを経済学でどのように扱うかは難しい問題のようです。そして、「サラリーマンの自己投資」については、これからもじっくり考えてみたくなりました。
Part3 「クリックするだけならタダ」のネット社会と、小泉首相=電車男説
最近、モノを買うときなどにネット上の評判を頼りにすることが多いように思います。「売れているからいいものだろう」とか、「使った人の感想がよかったから自分も買う」とか。
Q. 「ネット上の世論・評判って信頼できるものなのでしょうか?」(平林) A. 「信頼できるかはわかりませんが、政策を左右したりするくらい影響力はあります」(松原)
コストゼロで「買い占め」が可能?
 
平林:
ネット上のランキングサイトの実態って、よくわからないように思うんです。例えば、実は5、6人の人がまるで1000人くらいいるかのように装っているだけかもしれないですよね(図5)。昔の商品ランキングの場合だと、何か操作しようとすると、買い占めたりしないといけないからお金がかかりますが、ネット上の評判ランキングとかだと、クリックだけでランキングが上がっちゃったりするものかもしれません。そんなネット上の評判・世論でも影響力があるものなんでしょうか?
 
図5
インターネット上でのランキングサイトやアンケートなどが増えてきた。それらのランキングやアンケートは旧来のランキングやアンケートと異なる点があるのではないだろうか……?
松原:
昔は新聞社が大規模な世論調査を必死にやっていました。そういった世論調査はお金がかかるから、めったにできなかったわけです。ところが、今はネットとかで簡単にできるようになってきたので、ほとんど毎日のように支持率何%とか、世論調査するようになってきています。調査するのが簡単になった分、調査されて意見を言うほうだって、昔ほどマジメに考えずに簡単に答えているわけですけれど、そんな調査でも、結果が出ればそれが世論だとして扱われています。
だから、日々の世論調査が、政治家の発言を縛るようになってきているんですよ。世論が支持しなくてもやらなくちゃいけない政策ってあるわけです。例えば増税とかね。そういう政策が今はとりにくくなっているんです。
 
ネットの書き込みが、経済も政治も動かしていく?
 
松原:
あと、人って影響されますから、ネットの情報をきっかけに世論自体が変化・誘導されていくこともありますよね。
 
平林:
例えば電車男ブームのような感じですか。あれは、実は最初はごく少人数の人が演出して、それに世論が影響されていった気がします。
 
松原:
電車男といえば、小泉首相は去年の選挙では支持率を上げる世論誘導に大成功したと言われています。政治学者は“選挙で自民党は負ける”って言ってたのに、大逆転しましたよね。ごく少人数の人がしつこく「改革は支持されている」って言い続けることで、「国民みんなが支持している」という方向に誘導したと私は見ています。だとしたら、小泉首相は電車男に近いと。
 
平林:
小泉総理が実は電車男だったとは知りませんでした(笑)。
 
まとめ 「タダ」の力は、意外と強い
 ネット世論についてお話を聞き始めたら、電車男や小泉総理にたどり着きました。誰かが作った世論に影響され、さらに何かに誘導された世論に政策が縛られたりすることがあるのかぁ……と考え込んでしまいました。
File.1で学んだこと(平林純)
「経済学」は遠い世界の話じゃなかった
  日々の生活を続けていくためにはお金が(少しは)必要です。お金を稼いで、その稼いだお金を使って何かを買って暮らしています。考えてみれば、街中のコンビニで売られ消費されていくいろいろなモノも、コンビニのレジで財布から取り出すお金も、日常生活は経済活動そのものでした。これまでは、理由もなく「経済学」を遠い世界の話だと思い込んでいましたが、そんな先入観は今回どこかへ消えてしまいました。
 これからは本屋で『ハッカーと画家』を買ったり、MP3ファイルをダウンロードしたりするときも、「これは経済学的に言うと……どういうことなんだろう?」なんて考えてしまいそうです。
次回予告 FILE.2の掲載は7月12日、講師は小島寛之・帝京大学経済学部助教授です。
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  根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ  
根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ
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消費、投資、市場、需要、供給、賃金、雇用……。日常なにげなく使っている言葉ですが、みんな経済学の専門用語でもあります。専門用語としての背景を垣間見てみると、日常会話の中の「お金」や「消費」が今までと違って見えてくるかも。今まで経済学をちゃんと教わったことのない平林さんと私が、基礎の基礎から勉強していきます。皆さんどうぞご一緒に。
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