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平林純@hirax.net発!エンジニアのための経済学最適インストール File.5 給料格差は経済学で説明できますか?
現実社会の複雑さを考えれば当然のこととはいえ、「どの経済学者に聞いても、『それは、こうだ』と、間違いなく同じ答えが返ってくる」問題は少ないようだ。そんなことがわかってきた前回までを振り返りつつ、「それなら経済学で何がわかるの?」というあたりを聞いてみた。
(文/平林純 総研スタッフ/根村かやの)作成日:06.11.08
 今回は、『仕事のなかの曖昧な不安』『ニート フリーターでもなく失業者でもなく』などの著書をもち、最近では「希望学プロジェクト」を行っている東京大学社会科学研究所の玄田有史助教授に、「経済学の成果」「格差」「明日」ということなどを聞いてみました。
玄田有史
玄田有史
東京大学社会科学研究所助教授。専攻は労働経済学。若年者の雇用について統計データから実証的に検証した『仕事のなかの曖昧な不安』(2001年刊)で大きな注目を浴びた。他の編著書に『希望学』『働く過剰』など。
 
平林純
平林純
人気サイト「hirax.net」を運営し、同サイト内でエンジニア的課外活動を精力的に展開している。Tech総研ブログ上でも「平林純@『hirax.net』の科学と技術と男と女」を掲載中のモノづくり系エンジニア。
Part1 経済学は「成果」を挙げていますか?
 日ごろ、「その仕事の成果・アウトプットは何?」なんて聞かれるエンジニアも多いと思います。そこで、こんなことを聞いてみたのです。
Q.「経済学の成果って何ですか?」(平林) A.「例えば、昔なら“社会を豊かにする対策”がわかりました」(玄田)
農業時代なら「畑の増加」が「社会の発展」になる
 
平林:
経済学からどんなことがわかるのでしょうか?
 
玄田:
経済学は18世紀後半に生まれた学問です。そのころの主要産業だった農業を考えると、“たくさん売れそうだから野菜をたくさん作ろう”“あんまり売れないから作るのやめよう”というものではないですよね。その年の秋の収穫量は、畑の広さでだいたい決まっちゃうわけです。
 
平林:
天候のような、人の自由にはならないものが収穫量を変えるかもしれませんが、人が野菜の量を自由自在に調整したりはできそうにないですね……。
 
玄田:
そんな時代に、もし国が税政策などで、野菜を買いたい人を増やしたとすると、量が決まっている野菜を多くの人が奪い合うわけですから、だんだん野菜の値段や物価が上がってしまうわけです(図1-1)。
 つまり、農業が主要産業の時代なら、「買いたい人が増えても、社会は幸せにも豊かにもならない。社会を豊かにするには、もっと土地を有効利用する方法や、生産能力を上げて作れる農産物を増やす方法を考えないといけない」ということがわかります。
 
図1-1
農業社会では生産物の量を自由に調整することができない。そのため、何かのきっかけで需要が高まると、「希少な農産物」の値段が上昇してしまう。裕福でない人は野菜を買うことができなくなってしまう……。
図1-2
工業社会では、生産量を比較的自由に調整することができる。すると、値段がそんなに高くならないまま、需要が増えると供給量も増えることになる。製品を買える消費者が増えるし、もちろん、たくさん製品が売れて供給側もうれしい。
工業時代なら「需要の増加」が「社会の発展」だ
 
玄田:
ところが、19世紀後半から20世紀になると、文明産業化の社会です。つまり、大げさに言えば、作ろうと思えば商品をどんどん作ることができる社会になりました。
 
平林:
産業革命を経て、工業が主要産業になった時代ですね。
 
玄田:
こんな時代なら、実際に買いたい人、つまり、需要が増えると、どんどん商品を増やせるわけですから、商品を手に入れられる人の数もどんどん増えて、社会が豊かになります(図1-2)。国が社会をハッピーにしたければ、需要を増やすような政策をとればいいわけです。ケインズ流に言えば失業も減る。ケインズが『雇用・利子および貨幣の一般理論』という主著を出した20世紀前半は大失業時代でしたから、これは大事なことだったんです。
 
平林:
一見シンプルに見える“需要曲線と供給曲線のグラフ”から、その時代ごとの問題や対策が出てくるのはとても面白いですね。
まとめ 「経済学とは?」の答えは、「この時代とは?」の中にある
 経済学が、それぞれの時代が抱えていた問題を解決してきたことがわかりました。そして、それと同時に、経済学の歴史が社会の歴史でもあったということを、またもや再認識しました(File2-2、「経済学の世界地図」「経済学の歴史」も参照)。
Part2 給料格差は経済学で説明できますか?
 18世紀末、19〜20世紀の社会と経済学の話を聞いたら、次に聞く質問はもちろん、20世紀を過ぎ21世紀を迎えた“現代”が抱える問題についてです。
Q.現代の“給料格差”はどのように説明されるのでしょう?」(平林) A.「最近では、なんでこの人が給料が高いのかわからない、というようなケースが実は増えてます」(玄田)
21世紀の現代が抱える問題は「よくわからない」
 
平林:
最近のメディアにはよく“格差”が登場します。例えば“給料格差”に対して、経済学としてどんな説明や対策がされるものなんでしょうか?
 
玄田:
昔なら、給料の違いを性別・学歴・年齢・勤めている会社の規模といったことで結構説明できました。けれど、最近は簡単に説明できることが少なくなってきています。“なんでこの人が給料が高いのかがわからない”なんていうケースが、実は増えてます。
 
平林:
給料が多い・少ないの理由が説明できない・わからない……。納得して仕事をすることが難しい状況ですね(泣)。
 
玄田:
統計分析では、データを“わかること”と“よくわからないこと”に分けます。“よくわからないこと”を残差(residual)といいますが、この残差が増えています。
 
暗い現代の社会は見えづらい
 
玄田:
経済学で説明できることもあります。けれど、説明できないことはたくさんあります。何しろ、“経済学は、帰り道で財布を落として、街灯が照らしているところに財布が落ちていないかって一生懸命探しているようなものだ”とトービンが言ったくらいです(図2)。
 
図2
「どういう社会であるのか」がわかっているのであれば、経済学で説明できる経済現象も多い。とはいえ、「どういう姿か」がわかっている社会状況は必ずしも多くない。それは、夜の街中で「街灯に照らされている場所」が少ないのと同じだ。だから、「経済学でわかること」というのは、「街灯に照らされている場所で探しものをする」ようなものである。
平林:
トービンというのは、File2-1の「『企業価値』『企業買収・切り売り』の経済学」で出てきた経済学者ですね。
 夜道で財布を探すたとえは、「経済学でわかることは、膨大な社会現象のごく一部だ」という意味ですね。
 
玄田:
えぇ。だから、社会がよい社会となっていくためには、少なくとも街灯が社会を照らす範囲を広げていくことが、大切だと思います。
 
平林:
経済学という街灯で照らされた場所が増えれば、落とした財布も見つけやすくなりますものね(笑)。
 
玄田:
けれど、現実には、街灯に照らされていない“明るくないところ”がたくさんあって、それが増えている感じすらします。
 日本におけるニートも、90年代前半には、豊かな家庭の子どもたちがなっている傾向が強かったんです。ところが、ここ10年間ほどでは、貧しい家庭で働くことを断念している人たちが出てきていたりします。だから、単純な経済学では説明できないものが潜んでいるのではないかと、警鐘を鳴らしているわけです。
 
平林:
貧しい家庭で働いていない子どもがいることが問題視されていた、ということは全然知りませんでした。
 
玄田:
偏見や誤解もよくないと思いますが、無視がいちばんよくないと思うんです。だから、みんなが経済学みたいな学問や社会に対して関心をもつということは、すごくいいことだと思います。
 
「わかりやすい」ということ
玄田:
僕の好きな学者が“学者には2つのタイプしかいない。それは、わかりやすくうそを言う学者と、わかりにくいけど真実を言う学者だ”って言ってたんですが、僕はわかりやすい議論があまり好きじゃないんです。
 
平林:
現実の社会は複雑でわかりにくいものですしね。
 
玄田:
けれど、わかりやすいことが好きじゃないと思う一方で、シンプルに“わかりやすく”するということは、必要のために“何かを捨てる”という勇気をもつことだとも思いますね。
まとめ 「暗くて複雑」な現実だけれど、そのままにしてはおけない……
 現在の社会には「わからないこと」がたくさん潜んでいて、経済学者たちはそんな社会に光をあてようとしていたのです。そして、“給料の違い”の理由は説明できない部分が増えているんだ……というサプライズもありました。
Part3 エンジニアの明日・経済学の明日は明るいか?
 経済学者の方々にいろんな話をインタビューしてきたこのシリーズも、今回でひとまず最終回です。というわけで、こんな夢みたいな質問を、ついしてしまいました。
Q.「明日は今日より“よい”日になっていくものでしょうか?」(平林) A.「今日と同じ程度の明日を保障するのは経済政策かもしれませんが、そこにハッピーをプラスするのはその人自身だと思いますよ」(玄田)
「ハッピー」に暮らせる社会を「バカみたいに」考える
 
玄田:
経済学がどんな学問かというと、“今よりも、ほんの少しでもいいからハッピーに暮らせる社会をどうしたら作ることができるかを、バカみたいに愚直にまじめに考える”というものだと思うんです。
 
平林:
実はそのフレーズに興味を惹かれて、経済学に興味を持ったんです。だから、その言葉の“心”は、とても聞いてみたいですね。
 
玄田:
大学4年生のとき、渋谷のとんかつ屋で昼ごはんを食べながら、ゼミの先生で大学院での指導教官でもあった石川経夫先生に、“同じような才能で同じように努力しても、恵まれる人もいれば恵まれなくて苦しかったりする人もいる。けれど、同じような才能で同じように努力している人たちなら、同じようにハッピーになってもいいんじゃないのか。経済学の目的はそういうことを考えるものじゃないのか”というようなジョン・スチュアート・ミルの言葉を聞いたんです。その言葉を僕なりに解釈したんです。
 
平林:
“バカみたいに”という言葉には、どんなニュアンスが込められているのでしょうか?
 
玄田:
“格”なんてないはずの人たちの間に、“格差”や不平等が生まれてしまう原因や対策なんて、きっと30年、40年考えても、つまり一生かけても簡単に答えは出ないと思います。それでも、そんなことを一生懸命に考えるから、“バカみたい”という気持ちです。
 
「今日と同じ明日」に「プラスアルファの幸せ」
 
平林:
先ほどのフレーズの中に“今よりもハッピーに”という部分がありますが、ということは、今日より明日のほうがよくなるというのが経済学の考えなんでしょうか?
 
玄田:
明日が今日と同じじゃダメだとも思いませんが、今日も明日もずっと同じなのかぁ……なんて思うと、何だか少しつまらないですよね?
 
平林:
そうですね。今日より“明るい日”、それが明日なんですものね。
 
玄田:
日本銀行などの行う経済政策の役割は、社会状況が変化していく中、何事もないかのように人々が毎日を過ごせるようにすることなんです。だから、経済学の大事な仕事のひとつは“今日も明日も昨日と違わない道のりを提供すること”ともいえます。
 
平林:
将来どうなるのかが全然わからなかったら、不安に襲われてパニックになる人も多いでしょうね。
 
玄田:
だから、今日と同じ明日を保障するのは、もしかしたら経済政策なのかもしれないと思います。けれど、今日より明日をプラスアルファだけいい日にするのは、それは本人だと思いますよ。
 
図3
物価が安定する社会にするために、日銀の人たちをはじめ、「目に見えづらい」いろんな人が人知れず働いている。毎日同じような値段で私たちがコーヒーを飲めるのも、そんな人たちが日夜働いているおかげだ。
経済学の「中途半端なバランス感覚」
玄田:
何かと何かの間の差異で、初めて“価値”が生まれるわけです。何かひとつのものにはまっていたら、新たなオリジナルはできません。違うものの間に立って、時には身をまかすという、どっちつかずの“中途半端”な“バランス”感覚が経済学では大事なのかもしれない、と思います。
 経済学は“いろんな価値観とか原理とかを許容する、とてもバランスのいい学問”だという気がしますね。だから、経済学は面白い、というエンジニアもきっと多いと思いますよ。
 
平林:
えぇ、私もそう思います。エンジニアにはとてもウケそうですね。なんだか、とてもロマンもあふれていますし。
まとめ 政策の役割は「経済発展」そのものではなく、その土壌づくりだった
 日々いろんなことが起きているにもかかわらず、私たちが毎日同じように缶コーヒーを100円(くらい)の同じ値段で飲むことができているのも、日銀などが経済学を駆使し“いい仕事をしている”おかげだ、ということがわかりました。日銀に“グッド・ジョブ”と感謝したい気分です。そして、明日をハッピーにするために“グッド・ラック”と励ましの声をかけたい気分にもなりました。
File.5で学んだこと(平林純)
「わからないことがたくさんある」ってことが、わかっていく
 これまで無味乾燥に見えていた“需要曲線と供給曲線のグラフ”から、農業時代・工業時代の“時代ごとの問題と対策”を教えられました。そして、“給料格差”“失業・ニート”なんていう現代社会が抱える問題についても、あるいは、日銀の仕事なんていうことでも、知らなかったこと・わからないことがたくさんあるなぁ……と、実感したのです。
次回予告 11月29日にはFile1〜File5の復習編として、「できるかな?エンジニア的“経済の常識”チェック15」を掲載します。
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  根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ  
根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ
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用意した質問に「難しくてわかんないよ……。どれも大事な質問だと思うけど」という反応から始まった今回のインタビュー。わからないから、できないから、考えるのをやめちゃっても同じかというと、それは違う。エンジニアが仕事に向かう態度と似ているかもしれませんね。
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