単一周波数で非対称通信を実現させる次世代通信の大穴

　第3世代移動通信システム「IMT-2000」のひとつ、TD-CDMAを使って、無線ブロードバンドサービスを低価格で提供しようとしているのが、通信関連ベンチャーのアイピーモバイルだ。同社はADSLを日本に初めて持ち込んだ東京めたりっく通信（現在はソフトバンクに吸収）の創業者、杉村五男氏によって設立された。
　昨年、イー・モバイル（イー・アクセス）、BBモバイル（ソフトバンク）と並び、携帯電話事業への新規参入が認められたことは記憶に新しい。

　この3社、いずれもTDD（Time Division Duplex：時分割複信）と呼ばれる通信方式を使うが、ほかの2社が携帯電話サービスへの参入を目的としているのに対し、アイピーモバイルは、前述のように無線ブロードバンドサービスにターゲットを絞っているのが特徴だ。 「現時点では音声通話はわれわれにとってはあくまで副次的なものです。まずはTD-CDMAの特性を生かしたブロードバンド環境の提供をスタートさせることに全力を注ぎます。サービス開始は06年10月です」

　取締役の竹内一斉氏は、アイピーモバイルのビジョンについてこのように語る。TD-CDMAは、慶應義塾大学の中川正雄教授が提唱した日本発の通信規格。通信時間を15に分割し、上りと下りをそれらの一つひとつに割り当てていくという原理で、パケット量がリッチな下りを12で上りを3というように、xDSLのような非対称通信を無線で実現できる。割り当てられる周波数帯域が同じである場合、上下対称であるFDD（周波数分割複信）に比べ、ブロードバンド化に向いているのである。一方、IPに特化した通信方式であるため、音声通話はVoIPによる。
「もちろん将来的には、VoIPを使った音声通話を提供するビジョンももっています。既に海外ではTD-CDMAでの音声サービスも行われていますし。ただ、現時点ではわれわれが商用に必要と考えている水準を満たせていないので、これから詰めの開発を行う必要があります」（竹内氏）

4Gへの移行にも役立つTD-CDMAで培われるスキル

　アイピーモバイルのサービス第1弾は、PCカードスロットに挿すデータカード、無線方式のモデム、携帯型ブロードバンドゲートウェイなどを使った端末向けの通信サービス。現在は、SDカードサイズのデータカードも開発中だ。また、近い将来、自動車のカーナビや自動販売機などへの組み込み需要も狙っていくという。
　ITといえば先端技術開発というイメージが強い。だが、TD-CDMAなどの3Gテクノロジーを使った通信ビジネスにおいては、先端技術よりはサービスの開発がエンジニアの仕事として重要になるという。

「TD-CDMAは将来のさらなる高速化も含め、ロードマップをしっかりもっているテクノロジーです。そういう場におけるエンジニアの役割は、新規技術の創出というよりは、ユーザーへの利便性を高めるサービスの実現だと思います」
　開発エンジニアの梶谷農氏はこのように語る。アイピーモバイルには現在、15人のエンジニアが在籍しているが、意外なことに通信業界未経験のほうが多い。
「弊社の場合、どんなスキルをもっているかをあまり問題にはしません。TD-CDMAを使ったブロードバンドサービスという時点で、既存の知識はほとんど役に立たないばかりか、自分の知識にとらわれて課題解決にマイナスとなることすらある。極端な言い方をすれば、自分の思うサービスを実現したいという意思の力が強ければ、文系の人でもエンジニアになれます」（竹内氏）

　一方で、TD-CDMAを経験することでのスキルアップのほうは、かなりの期待ができそうだ。 「TD-CDMAは3Gの技術ですが、TDDの要素技術は将来的に4Gに移行する際に大いに役立ちます。とにかく本当に面白い」（梶谷氏）
　通信用のデバイスさえ装着すれば、自宅を含めて至るところがホットスポットになる。アイピーモバイルの事業展開は、テクノロジーとビジネスモデルの両面で、エンジニアにとって面白いモデルケースとなりそうだ。