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懐かしの“アレ”がエンジニアの原点だ! Vol.7 趣味VS仕事 鉄道ファンと鉄道マンの境界線とは?(前編)
前回、鉄道(国鉄車両)を趣味として長年接してきたエンジニアに、その魅力について語ってもらったが、今回、鉄道を実際の仕事として選んだエンジニアに、その選択の背景について深く探ってみた。
(取材・文/大類隆司 総研スタッフ/山田モーキン) 作成日:05.10.19
座談会テーマ:「鉄道エンジニア 趣味と仕事の境界線とは?」
 少年のころから鉄道と接してきて、「あるとき」を境に、鉄道を生涯の仕事にしようと決意した、現役鉄道エンジニアが登場。趣味から仕事へと、鉄道に対する考え方が大きく変わったその背景と、“鉄道マン”から見た「鉄道の魅力」について語っていただいた。
鉄道マン
鉄道マンとは?
現代生活には欠かせない人々の足であり、また、同じくらいに欠かせない輸送手段でもある鉄道。そんな鉄道の運用に携わる人たちを総じて「鉄道マン」と呼ぶ。鉄道マンという単語は辞書などに載っているものではなく、その解釈はまちまちである。しかし、ここでは運転士や車掌、駅務員などの目に触れる場所で働いている人々も、線路の敷設やメンテナンス、車両の整備などに従事し、普段は姿を見ることができない人々も、鉄道にかかわるすべての人々を鉄道マンと呼ぶこととする。
* 
注釈:本文中に登場する鉄道車両の形式名や鉄道用語については注釈をつけているので、そちらを参照していただきたい。
趣味から仕事に大きく舵を切った現役鉄道エンジニアのプロフィール
中村さん
中村さん(仮名・26歳)
大手鉄道会社 鉄道車両の修繕検査業務担当
最初に、鉄道との出合いについてお教えください
中村:
乗り物自体は前々から好きだったのですが、鉄道を深く意識するようになったのは、小学校に入学したころです。親類に、地下鉄の検車区(※1)に勤めている人がいまして、その人から鉄道関連の話を聞くようになってからですね。初めて鉄道模型を見せてもらったのも、鉄道雑誌の『鉄道ファン』(※2)を見せてもらったのも、親類の人からでした。
鉄道模型や雑誌に出合った後、何か行動は起こしましたか?
中村:
結局、鉄道模型は見せてもらってからすぐに欲しくなって、Nゲージを買ってもらいました。特急型の、見たことのないタイプを。今思えばクハ481(※3)が2両でしょうか。あとは、実際の編成にはない動力車(※4)を1両買ってもらいました。その後は、誕生日など、機会があるごとに1両ずつ増えていきました。車両はすべて種類がバラバラだから、編成はメチャクチャだったんですけどね。

『鉄道ファン』も、見せてもらってから半年は買わなかったんですけど、その後、読みたくなって、定期購読していました。『鉄道ファン』とかの専門誌って、子供向けの文章じゃないので、書いてあることはあまり理解できなかったのですが、取りあえずは写真を見ているだけで楽しかったです。後から知識や理解力が追いついてくると、書いてあることも理解できるようになり、鉄道の編成とかもわかるようになりました。掲載されていた写真では、特に台車などの「床下」の写真が好きでしたね。外からは見られない部分だったので、魅力を感じました。
模型や雑誌以外に、鉄道に関係する趣味をもちましたか?
中村:
201系車両
201系車両
鉄道ファンの写真でも、どうしても自分の見たいアングルが載ってないことなどもあったので、自分で写真を撮るようになりました。初めは中央線沿線の駅構内で201系(※5)などを撮っていたのですが、駅では自分の好きな床下の写真が撮れないので、駅の外での撮影にも手を出しました。多摩川のガード下から八高線(※6)を狙ったり、千葉まで行って成田エクスプレス(※7)を撮ったりしましたね。良いカメラじゃなかったので、近くで撮ると画がぶれてしまいましたけど。

あと、写真に撮らなくても、ただ外から見るだけってこともありましたね。なにせ写真は現像にお金がかかりますから(笑)。柵の内側スレスレを走る鉄道を、柵の外側スレスレの位置から見たりしていました。電車が走る風圧が感じられるくらいの距離です。あとは、電車がホームに入ってくる瞬間とか。ホームの縁ギリギリの位置を、こすらずに入ってくる様子がいいですね。軌道があるから、よっぽどのことがない限りこするようなことはないんだけど、あのホームと車両の隙間を見ると、ギリギリの場所を走っているような感じを受けるんですよ。
実際に走っている鉄道で、好きな車両は何でしたか?
中村:
私は特急とかにはあまり興味なく、生活に密着している車両が好きでしたね。具体的に車両を挙げると、201系や103系(※8)などの古めの車両が好き(笑)。モーターのうなる音がいいんですよ。特に103系が100km/h出しているときの、壊れそうな限界ギリギリだぞって感じの音はたまりません。あと、写真を撮影したときに八高線にも乗りましたが、気動車が出すディーゼルエンジンの音もいいですよね。うなり音はものすごいんだけど、スピードが全くついてこない、あのアンバランスさが何とも言えません。

八高線の気動車もそうなのですが、私は車両に乗って、初めて好きになることが多いですね。結果、好きな車両はどんどん増えていきます。また、振動や乗り心地ももちろん好きなのですが、特に乗車しているときに聞こえる音が好きですね。それは今でも変わっていません。
子供のころ、さまざまな鉄道関連の趣味に携わっていたようですが、それが今、鉄道マンになりたいと思う「きっかけ」となったのでしょうか?
中村:
鉄道の実物を見たり、乗ったりした経験はさておき、そのほかの趣味の部分は、職の決定という点ではあまり関係していないんですよ。いや、マイナス方向で作用しているかもしれません。趣味活動はやっているうちは楽しいのですが、終わってしまうと物足りなく感じるんですよね。

例えば写真撮影は、撮っている間は楽しいんですけど、撮り終わって家に戻ってくるとむなしい。というのも、手元に写真は残るけど、実物は残らないから。Nゲージの場合は、確かに模型という物質は存在しているんですけど、それはあくまでニセモノと感じるようになったんですよ。よく見ると、例えば自由に動く連結器のケーブル(※9)がプラスチックでできていて全く動かなかったり、本当は新しさの度合いで色合いが違うはずのクーラー部分がすべて同じ色だったりすると、とたんにニセモノと思うようになりましたね。急カーブでの走行方法も、減速なしでクイッと曲がるんですよ、Nゲージは。もうその時点で、これは現実にはあり得ない、模型なんだと強く思ってしまいました。もちろん、Nゲージを走らせながら、子供心に運転手になりたいとか考えたことはありましたが、それは直接的に今の職業に就くきっかけとは、なりませんでした。自分が「本物ではないと嫌」な人間であることには、気づかせてくれた存在でしたが……。
では、いつごろ鉄道マンになりたいとはっきり意識しましたか?
中村:
実はもう、中学生のころには「本物ではないと嫌」ということに気づいていたのですが、そんな中、201系をホームで間近に見る機会があったんですよ。立川駅(※10)の、東京行きのホーム。少しカーブになっていて、少し自分のほうに傾いている車体がなぜかすごく大きく感じたことを今でもよく覚えています。それを見て、こんな大きいものを動かすことができる、運転手という職業に就きたいと強く思うようになりましたね。今までの、漠然とした「何かの運転手になりたい」という意識から一歩踏み出せたということを思えば、あのとき、立川駅で201系を見た瞬間が、今の職業に就いているきっかけと言っていいと思います。目標意識が芽生えてからは、鉄道を趣味としてとらえる意識は薄らいでいきましたね。中学のとき、鉄道業界への就職を決意してからは、鉄道を趣味として意識しないようにしてきました。
そして、実際に鉄道業界への就職を目指したのですね
中村:
はい。高校生は一度に複数の会社へ就職活動はできないので、いくつかの鉄道会社の中から今勤めている会社を選び、受験しました。なぜか受験するとき、落ちるって感じは全くしなかったし、考えてすらいませんでした。今思えば無謀だと思うのですが、絶対受かるという確固たる自信があったんですよ。面接のときも「私を落としたら、御社は損するよ」的な意気込みで臨みました。終わってから「(面接でミスをしたため)落ちたらどうしよう。どうなるんだろう」という意識が芽生えて、ちょっと焦りましたけどね。

実は、初めの希望である運転手は、採用に視力が影響してくるんですよ。でも、そのころの私はもう既に視力が相当落ちてしまっていたので、運転手は無理かもしれないと言われていたので……。そこで、運転手がダメなら車庫などでも構わないと面接のときに言いました。結局、採用はされましたが、配属されたのは車庫で車両修繕。しかし、車両内での勤務を望むなら、車両修繕などに携わりながら車掌を目指す方法がまだ残されていることを教えてもらったので、そのまま車両修繕の勤務を続けることにしました。そして、今現在も車庫での勤務を続けています。
検車区(※1)
鉄道車両の整備や編成、収容などを行うための施設。検車区という呼び方はJR以外では一般的だが、JRでは独自に電車区や機関区、車両センターなどの名称で呼ばれている。検車区の呼び名は、ほかにも車両基地、運転所、車庫など多岐にわたり、鉄道会社により異なるケースが多い。検車区という呼び名は、あくまでも「一般的」な呼び名であり、決してJR以外の会社がすべて採用している名称ではない。
検車区
『鉄道ファン』(※2)
1961年7月に交友社より創刊され、現在も発行を続けている、鉄道ファンにとってはバイブル的な雑誌。美しい写真と洗練されたデザインに定評のある、どちらかというと大人向けの雑誌である。しかし、車両の写真に惹かれて、子供ながらに意味もわからないまま読み続け、そのまま立派な『鉄道ファン』になってしまった人も多いとか。

クハ481(※3)
481系は、1964年に登場した、直流電化区間と交流電化区間をまたいだ運用が可能な特急型車両。クハ481は、その中でも運転席のある制御車である。クハ481の100番台は、先頭部分が鼻の伸びたような外見のボンネットスタイルだったが、200番台になるとボンネットスタイルではなく、前面貫通型の平坦な先頭部分となった。出力が120kWのMT54形モーターや配抑速ブレーキなどを装備し、勾配区間に強い性能をもつことも特徴のひとつ。

動力車(※4)
鉄道では、ほかの車両を動かすための、動力を生み出せる車両を指す。具体的には、気動車や電車などで、ディーゼルエンジンやモーターなどの動力源を搭載しているタイプの車両のことである。もともと車両を牽引することが目的の機関車は、もちろん動力車に分類される。

201系(※5)
1979年に開発され、1981年より量産が開始された通勤型電車。モーターに必要な量だけ電流を流すことのできる電機子チョッパ制御を国鉄車両として初めて採用したほか、モーターの回転をブレーキ動作時に発電力として利用する電力回生ブレーキを装備し、省エネを強く意識した車両となっている。また、空気バネ式の台車を採用するなど、国鉄の通勤型車両としては革新的な技術が多く盛り込まれていた。現在でも中央本線、京葉線、福知山線などで、現役の車両として活躍している。

八高線(※6)
1928年(昭和3年)に着工し、1934年(昭和9年)に全線開通した、八王子−倉賀野間を結ぶ92.0kmの路線。実際にはすべての列車が高崎まで乗り入れているが、倉賀野−高崎間はあくまでも乗り入れ区間であるため、厳密には八王子−倉賀野間が八高線となる。八王子−高麗川間のいわゆる南線と、高麗川−高崎間のいわゆる北線とで運用形態が分かれている。また、南線は電化区間だが、北線は東京近郊でも珍しい非電化区間である。
八高線気動車
成田エクスプレス(※7)
1991年3月から運行が開始された、成田空港と都心の各主要駅を結ぶ特急列車。車両は、成田エクスプレスのために開発された専用車両「253系電車」を採用し、最高時速130km/hで運行する。荷物棚に旅客機と同じハットラック方式を採用するほか、車内の案内に英語を併用する、「N'EX」というわかりやすい略称を採用するなど、海外からの乗客が戸惑わないような配慮が各所に施されている。

103系(※8)
1963年から製造が開始された国鉄の通勤型車両。その後1984年まで製造が続けられ、製造総台数は3447両と国鉄時代では最多数となった。トルクが高く、加速性能を重視したMT55形モーターを採用したため、駅間の短い山手線や大阪環状線などに最適の車両であった。しかし、コストパフォーマンスといわゆる国鉄規格と呼ばれる統一仕様を実現するため、中央快速線や常磐快速線などの駅間の長い路線にも採用された。現在は後継車種が登場したため首都圏からは姿を消した。だが、関西・山陽・九州などではまだまだ現役で活躍している車両である。

連結器のケーブル(※9)
正式名称は、ジャンパ連結器。古いタイプの車両でよく見かけた、車両と車両の間にあるゴムホースのようなケーブルがそれである。最低でも制御用のケーブルが1本、多いと制御に加えて三相交流用と高圧補助用の2本を、車両間につなぐ必要がある。現在はケーブル接続の手間を省くため、電気連結器と呼ばれるコネクタを装備している電車が多く、連結と同時にコネクタ同士を接続し、ケーブルを手動でつなぐ手間をカットしている。
連結器
立川駅(※10)
青梅線の起点、南武線の終点であり、中央本線の駅でもある、JR東日本の駅。かつては存在した1番線ホームが、駅ビル建設の際にビルの一部となってしまい、それ以来1番線ホームが存在しないという面白い経歴をもつ。立川駅の歴史は非常に古く、1889年(明治22年)には甲武鉄道(1906年に国有化)の駅として開業している。現在のように駅が橋上化されたのは1982年である。
この後、鉄道マンになったエンジニアならではのエピソードが目白押し!
後編(11/2掲載)では、いよいよ「鉄道ファン」と「鉄道マン」の境界線が明らかに
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山田モーキン(総研スタッフ)からのメッセージ  
山田モーキン(総研スタッフ)からのメッセージ
今回ご登場いただいた方から聞いたお話で、いちばん興味関心があったのは、現在のいわゆる「若手鉄道マン」の多くは、鉄道に対して子供のころから特別な興味・関心を抱いていない方たちだということ。このことからも「趣味」と「仕事」の境界線を感じましたが、次回後編ではさらに両者の差が明らかになりますので、ご期待ください。

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