近年、特に若手世代の会社への帰属意識が低下しているといわれるようになってきました。その要因となるのは何なのか。そもそも帰属意識とはどんなもので、高めるためには何が必要なのでしょうか。人事・採用コンサルタントとして多くの組織課題に向き合ってきた曽和利光さんが解説します。

帰属意識とは?
帰属意識とは、自分がある集団・組織に属しているという意識であり、「自分もその一員である」と思える感覚のことを指します。
属する集団とは、国や地域、学校、会社、趣味のコミュニティ、家族などさまざま。どこまでが“自分”かどうか、つまり”自分の大事な一部”であり“自分を形成するもの”と感じられるかによって、帰属意識の自覚の度合いは異なります。
帰属意識と似た言葉には、「準拠集団」「組織コミットメント」「従業員エンゲージメント」があります。それぞれの意味や定義を整理していきましょう。
「準拠集団」とは、自分の価値観や信念など、アイデンティティ形成に強い影響を与える集団を指します。自分の態度を決める際に基準とする集団であり、“自分をどう定義するか”にかかわってきます。
「組織コミットメント」は、所属する組織に対して貢献したいという気持ちを指し、「従業員エンゲージメント」は、企業への愛着や組織の一体感を指します。
帰属意識を高めるために必要な「ワークエンゲージメント」
帰属意識は組織において、必要不可欠なものであると考えられています。その帰属意識を高めるにあたり、欠かせない概念が「エンゲージメント」です。エンゲージメントには、従業員エンゲージメントとワークエンゲージメントがあり、昨今は「ワークエンゲージメント」の重要性に注目が高まっています。
従業員エンゲージメントが組織に対する愛着を指すのに対し、ワークエンゲージメントは仕事そのものへの活力や熱意、没頭を指します。
「燃え尽き症候群」の研究で知られるユトレヒト大学のシャウフェリ教授は、ワークエンゲージメントを「仕事に関連する心理状態であり、活力、熱意、没頭によって特徴づけられる」と定義しています。
帰属意識を高めるメカニズム「ワークエンゲージメント」
不確実性の時代と言われる今、キャリア自律への意識はますます高まっています。どこに行っても通用するスキルや経験の習得を求めるビジネスパーソンが増え、ワークエンゲージメントが得られない企業や組織に対して、従業員エンゲージメントは高まらなくなっています。
「仕事が楽しい」「能力が高められる」という実感があってはじめて、その機会を提供してくれた会社や組織に対して感謝の気持ちが生まれます。もらった恩を返したくなる「好意の返報性」という心理学の原理に基づき、組織への愛着(従業員エンゲージメント)が高まっていくのです。
自分が望む“理想のキャリア”や“なりたい自分”に向けて、会社が応援してくれる
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サポートしてくれた会社への感謝の気持ちが生まれる
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恩返しをしようと組織への貢献度が高まる
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「自分はこの組織の一員である」という帰属意識が高まり、結果として定着率につながる
帰属意識が低下するとどうなる?
ワークエンゲージメントが高まらず、帰属意識の低い組織には、どのような弊害が生まれるのでしょう。
まず挙げられるのは離職率の高さ。人材が定着しなければ事業成長につながらず、従業員のモチベーションはさらに下がっていきます。
そして、「組織市民行動」が減ることで、組織全体の生産性が低下していきます。組織市民行動とは、自分の役割や担当業務以外のことでも、自発的に他者を支援する行動のことを指します。
これがなくなると、組織内には指示されたこと以外やらない人、自分の報酬につながる仕事しかやらない人が増えていきます。足りないところを補おうと動く人がいなければ、組織のパフォーマンスは下がっていくでしょう。

帰属意識を高めるために、やりがちな失敗とは
ただ、ワークエンゲージメントの重要性を無視して「帰属意識を高めよう」と思ってもなかなかうまくいきません。
帰属意識を高める施策として、飲み会やパーティ、運動会、社内旅行や合宿などさまざまな社内イベントを行う企業も少なくありません。
しかしこれらは、従業員らが、組織に対してある程度の愛着や一体感を持って初めて効果を発揮するもの。ワークエンゲージメントを高め、個人の仕事観やキャリア像に寄り添ったサポートがないままでは、逆効果になりかねません。
ワークエンゲージメントを測る方法
ワークエンゲージメントを測定する方法に「ユトレヒト・ワーク・エンゲージメント・尺度」があります。
活力・熱意・没頭の3つの尺度、計17項目の質問に対して、「まったくない」から「いつも感じる」までの7つの選択肢を選び、ワークエンゲージメントがどれほど高いかを測定します。
【17の質問項目】
- 仕事をしていると、活力がみなぎるように感じる (活力 1)
- 自分の仕事に、意義や価値を大いに感じる(熱意1)
- 仕事をしていると、時間がたつのが速い(没頭1)
- 職場では、元気が出て精力的になるように感じる(活力2)
- 仕事に熱心である(熱意2)
- 仕事をしていると、他のことはすべて忘れてしまう (没頭 2)
- 仕事は、私に活力を与えてくれる (熱意 3)
- 朝に目がさめると、さあ仕事へ行こう、という気持ちになる (活力 3)
- 仕事に没頭しているとき、幸せだと感じる (没頭 3)
- 自分の仕事に誇りを感じる (熱意 4)
- 私は仕事にのめり込んでいる (没頭 4)
- 長時間休まずに、働き続けることでできる (活力 4)
- 私にとって仕事は、意欲をかきたてるものである (熱意 5)
- 仕事をしていると、つい夢中になってしまう (没頭 5)
- 職場では、気持ちがはつらつとしている (活力 5)
- 仕事から頭を切り離すので難しい (没頭 6)
- ことがうまく運んでいないときでも、辛抱強く仕事をする (活力 6)
帰属意識を高めるには、これら17項目を「いつも感じる」と答える従業員が増えるようなアプローチが必要なのです。
企業のワークエンゲージメントを高めるための取り組み
では、企業側は、従業員のワークエンゲージメントを高め、帰属意識を高めるためにどのような取り組みを行っているのでしょうか。近年に実施されている企業の事例から、個人へのアプローチと組織へのアプローチをご紹介します。
仕事に活力や熱意を持って向かえるように、メンタルヘルスのケアは欠かせません。具体的には、カウンセリング、コーチングなどの機会提供があります。
2.能力開発のサポート
研修制度を充実させたり、Eラーニングの機会を提供したり、資格取得に向けた教材や講習参加の費用負担があったりと、個人の能力開発を組織がいかにサポートしてくれるかが重要です。
3.ジョブ・クラフティング力の強化
ジョブ・クラフティングとは、「自発的に仕事への取り組み・働き方を変えていく」こと。今の仕事が自分にとってどんな意味があるのかを捉え直すために、上司による意味付けのサポートも欠かせません。
4.適材適所への配属
個人の実現したいキャリア、挑戦したい業務に沿った配属は、仕事への活力に直結します。
5.権限移譲、裁量権の拡大
仕事を任せ、責任を与えることが個人の成長を促し、「任せてくれたのだから期待に応えよう」と好意の返報性につながります。
本人の仕事への思い、熱意を理解した上で、適材適所の業務を任せられているか、常に見直す姿勢が大切です。
2.援助行動(ペアリング、メンタリング)
1人を丁寧に見る教育担当や、業務内外のさまざまな相談に乗るメンターによるサポートも重要です。
3.マニュアル作成やシステム化など
明解で透明性のある業務指示内容や、効率化をもたらすサポートツールの導入なども、仕事への活力につながります。
4.休憩スペースなどのファシリティの充実化
働く環境を快適に保ち、仕事に集中しやすいスペースや休憩の取りやすい空間の確保が、仕事への没頭をもたらします。
5.リモートワーク等の働き方の改善
個人の志向、ライフスタイルに合った働き方を提供することで、個人のパフォーマンスアップにつながります。
理論として知られているものには、Bakker, Hakanen, Demerouti, & Xanthopoulou(2007)が提唱した「仕事要求度‐資源モデル」があります。
「仕事の資源と要求度のバランスが取れていない」場合にワークエンゲージメントは下がりますが、仕事の資源が豊富にある場合は、仕事の要求度(プレッシャーや精神的・肉体的負担など)が高かったとしてもワークエンゲージメントは高まると指摘されています。
このモデルが指す仕事の資源とは、以下の5点が挙げられます。これらの資源が豊富な環境で働くことで、帰属意識も高まっていくと考えられるでしょう。
- 裁量性、コントロール
- 仕事のパフォーマンスへのフィードバック
- 上司によるコーチング、周囲の支援
- 正当な評価
- キャリア開発の機会
株式会社人材研究所・代表取締役社長 曽和利光氏
1995年、京都大学教育学部教育心理学科卒業後、リクルートで人事コンサルタント、採用グループのゼネラルマネージャーなどを経験。その後、ライフネット生命、オープンハウスで人事部門責任者を務める。2011年に人事・採用コンサルティングや教育研修などを手掛ける人材研究所を設立。『「ネットワーク採用」とは何か』(労務行政)、『人事と採用のセオリー』(ソシム)、『コミュ障のための面接戦略』(星海社新書)、『人材の適切な見極めと獲得を成功させる採用面接100の法則』(日本能率協会マネジメントセンター)など著書多数。最新刊『定着と離職のマネジメント』(ソシム)も話題に。