キャリアの構築過程においては体力的にもメンタル的にもタフな場面が多く、悩みや不安を一人で抱えてしまう人も多いようです。そんな若手ビジネスパーソンのお悩みを、人事歴20年、心理学にも明るい曽和利光さんが、温かくも厳しく受け止めます!今回は「得意を伸ばしつつ、苦手を克服しろ」との指導に悩む、24歳男性からのお悩みです。
曽和利光さん
株式会社人材研究所・代表取締役社長。1995年、京都大学教育学部教育心理学科卒業後、リクルートで人事コンサルタント、採用グループのゼネラルマネージャー等を経験。その後、ライフネット生命、オープンハウスで人事部門責任者を務める。2011年に人事・採用コンサルティングや教育研修などを手掛ける人材研究所を設立。『「ネットワーク採用」とは何か』(労務行政)、『人事と採用のセオリー』(ソシム)など著書多数。最新刊『コミュ障のための面接戦略』(星海社新書)も好評。
目次
苦手分野はそこそこに、得意な分野に集中したいけれど…
<相談内容>
CASE56:「苦手なことは、今のうちに克服したほうがいいのでしょうか?」(24歳・広告会社勤務)
この春に今の会社に入社した新入社員です。新人研修を経て営業部に配属され、今は上司に教わりつつ、先輩に同行して営業の仕事を現場で覚えています。
上司や先輩の教えは、素直にどんどん取り入れたいと思っているのですが、一つだけ、少し抵抗感を持っていることがあります。
上司も先輩も、「得意を伸ばしつつ、苦手を克服しろ」というのですが、正直言って苦手なことはあまりやりたくありません。苦手なことは必要最低限に留め、得意な分野に集中することで成長できないものでしょうか?(営業職)
苦手分野が「流動性知識」に属するならば、学んでおいて損はない
心理学者のレイモンド・キャッテルによると、人間の知能因子には「流動性知能」と「結晶性知能」の2つがあります。
「流動性知能」とは新しい知識を習得し、それを処理・加工する知能のことで、計算力などの数的処理能力や暗記力などが当てはまります。
一方、「結晶性知能」は経験から得られる知能のことで、語彙力や洞察力、理解力などを指します。
そして前者は25歳前後をピークになだらかに低下し、後者は経験を積むにつれ上昇を続け、ある程度年齢を重ねても知能を上げることが可能とされています。
相談者は現在24歳。まだ若いとはいえ、「流動性知能」の側面から見ればピークが近づいています。例えばですが、近年データサイエンス領域をはじめさまざまな分野で注目されている統計学は、数的処理能力が必要とされる学問であり、今着手してこそ伸ばせる知能と言えます。もちろん30を超えても覚えられるでしょうが、習得にかかる時間などを考えると、どうしても難易度は上がります。
つまり、能力には身につけるのに適した「適齢期」があり、今すぐつけたほうがいいものもあれば、後からでも何とかなるものもある、ということ。もし相談者が苦手とする分野の中に「流動性知能」に属するものがあるならば、できれば今のうちに最低限のインプットはしておいたほうがいいと思います。
「自分の目指すキャリアには必要ない」と思われるかもしれませんが、業務経験を積むにつれキャリアの志向が変わるのはよくあること。そのときになって「少しはやっておけばよかった」と後悔しないためにも、「苦手」を「及第点」ぐらいにしておくのはお勧めです。
ただ、AIの進化が急速に進んでいる今、「苦手はそこそこに、得意分野を徹底的に伸ばしたほうがいい」という説が有力になりつつあります。中途半端な知識レベル・技術レベルのままでは、将来的にAIに仕事を取られる可能性があるからです。狭い領域でもいいので得意分野を伸ばし、突き抜けたレベルにまで磨き上げることができれば、AIが取って代わることのできない存在になれるはず。
従って、相談者が「流動性知能だろうが何だろうが、どうしても苦手なことはやりたくない」ならば、得意分野に徹底的にリソースを集中させ、突き抜けさせるのも一つの方法です。苦手分野については、周りが許容するレベルが確保できていれば現状維持でいいかもしれません。
「得意分野にリソースを集中する」という考えは時代に合っている
こういう話をすると、「スペシャリストではなくジェネラリストを目指すならば、得意を伸ばしつつも苦手を克服しなければならない」などと言う人がいますが、中途半端なジェネラリストこそAIに取って代わられます。
ジェネラリストとは、特定の知識ではなく広範囲にわたる知識を保有する人のこと。いわゆるマネージャーなどいわゆる管理職の多くは、ジェネラリストに当たります。
これまでジェネラリストが必要とされてきた大きな理由は、経営者の認知限界によるものです。1人で何十人、何百人という社員には目が行き届かないので、間にジェネラリストであるリーダーやマネージャーなどの管理職を置くことで間接的にマネジメントを行ってきました。
しかし、マネジメントシステムやコミュニケーションツールが進化・普及拡大したことで、経営者の認知限界がぐんと広がりました。ある程度の規模の会社であっても、社長がマネジメントシステムを使って社員を管理し、能力が高い社員に個別に声を掛け抜擢することもできるようになっています。AIがもっと進化すれば、この流れはさらに加速するでしょう。
つまり、ジェネラリストの中でも「上の言うことをただ伝えて管理するだけ」の管理職は用済みになり、ごく一部の「スーパージェネラリスト」に集約されるようになる、ということ。誰もが自分なりの専門性を磨き、スペシャリストを目指さなくてはならない世の中が早晩やってくると見られます。
私はもうすぐ50歳になるので、この「万人スペシャリスト」の流れからギリギリ逃げ切れそうな気がしますが、24歳の相談者はそうはいきません。そういう意味でも、「得意を伸ばしつつ、苦手を克服しろ」という上司や先輩の意見よりも、相談者の主張する「苦手なことは必要最低限に留め、得意な分野に集中する」のほうが、これからの時代に合っていると思います。
30歳を越えたら、苦手克服にリソースを割くのはお勧めできない
ちなみに…この記事を読んでいる方の中には、相談者と同じ20代だけでなく、30代や40代の方もいることでしょう。そして、「苦手分野を放置していたことが気になっていて、今からでも何とかしたい」と考えている人もいるかもしれません。
そういう方のために付け加えると、24歳の相談者ならまだしも、30を過ぎて苦手分野を克服しようとするのは個人的にはお勧めできません。特に20代がピークとされる「流動性知能」の分野にリソースを割くぐらいならば、より積極的に得意を伸ばすことに注力したほうが断然得だと思います。
そして、50歳を越えたら「ステイ」です。これまでと同じように得意を伸ばすことに注力しても、ここからさらにグロースさせるのは残念ながら難しいからです。50歳以上のベテラン勢がやるべきは、これまで培ってきた能力を「最大限活かせる場所」を探すことです。
決して「年を取ったら学ぶのは無駄である」と言っているわけではありません。実業家であり詩人のサミュエル・ウルマンは、「青春」という詩の冒頭で、「青春は人生のある時期を言うのではなく、心の持ち方を言うのだ」と綴っていますが、「能力開発」においてはそうとは言えません。人間は例外なく老化するものであり、能力開発できる時期には限りがあります。ビジネスパーソンとして長く力を発揮し続けたいのであれば、今の自分にとってプラスになることにリソースを集中させてほしいのです。
そして言うまでもなく、これらはビジネスやキャリアの話であって、趣味の世界は別物です。年を取ってから新しい趣味に挑戦するのはとてもいいこと。たとえ能力は開花しなくとも、生活にハリを与え、人生を豊かにしてくれるはずです。蛇足かもしれませんが、念のため。
アドバイスまとめ
という考えはこれからの時代に合っている。
得意分野を突き詰め、磨き上げることで
「AIに代替されない存在」を目指そう
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