ドラッカーと「キャズム理論」の共通点とは

12万部を超えるベストセラーシリーズとなった『プロフェッショナルサラリーマン』(プレジデント社、小学館文庫)。その著者である俣野成敏さんに、P・F・ドラッカーの名言を解説いただくコーナー。第9回の今回は、「コップの水」理論についてです。

【P・F・ドラッカーについて】

ピーター・F・ドラッカー(1909〜2005)は、オーストリア出身の著名な経営学者。激動のヨーロッパで古い価値観・社会が崩壊していくのを目撃。ユダヤ人の血を引いていたドラッカーはナチスの台頭に危険を感じて渡米、ニューヨーク大学の教授などを経て、執筆と教育、コンサルティング活動等に従事する。

ドラッカーが深い関心を寄せていたのは、社会において企業が果たす役割についてであり、生涯にわたって、組織内で人をよりよく活かす方法について研究、思考し続けた。「マネジメントの父」と呼ばれ、GE社のジャック・ウェルチ氏やP&G社のアラン・ラフリー氏など、ドラッカーを師と仰ぐ世界的な経営者は数多い。

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こんにちは。俣野成敏です。

著名な経営学者であるP・F・ドラッカー氏の言葉に「私なりの解釈を付けて読み解いていく」というこのコーナー。

世界中に支持者を持つ一方で、難解と言われることも多いドラッカー氏ですが、残された著書を紐解くことによって、長年にわたり世界的企業の第一線で指導を続けた氏の真髄に触れることができます。これを機会にぜひ氏に親しんでいただき、氏の英知をご自身の仕事に取り入れていただくきっかけとなりましたら幸いです。

本日は、下記名言解説の2回目となります。

【本日の名言】

「コップに『半分入っている』と『半分空である』とは、量的には同じである。だが、意味はまったく違う。とるべき行動も違う。世の中の認識が『半分入っている』から『半分空である』に変わるとき、イノベーションの機会が生まれる」

(P・F・ドラッカー『イノベーションと起業家精神』)

前回は、ドラッカー氏が同書で挙げた「イノベーションを成功させるための3つの条件」について触れ、氏の言う「半分の意味が変わるときがイノベーションの機会」とはどのようなときなのかなど、事例を挙げて解説しました。

今回は、この名言をマーケティング理論と組み合わせてご説明したいと思います。

イノベーションとは「変化を探し、それに乗る」こと

ドラッカー氏は、『イノベーションと企業家精神』(ダイヤモンド社)の中で、イノベーションについてこのように述べています。

「イノベーションとは意識的かつ組織的に変化を探すことである。…通常それらの変化は、すでに起こった変化や起こりつつある変化である。成功したイノベーションの圧倒的に多くが、そのような変化を利用している」

通常、イノベーションとは変化を「起こす」ことだと一般には思われています。しかし、現実のイノベーションとはほとんどが「社会で起こった変化に乗る」ことだと氏は言っています。世間でよく言われる「時流に乗る」というのがこれに当たるでしょう。

もちろん、中には技術的なイノベーションが社会に変革を促す例はたくさんあります。氏は事例としてライト兄弟による飛行機の発明を挙げていますが、最近だとマネー革命と言われるビットコインや、旅館業界に風穴を開けたAirbnb(エアービーアンドビー)などがあるでしょう。

つまり、イノベーションとは大きく分けると、

(1)社会に変革を促すような破壊的イノベーション
(2)時流に便乗する「乗り合い」的イノベーション

の2つがあり、ビジネス的には(2)のイノベーションを狙えば十分ということです。

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現在のマーケティングに大きな影響を与えた「イノベーター理論」

ところで、あなたは「イノベーター理論」というのをご存じでしょうか?アメリカの社会学者であるエベレット・M・ロジャース氏が1962年に提唱した理論のことです。革新的な商品が世に普及していくまでを、イノベーター2.5%(革新者)、アーリーアダプター13.5%(初期採用者)、アーリーマジョリティー34%(前期追随者)、レイトマジョリティー34%(後期追随者)、ラガード16%(遅滞者)という5つの段階に分けて考える方法で、マーケティング戦略を練る際に多く使われます。

最初に、商品が投入された超初期段階で、商品の可能性を見抜き、取り入れるのがイノベーターと呼ばれる人々です。2番手のアーリーアダプターは、イノベーターが取り入れた様子を見て将来的な世の中の流れを予測し、行動できる人たちのことです。

イノベーター理論では、商品の普及率がアーリーアダプターまでの16%を超えると、シェアが爆発的に拡大すると述べています。それに対して「初期市場と、その後の主流市場との間にはキャズム(溝)がある」というキャズム理論を提唱したのが、アメリカのマーケティングコンサルタントであるジェフリー・ムーア氏でした。

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キャズム理論参考図(『キャズムVer.2』翔泳社より)

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市場には「キャズム」という断絶がある

もともと、キャズム理論とはイノベーター理論をベースにし、それを発展させたものです。キャズム理論では、アーリーアダプターまでを「初期市場」、アーリーマジョリティーを「超成長期」、レイトマジョリティーを「メインストリート市場」、ラガードを「収束期」と位置づけています。

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たとえ最初のキャズムを乗り越え、主流市場にたどり着いたとしても、メインストリート市場に到達するまでの間には、さらに別のキャズムが存在しているとキャズム理論では述べられています。

現実に、超成長期を制しながら、メインストリート市場の波に乗れなかった商品というのは、世の中に数多く存在します。たとえば、1990年代初頭の日本のパソコン市場で圧倒的なシェアを誇っていたワープロソフトの一太郎や、表計算ソフトのロータス1-2-3などです。どちらもトップを取っていながら、やがてシェアを奪われてしまったのは、パソコンのOSがDOSからWindowsへと移行していく中で、それへの対応が遅れたことが主な要因でした。

もちろん、現在のトップシェアを握っているWordやExcelは、OSを開発しているマイクロソフト社の製品ですから、同社が圧倒的に有利であるのは間違いないでしょう。とはいえ、市場の変化にいち早く気づいてうまく対応できていれば、先の2社もここまでの憂き目を見ずに済んだのかもしれません。そして、Microsoftとて明日は我が身の状況に変わりありません。

ドラッカーの主張とキャズム理論の共通性

さて。それではここまでお話したイノベーター理論、キャズム理論とドラッカー氏のコップの水理論を合わせてみましょう。

氏は「コップの水が『半分空である』に変わるとき、イノベーションの機会が生まれる」と言っています。「半分」とは、「ちょうど真ん中」という意味です。イノベーター理論で言うと、商品がアーリーマジョリティーにまで行き渡った時期であり、キャズム理論で言うと、超成長期段階が終わる頃に当たります。

商品が世の中の半分くらいにまで知れ渡っている状態ということは、人々の中に、「その商品のことはもう知っているよ」と答える人と、「何?それ。まだ知らない」と答える人が、だいたい半々ずついるということになります。これは「その市場がまだ成熟しておらず、中途半端な状態」だということを示しています。成熟していないからこそ、そこにチャンスがあるワケです。

キャズム理論を提唱したムーア氏も、市場における超成長期が終わった段階からを「メインストリーム市場」と見なしています。ムーア氏は、メインストリーム市場に属するユーザーを保守派と呼び、「彼らを対象とした市場は大きな可能性を秘めている」(『キャズムVer.2』)と言います。

保守派のユーザーが求めているのは「実利」です。彼らは、受け入れるのに時間がかかっても、一度受け入れてもらえれば使い続けてくれる可能性が高くなります。ムーア氏は、彼らに対しては「真のソリューションを提供するというアプローチが要求される」と述べています。ドラッカー氏とムーア氏の両名が「半分」にこだわったのは、「そこからが商品の真価が問われるとき」だということなのかもしれません

「チャンスを捉えて上昇気流に乗れ」というドラッカーからのメッセージ

市場のどの段階においても、商品が失速する可能性は常につきまといます。たとえ成長期のピークに入ってもバランシングが難しいことは、先に挙げたシェアを失ったソフトの事例を見ればお分かりいただけることと思います。彼らの二の舞にならないために、反対側からモノを見るクセをつけておくべきことは、前回「コップの水から『市場』が見えるーードラッカーが説く『コップの水』理論とは?」の中でお伝えしました。

市場が曲がり角にさしかかっている時というのは、この先どちらに転ぶのかわからず、企業にとっては悩みどころでしょう。しかし、我々ビジネスパーソンとしては、両方の可能性を模索しつつもチャンスを捉え、今いる場所から新しいS字カーブを描いて上昇していく気概が必要です。それこそが、ドラッカー氏がこの名文で本当に伝えたかったことなのではないでしょうか?

俣野成敏(またの・なるとし)

大学卒業後、シチズン時計(株)入社。リストラと同時に公募された社内ベンチャー制度で一念発起。31歳でアウトレット流通を社内起業。年商14億円企業に育てる。33歳でグループ約130社の現役最年少の役員に抜擢され、さらに40歳で本社召還、史上最年少の上級顧問に就任。『プロフェッショナルサラリーマン』(プレジデント社)『一流の人はなぜそこまで、◯◯にこだわるのか?』(クロスメディア・パブリッシング)のシリーズが共に12万部を超えるベストセラーに。近著では『トップ1%の人だけが知っている「お金の真実」』が11刷となっている。著作累計は34万部超。2012年に独立後は、ビジネスオーナーや投資家としての活動の傍ら、私塾『プロ研』を創設。マネースクール等を主宰する。メディア掲載実績多数。『ZUU online』『MONEY VOICE』『リクナビNEXTジャーナル』等のオンラインメディアにも寄稿している。『まぐまぐ大賞2016』で1位(MONEY VOICE賞)を受賞。一般社団法人日本IFP協会金融教育顧問。

俣野成敏 公式サイト

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