自らを「プロインタビュアー」と称し、さまざまな著名人に取材している吉田豪さんは、取材相手に対して綿密に下調べすることでも有名です。取材を受ける本人さえも忘れているようなエピソードをたとえに挙げることで、相手も「この人ならわかってくれる!」とつい懐を開いて、話したくなるのでしょう。
インタビューに限らず日常でも、通りいっぺんの受け答えに終始してしまって、相手の話を引き出せなかったと感じる瞬間は誰しもあるはず。そこで、吉田豪さんに「相手の話を引き出す極意」を伺いました。
疑問に思ったことを突破口にして話題を広げる
――インタビューで緊張することはあるんですか?
吉田:まったくなくなりましたね。相当なことがあっても一切心が動じない。何事も経験ですね。本当に怖い目に遭うと、何も怖くなくなります(笑)
――普段、インタビュー相手の方と打ち解けるためにご自身の話をされることがあると思うのですが、どのような話から入り込むんですか?
吉田:たとえばアイドルでも、学校でクラスの中心だったような子もいれば、スクールカーストが下位で「アイドルになって見返そう」という子もいるんですね。意外と後者のほうが圧倒的に多かったりします。ボクも一時期無職でひどい状態だったことがあるので、彼女たちが共感するような話の引き出しはたくさんあるんです。「ボクは敵じゃないからね、怖くないですよ」っていうスタンスで昔話をしたりしますね。
――相手の警戒心を解きながら、歩み寄るのがポイントですね。今までに話を引き出すのに苦労したことはありますか?
吉田:事前情報が少ないときですかね。取材相手がSNSもブログもやってなくてインタビューされた記事もほとんど出ていない。でもなんとなくおもしろそうだから取材してみたけど、やっぱり難しかったということもあります。そのときは基本的な話を聞きながら、ちょっとでも突破口になるような話題があったら広げるっていうことの繰り返しだけですね。
――会話の「突破口」となる部分に気づくのが難しいように感じます。相手から当たり前のトーンで話されると、そのまま流してしまったり。
吉田:ボクはけっこう疑問に思うことだらけなんですよ。たとえば山崎(月亭)邦正さんがピアノをやっているのは有名ですけど、始めたきっかけが「映画『時計じかけのオレンジ』で『雨に唄えば』が流れるシーンがあって、これを弾きたいと思ったからだ」と雑誌に書いてあったんです。サラっと書いてあるけど、そのシーンは『雨に唄えば』を歌いながら老人をボコボコにしてるんですよ。それを読んで「それがきっかけになるのか」とビックリしたし、「ボクだったらこの部分を掘り下げて聞くのに!」と思いましたね。でも疑問に思うことって本当に自分の興味本位ですよ。ボク、スポーツ全般的にあまり知らなくて、人生でオリンピック観たのなんてトータルで30分もない。知っている部分を特化させたほうが良いと思っていて、そうじゃない知識は別にいらないかな、で今まで生きてきちゃった。欠けている部分はものすごく多いんですよ。でもボクが聞いておもしろい話だったら、たぶん読者もおもしろいはず、と思ってやってます。そこの基準がズレてるのは間違いないんですけどね(笑)。
プロレスと同じように場をピリっとさせる仕掛けづくりを
――いつも相手の情報を事前にしっかり調べたうえで、「こういう話を聞こう」とイメージしてインタビューに臨むんですか?
吉田:ある程度考えているくらいで、その場の流れに合わせたりもしますよ。ただ、インタビューのときの第一声だけは決めています。「つかみ」をどうするかですね。「この本について聞きたい」と本を山ほど持っていって見せたり、相手との意外な接点を話したりするでもなんでもいいんですが。つかみでは聞きたいポイントに向けてちょっとずつそっちにおびき寄せるパターンもあるし、いきなり質問をぶつけることもある。いろいろやりますよ。おびき寄せるときは、「これだ!」っていう答えを引き出すためのリアクションはがんばりますよね。「初めて聞きましたよ、そんな話! 本当ッスか!?」って素直に喜びを表明する、みたいな。
――その戦術はどうやって決めるのでしょうか。
吉田:ボクはプロレスが好きなんですけど、プロレスの隠語で「アングル」というのがあるんです。試合って何の意味もなく組んでもおもしろくないから、いろんな流れがあってこのふたりが戦うことになるという「設定」が存在するんです。ボクが誰かにインタビューするとなったら、「なぜこの企画が組まれたのか」とか、「自分に求められているのはここを攻撃したり聞いたりすることだ」とかのアングルを組み立てて、その試合のドラマみたいなものを考えるんです。紀里谷和明監督のインタビューでまず最初に「紀里谷さんのことはずっといけ好かないと思ってたんですけど、最近はイメージが変わったんですよ」とかいうような感じですね。
――相手に話を聞く前に、先にアングルを考えておくとスムーズかもしれないですね。
吉田:ただ、アングル通りに試合が展開するのがいいかというとそうではないとは思うんですよね。ボクが他の人のトークイベントやインタビューを見ていていちばん引っかかるのが、緊張感のなさなんですよ。無難に、波風を立てず、事務所が怒らないような話をすることが目的になってくると、何の緊張感もないし馴れ合いに見えちゃう。決して馴れ合っちゃいけないんですよ。
「プロレス」という言葉を八百長的な意味で使う人もいるし、ほぼ真剣勝負の意味合いで使う人もいますよね。それは人によって違うんですけど、ボクが考えるインタビューでの「プロレス」というのは特殊なもので。基本は筋書き通りだけど、気を抜いた瞬間にやられて、試合展開が変わってくるもの。相手の技を受けて向こうのいいところを引き出すけど、受け身でいるだけではない。「気を抜いたら攻めるよ」という緊張感を見せていなきゃいけないんです。だからときどきキツめの技を入れて場をピリっとさせながら展開していく。これは信頼関係があるからこそできる仕掛けで、それがボクの理想です。
――相手によっては攻撃を仕掛けようにも、委縮して相手のペースに飲まれてしまいそうです…。
吉田:こちら側が萎縮しておどおどしてると、向こうも舐めてかかったりするじゃないですか。そうなると対等に話すのが難しくなるので。怖そうな人相手に下から話すことはありますけど、怯えているわけではない。萎縮して得することはそんなにはないと思います。
おもしろい話の逸れ方だったらいくらでも付き合う!
――普段から吉田さんは堂々とされている印象ですが、若い頃からそうだったんですか?
吉田:23歳くらいのときに議員時代のアントニオ猪木さんを取材したときはさすがに緊張しましたね。彼がスキャンダルを起こしたときだったので、それを期待してインタビューしているのに、全然話に出てこないんですよ。猪木さんの私的なニュースを聞くことになっていたのに、ソマリアの飢饉の話とか世界のニュースばかり出てきちゃって。そこでどうにか「家庭の方ではどうですか」「たとえばあのスキャンダルについてはどうですか」と振って、やっと「じゃあ記事のどこかに“俺の事件”って入れていいよ」と言われました(笑)。緊張しながらなんとか話を戻そうという戦いは、そのやりとりを含めておもしろかったです。最初に世界情勢について語り出したタイミングで話をすぐに止めていたら、このインタビューもおもしろくなってなかったと思うんです。世界情勢と自分のスキャンダルと超常現象みたいなものが並列に並んでいたからこそ、明らかにおかしな記事になったので。
――話題が逸れてしまうと「すぐに本題に戻さないと」となりがちですけど、そうしなかったことでうまくいったということですね。
吉田:話が逸れちゃっても、おもしろい逸れ方だったらいくらでも付き合います。発想の違いですよね。「映画の話をしてほしいのにこんなこと言われたら困る」って言う人と、「脱線するのは最高」って思っている人と。でも逆に興味のない話をされたときのボクの冷たさったらないですけどね(笑)。おもしろく脱線するなんて最高のシチュエーションなので、どこまでそういう話してくれるのか、とことん付き合いたいです。
――そういう脱線を楽しむためにあえて相手のことは深く調べないという人もいますよね。あまり調べすぎると、先入観で相手のことを見てしまいそうで。
吉田:どうなんですかね。でも先入観があっても実際に会ってみたら印象が違ったとなると、それはそれで面白いじゃないですか。ヒール(悪役)が本当はいい人だったり、ベビーフェイスほど性格が最悪だったり、プロレスを見ていても表面的なものだけを見ちゃだめだな、ということがよくわかるなと思います。
――もともとあったイメージとは違った面が見えてくるとおもしろいです。
吉田:優等生だった芸能人が不倫すれば、みんなはそこで本気で怒っちゃうじゃないですか(笑)。ボクは「これは人間味のあるエピソードだ!」と思って、どんどん掘り下げたくなる。社会のルールでいったら間違っているけれど、おもしろい話なんていくらでもありますよね。ボクはその人が「いい」か「悪い」かという結論を出したくない。少数派の意見を拾い上げたり、おもしろそうなところは拾ったりしながら、そのうえで「みなさんが判断してください」っていうだけなので。いろいろな角度から見て考えましょうって思います。ボクは基本、「人」にしか興味がないんですよ。だから人間的には苦手な人でも、どこかひとつはおもしろい面があるとはずっと思っていて。そこの部分を引き出してあげれば、意外とどんな人に対してもなんとかなる気がするんですよね。
相手のことが苦手だと思ってしまうと、深い話をするのを避けてしまい、雑談もなかなか弾まないもの。ただ、目的なくダラダラと会話を続けたところで、結局中身のない話をしてしまった…なんてことにもなりかねません。だからこそ、緊張感を見せながらムダのないアングルを展開していく吉田さんの手法は、話を引き出すためのポイントになっているのでしょう。
吉田豪さん
1970年、東京都出身。プロ書評家、プロインタビュアー、ライター。徹底した事前調査をもとにしたインタビューに定評があり、『男気万字固め』、『人間コク宝』シリーズ、『サブカル・スーパースター鬱伝』などインタビュー集を多数手がけている。東京MXテレビ『モーニングCROSS』、TBSラジオ『たまむすび』など各メディアでも活躍中。近著に『聞き出す力』(日本文芸社)。
WRITING:成瀬瑛理子/プレスラボ PHOTO:安井信介