「No」と言えなかった私が試した、あえて火花を散らすコミュニケーション術

Photo by Guyon Morée

 精神科医をやりながらブログを書いているシロクマです。さて、みなさんは“上手”にコミュニケーションしていますか?

「No」を発しなければ、いつまで経っても「No」と言えない人に

 上手なコミュニケーションといえば、「みんなと仲良く」「いつでも好意を持たれる」といったイメージを思い浮かべる人も多いかと思います。誰とでも仲良くでき、好意を持たれやすい人は、たしかに素敵ですね。
 
 ただ、仲良くするために果てしなく努力するのはとてもキツいことです。たとえば体調があまり良くない日に、普段以上のタスクを引き受けざるを得ない状況が発生したとします。その際、「私はちょっと無理して引き受けました。でも、いつもこれじゃあ困りますよ」的なメッセージも伝えておかなければ、相手は「あ、いつでもやってくれる人なんだ!」と思い込んでしまいます。そうやって“いいひと”解釈され過ぎてしまうと、後が大変です。

 「No」を言い慣れていない人にとって、こうした複雑なニュアンスを表情やボディランゲージを交えながら伝えるのは簡単ではありません。もしメッセージが弱すぎれば、相手は「体調が悪くても引き受けてくれる人」と誤解するかもしれません。かといって怒りを爆発させたり泣きじゃくったりすれば、メッセージが過剰に伝わり鬱陶しがられてしまう可能性があります。いっそ、「我慢したほうがラクかも……」と思ってしまう人もいるでしょう。しかし「No」を伝える経験を積み重ねない限り、いつまで経っても「No」が言えない人のままです。

ギリギリの「No」でコミュニケーションを円滑にする「逆鱗ピンポンダッシュ」

 かくいう私も、かつては「No」と言うと上司や先輩に見捨てられるんじゃないかと心配になるタイプでした。「No」を言うのが嫌いでしたが、「No」に萎縮してしまう自分自身のことも嫌いでした。「『No』もちゃんと言える自分になりたい」――そう思い立った私が採った方法のひとつが「これを言ったら怒られるかも?」というギリギリのメッセージを意識的に発し、相手を観察しながら関係を構築する「逆鱗ピンポンダッシュ作戦」です。

 まず断っておきますが、この方法には3つの注意点があります。

  • あとで十分にフォローできそうな相手を選ぶ。一度火が付くと手が付けられそうにない上司は対象外
  • 意図的に仕掛けている素振りは絶対にみせない
  • 「若気の至り」とみなしてもらえそうな年齢であること(30代以降の方にはおすすめしません)

 当時20代だった私が「逆鱗ピンポンダッシュ」の第一ターゲットにしたのは、出会って2~3ヶ月くらいの診療部長でした。前情報によれば「ふだんは理性的だけど、怒る時には烈火のごとく怒る。表情が読み取りにくいので怒りの前兆がわかりにくい」とのこと、このままでは神経を遣いそうな上司です。そこで私は、この上司がどんな時にどこまで怒るのか、会議の席上などで少し際どい発言を投げかけて“怒りの安全マージン”を探ってみたのでした。

 この最初の「逆鱗ピンポンダッシュ」はうまくいき、私は彼の“怒りの安全マージン”を大体把握することができました。加えて、以下のようなポイントにも気づいたのです。

■ わかったことその1「冷静にしているほうが、Noはうまくいきやすい」

 こちらから「万全を期して、言葉を選んで、タイミングを見計らって」沸点ギリギリのメッセージを投げているので、突然叱られるのに比べて、自分自身が冷静でいられます。相手の振る舞いを冷静に観察できるぶん、万が一キツいメッセージが返ってきても、簡単にはブレずにすみます。

■ わかったことその2 「人間は冷静な相手に怒り狂うのが難しい」

 どうやら人間は、冷静にしている相手に対して怒り狂うのが難しいようなのです。相手の顔色がサッと赤くなったり青くなったりしても、こちらが冷静に振る舞っていれば、制御不能の怒りに発展することはまずありません。もちろん、制御不能を回避するために「万全を期して、言葉を選んで、タイミングを見計らって」という前提のお話ですが。

■ わかったことその3「火花の散りかけたコミュニケーションはその後の関係性を安定させる」

 人間は、一度火花が散りかけると、同じ状況を繰り返さないようお互いコミュニケーションに気を配る傾向があります。職場の同僚や上司など、利害を共有している者同士の場合はとりわけそうだといえます。その後、上司と私のコミュニケーションが安定したのは、本件が“お付き合いのかたち”を規定し、人間関係の枠組みとして機能するようになったからだと思います。

 「逆鱗ピンポンダッシュ」は仕掛ける側がイニシアチブを握れます。この経験を通して私は、意外なほどこちらの主張が通ってしまうことに気付きました。もちろん、ピンポンダッシュしたあとは十分なフォローが必要ですが、怒りに触れるかもしれない「No」を投げかけるトレーニングとして、貴重な教訓が得られました。

 まあ、上司サイドから見ると、こんな事を企む部下は腹立たしい存在かもしれません。しかし結果論としては、長く付き合いきやすい関係ができあがったと思うのです。

「No」はコミュニケーションにおけるスパイス

今回紹介した「逆鱗ピンポンダッシュ」は、20代のヤンチャな私が試した極端な方法で、万人におすすめできるものではありません。相手を選びますし、リスクもあります。また、こうした手法の乱用は、自己主張の押し付けになりかねません。

 それでも、「ただ好かれようとするばかりが上手なコミュニケーション」ではありません。相手の要求や性質を見越して、あえて「No」を切り込ませておいた方が、長い目で見てお互いのためになる場面もあります。

 「No」と伝える言葉や表情は、たとえるなら唐辛子や胡椒。人間関係を維持していくためのメインの手段とはなり得ず、使い過ぎれば嫌われてしまう(万人に受け入れられなくなる)のがオチです。しかし、唐辛子や胡椒を使い慣れていたほうが料理の味付けのバリエーションが広がるように、適度に使いこなせばコミュニケーションの幅が確実に広がります。

 「嫌われないように」「好かれるように」ばかりを意識しているよりも、こういうスパイスのようなコミュニケーションも使いこなしておいたほうが、かえって嫌われず良い関係が続けられるのではないかと、私は思います。

著者:熊代亨 (id:p_shirokuma)

熊代亨

精神科医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、ブログ『シロクマの屑籠』で現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)など。

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