経験は“数”ではなく“質” 働き盛りこそ丁寧に経験値を稼ごう

Photo by liz west

 精神科医をやっているシロクマ(熊代亨)と申します。診察室では患者さんを診療し、診察室の外では気持ちのおもむくまま現代人をウォッチしております。

 とくに好きなのは、若い人が頑張っている姿を眺めること。あるていど社会人生活に慣れて周りが見えるようになってきた方が、スキルアップしようと仕事や遊びに励んでいるのを見ていると、自分まで元気になっちゃいます。

 ただ「若さゆえの過ち」といいますか、見ていて危なっかしく感じることもあります。向上心にあふれているのは良いのですが、スキルアップするための足元をおろそかにしているというか、「修練や経験を100%自分のモノにするための意識」を欠いたまま努力している人も多いように見受けられるのです。

経験は数ではなく“質”

 せっかく努力してスキルアップするなら、修練や経験の質は高いに越したことがないはず。ところが10代~20代の少なからぬ人たちは――ときには30代になった人でさえ――“経験の質”について、あまり考えていません。精魂込めて努力しているつもりでも「毎日の修練や経験から受け取る経験値」が目減りしやすい生活を続けていては、スキルの伸びもチャレンジの成功確率も低くなってしまうのですが、そのあたりには無頓着なのです。

 若いうちは多少無理をしても身体が許してくれるので、ぞんざいなライフスタイルから受けるペナルティになかなか気付きにくいものです。だから頑張り屋さんな若い方が「丁寧なライフスタイル」より「とにかくたくさん経験を!」に傾いてしまいがちなのは、わかる話ではあります。しかし、派手な経験値稼ぎにトライして見込みがあるのは、時間や体力にあるていど余裕があるときだけです。自分自身のコンディションを改善しないままシビアな経験稼ぎに挑戦し続けてしていると、気づかぬうちに自律神経を痛めてしまい、ともすれば心療内科や精神科のお世話になることになってしまいます。「頑張る自分に夢中になる」ような心境になりやすい人の場合は、特に注意が必要です。

 ゲームの「経験値獲得量プラス○%」「交渉成功確率プラス○%」といったボーナスを逃さずチェックしている人も、現実では経験値効率や学習効率をぜんぜん考えていないライフスタイルに甘んじている……なんてのはよくあることです。もったいない! ゲームの経験値効率に気を回せるなら、実生活の経験値やスキルアップの効率もできるだけ高めるよう、工夫してもいいんじゃないでしょうか。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

丁寧な暮らしで、経験値の総量を変える

 さて、毎日の仕事や趣味から受け取る経験値を最大限に高めるためには、どんな注意が必要でしょうか。

 基礎的なところでは、たとえば朝食をとるできるだけ規則正しい生活を送る睡眠を欠かさないなどは、昼間の活動を高水準にし、学習効率を高めるうえで重要な習慣です。こうした習慣が身に付いている人とほとんど身に付いていない人では、集中力・注意力・持続力でいつも差がつきます。同じ仕事・同じ遊びをやっていても、得られる経験の質やチャレンジの成功確率はおのずと違ってくるでしょう。コンディションに由来した差異は一日単位ではわずかかもしれませんが、数ヶ月~数年単位でみると“経験値の総量”は大きく変わります。

 もちろん、こういう暮らしの丁寧さを365日完璧に守るのは難しいものですし、杓子定規にこだわり過ぎて、ここぞというチャンスを取り逃してしまうのも考え物です。それでも、普段から集中力や注意力、持久力を損なわないライフスタイルを心掛けておくほうが、毎日のインプットやアウトプットの質が良くなります。また、ある日突然特別なチャンスが巡ってきたときにも、100%のコンディションで臨むことができます。

 TwitterなどのSNSを眺めていると、いつも「つらい」「しんどい」と言っているのに、生活リズムに無頓着なまま暮らしている社会人をしばしば見かけます。厳しい就労環境でやむを得ずそうしているならまだわかるのですが、プラスアルファのチャレンジや私生活のレクリエーションを欲張り過ぎて、泥沼のような生活を続けている人もかなりいらっしゃるようです。

 そういう集中力や注意力を欠きやすい生活を続けていては、たくさん挑戦しても非効率で失敗しやすい経験稼ぎになってしまいます。「つらい」「しんどい」とつぶやきたくなる人は、今の自分が攻めの姿勢でどこまでいけるのか、自分の体調やライフスタイルと一度相談を。若さに任せて生き急ぐのでなく、もっと丁寧に暮らしてみませんか?

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まずは「休む」という選択を

 もし、仕事や私生活が忙しすぎて「丁寧に暮らす方法を考えるゆとりがない!」という方は、手始めに「自分を休ませる」時間をつくってみてはいかがでしょうか。

 働き盛りの方にとって、この「自分を休ませる」という選択は、経験稼ぎの時間を休養に回してしまうような気がして、もったいないと感じるかもしれません。しかし、人間は心身を酷使すると経験値効率が下がってしまうばかりか、壊れてしまうことだってあるわけですから、ときにはあえて何もせず「自分を休ませる」を選択する勇気も必要です。年を取れば次第に心身が衰えてくることまで考えると、そういう選択にも慣れておいたほうが、長い目で見ると良いのではないでしょうか。

 私は「ガムシャラに、あれもこれも欲張って経験する」だけがスキルアップの近道とは思いません。自分の体調やライフスタイルをきっちり整え、毎日の暮らしから上質の経験値をゲットし、いつ特別なチャンスがやって来ても本領を発揮できるよう気を配っておくのも、スキルアップの方法論として大切だと思っています。体調が悪い時には素通りしてしまう「ヒント」や「コツ」も、体調がしっかりしていれば気付きやすいですし、感情が安定しやすくなるぶん、人間関係を深めるにも向いています。

 ともあれ「メンタルヘルスを守りましょう」的な守りの視点だけでなく、「経験値効率を最大化する」「自分自身をできるだけ成長させる」的な攻めの視点で考えても、自分自身のコンディション管理に気を配って得るものは大きいはずです。いつもヘトヘトになるまで努力してしまう人も、一度そういう視点でライフスタイルを見直してみてはいかがでしょうか。

著者:熊代亨 (id:p_shirokuma)

熊代亨

精神科医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、ブログ『シロクマの屑籠』で現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)など。

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