動画で学ぶモデリング訓練が、「見て覚えろ」の左官の世界を変えた。 昭和の職人と令和の若手が混ざり合う新しい現場の作り方
有限会社原田左官工業所
動画で学ぶモデリング訓練が、「見て覚えろ」の左官の世界を変えた。 昭和の職人と令和の若手が混ざり合う新しい現場の作り方
有限会社原田左官工業所「左官業の見習い期間」と聞くと、どんな光景を思い浮かべるだろうか。いかにも厳しそうな熟練職人の隣で、若手が命じられた雑務をこなしながら黙々と技術を見て盗む――。そんな、ありがちなシーンを原田左官工業所は変えた。若手が黙々と見て学ぶのは「名人の動画」。モデリング訓練と呼ばれる独自のトレーニング方法で、この会社は業界の常識を塗り替えた。
そもそも、従来は見習い期間という設定そのものが曖昧だった。いつになれば見習いを卒業できるのか分からないまま厳しい修業期間が続くから、若手の中には途中で脱落してしまう人も少なくなかった。
「だから、4年間という期間を明確にして研修を始めるようにしました。最初の1カ月は他の会社と共同訓練をします。名人が塗っている動画を手本にモデリング訓練をするんです。教えるのはパワーが必要で、自社の新卒が2人だけだと1カ月教えるのも負担があるし、教わるほうも2人だけだとマンネリする。そこで、仲間の会社8社に声をかけて、15人くらいの同期メンバーで学んでもらっています」
原田宗亮さん(代表取締役社長)はそう説明する。自社では毎年複数の新卒メンバーを採用しているが、他社では「5年ぶりに1人採用できた」というケースも多い。だからこそ、同期ができる共同訓練には意味があるのだ。
決められた時間内で課題を塗りきって、みんなで称え合う。最初はもたもた真似をしていても、1カ月が経つ頃にはだんだんとプロっぽくなっていく。
「戻ってきたら1人の先輩親方に半年間ついて、何でも質問できるようにします。ここではあえて昔ながらの親方・弟子の空気を残しているんです。『自分はこの人に教わったんだ』という意識が芯になるし、それぞれやり方が違う先輩たちからいろいろな角度でアドバイスを受け、迷ったときにも親方に話を聞いてもらえる。親方には、技術を教えること以上に、精神的な支えになってもらうことを期待しています」
2〜3年目になると、「左官職人」「タイル職人」の2つの道へ分岐していく。それぞれを深く学んでもらい、会社に来る仕事をこなせるようになっていってもらう。2週間くらいの工期の中規模の現場のリーダーを、4年目には任せられるイメージだ。ここまで来るのに、昔は少なくとも10年はかかっていたという。
「昔は5年ほどはコテさえ持たせてもらえず、ずっと雑用係でしたね」
そう話すのは横山栄一さん(取締役 工事部 技術部長)。1994年に入社し、「見え覚えろ」の文化の中で育ってきた1人だ。昔ながらの雑用期間に意味がないとは言わない。ただ、「その間に何を見ているか」によって、成長の度合いはまるで違う。
「現場に応じて材料を使い分けたり、本当に見習うべき高いレベルの仕事を知ったり。そんな場面を経験できればいいのですが、人によっては『何をしっかり見ていればいいのか』が分からないまま何年も過ごしているというケースもありました」
モデリング訓練は、しっかり見るべきことの基準をそろえたことに意味があるのだという。現場へ行けばいろいろな壁がある。先輩がどうやっているかを見て習うスキルを、モデリングで身につけてもらうのだ。真似をするスキルが身についていれば、現場へ行って何を集中的に見るべきかが分かる。
育成の仕組みができ、入社した人が早く現場に出て活躍するようになると、若い人同士で教え合ったり、みんなで練習したりといった動きが出てきた。
「モデリング訓練では、自主練習も自由にできるんです。専用スペースにはいつでも材料が練ってあって、思い立てばいつでも取り組めます。他の見習い同期と一緒にやれることがメリットになっているみたいですね。僕たちは『張り合う世代』だったけど、今の若い人たちは『仲良く一緒に成長していく世代』なのかもしれません」
こうして4年間の見習い期間を終えると、「年明け」(ねんあけ)の披露とお祝いを会社全体で行う。いよいよ一人前の職人として歩みだすタイミングだ。見習い社員の家族も招いて、それまでの仕事や学びの様子を収めたフォトブックをプレゼントする。こうした区切りがあることで、その先への定着につながっていくのだ。
「今は4年間の目標を提示しているので、いつまでに何をやるべきかが明確です。4年続けられれば左官業の面白みが分かるようになるし、さらに続けていく自信も持てるようになるんです」
昔と今では、左官業に入ってくる人の動機が変わったように思います――。社長の原田さんはそう語る。昭和の左官業と令和の左官業の違い。そこに、原田左官工業所が新たなトレーニング方法を追い求めた理由があった。
職人として働く福吉奈津子さんは、19歳で原田左官工業所に入社した。入社2年目で会社史上初となる産休・育休を取得し、現場へ復帰した経験もある。自身を「『見て覚えろ』と言われて育った世代」だと話す。
「私が産育休から復帰したのは、ちょうど社長が代替わりをして会社の考え方が大きく変わろうとする時期でした。1人の新人に1人の親方を付けるようになった頃です。ただ、親方人材が不足しているタイミングでもあり、私はいろいろな人に付いて教われるというラッキーな立場でした」
最近ではDIYブームで珪藻土などの素材が注目され、女性でも左官職人を目指す人が増えているという。左官の仕事に「アーティストの要素」を見出して惹かれる人も多い。そんな中で福吉さんは昨年、29歳で中途入社した女性新人の親方となった。
「業界経験はまったくないけど、社会人経験はしっかり積んでいる。だからあいさつの仕方から教えることはないし、お客さまともしっかりコミュニケーションができるんです」
親方というよりは、歳が近い先輩といったほうが近いかもしれない。日常的にコミュニケーションを重ねるからこそ気づくこともあるという。
「昔からこの会社にいる人と最近になって入ってくる人では、やっぱり価値観が違います。どちらの感覚も理解できる私の世代が、上と下のバランスを取っていくべきなのかな、と感じているんです」
かつての原田左官工業所はどんな会社だったのか。社長の原田さんに聞いた。
「私が生まれたときはまだ小さな家業で、自宅兼事務所に職人さんが寝泊まりしていました。昔は『どこにも雇ってもらえないから』といって当社に入ってきた人も多かったんです。だから精神的な教育や躾からやっていました。まさに親方ですね。親として接していたのだと思います。そうした中で育ったのが、今は50〜60代になった職人さんたちです」
原田さん自身は大学を出て一度は違う業界で働いたが、20年前に会社を継ぐために戻ってきた。そこで目にしたのは、若い人たちが「左官をやりたい」と言って自社に入ってくる姿だった。
「うれしく思う反面、びっくりもしました。でも、そうやって入ってきてくれた人をうまく育てられないことも多いのは問題だと感じました。やる気があっても、『見て覚えろ』という昔ながらのスタンスの先輩とうまくコミュニケーションが取れずに辞めていくんです。昔はやる気がない人を半ば無理やり育てていたことを考えると、もったいないですよね」
うまく見て覚えるためには、自分から先輩職人に話しかけていかなければならない。しかし「真面目だけど内気で先輩に話しかけられない」という人は、コミュニケーションが取れず、新しい仕事を任されることもなく、ずっと下働きばかり。「会社でプログラムを組んで育成すべきだ」と原田さんは決意する。
「50代や60代の職人さんは、『説明がない』という人も多いんですよ(笑)。何もかも手取り足取り教えてくれるわけではなく、『7〜8割ができたら9を教えてやるよ』という感じ。だからコミュニケーションは大変なんだけど、やる気がある人の背中をちょっと押してあげられれば、職人の世界へ招けるんです。だったらそのための努力をしたいと思いました」
5人が新しく入っても、1年後に1人残っているかどうか――。そんな状態が当たり前だった20年前に比べれば、見習い期間の定着率が90パーセントに届く現在は大きな前進と言えるだろう。
原田左官工業所が変えたのは、トレーニングのプロセスだけではなかった。若者もベテランも、互いが少しずつ互いを理解しあい、歩み寄っていく。「頑固な昭和の職人」と「左官業にアーティスト性を感じる令和の若手」が混ざり合う現場は、確かに生まれているのだ。
(WRITING:多田慎介)
※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります。
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