職人の仕事を分析したら、「時間軸」の常識がなくなった。 ベテランと若手の融合で技能伝承を進める塗装工事会社の挑戦
株式会社KMユナイテッド職人の仕事を分析したら、「時間軸」の常識がなくなった。 ベテランと若手の融合で技能伝承を進める塗装工事会社の挑戦
株式会社KMユナイテッド若手がほとんどいない。新規求人を出してもほとんど応募がない。採用できたとしてもこのままでは技能の伝承者がいなくなってしまう――。そんな状況に追い込まれていた老舗塗装工事会社を変えたのは、婿養子として会社の跡を継いだ「異業種出身社長」だった。
大手製鉄会社から広告代理店を経て、婿養子として会社を継いだ竹延幸雄さん(代表取締役社長 Founder/CEO)が向き合ったのは、変えなければならない業界の常識だった。畳職人だった祖父の影響もあり、職人の世界への漠然とした理解はある。それでも「一人前になるには10年はかかる」という従来の考え方を引きずったままでは、新たな人材を迎え入れることはできないと感じていた。
「職人の仕事をよくよく見ていくと、専門職にしかできない仕事は実際には40〜60パーセントくらい。塗装の作業を分析することで、必ずしも『専門職人じゃなければできない仕事を1日中やっている』わけでもないということが分かりました」
これは塗装に限らず、左官や内装など他業種でも似たような構造ではないかと指摘する。専門的ではないマスキングやパテなどの仕事は、塗装工事でも他業種でも共通しているからだ。
「ただ、塗装は他業種と比べて一流になるまで時間がかかることは否めません。下積み期間が長く、一流の職人の仕事を隣で見られる機会が少ない。そんな状況の中で、かつては若手にあれもこれも教えようとして、うまくいっていませんでした」
技術を確実に伝承していくために必要な教育方法とは? 検討の末にたどり着いたのが、
職人の仕事を3つの段階に区切って、ステップごとに一人前になってもらうための仕組みだった。
・会社で基礎知識を学ぶ「SUT」(スタートアップ・トレーニング)
・ベテランのインストラクターが現場で教える「OJT」(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)
・より専門的な技を学ぶ「HST」(ハイエンド・サポート・トレーニング)
という3段階を経て一人前のその先を目指す教育体制を作った。
教え方も進化している。「技能伝承テレワーク」を設け、テレビ会議を通じて教える仕組みを作った。
「これによって、一流職人の技を映像に記録する重要性にも気づきました。こうした方法を使えば、場所・時間・国籍・所属を問わず、全国各地で誰でも学べるようになります。そこで『技ログ』という、一流職人が伝える技の動画投稿アプリも開発しました」
属人的だった職人の世界にキャリアパスを構築したことで、技能レベルや顧客満足度による評価も可能となった。顧客が満足する付加価値のある特殊技能の習得や、作業改善による生産性向上に対しては、毎月ボーナスを支給。「職人の年収600万円を目指す」と宣言している。
こうして、KMユナイテッドは新たな人材の獲得に一定の目処が立つようになった。実際に直近3年間は連続して採用目標数を達成しているという。
塗装職人の浦西明日香さんは、KMユナイテッドの改革が動き始めた2013年に23歳で入社した。
「もともとアートの世界に興味があったのですが、美大卒でも専門卒でもない私には道がないと感じ、以前は派遣スタッフとして塗装工事の現場に入っていました。なかなか本格的な技術仕事に携われないことを悩んでいたときに見つけたのがKMユナイテッドの正社員募集です。正社員なら、本格的な仕事ができるのではないかと思いました」
その希望通り、入社1年後には本格的な塗装の仕事ができるようになった。何も分からないうちからパテなどの基礎や専門的な勉強を重ねた。そして今では、目指していたアートの世界に近い「特殊塗装」も手がけられるようになった。
基本的にオーダーメイドで提案する特殊塗装は、高い専門性が求められる分野だ。技術を持つ会社は業界でも限られていて、希少性が高いため、KMユナイテッドにとっては競合との差別化にもつながる。会社が社外の業界トップクラスの講師を招いてくれることも浦西さんにとっては貴重な機会となった。
現在は、自身の名前をもとに名付けた「skara」「skaraⅡ」というオリジナルの塗装デザインを提案し、会社の商品ラインナップにも加わっている。
「私の場合は未経験から入ってきたこともあって、社内のレジェンド的な大先輩にも無邪気に何でも聞けたことがよかったのだと思います。いろいろな現場に行って、レベルの高い仕事を見ているから、やればやるほど『まだまだ勉強しなきゃ』と感じます」
浦西さんが「レジェンドな大先輩」と語る存在。そんな人との交流が生まれていることこそ、KMユナイテッドが目指していた技能の伝承につながる要素だった。
「私が入社したのは、会社名が昔の『竹延塗装店』だった1959年。当時は15歳でした」
そう回想する福原好雄さん(技師長・工務監督)は現在76歳。塗装職人ひとすじでキャリアを重ね、瑞宝単光章を受賞した「レジェンド」だ。
故郷の岡山県津山市から集団就職のために大阪へ出て、この会社に入った。「入社するのは私だけだったので、先々代の社長が駅まで原付バイクに乗って迎えに来てくれたんですよ。そんな時代でした」
「昔は本当に厳しかった。最初は何も教えてもらえない。人のやっていることを見て覚えなきゃいけないと言われるけど、腕のある職人さんは、技術を何も見せてくれないんです(笑)。
『若い者のために』という意識などなく、『なんで俺の技術をさらけ出さなきゃいけないんだ』と言う人もいたくらいです」
そんな環境のもと、若き日の福原さんは1日の仕事を終えてからも自分で塗るなどして勉強していた。田舎から身一つで出てきた立場としては、そう簡単に辞めるわけにはいかなかった。「先々代の奥さまがとても優しくしてくれてね、何とか続けてこられたんですよ」と話す笑顔の裏側には、語り尽くせない苦労もあったはずだ。
それから60年が経ち、自社のみならず業界内でも広く知られるようになった超一流の職人は、「今でも自分の技術には満足していません」と言い切る。
「60年間、毎日『自分の技術はまだまだ理想には届いていない』と思いながら現場に立ってきました。向上心があるから楽しくやってこられたのでしょう。まだまだ満足していません。もし『もう年だから引退してくれ』なんて会社に言われても、向上心がある限りは続けますよ。今でも他の職人の仕事を見て学んでいるしね」
現社長の竹延さんが始めた取り組みは、ずっと好意的に見守ってきた。社長から「技術を撮影させてほしい」と頼まれたときは気恥ずかしさが先に立ったが、「会社のためになることなら」と引き受けた。
「自分が積み上げてきたものを教えるのに抵抗はありません。お客さんのためでもあるし、会社のためでもあるし、社会のみんなのためでもある。きれいな塗装を仕上げる技術を残すのは、社会のためだと思っているんです。幸いなことに社長は『まだ辞めちゃダメだ』と言ってくれるから、まだまだ頑張るつもりです」
社長の竹延さんが高い理想を持って改革を続けてきた背景には、福原さんの存在があるという。
「広告代理店出身で、塗装の世界を何も知らない私が入社したとき、支えてくれたのが福原さんでした。塗装技術や業界のことを福原さんが親身になって教えてくれたからこそ、自分はやってこられた。だから、福原さんには深く深く感謝しているんです」
しかし会社には、福原さんにずっと活躍してもらうための術がなかった。向上心を持って成長し続けている人に対し、65歳や70歳という年齢を理由にして会社が引退を言い渡すのはおかしいと感じた。
「福原さんが望むなら、もっと活躍してもらえるはずだと思いました。実際に福原さんは76歳の今も、全力で後進を育成してくれています」
「同じことは、女性の働く場所として見たときにも言えると思うんです。子どもを産んだ社員には退職勧奨しなきゃいけない。そんな会社でいいのか? 仮に職人として復帰できても、段差だらけの危ない現場で、有害な塗料の空気を浴びながら働かなければならないのか? そんな疑問から体に害のない塗料を採用し、さまざまな立場の人が活躍できる環境を整えてきました」
活躍する土俵が多様であれば、いろいろな人がいろいろな場所で活躍できるはず。そう考えて塗装業界の常識を見直してきた。根底にあるのは、「お世話になった人にずっと輝き続けてほしい」という思いだ。
「私はいつの間にか定められて常識のようになってしまった『時間軸』を壊したい。とにかく壊したいんです。ベテランはいつまでも活躍してほしいし、若手は決められた見習い年数なんかに縛られずに成長してほしいと思っています」
福原さんの薫陶を受けて活躍の場を広げる浦西さんは、入社7年目で1級塗装技能士の資格を取得している。10年、20年のキャリアがあっても突破するのは難しいと言われている国家試験を1回でクリアし、新たなステージに立った。
KMユナイテッドの取り組みは、実際に業界の時間軸を壊しつつあるのだ。
(WRITING:多田慎介)
※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります。
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