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発見!日本を刺激する成長業界29 ミリ波レーダーで事故を防げ!ホンダの挑戦が始まる
今日、世界で燃え上がっている新しい自動車向け安全技術、プリクラッシュセーフティシステム(衝突防止・軽減装置)の開発戦争。システムの普及が急速に進む中で注目を浴びているのが、コアデバイスのひとつであるミリ波レーダーだ。
(取材・文/井元康一郎 撮影/平山 諭 総研スタッフ/高橋マサシ)作成日:13.01.25
2020年にはミリ波+準ミリ波で2700億円市場に
 富士重工業の自動車事故防止のための低価格・高性能な先進安全システム、「アイサイト」がユーザーに大人気となったことをきっかけに、自動車業界では今、プリクラッシュセーフティシステムの低コスト化戦争のボルテージが急上昇中だ。
 今日の低コストシステムの主流はステレオカメラのみのアイサイトや、探知範囲の短いレーザーレーダーシステムだが、今後はコストダウンが進むに従って、より高性能なミリ波レーダー、準ミリ波レーダーを併用するシステムのシェアが上昇していくとの見方が有力だ。
 矢野経済研究所は2020年の自動車用レーダー市場について、76/77GHz帯のミリ波レーダーでは2012年の382億円から1691億円へ、検知距離の短い24GHz帯準ミリ波レーダーも含めると2742億円に達するとの見通しを発表している。将来の自動運転技術にもつながる自動車の最先端分野だけに、関連エンジニアは要注目だ。
先進運転支援システム用キーデバイス/コンポーネント世界市場規模予測(2012年は見込み、2013年以降は予測)2012年803億円,2013年1238億円,2014年1405億円,2015年1587億円,2016年2118億円,2017年2224億円,2018年2341億円,2019年2540億円,2020年2742億円(グラフの出典)出典:(株)矢野経済研究所「先進運転支援システム(ADAS)用キーデバイス/コンポーネント世界市場に関する調査結果2012」(2012年11月14日発表)注1 自動車部品メーカー(Tier1)出荷金額ベース注2 予測値は2012年10月現在
ホンダ/ミリ波レーダーを使った高性能衝突防止システムに挑む
 今日、注目を浴びている追突軽減ブレーキを世界で初めて市販車に採用したホンダは現在、高性能なミリ波レーダーを使いながらコストを大幅に削減した新しいシステムの開発に取り組んでいる。開発の中核を担うエンジニアに話を聞いた。
ミリ波レーダーで、普及価格帯の衝突安全装置をつくりたい
旧型のミリ波レーダーの装置。最新版は現在開発中
旧型のミリ波レーダーの装置。最新版は現在開発中
約25万円だった初代の価格がもうすぐ10万円以下に
 事故を回避したり、避けられないまでも被害を最小限に食い止めるプリクラッシュセーフティシステムは今や、ハイブリッドやディーゼルなどのエコ技術と並んでクルマの売れ行きを左右するファクターとなっている。
 今日、低価格化を果たしているシステムに共通しているのは、ミリ波レーダーを使わないということ。衝突安全装置の火付け役となったスバルのアイサイトは、ステレオカメラ方式。フォルクスワーゲンはベーシックカー「up!(アップ)」に、ダイハツ工業は軽自動車「ムーヴ」に5万円でオプション設定しているが、これらは検知範囲の狭いレーザーレーダーを使っている。
 そのトレンドの中、性能は高いが価格も高いミリ波レーダーを使いながら、価格面でも十分に競争力を持つシステムの開発に挑戦しているのがホンダだ。ホンダは2003年、高級車「インスパイア」にミリ波レーダーを使ったプリクラッシュセーフティシステムを世界に先駆けて搭載した、パイオニア的存在だ。だが、価格が高いという難点があり、システムの低価格化が進む昨今では影が薄くなってしまっていた。

「ミリ波レーダーはこれまで、とても高価なデバイスでした。われわれが最初に出したミリ波レーダー式プリクラッシュセーフティシステムは、単体売りはありませんでしたが、およそ25万円。このとき、『10万円を切れば』と思ったものでしたが、ミリ波レーダーの技術革新もあって、遠からずそれを実現できそうです」
 ホンダの研究開発部門である本田技術研究所の菊池隼人主任研究員は語る。1988年に半導体メーカーから本田技術研究所に転身。以降、自動運転に関する先端技術の開発に携わってきたベテランエンジニアだ。
高性能化と低価格化が急速に進んだ理由とは?
 菊地氏によれば、以前のレーダーはアンテナひとつでも今と比べ物にならないほど大きく、性能面でも直線方向は検知できてもカーブになると失探するなど、問題点が多かったという。しかし、現在ではレーダーユニット自体がとてもコンパクトになり、性能も上がった。
「ターゲットにもよりますが、トラックくらいの大きさなら200m超、普通の乗用車でも150m先のクルマを検知でき、速度も180km/h以上で追従できます。諸元的にはすでに市販車に幅広く搭載できるレベルに来ています」

 ミリ波レーダーはもともと、兵器や航空機などの分野で幅広く使われてきた。コストの制約が緩い世界で発展してきただけに、ユニット価格は高止まりしていた。スペックでは自動車に向いているとされながら、なかなか普及しなかったのはそのためだ。だが、そのコスト面も今日、急速に解決に向かっているという。
「市販車に搭載されることの量産効果もありますが、コア部品である高周波MMIC(Monolithic Microwave IC)の材料が砒化ガリウム(GaAs)からシリコンゲルマニウム(SiGe)に置き換わるなどの、技術革新があったんです。数年後にはごく普通のプロセスのCMOSでMMICをつくれそうですので、再びコストは大幅に下がるでしょう」
菊池隼人氏
株式会社本田技術研究所
四輪R&Dセンター
第12技術開発室 第2ブロック主任研究員

菊池隼人氏
 初代システムの場合、ミリ波レーダーユニットのコストは装置全体の5割に達していたが、すでにコストでは初代の数分の1まで下がったという。顧客が積極的に購入できる価格帯も見えてきた。
 ミリ波レーダーを使ったハイスペックな安全装置が、普及価格帯に下りてくるのは想像以上に早そうだ。これは同社だけでなく、自動車業界全体のトレンドでもある。
性能だけでなく、人の感性にマッチさせる技術開発が面白い
ミリ波レーダーのイメージ。装置はエンブレムの裏側に搭載
ミリ波レーダーのイメージ。装置はエンブレムの裏側に搭載
2012年11月の「Honda Meeting 2012」で公開した実験
2012年11月の「Honda Meeting 2012」で公開した実験
無数の反射波を集めて、意味付けをし、人を助ける
  もちろん、ミリ波レーダーだけでプリクラッシュセーフティシステムを高性能化できるわけではない。
「外部の情報をレーダーで正確に得て、クルマの安全を確保する制御をコンピュータに判断させ、さらにブレーキやシートベルト、エアバッグなどを適切に作動させる。これらのプロセスをどうつくるべきか、ドライバーの感覚とのマッチングも考えながらアイデアを練ります」
 こう語るのは石山眞人主任研究員だ。大学で電子工学や信号処理を専攻していた石山氏は1991年に入社後、レーザーレーダーシステム研究を経て、現在はミリ波レーダーのソフトウェア開発を担当している。前出の市販車世界初となったシステムの開発にも携わった。
「ミリ波レーダーといえば、さまざまな物体の存在を電波の反射で捉える装置というイメージがありますよね。もちろん最終型はそうなのですが、レーダー反射は実はとても複雑なんです」

 道路の上にはクルマ、バイク、電柱、または落下物といろいろな物体があり、無数の反射波が無作為に返ってくる。
「そもそも前方のクルマ自体、車線変更したり曲がったりと、常に動いています。もし前方のクルマに変化が起きたら、すぐに次のターゲットを見つけなきゃいけない。しかもクルマは形が複雑ですから、電波の当たる場所によっては反射波が弱くなることもあります」
 路上に空き缶が落ちている場合には、その向きなどによってはかなり強力な反射波になることもあり、当然路面からの反射もあるという。さらに、それらのデータを組み合わせていく過程では……
「一瞬ですが、相対速度500km/hなどという冗談みたいな計算が飛び出すこともあります。そういう明らかに違う情報は捨てる一方で、使えそうなデータは確実に拾います。こうして集めた膨大なデータに意味付けをして、クルマの外部状況の認識に落としこむのが、ソフトウェアの役割です。リスクを絶対に見逃さないためのアルゴリズムづくりに、終わりはありません」
性能を高めるだけでなく、「人の感性」を重視して開発
  要求されるのは、ミリ波レーダーによる外部環境の把捉ばかりではない。クルマに乗っている人に対してリスクの高まりをどう伝えるか、システムの確実な作動をどう表現するかといった、ヒューマンマシンインターフェースの工夫も重要となる。
 また、衝突の可能性が高まったときに乗員の生存率を上げるために速度を限界まで下げる、シートベルトを巻き上げて乗員の体を確実に拘束する、エアバッグを確実かつ最適のタイミングで展開させるといったクルマの制御など、多様な視点が必要だ。それらのデバイスを開発している部署との、コミュニケーション能力も求められるという。
 開発に向いているエンジニアについて石山氏は、「クルマやドライブが好きなことが大前提」と語る。

「技術者視点でモノをつくるだけでは、性能面だけがムダに強調されて、人の感性に合わない装置になってしまいがち。開発者であると同時に、カーライフを楽しむユーザーという気持ちが強い人のほうがいろいろと工夫もするし、システム開発をやり切る情熱も持ち続けられると思います」
 開発に当たっては、詳細設計を担当するエンジニアは室内での作業が主体となる一方、企画を考えたり、開発をまとめる役割のエンジニアは、テストコースやオンロードで自らがテストすることも多いという。
「プリクラッシュセーフティシステムは、本当に多様な技術の集合体。電波ユニットの専門家だけでなく、拡張現実、認識処理、デバイス間通信など、いろいろなスキルが求められています。クルマに興味のあるエンジニアにとっては、大いにやりがいのある仕事だと思いますよ」
石山眞人氏
株式会社本田技術研究所
四輪R&Dセンター
第12技術開発室 第2ブロック主任研究員

石山眞人氏
ミリ波レーダーの装置は技術の集合体、関連分野を探そう!
今後の有望業界に、自動車メーカー以外の多彩な企業が参画
  今後、高い成長率が見込まれるクルマのプリクラッシュセーフティシステム市場。その中核技術のひとつであるミリ波レーダー周辺の開発に携わる企業は多く、業務分野も多岐にわたっている。
 システムを開発するのは自動車メーカーが主体だが、部品のすべてを自動車メーカーで製造するわけではなく、モジュールメーカー、マイコンメーカー、組み込み系ソフトハウスなどの異業種企業が集まり、共同で開発するケースが多い。

 例えば、自動車用ミリ波モジュールメーカーでは新日本無線、富士通テン、デンソー、ボッシュなどの大手企業が名前を連ねるが、中規模メーカーでも同等の実力を持つ企業は少なくなく、自動車用への参入機会を伺っているケースも多々ある。
 また、パナソニックのようにホームエレクトロニクス通信から派生し、79GHz帯という高周波を用いて、レーダーでは見分けにくかった歩行者の検知も可能にするといった技術を、自動車向けに提案するケースもある。

 転職を目指すなら、従来の自動車業界に限らず、高周波の技術力をベースに企業研究を行うことが重要だ。レーダーのイメージングソフト開発についても、詳細設計を協力会社に発注するケースが多い。自動車向け情報通信関連のソフトハウスでの仕事を通じて、プリクラッシュセーフティシステムの開発に携わることも可能だろう。
電子、通信、ソフトなどIT関連のエンジニア全般にチャンス
  プリクラッシュセーフティシステムの需要増大に伴い、今後は人材ニーズも高まりが予想される。求められるスキルは多種多彩。特に、ミリ波モジュールのフロントエンド設計は、もともとできる人材が薄いことが業界の悩みとなっている。
 電波モデル解析や高周波回路、ベースバンド回路、アンテナ設計などについて、携帯電話やRFIDリーダーなど、若干関連性のあるエンジニアを受け入れて再教育するケースが結構あるという。
 無線関連のエンジニアで興味がある人は、求人情報をくまなく見てみるといいだろう。自動車用でなくともミリ波の経験者のニーズはきわめて高い。

 自動車向け特有の人材ニーズとして挙げられるのは、デバイス間通信だ。自動車の標準規格としてはCAN-BUSなどが知られているが、BluetoothやWi-Fiなどのハードウェア、アルゴリズム設計経験者なども適応可能だろう。
 また、ミリ波レーダーという電子の目でモノをどう見るか、見たモノにどう意味づけし、ドライバーに伝えるかといった、情報処理や認識処理ソフトも重要な役割を担う。同分野のソフトウェアエンジニアには十分にチャンスがあるだろうし、空間に電子的なタグをつける拡張現実(AR)のエンジニアも同様だ。
 こうした個別スキルだけでなく、ロボットや宇宙航空などシステムエンジニアリング色が強い分野で、要素設計レベルの取りまとめを経験したエンジニアなども求められている。何かの専門に自信を持つエンジニアであれば、どこかに接点が見つかりそうだ。
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高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ 高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ
取材を終えて、とてもワクワクする仕事だと思いました。電子の目でとらえた対象を具現化するだけでも大変なのに、それを人間に伝える「感性」まで求められる。ほかの部署との連携もあれば、自分でテストすることもある。エンジニアに求められるスキルが詰まった仕事です。

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