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羽根のない扇風機の誕生秘話、UI設計の光るチームラボハンガー ダイソンとチームラボに学ぶ!技術とデザインの交差点
ハードウェアでもソフトウェアでも、エンジニアには今、デザインのスキルが要求されている。デザイナーと話し合える「センス」や、その意図を汲んだ「表現力」が重視されてきているのだ。苦手かもしれないが、ちょっと面白そうじゃない?
(取材・文/総研スタッフ 高橋マサシ 撮影/平山 諭、関本洋介)作成日:12.07.12
機能美のダイソン 「デザインエンジニア」が生み出す製品の秘密
 吸引力の衰えない掃除機、羽のない扇風機……ダイソンが生み出す家電製品は高い機能性と同時に「デザイン力」に定評がある。同社で開発を担うのは「デザインエンジニア」。エンジニアリングだけでなくデザインの仕事も兼務している。
転職の若手社員が新製品を開発、縦型掃除機の「DC14」
アンドリュー・マカラック氏
ダイソン リミテッド
シニア デザインエンジニア

アンドリュー・マカラック氏
 ダイソンに入社したのは2003年です。イギリスの大学で機械工学を、大学院の修士課程ではデザインエンジニアリングを学び、修了後は社員5人ほどの小さなデザイン会社に就職しました。注射器など医療機器のデザインをしていたのですが、より大きな会社で腕を振るいたくてダイソンに転職しました。

 入って驚いたのは「若い人に仕事を任せる会社」ということ。私の初仕事も新製品のデザインで、同じく入ったばかりの若手社員と2人で担当しました。縦型掃除機の「DC14」です。
 ここで私たちは、「ハンドルとホース」の部分を掃除機本体に内蔵させる「テレスコープ型」にしました。こうすると伸ばして引き出せるので、キッチンの上の戸棚など高い所なんかも簡単に掃除できるんです。
 この機能は評判になって、その後の縦型掃除機のデフォルトになりました。DC14は2005年に発売されましたが、サイズが大きく日本家庭に合わないこともあって、残念ながら日本では未発売。その後は後継機の「DC15」の開発などに携わりました。

 ダイソン・イギリス本社にあるRDD(Research Design & Development)は、工程ごとに部門が分れています。新製品となりうるアイデアを出す部門をNPI(New Product Innovation)と呼びます。責任者が新製品となる可能性があると判断したものが、NPD(New Product Development)に移ります。そして最終的に製品化が決まるとマレーシアのRDDに引き継がれます。
 最初は2〜3人のチームですが、プロジェクトが大きくなるに従ってスタッフの人数を増やしていきます。RDDは一般的には「R&D」と呼ばれる部門ですが、ダイソンでは開発にデザインの仕事も加わるので「RDD」としています。

 ダイソンでは私のようにデザインエンジニアを採用しています。ただ、基本的に技術とデザインの両方を学んだ人を採ります。エンジニアやデザイナーの経験しかない人を採用するケースもありますが、「センスのある人」に限っています。
 その中でどちらの分野に強い人が多いかというと、圧倒的に技術です。やはり工学などのエンジニアリングやモノの機能を学ぶには時間が掛かりますので、デザインのみを学んだだけでは困難なのです。仮にデザイン力が未熟なエンジニアだったとしても、その人にデザインを学ぶ意欲とポテンシャルがあれば大丈夫でしょう。
デザインではなく「機能ありき」で開発されるヒット製品
 ダイソンの製品はよく「デザイン家電」と呼ばれます。デザイン力が注目されているのはうれしいのですが、ダイソンは技術の会社です。デザインはおしゃれを考えたものでなく「機能美」であり、創業者のジェームズも「機能するモノをつくる」と語っています。
 掃除機はまさにその機能を見せたデザインですし、「エアマルチプライアー」は結果的に羽のない扇風機となった製品です。それ以前にダイソンにはハンドドライヤーの「エアブレード」がありました(英国2006年発売:日本未発売)。

 シート状の高圧風で水を切り落とすかのように手を乾かすことが、この製品の特徴ですが、これを開発している際に、シート状の風に周りの空気が巻き込まれている現象にデザインエンジニアが気づきました。これをほかでも流用できないかと考えて、研究と開発を進めて生まれたのがエアマルチプライアーなのです。羽をなくしてインパクトを出そうとしたわけではありません。
 周りの空気を巻き込こんで機械がはき出す風量を15倍以上に増幅させる、ダイソン独自の技術「エアマルチプライアー・テクノロジー」によって、従来型の扇風機の問題点を解決することが可能となりました。
マカラック氏が携わったDC14を発展させた縦型掃除機「DC24」
マカラック氏が携わったDC14を発展させた縦型掃除機「DC24」
掃除機の最新機種「DC36 カーボンファイバー モーターヘッド」
掃除機の最新機種「DC36 カーボンファイバー モーターヘッド」
 ダイソンの本格的な日本進出は、2004年発売の掃除機「DC12」からです。日本での掃除機の使われ方を徹底的に調査して日本向けにDC12を開発し、発売したところヒット商品となりました。私はその日本市場を拡充するために2005年後半に来日しました。文化の違う全く新しい国だったのでワクワクしました(笑)。
 仕事は、日本支社のマーケティング部門やサービスセンターに技術を含めたさまざまなアドバイスや新製品の特徴を伝えたり、開発中の製品に対して日本市場から見たインプットを行ったりなどです。

 2007年に一度本国に戻り、エアブレードの開発に携わった後、2008年に再び来日して現在に至ります。今では開発途中の製品チェックのために、マレーシアのRDDにもたびたび訪れています。
 デザインと機能が備わった弊社の製品は、日本人ユーザーに受け入れられやすいと思っています。確かに製品の価格は高いのですが、それはアメリカでもヨーロッパでも同じこと。理由は研究や開発にコストが掛かっているためですが、ダイソンではイノベーションを生むためにはそれが必要不可欠と判断しています。
デザインを学ぶには、「自分で試して人から意見をもらう」を繰り返す
 技術だけを学んできたエンジニアがデザインを覚えるのは、難しいことかもしれません。ただ、日本人に限らずイギリス人に対しても、「まずやってみる」とアドバイスします。本やネットで勉強もできますが、自分でとりあえずやってみる。それを第三者に見せてフィードバックをもらう。自分で満足していても他者が見るとおかしな点が多々あるものです。
 先ほど「機能美」と話しましたが、機能を残すためにあえて引き算をしたり、逆に足し算をすることもありません。「ただ必要なものだけをつくる」です。英語では「デザイン」という言葉に「設計」という意味も含まれます。イギリスでも最近はデザインを外見のスタイルだと考える人が増えていますが、本来は違います。目的を持って何かをすることがデザインなのです。

 ダイソンでとてもよい経験になったと思うのは、先輩のデザインエンジニアがメンターとして付いてくれたこと。今では若手社員が増えているので1〜2人にひとりのメンターですが、私のときは1対1でした。とても面倒を見てもらいましたし、なくしてほしくないシステムです。
 ですので、最近はイギリスの若いデザインエンジニアのメンターとなりたいと思っています。彼らに日本に来てもらってアドバイスをし、再び本国に帰るようなプランを協議中です。また、日本の大学生や日本人エンジニアによく会っているので、個人的な意見ですが、日本にもRDDのような部署ができたらいいと思っています。
 なぜもう一回日本に来たか、ですか? それはもちろん日本を好きになったからですし、もうひとつは日本に彼女がいたからです。はい、今の妻です(笑)。
扇風機の「エアマルチプライアー AM02 タワーファン」(左)と<br>ヒーターの「ホット アンド クール AM04 ファンヒーター」
扇風機の「エアマルチプライアー AM02 タワーファン」(左)と
ヒーターの「ホット アンド クール AM04 ファンヒーター」
センスのチームラボ UIチームのリーダーが語るデザインの秘訣
 Webサイトの制作、アートギャラリーへの出展、ブランドショップの店舗設計……幅広い分野で存在感を示すチームラボ。同社の特徴は検索エンジン開発などに見られる高い技術力に加えて、秀逸なデザインセンスとUIの設計力にある。
UIチームを立ち上げ、エンジニアとデザイナーをサポート
 大学を卒業して、2006年にチームラボに入社しました。その当時はAjaxも一般的でなく、Webは静的なサイトが中心。表示させるデータはあるので、それをどう目立たせるかといったサイトが多かったと思います。ただ、これから時代が進めば、デザイナーとエンジニアの垣根がなくなっていくだろうと考えていました。
 2007年に動画検索エンジン「サグールテレビ」のプロジェクトに参加します。世界中から動画を検索して、面白い動画を優先的に表示させるシステムです。UIの設計エンジニアとして参加したのですが、社内外を問わずかかわりのあるメンバーを集めて、実質的なUI部隊を立ち上げました。現在のUIチームの母体です。
 それ以前はプランナーやディレクターがUIを相談する相手は、デザイナーやUIのわかるプログラマなど、個人によっていました。引き受け先を汎用的なチームに変えて、社内のデザイン力やUI力を強化したいと考えました。

 UIチームはエンジニアとデザイナーの双方をサポートしていますが、仕事はいろいろです。WebサイトならHTML、JavaScript、Flashなどを使って、フロントエンドのエンジニアリングを必要とする部分の設計・開発や、プログラムベースのデザインをすることもあります。
 僕の立ち位置は常にニュートラル。エンジニアとデザイナーのどちらかではなく、内容を見ます。例えば、デザインが魅力的であればサーバー側に全体設計の見直しをお願いしますし、処理負荷にどうしても無理がある場合などはデザイン再考のお願いをする場合もあります。弊社ではフロントエンド、サーバー、デザイナーという分け方をしていますが、デザイナーもプログラムをしますし、サーバー側で実装する場合もあったりと、明確な役割分担はありません。
河北啓史氏
チームラボ株式会社
テクノロジーDiv. UIチーム
チーフUIアーキテクト

河北啓史氏
「サグールテレビ」の画面
「サグールテレビ」の画面
 現在のUIチームは14人。メンバーに対しては仕事のレビュー、問題点のケア、ソースを見るくらいで、基本的には各人の自主性に任せています。チーム内もそうですが、プロジェクトに入っても全員がフラットな関係です。ディレクターやプランナーが意思決定することはあっても、仕事を進めるのは皆が同じ立場で、UIチームは使いやすさを考えます。
 弊社のユニークなところだと思いますが、責任を持つ人がいないんです。「俺が責任持つから」とか「お前の責任だ」などはなく、結果としての成功か失敗しかありません。
7店舗のショップに置かれた「チームラボハンガー」
 プロジェクトの中身は幅広いですね。企業のWebサイト、デジタルサイネージやWebカメラを使ったイベント、ショップの店舗内設計などもあります。例えば「チームラボハンガー」。現在は渋谷109MEN'S館のVANQUISHさんなど、7店舗で展開しています。
 商品を手に取るとハンガー内部のセンサーが作動して、ショップ内のディスプレイに、コーディネイトされた商品の写真や動画が表示されるシステムです。ECサイトのログデータから、商品単品の画像よりもコーディネイトされた画像のほうがコンバージョン率が高いとわかったため、それを店舗で実現しようとしたのです。実店舗への導入が始まったのは2011年3月です。

 アートディレクションや撮影などはお客さまにお任せして、僕らが考えたのはどれだけ簡単に実現できるシステムにするか。それと、機能追加を想定した汎用性の高いシステムに仕上げること。実際にその後、店内に並べたモニターを同期させて、映像を続けて表示させる仕組みを追加したのですが、1週間で実現できました。
 アウトプットの見え方はそれぞれ違いますが、ITとネットを使って設計しているのはどの案件でも同じ。重要なのは表現される場がWebブラウザに限らないこと。例えばチームラボハンガーなら、結果的に実店舗の商品とモニターを連動させる接点がハンガーだったということです。
「チームラボハンガー」。背後のディスプレイに商品を着たモデルが表示
「チームラボハンガー」。背後のディスプレイに商品を着たモデルが表示
エンジニアはコードにこだわらず「分解して掛け算」を
河北氏が関わった渋谷のメイドカフェ
河北氏が関わった渋谷のメイドカフェ
 チームメンバーとよく話をするのは、「気にならなかったところにUIのヒントがある」です。例えば、ドアを開けるときにはドアノブを意識しませんが、それはドアノブの形状が人を無意識にさせているから、ストレスを感じさせないからだと思います。そんなインタフェースにこそヒントがあると思います。
 あるいは「嫌いなものを見つけよ」。好きなものを追っているとそれをチューニングするだけになります。特別な人なら別ですが、一般の人は「嫌いなもの」のほうがチャンスが広がると思います。なぜ嫌いなのか、なぜ不便なのか、なぜ美しくないのかなどを分析しやすいからです。

 また、デザイナーと一緒に仕事をするエンジニアであれば、あまり大きな塊で機能を実装するのは危険だと思います。コードは分解された小さな機能のパーツと考え、それらを「掛け算」して設計や実装をすべきだからです。
 例えば、Webの画面にアイコンを入れたいと言われて、まず「できない」と断るのはデザインセンスのない証拠。どんなアイコンをどこに入れるかを、コードのパーツを基にして、よりよい組み合わせを考えていく。この分解と掛け算が、エンジニアにとってのデザインだと思います。もっと素材はあるはず、もっと掛け算ができるはずと考えたらどうでしょう。

 僕が仕事で楽しく思うのは、SI的な案件であれば皆と意見を出し合ったり、設計したりするとき。リリースのときはほっとするのではなく、むしろ「これからだ」と緊張します。店舗や展示系なら、オープン1週間くらい前にドタバタしているとき。時間もないし大変だけど、皆で一緒に全力を尽くすのが楽しいです。
 仕事はやっぱり、仲間と一緒にやるのがいいですね。
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高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ 高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ
ダイソンさんの記事の最後に「日本に彼女がいたから……」とありますが、これはカメラマンが掃除機を撮影中に、2人で雑談している中で聞いたこと。取材中ではありません。こうして何気なく語ってもらったネタ(?)を原稿に入れることは、実は少なくないのです。こんなこと書いたら、今後の取材では雑談してくれなくなる?

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