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日本メーカーの弱体化、IT業界就職不人気、さらには若者の理系離れ。「ゆとり教育」の弊害や、技術者の評価・待遇の低さが問題視されていることに、モノづくりの現場で活躍するエンジニアたちはどう考えているのか? 理系教育に関する生声を紹介する。
(総研スタッフ/宮みゆき イラスト/絵理すけ)作成日:08.06.26
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モノづくり大国ニッポン。だが最近、その名がゆらぐかのように囁かれるのが、日本のモノづくり力低下や、若者の理系離れ。Tech総研が2008年6月に行った、モノづくりの現場で活躍するエンジニア200人に聞いたアンケートでは、「ゆとり教育」の弊害や、技術者の評価・待遇の低さが要因だという声が多かった。 |
ゆとり教育でもいいけど、楽しいと思える理系の授業をすべきだと思う。面白ければ自分からすすんでやるので(機械・機構設計/31歳) ある程度の競争意識は必要だと思う。ただ、メリハリは大事だと思う(回路・システム設計/28歳) |
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机上の学習ばかりでなく、実験や体験を交えて楽しく学習できることが吸収もよいと思う(サービスエンジニア/30歳) |
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小中学校時代は徹底的に詰め込まないといいアイデアは生まれない(制御設計/31歳) |
基礎学力は必要。ゆとりを持たせるなら、その分をやりたい分野に集中させてはどうか(研究・特許/29歳) 少子化で競争も減るわけだし、ゆとり教育は意味がないし、バランスが悪い(生産技術/34歳) |
理系の学力低下の原因といわれる「ゆとり教育」だが、先日、学習指導要領の改訂案が発表された。理科の授業時間数も23%増えるということで、期待の声も上がる一方で、理系教員の不足に困窮する現状もあるという。そこで、今回はエンジニアが現場で役立つオススメの理系科目を聞いてみた。 |
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賛否両論の「ゆとり教育」。今回の回答者であるエンジニアの93%も、改善すべきと声を上げている。ただし、ゆとり教育をすべて否定しているわけではない。自由な時間は必要、好きな科目を深堀して勉強したいという声も多かった。ゆとり自体は必要だが、問題はその内容だという。では、どう改善していくべきなのか。常識破りな発想・手法で画期的な研究開発で、世の中を驚かせてくれるクレイジーエンジニアたちに意見を尋ねてみた。 |
(株)ネットワーク応用通信研究所 基盤研究グループ 特別研究員
まつもと ゆきひろ氏 |
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日本が伝統的に強かった「物理的な実体を持つモノ」の開発と、同一視することによるソフトウェア開発の軽視が根幹。伝統的な製造工程における「設計」と「生産」のアナロジーが、不適切に適用されていると思います。ソフトウェア開発は、最初から最後まで「設計」と同格であるのにもかかわらず、実体を反映しないレベルで「上流」と「下流」に分断され、コミュニケーション不全を起こしているのでは。その結果、上流でも下流でもコンピュータサイエンスが軽視されていて、「IT開発(特に下流)は誰でもできる」、「上流に必要なのは業務知識のみ」などという誤った先入観が、悲劇を生んでいるような気がします。
優れたエンジニアになるために必要な知識は学校の授業などで身につくものではなく、自ら学習して習得する必要があると思います。ですから、教育内容が問題なのではなく、自分で学ばなければ一人前になれないという原則を理解することこそ、必要なのではないかと思います。 |
オブジェクト指向スクリプト言語「Ruby」の開発者。楽天株式会社 技術研究所フェローとしても活躍中。
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東北大学大学院教授 流体科学研究所 流体融合研究センター センター長
小濱 康昭氏 |
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流体力学、特に流体抵抗に関係する複雑系境界層論。輸送システムの高速化で最重要問題となる流体抵抗の最小化技術を教えている。
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生き物と同様に、社会も加齢します。現業(農業、漁業、製造業ほか)は基本的に苦しい仕事なので、社会はそれを回避する方向に動きます。その結果が招いたこと。結局繰るべくしてきたことでしょう。しかし、人間には創造性に憧れ、モノづくりに興味をもつ性質があります。これを引き出す工夫を社会としてやるべきでしょう。 先進国化=制約の多すぎる何もできない国になりがちです。下手すると死ぬ、という環境こそが学習を自ら求めるし、生存力をやしないます。結局完成しすぎた国の制度を何とかしないと解決しないのでは?環境技術に関しては抜本的な緩和策を取り、ドイツなどのように、自作のソーラーカーや電気自動車などが走れる社会になるとモノ作り社会が復活するかも。 私の勝手な興味かもしれません。自然エネルギーを利用(太陽光、バイオ燃料、代替エネルギー技術など)では電気化学が重要になりますし、植物の葉緑素による炭酸同化作用が極めて重要な反応になります。色々と工学(物理学、非生命現象)を探索してきたのですが、突き当たったのが生命の活動の不思議と素晴らしさでした。そして、結局のところ、「生きるとは?」という疑問にぶち当たり、生命の起源が気になっています。経験して始めてその重要性が分かるのですが、例えば自然エネルギー発電の仕組みを作って学ぶなどの実践教育を増やすなどして、在学時代から必要性を実感させる教育が可能となるのではないでしょうか? |
大阪大学教授 大学院工学研究科 知能・機械創成工学専攻
国際電気通信基礎技術研究所(ATR)知能ロボティクス研究所客員室長 石黒 浩氏 |
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物事が複雑になりすぎて、理系の内容に興味をもつのが難しくなっている。理系の内容は本来原理は単純で理解しやすい。そのおもしろさを伝える努力が必要。そのためには、理系の問題が分野を超えて如何に広く共通した問題であるかを若者に示す必要がある。人間理解という基本的な疑問を元に、ロボットを開発と認知科学を結びつけるアプローチはその例の一つ。 教科書が薄すぎると思う。能力に応じて、教育内容を調整すべき。全員一律の教育が間違っている。もう少し個人の能力に応じた指導体制が必要で、学校での教育が軽視されている。哲学・哲学的な思考は、すべての源で非常に重要であるにもかかわらず、高校・大学でもほとんど教えていない。 |
主な研究は、コミュニケーションロボット、アンドロイド、日常活動型ロボット、センサネットワーク。大学の授業では、パターン認識を教えている。
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メディア・アーティスト
八谷 和彦氏 |
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メールソフト「ポストペット」生みの親。「視聴覚交換マシン」「オープンスカイ」など、アーティストとして次々と作品を生み出していく彼のルーツは、技術と美術、両方を学んだ九州芸術工科大時代にあるという。
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僕が考える(いささか乱暴な)を3つ挙げます。一つ目は、千石電商や秋月電子通商のような「電子部品を扱っているパーツショップ」を、ショッピングモールの内のオモチャコーナーに付属させるように義務づける。二つ目は、ある程度以上の規模の製造メーカー各社に、アイデアコンテストを義務づける。例えば、今はもうやってないみたいだけどオールホンダアイデアコンテストとか。もしくは、助成金を賞金として出す。「大人ってアホなこと真剣にやれていいなぁ」と子供にきちんと思ってもらえるようにする。三つ目は、アメリカで出ているMake(http://jp.makezine.com/)の日本語版を作ること。これは翻訳版なのだけど、日本でこういう雑誌が出るといいなあ、と思います。とりあえず、すぐできることとして、文部科学省が日本語版の在庫買い取って、全国の小学校や中学校の図書館に配る、とか。 そんなこと、口で言っても学生は聞く耳持たないでしょう。また、教育を制度的に変えるのは現場の教師の人たちに、たいへんな負荷がかかります。それよりは「街のちょっと変な発明家たち」を増やす方が簡単だし確実かと思います。僕自身が学びたいこと? 特にないです。「何かを始めるのに、遅いってことはない」と思っているので。自分のプロジェクトに必要でしたら、今からでもやります。 |
東京大学 情報理工学系研究科 コンピュータ科学専攻 准教授
五十嵐 健夫氏 |
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底辺の情報ばかりがあふれているのがまずいと思う。トップクラスの人材であれば、高い給料をもらえるし、クリエイティブで、責任のあるやりがいのある仕事ができることを、もっと伝えてほしい。 自分で何かを考えて作り出すような授業が多いといい。100点で終わりでなく、がんばればがんばるだけ成果が出るし、他人と違うものを生み出すことに価値があるようなものがよい。創造していくことの喜びを経験してほしい。モノをグループで作ったり、討論したりするような授業があったらよいと思う。 |
「三次元お絵かきソフト(=手書きスケッチによる三次元モデリングシステム)Teddy」で世界の注目を集める。授業では、ユーザインタフェース、インタラクティブコンピュータグラフィクスなどを教えている。
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はこだて未来大学 システム情報科学部 情報アーキテクチャ学科 教授
松原 仁氏 |
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現在の研究テーマは、ゲーム情報学、オンラインゲーム、エンタテインメントコンピューティング、観光情報学、web知能など。授業では情報数学、人工知能、形式言語とオートマトン、パターン認識を担当している。
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当たり前のことですが、基礎を身につけさせることに力を入れています。子どもの理系離れは、親の理系離れと、小学校前後の教員の理系離れと関係があるのではないかと思っています。最終的には、理系(技術系)の給料を高くすることでしかこの問題は解決できないでしょう。しかし、意思決定をする人に、理系がほとんどいない状況なので、先は暗いと感じます。 本来の意味での「ゆとり教育」は間違っていないと思います。むしろ、社会全体が従来の「教養」を軽視するようになったためにだめになってきたのでしょう。大人が(ハウツー本などではない)ちゃんとした本を読んでいれば子どもはそれを見て読むようになって教養を身につけられると思います。一言で言えば「本を読むことの面白さを教える」ことに尽きますね。 |
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