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機能・スペックでは語れない!爆発的ヒット製品に不可欠な新職種感性満足を開発する「ユーザビリティ・エンジニア」
最近、商品やサービスづくりの現場で、ユーザビリティという言葉をしばしば耳にする。人間中心設計と訳されるこの開発思想、将来的には企業の競争力を直接左右する重要な概念に化ける可能性がある。今、エンジニアがユーザビリティに取り組む意義を探る。
(取材・文/井元康一郎 総研スタッフ/関洋子)作成日:06.06.21
これからの注目職種「ユーザビリティ・エンジニア」とは?
ユーザビリティ=人間中心設計。「正解はなし」が難しい
 Webサイト、ソフトウェア開発などのIT業界、また家電や自動車といった製造業界でソフトウェアに注目度を高めているキーワード、「ユーザビリティ」。既に商品企画や開発の現場で、ユーザビリティという言葉を耳にしたことのあるエンジニアも少なくないだろう。ユーザビリティとはユーザーの使い勝手の良さを重視する開発思想のことで、日本語では人間中心設計などと訳される。
「なーんだ、そんなことはいつも考えているよ」と思う向きも少なくないだろう。が、コトはそんなに簡単ではない。ユーザビリティ研究で知られる人間中心設計推進機構事務局(HCD)の黒須正明機構長は、
ユーザビリティは本来、モノやサービスをつくるにあたって、考慮するのが当たり前のことです。が、そのユーザビリティについてはいまだ、確固たる定見が確立されていないのが現状。企業もユーザビリティは重要だと認識しているが、どう解決をすればよいのか模索しているところなのです。ユーザビリティ・エンジニアリングは、まさにこれからの分野なのです」
 と、ユーザビリティの重要性と難しさを語る。
モノづくりのプロセス全体を把握してアプローチ
「例えばデジタルカメラですが、多機能と使いやすさの両立が大事というのはだれもが思っていますよね。でも、どうすればそれを実現できるかということになると、みんな考え込んでしまう。答えは幾通りでもあるわけですから。ユーザビリティは正解を求めるという理系的な考え方だけではダメ。問題発見と解決だけでなく、どう使って欲しいか、というコンセプト設計を行う力が要求されるんです」(黒須機構長)

 ユーザビリティという概念が明確に問われ始めたのは1980年前後。当時はでき上がった商品をテストする改善型のアプローチを行っていた。テストでユーザーが不足と感じている部分を補う機能を提供したり、改善したりする技術的な解決を図っていたのである。今ではそれだけでは不十分で、設計プロセスから廃棄まで、商品のライフサイクル全体を把握してアプローチする必要があるという認識も広がっている。さらに、そこに最新の人間科学、心理学、行動学などの要素も加味する必要も出てきた。このようにカバーすべき範囲が急拡大していることから、ユーザビリティ専門のエンジニアを置く企業も増えてきている。

モノづくりのプロセス全体にかかわるユーザビリティは、全エンジニアが注目すべきものだと思います。ユーザビリティ専門のコンサルタントも登場しています。とはいえまだ新たしい職種のため、人材マーケットではユーザビリティ・エンジニアが不足気味ですね」(黒須機構長)

 ユーザビリティは、もっと多くのエンジニアに興味をもって取り組んで欲しい分野なのである。
黒須正明氏
人間中心設計推進機構
機構長
黒須正明氏

大学では実験心理学を専攻。卒業後は日立製作所でマン・マシン・インターフェース、人工知能の研究などに従事。その後デザイン研究所に移り、ユーザビリティについての研究を行う。近年は定量的アプローチからフィールドワーク、観察をベースとした定性的アプローチによるユーザビリティを模索している
人間中心設計推進機構

人間中心設計を効果的にシステムの開発に導入できるよう、ISO13407の考え方をベースとした社会全体への啓蒙活動、一般のエンジニアやデザイナーに向けた啓発や教育活動、公共プロジェクトへの参画や資格認証システムの検討などを行うNPO特定非営利活動法人

URL:http://www.hcdnet.org/
  ユーザビリティは製品(サービス、システム)のライフサイクル全般にかかわる仕事
ユーザビリティ・エンジニアの具体的な仕事と喜び
 次に紹介するのは、既に活躍中のユーザビリティ・エンジニア。とはいえ、大卒後すぐにこの仕事に就いていたわけではなく、ソフトやハードの設計・開発の最前線で知識・経験を積みユーザビリティ・エンジニアに転身した職種未経験者。彼らは現在、どんな立場で製品に携わっているのか。開発系エンジニアのときとは違うやりがいについて語ってもらった。
Case1.ユーザーが使い勝手を意識しない、究極のユーザビリティをもつカーナビを実現させたい
■ユーザビリティの枠組づくりは始まったばかり
 世界で初めて衛星航法型のカーナビシステムを市販したカーナビの老舗、パイオニア。そのカーナビ「カロッツェリア」のユーザビリティを担当しているのは、ITS企画部の川崎健一さんだ。川崎さんは入社後、オーディオ、AV機器の開発を手がけてきたが、カーナビのユーザビリティに転向。機械的な操作性とソフトウェアや地図データなどのソフトの両面について、ユーザビリティ向上に取り組んでいる。

 最近のカーナビは多機能で、操作はともすれば複雑になってしまいがち。リモコンのキー配列やレイアウトをどうすると使いやすくなるか、カーナビの使い勝手の向上につながるすべての要素についての検証が、川崎さんの主なタスクだ。

ユーザビリティはヒューマン・マシンインタフェースの開発と違い、難しい。というのは、個々の機能の使い勝手を考えるのではなく、運転という連続した動作の中で、いかに経路検索などをしやすいかを考えなければならないからです。今はまだ、社内でもユーザビリティについて一定の方針をもてる段階にはまだ至っておらず、仕組みづくりはまだまだこれからが本番です」(川崎さん)

 ユーザビリティは問題の抽出と解決というプロセスを踏むため、エンジニアにとっては自分の開発したものが否定されたように感じられることもある。ユーザビリティの取り組みの難しさは、開発サイドへの意見の仕方。開発者が否定的イメージをもたず、納得できるユーザビリティの評価づくりが重要になる。開発経験のある川崎さんは、そういうエンジニアマインドをうまく調整できる。
■理屈どおりにはいかない。だからいっそう面白い
 メーカーが使いやすさを売り文句にしなくてもよいレベルにまで、ユーザビリティのレベルを上げていくこと――これが川崎さんの信念だ。

“この商品はこういうふうに使い勝手がいい”といったレベルでは、ユーザビリティは一過性で終わるのではないかと思う。ユーザビリティを徹底的に追求していくと、思わず使いたくなってしまうような機能、見てうれしくなるデザインといった、ユーザー側の感覚を基準にしたモノづくりに向かうと思っています」(川崎さん)

 単に使い勝手を向上させるだけなら、人間工学に照らし合わせて合理的な設計をすればいいと思われがちだが、実際には、普及率が高い携帯電話の操作性になぞらえた操作系統にしたほうがユーザーにとっては使いやすいケースも少なくない。また旧モデルからのリピーターが多いため、操作性の継承など、ユーザー心理にも配慮する必要がある。

ユーザビリティはパラメーターが本当に多い。技術はもちろん、ユーザーのライフスタイルがどうなっているか、また今後どんな商品が流行しそうかといったことにも常に目を配る必要があります。またどのようなユーザーをターゲットにするかといった企画分野の発想力も必要。いろいろな意味でユーザビリティは奥が深くて面白い」(川崎さん)

 カーナビ市場を拡大させるためには、現在カーナビを欲しがっていないユーザー層を取り込む必要がある。ユーザビリティはその実現のカギになると言う。トレンドセッターとしての面白味ももつようになってきているようだ。
川崎健一さん
パイオニア株式会社
モーバイルエンタテインメントビジネスグループ
事業企画部
ITS企画部 ITS企画課 副参事
川崎健一さん

大学では情報工学を専攻。卒業後パイオニアに入社。ODR(ハイエンドカーオーディオ)、AVなどオーディオ関連製品の開発に従事したのち、企画的なポジションを希望したことでカーナビのユーザビリティ担当に。カーナビの地図色について色覚バリアフリーを実現させるなどの実績をもつ。
「カロッツェリア」のリモコン
川崎さんが携わったカーナビ「カロッツェリア」のリモコン。ターゲットユーザーは30代半ば〜40代の男性。本体の幅や形状、キーのレイアウトなど、使いやすさを徹底的に追求した。親指1本で大まかな操作は可能なキー配置になっている(写真下参照)。
Case2.使いやすく美しい“才色兼備”サイトを生むユーザビリティ・コンサルタント
■ソフト開発者から転身。未経験でも即戦力として活躍中
 ビジネス環境が厳しさを増す中、Webサイトにも具体的な成果を求める動きが広まっているが、いくら多額の投資をしても、使い勝手が悪ければたちまちユーザーにそっぽを向かれてしまう。そうしたWebサイトの構築・改善のみならず、ソフトウェアのユーザーインタフェース設計など、IT分野におけるユーザビリティのコンサルティングを行っているのがビービットだ。

 同社でユーザビリティ・コンサルタントを務める山田真史さんは昨年9月、大手通信会社から転職してきた。前職ではP2Pソフトの研究に携わっていたが、自分の開発した技術がなかなか世に出ないことに不安を感じていた。優れた技術の研究だけではなく、ユーザーの視点に立った設計が重要なのだという思いが強まり、ユーザビリティを事業のコアに据えているコンサルティングファームへの転職を決意。コンサルタントとしてのキャリアはまだ1年にも満たないが、既に証券会社のWebサイト改善などを行い、実績を挙げている。

Webサイト改善のプロセスは、まず企業としてWebでどういうことをやりたいのかという目的を明確にすることから始まります。そして現場の担当者にヒアリングを行ってターゲットとなるユーザー像を把握。その上でターゲットとなるユーザーに合致する被験者を募り、実際にWebサイトやプロトタイプを使用してもらって、ユーザーの行動を徹底的に分析し、仮説と検証を重ねていくのです」(山田さん)

 このユーザビリティ・テストを何度も繰り返すことで、ユーザーニーズを満たし、かつビジネスゴールを達成できる、精度の高いソリューションを提案できるのだ。
■Webサイトからあらゆる領域への展開で、活躍の場も広がる
 ソフト開発からWebサイトユーザビリティ・コンサルタントへ、畑違いの職種に転身した山田さんだが、ユーザビリティの仕事には、違和感なく取り組むことができたという。

ソフト開発とWebサイト構築では使う技術は異なりますが、作ったものを使ってもらえるという喜びは変わりません。また、ソフト開発をやっていたときは、ユーザーと直接接触する機会がなかったので、技術の良し悪しについての検討はできても、ユーザーにとってそれが本当にいいものなのかどうかわからないという状況になりがちでした。その点、ユーザビリティ・コンサルティングはユーザーとの距離が非常に近く、転身してよかったと思っています」(山田さん)

 基礎知識があり、論理的思考力に長けているという面からも、技術者はユーザビリティ・コンサルタントに対する適性が高いといえるようだ。

 ビービットのユーザビリティ・コンサルティングはWebサイトのみにとどまらない。電子ピアノやテレビ、携帯電話など製品分野にも及んでおり、今後は自社でもソフトウェア開発に取り組んでいく予定だという。もともと新しい技術で世の中をより良くしたい、という思いを抱いていた山田さんにとって、さらに活躍の場が広がりそうだ。
山田真史さん
株式会社ビービット
ユーザビリティ・コンサルタント
山田真史さん

大学院ではシステム工学を専攻しPCのファイルの関連づけを自動的に行うプログラムなどを研究。卒業後、新しい技術で世の中をより良くしたい、という思いから大手通信会社の研究所でP2PソフトやSIPサーバーの研究開発に携わっていたが、ユーザビリティという考え方の必要性を強く実感し、ビービットに転職。現在はコンサルタントとして、Webサイトの構築、改善に携わる。
日本生命のオフィシャルサイト
ビービットが再構築した日本生命のオフィシャルサイト(上:リニューアル前 下:リニューアル後)。徹底的にユーザーニーズを調査、その結果から仮説を導き、それを基に設計。リニューアル後は見積もり請求数が3.1倍、保険相談数は2.7倍になったという。
「ユーザビリティ・エンジニア」というキャリアを考える
ユーザビリティ・エンジニアのニーズが高まる業界は?
 商品やサービスを提供する企業とユーザーのリレーションを強めるユーザビリティは、今やすべての業界にとってなくてはならない思想となっている。特にユーザビリティのニーズが高い業界としては携帯電話、PCやPDAなどのIT機器、AV家電、自動車、Web・ソフトウェア開発、医療や交通などの社会インフラなどが挙げられる。もちろんこれ以外の分野でも、ユーザビリティの需要はどんどん高まっている。ユーザーと作り手の接点であるユーザビリティの強化は、売れる製品やサービスをつくるのに必須となっていくと考えられているためだ。
バックグラウンドに技術があるからこそ、迅速にソリューションを提供できる
 企業競争力の強化にあたってユーザビリティの必要性への認識が高まるにつれ、エンジニアのニーズも増加してきている。ユーザビリティはもともと心理学、行動学、人間科学などと関連した文系色の濃い概念と考えられてきた。が、ユーザビリティテストにみられる問題発見→解決というプロセスは元来エンジニアが得意とするもので、開発職の人材登用も目立ってきているという。
エンジニアで有利なのは、技術を下敷きにしたソリューションをイメージする力をもっていることでしょう。問題を迅速に解決するのには大いに役立つはずです」(HCD・黒須機構長)
 ただ、ユーザビリティはひとつの正解を導き出すものではなく、常に創意工夫を要求される。その点、人間科学、心理学、行動学などの文系的知識も要求されるという。従って、人間の心理や行動に興味をもっている人がこの仕事には向いている。
ユーザビリティ・エンジニアへの転身は開発責任者、経営陣へのキャリアステップ
 エンジニアにとって、ユーザビリティに携わることは、将来のキャリアアップを狙ううえで非常にいい経験になると、ユーザビリティを手がけたエンジニアは口をそろえる。ユーザビリティ・エンジニアは、パート1でも説明したとおり企画段階から開発、宣伝や販売、使用過程でのサポート、さらには廃棄、更新段階まで、商品やサービスのライフサイクル全体にかかわる仕事。それだけ幅広い業務分野に横断的に携わることができる職種は、これをおいてほかにないといっていい。

企画段階における提案はもちろん、ユーザーのニーズをくみ取り、開発工程における問題とユーザーの指摘を照らし合わせるといった、マネジャー的なオペレーションもどんどん経験できる」(パイオニア・川崎さん)というユーザビリティ・エンジニアの役割は、ある意味商品企画よりさらに上流工程とさえ言える。商品やサービスの開発責任者、経営陣を目指すうえで、大いに役立つキャリアとなるはずだ。
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  関洋子(総研スタッフ)からのメッセージ  
関洋子(総研スタッフ)からのメッセージ
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「使いやすいから好き」「もう少し使い勝手がよかったら……」──。モノでもWebサイトでも、何かに触れるたびにそう思う。確かに爆発的にヒットしている製品は、使い勝手もよいし、デザイン的にも優れているものがほとんどだ。そんなビジネス的にも大きなインパクトを与えるユーザビリティ・エンジニア。この新職種は数年後には、市場価値の高い注目職種になっているのでは、と思います。
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