育児はマネジメントだ! 「育児力」の源は「仕事力」にある

Photo by Phil Whitehouse

仕事力は育児に生かすことができる

「育児はマネジメントだ!」

こんなことを言うと、もしかすると怪訝な顔をされるかもしれません。たしかに、家庭で子供を育てていく育児という営為と、ビジネスの最適化を目指すマネジメントの間には大きな溝があると思ってしまうのも無理はないでしょう。

子育てというと「愛情」「思いやり」「夫婦の絆」などのような「精神的なもの」だと捉えることが多いように思います。もちろん、それらはとても大切なものです。それなくして子育ては成り立たない、と言っても過言ではありません。しかし、精神的なものだけで全てが上手くいくわけでないというのも、育児の現実であり難しいところでもあります。

僕自身、知人の子供を預かり、父親代わりとして子育ての当事者になったことがあります。なかなか思い通りにいかず、子育ての難しさを痛感しました。しかし、その経験から感じたことがあります。

それは「育児には“技術”も必要」ということです。そして、この「育児の技術」の真髄は社会人の仕事力、特に「マネジメント力」の中に多く見いだせる、というのが僕の考えです。

最近では男女問わず、働きながら子育てをする方が増え、その両立に悩む人も多いと思います。しかし、普段の仕事から育児に生かせることがたくさんあるのです。そこで今回は、僕の実体験から、育児と仕事の両立にもきっと役立つ「仕事力を育児に生かす考え方」についてお話をしたいと思います。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

マネジメントで子供を動かす

「育児はマネジメントだ!」ということを僕が痛感したのは、当時とある事情から、知人の子供A君を朝から夕方まで、僕が面倒を見ることになったのがきっかけです。子供といっても、まだおむつも取れていない赤ちゃんです。しかし、その知人はすぐにでも働きにいかなくてはならない状況でした。そこで、塾講師 兼 家庭教師という夜型の仕事に就いていた僕が、日中のあいだは子供の面倒を見るという生活が始まりました。

預かったA君はまさにわんぱくざかり。泣く、ご飯を投げる、あらゆるものを口に入れる、そして泣く、とにかく泣く……と、育児の経験も知識もゼロの僕は、はじめての育児に完全にグロッキーになっていました。その中でも僕を悩ませたことの1つが「トイレトレーニング」です。A君はいつまでもおむつが取れず、トイレにも嫌がって入ろうとしてくれません。

そんな僕に転機が訪れたのは、勤務先の塾でのことでした。

直近の上司:
「最近なんか疲れた顔してるけど、どうした」

僕:
「いやぁ、子供が言うこと聞いてくれなくって……」

上司:
「そりゃあ、お前、言い聞かす方がちゃんと工夫しなきゃ駄目だよ。大学生のバイトなんて、人に教えるのは初めてなんだから。先輩がしっかり指導してやんないといつまでも成長しないぞ」

と、言葉が続きます。

“大学生……? なに言ってんだこのオッサン”と最初はキョトンとしていたのですが、しばらく聞くうちに、上司は僕の言った「子供」を、最近僕が指導することになった「バイトの子」だと勘違いしていることに気付きました。

面倒な事情を説明したくない気持ちが勝って曖昧な返事でごまかしていると、上司はヒートアップしたのか「俺のマネジメント論」みたいなものを展開し始めます。

上司:
「新人育てるのはな、手間暇かけて工夫しないと駄目なんだよ。口でああしろ、こうしろと言っても絶対に伝わらない。

『どう伝えるか』
『どう分からせるか』
『どう相手のモチベーションを上げていくか』

っていうことを考えていかないと。講師やってるなら分かると思うけど『伝える』ってのは技術だから。相手に文句言う前に自分の教える技術を見直さなきゃならんよ」

マネジメント論は知識としては多少知っていました。ですので、上司の指導は知識としてはそれほど目新しいものではありませんでした。しかし、「それらマネジメントの方法論を子育てにも利用する」という考え方は、この上司との偶然の会話に至るまで全く頭の中に思い浮かんでいませんでした。

その日の授業が終わった後、家に帰って本棚にあった古典的な経営・マネジメントの本をめくってみました。そして、自分の子育てを「企業のリーダー」として評価してみることに。

……結果は「最悪のリーダー」です。

  • 組織の定義付けが全くなされていない。メンバー〈A君〉と目指すゴールの共有ができていない
  • 人材育成の方法として口頭での注意しか行っていない
  • モチベーションに一切注意を払っていない

ちょっと振り返っただけでも、「経営者失格」レベルのミスを多々犯しています。“よし、ならば今度は経営者になったつもりで、マネジメントの観点からA君のトイレトレーニングに向き合ってみよう”そう考えた僕は、次のような施策を子育てに導入して解決しました。

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【施策1】組織の定義付け

「組織の定義付け」とはP.ドラッガーが著作「マネジメント」で提唱した概念で、「我々の事業は何か。何であるべきか」を定義し、それを共有すること、とされています。

それまで僕は、A君に「いっしょにトイレ頑張ろうね」「おしっこしたくなったらトイレ! って言おうね」と口頭で指導し、A君もそれに元気に「はーい!」と返事を返してくれました。しかし、A君と本当にそれで「トイレをする」の意味を共有できていたのでしょうか。成果から考えるに、怪しいところです。A君としては“よく分かんないけど返事しておこう”くらいの意識で、本当に事業の内容〈ゴール〉を認識していたわけではない可能性があります。

そこで僕は、トイレに関する絵本を買いあさり、A君に読み聞かせることから始めました。

絵本を読みながら「ほら、このまるくて白いのがトイレだよ。うちのも一緒に見てみよう」「ほら、トイレはこうやって座るんだね。A君も座ってみる?」などと、トイレとは何か、トイレに座るとはどういう動作かということを、繰り返し、繰り返し絵本というツールを交えて説明し、「事業を定義付ける」ことを試みました

すると、絵本というグラフィカルなツールの導入が効果的だったらしく、A君はみるみるうちに「トイレをする」という概念を飲み込んでいきました。

【施策2】成果と働きがいの可視化

「成果と働きがいを与えることで働く人たちの生産性を上げる」というのもドラッガーの提唱したマネジメント法の1つです。

トイレトレーニングの場合、最もすばらしい成果は「トイレで用を済ます」「自分からトイレに行きたいと言えるようになる」ことです。しかし、それは最終目標であって、そこまでには無数の小さな成果が存在します。

僕の場合、まずは「トイレに座ることができた」をひとつの成果と考え、報酬(といってもキラキラシール)をひとつ与えることにしました。座ることに慣れたら「10秒座る」、次は「20秒座る」というふうに最終目的に向かって、だんだんステップを上げていきます。この結果、行くのを嫌がっていたトイレに嫌悪感や恐怖感を持たなくなる、何分も座ったままでいられる、といった成果を上げることに成功しました。

【施策3】オフィス環境の改善

職場〈トイレ〉の環境を改善することも、モチベーションを保持する上で有効でした。それまでうちのトイレは、むろん清潔にはしていたのですが、いわゆる「普通の家のトイレ」であって、子供が快適に過ごせる工夫がなされていませんでした。

そこで、トイレカバーやタオルを子供の好きなキャラクター(うちの場合は「アンパンマン」でした)のものに変え、子供がトイレでも楽しめるような工夫を施しました。

これは導入してすぐに劇的な効果があり、特にうちの場合はトイレにぶらさげておいたアンパンマンの小さなクッションが気に入ったらしく、自分から「トイレに行く!」と言ってくれるまでになりました。日が経つにつれて効果は落ちてしまったのですが、これは子供がトイレに不安感を持つ初期の段階では特に有効な改善策かもしれません。

マネジメントの考え方そのものだった

このような「マネジメント」をA君の子育てに導入すると、導入のかなり早い段階から目に見える効果が現れました。もちろん狙っていたほどうまくいかない時も多々あったのですが、それまでの「口だけ育児」に比べれば天と地ほどの差があります。

しかし、これほど上手くいくなら、なぜ僕は上司にきっかけをもらうまでマネジメント的な仕事術を子育てに導入するという発想を持てなかったのでしょうか。

おそらく、それまで僕は育児を「心」の領域の仕事だと思っていたのでしょう。思いやりや、優しさこそが重要だと考えていて、その他の面を軽視する所がそれまでの僕にはありました。しかし、実際の子育ては、「心」だけで完結するものではありませんでした。他の多くの人間の営みと同じく、「心」と「技術」の双方が必要とされるものでした。そして、その子育てに必要な「技術」は企業をはじめとする「組織におけるマネジメントで必要とする考え方」と極めて近しかったのです。

育児から仕事に還元できることもある

ある日、共働きのご家庭でA君の子育ての話をする機会がありました。「子育てと仕事って似ている部分もありますよね」という話をすると、そのご家庭のお母様は、

「そうですよね、やっぱり家庭も会社も『組織』であることは同じですからね。組織をどう上手く回していくか、責任を持つべき子供や社員をどう教育して導いていくか、重なる部分は本当に多いんじゃないでしょうか」

と仰っていました。僕も全くその通りだと思います。

仕事で培った「仕事力」は自ずと「育児力」も成長させてくれる。そして子育てで培った「育児力」もまた「仕事力」に還元されていくのです。もしも子育てと仕事の両立に悩んでいる人がいれば、この記事が少しでも参考になれば嬉しいです。

育児での成長は、あなたの「仕事力」も成長させてくれるのかもしれません。

著者:小山晃弘

小山晃弘

「家庭教師のリスタ」代表。幼児知育から大学受験まで、幅広い分野で活躍する教育プランナー。自社メディア「リスタ BLOG」にて育児や教育についてのコンテンツを公開中。

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