「電力を使ったその先を考える」を“自分ごと”にできる人を増やしたい――都内初の地域新電力会社「めぐるでんき」~代表取締役・渡部健さんの電力の“地産地消”という発想~

地域ごとに独占されていた電気事業が、2016年に電力小売全面自由化され、今や自分で電力会社を選ぶ時代。どこの電力会社を選ぶかによって、「自分の住む街や社会を豊かにする選択肢」があることをご存じでしょうか? 電力が自由化される以前からその活動に取り組み、現在、“電力の地産地消”に奮闘する「めぐるでんき株式会社」代表の渡部健さんに、これまでの軌跡をおうかがいしました。

プロフィール

渡部健(わたなべ けん)

1977年生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科に進学、電力の自由化や再生可能エネルギーの研究に従事した後、2002年4月住友商事株式会社入社。海外の電力プロジェクト業務を経て、サミットエナジー株式会社に出向し、電力の小売事業に従事。2009年ベンチャー企業に転職。取締役として、電力小売事業者の設立支援や、需給管理サービスなどを手がける。2014年、神奈川県内で地域密着型の新電力会社の発足に従事。2017年8月、板橋区で都内初となる新電力会社「めぐるでんき株式会社」を設立し代表取締役に就任。再生可能エネルギーを地域でつくり、地域活性化の活動に還元することに取り組んでいる。2017年10月、九州大学客員教授就任。

電力市場を活性化するために大手商社を退社―決意させたものとは?

―大学時代から“電力の自由化”について研究されていますが、そもそも興味を持ったきっかけは何ですか?

父親が大手通信会社に勤務していたこともあり、「企業が既得権益を守るさま」を目の当たりにしました。それを見て「守る側」の立ち回りより、大手企業へ戦いを挑み、新風を吹き込むことに美学を感じるようになったのです。「最初から強いヤンキースに入るよりは、他球団に入り強さに挑んでいきたい」と言った感覚でしょうか。ですから、大学での研究テーマを“電力の自由化”とし、就職も電力の小売事業に新規参入する会社に入り「攻める側」になりたいと考えました。

―「攻める側」になるために、どんな就職活動をしたのですか?

「思ったら、まず行動!」と決意し、誰かに会おうと思ったら、深く考えるより先にアポを取りました。電力にこだわってエネルギー会社やガス会社など、さまざまな企業を回りOBの話を聞き、時には経済産業省に飛び込み訪問をしたこともありました。こういった活動をしていくうちに大手商社でも電力小売事業を展開していることを知り、その会社への入社を果たしたのです。

―入社後、新規事業に参入していくことに手応えはありましたか?

 入社3年目から子会社のサミットエナジーへの出向を志望し、新規参入のプレイヤーとして5年間、電力の小売事業を経験しました。でも、やはり大手電力会社の力が圧倒的に強く、一人のプレイヤーのままでは業界を変えることは難しいと痛感しました。

そこで、「新規参入業者の数を増やすことで、市場を活性化することができるのでは」と考え、新規参入業者の設立支援を行う、ベンチャー企業への転職を決意しました。

 

―より事業内容を絞った会社へ転職するために、大手商社を辞めることに不安はありませんでしたか?

 不安よりも「電力業界を変えたい!」という信念のほうが強かったです――「自分が動かない限り、状況は変わらない。思っているだけで動かないと、後悔する」と考え、決めた転職でした。

当時は創業2年、社員数20名足らずの会社でしたが、就活時のように「思ったら、まず行動!」を繰り返し、会社の先輩や仕事でつながった人たちと言葉のキャッチボールをしていくうちに、人脈が広がりました。思い浮かんだことがあればすぐにその回答を持っていそうな人に会いに行くことで自分の思い描く方向にどんどん近づいていける手ごたえを感じましたね。

“電力の地産地消”から地域活性化への取り組み

―「思い描く方向」とは、どんなことですか?

転職して2年後の2011年に東日本大震災が起こり、電力小売業者の設立支援に加えて、ユーザー目線のエネルギーマネジメントサービスを拡大していきました。震災直後の計画停電などの取り組みもあり、法人の節電や省エネニーズが高まりました。そこで、法人を対象に時間帯ごとの電力の消費量や傾向を分析。消費量の多い昼間の電力を抑えて基本電気料金の削減を図ったり、節電した電力を仮想的に販売する、「デマンドレスポンス」や「ネガワット取引」といった、新しい提案やコンサルティングを行いました。

―震災直後は、一気に電力への意識が高まりましたから、渡部さんの提案やコンサルティングの需要は高かったのでしょうね。その後、地域密着型の新電力会社を設立されましたが、そのきっかけは何ですか?

神奈川県の湘南ベルマーレから「スポンサーになってもらえませんか?」という打診を受けたことです。スポンサーになるだけではなく、チームとともに電力会社をつくり、その利益の一部をチームの活動費に還元する“湘南電力”を設立しようと提案したことが、きっかけでした。さらにその後、小田原で再生可能エネルギーの分野に関わる人たちと出会い、「小田原に市民出資の太陽光発電所があります。地元でつくった電気の利益の一部を、地域活性化の活動に還元し、地域内でお金が回る仕組みをつくれませんか?」と相談を受けたんです。そこから“電力の地産地消事業”への発展とつながりました。

―次々といい出会いがあり、“電力の地産地消”へとつながったのですね。そこへと結び付くまでの原動力は何だったのでしょう?

 電力を管理することや、電力を使ったその先を考えることを「“自分ごと”にできる人を増やしたい」と思ったのです。法人では節電対策など、電力を自分で管理する取り組みが浸透しつつありますが、個人の意識はまだまだ。私は「電力は税金みたいなもの。地域に払い、還元するもの」と考えています。しかし、その感覚で電気代を払っている人は少なく、多くの人は電気代がどこに還元されるか意識しないので、ただ使うだけの消費者になっています。ですから、電力を使ったその先を考え、「自分で電力を選ぶ」ことができるようにする。すると、ただ消費していた電力が「自分ごと」になってきます。今は、そうして「電力を通して自分の暮らす街を元気にする」ことへの共感を広めていきたいと考えています。

「若い人に伝えたい事は?」の問いに、「志を立てることから始まる」と熱く語る渡部さん。

人を巻き込んで、地元・板橋で「めぐるでんき」設立――大切なのは共感力

―「電力を通して自分の暮らす街を元気にする」という考えから、ご自身の住む板橋区でもそれを展開しようと思われたのでしょうか?

はい、仕事が忙しく寝に帰るだけの場所になっていた板橋でしたが、「自分にとって楽しい場所にしたい!」と思ったのです。震災の不安がある中、「ほかの土地でやっている活動を自分の地域でもやりたい。自分の住む街を電力によりもっと活性化したい!」と考え、知人の縁で「東京から変える! 省エネ・再エネセミナー」に参加しました。するとそこで、同じ思いを持つ地域の人たちに出会えたのです。そして、1年3カ月後の2017年8月に「めぐるでんき」を設立しました。

―出会いから「めぐるでんき」設立まで短期間でしたが、どのように準備を進めていったのですか?

月1回のワークショップ開催で進めました。同じ志を持つ人たちで集まり、現状の課題と展望などを体系的に整理して、活動のコンセプトや社名を決めていきました。社名のロゴ「めぐるでんき」の「ぐ」の字の濁点には「∞」をあてています。「地域内での人とのつながりから、電気・お金・人がめぐる循環をつくり、地域を良くしていきたい」という思いを「∞」に込めました。

温かみのある木材で囲まれる「めぐるでんき」のブース。その横がコミュニティースペースになっていて、スペースの名前の「en∞juku」にも、「∞」が入っています。

 

設立の経緯からして、渡部さんの並々ならぬ“行動力”を感じます。けれども、行動力だけで人を巻き込んでいくのは難しいかと思いますが、何か別な働きかけがあるのですか?

人を巻き込むには、“共感力”が大切だと思っています。「何のメリットがあるのか?」を相手にわかりやすく伝えれば、人は自ずと動くと思います。人それぞれ求めるものが違うので、共感を得るのは難しいことではありますが、常に相手の立場になって考えるように心がけています。

―“行動力”と“共感力”で次々と人を巻き込み、新しい事業を展開していったのですね。最後に、今後の「めぐるでんき」の事業を通して、実現したいことをお聞かせください。

社会課題解決のために、「自ら電気を選択する」ことへの理解や共感を、広げていきたいと思っています。現在、事務所の半分は、シェアスペースとして提供しています。そこでは月1回、障がい者アートの展示会が開かれています。今後は、社会福祉への還元として、障がい者の就労支援なども検討しています。地域の課題は地域によって違い、多様です。これらの課題を、地域の方々から抽出してもらい、それを解決したい人が中心となり活動する。そして、めぐるでんきが電気代の一部でその活動を支援していく、クラウドファンディングのような感じで、地域の活性化につなげていきたいです。「電力を通して、面白くなっていく街」を見るのが楽しみです。

文:Loco共感編集部 原田真里

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