「働き方改革」は、若手が経営に関われる“絶好のチャンス”なんです――テレワークの第一人者・森本登志男さんに聞く

さる7月24日、首都圏を中心に600社超・およそ6万人が参加した「テレワーク・デイ」。2020年の東京オリンピック開催をひかえ、交通混雑が予想される午前10時半までの間や終日、通常のオフィスへの通勤を控えて在宅勤務などを活用する試みでしたが、疲労をともなう通勤ラッシュの緩和や、通勤時間の削減など、よりよい働き方を探る動きにもつながっているようです。「場所に縛られない働き方」の拡大は、これから何をもたらし、若いビジネスパーソンにどのような影響を与えるのでしょうか。佐賀県庁で全職員対象にテレワークを導入し定着させた実績を持つテレワーク推進の第一人者、森本登志男さんに聞きました。

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森本登志男(もりもと・としお)

1962年岡山県生まれ。京都大学工学部合成化学科卒業後、宇部興産株式会社に入社。業務のかたわらプログラミングを学び、27歳で株式会社ジャストシステムに転じる。さらに「Windows95」がリリースされた1995年から16年間勤務したマイクロソフト日本法人では米国駐在も経験し、インターネットの黎明期に立ち会う。その後2011年から5年間にわたり、佐賀県庁の最高情報統括監(CIO)として地方行政におけるICTの活用に取り組んだ。現在は岡山県特命参与(情報発信担当)、総務省テレワークマネージャーなどの公職を務め、全国各地で業務改革の助言を行っている。

テレワーク・デイを機に高まる“真剣度”

-4,000人の組織で全職員対象のテレワークを定着させたご経験の持ち主として、7月24日のテレワーク・デイをどうご覧になりましたか。

この日は在宅勤務やコワーキングスペースなどを使って、PCなどデジタル端末での作業をしたり、電話会議に加わったりする試みが、多くの企業で行われました。

実際の取り組みが有意義なのは言うまでもありませんが、今回は「3年先のオリンピック開催」という分かりやすいキーワードのおかげで、相当多くの企業経営者が「テレワーク」「リモートワーク」という言葉を耳にしたのが大きかったと思います。「導入を決める立場の人に、広く知ってもらえた」ということですね。

私はテレワークをテーマにした講演を全国で行っていますが、特に最近は「参加者の真剣度が高まっている」と感じます。なぜ参加したのか聞いてみると、やはり単なる情報収集ではなく「会社でテレワーク導入の担当になった」といった具体的で切実な理由が増えています。講演会に集まる人数もどんどん増えています。

-いよいよ本腰を入れる企業が増えてきたということですね。実際にテレワークを導入するには、どのような準備が必要となるのでしょうか。

大きく分けて3つあります。オフィスの外で使う端末や通信環境の準備といった「情報インフラの整備」はもちろんですが、同時に欠かせないのが、ガイドライン作成に代表される「制度の整備」。私が経験した佐賀県の例で言うと、公務に関する法律上の細かい制約がたくさんあったので、その中で実用的な制度を組み立てるために辛抱強く、さまざまな工夫をしました。

さらにそれよりもテレワークの導入をより効果的に進めるために最も重要で手間がかかるものが3つめ、「組織風土の醸成」です。あまり変化を好まない管理職層に対しては特に、テレワークの必要性をどう理解してもらうかがとても重要です。佐賀県庁ではテレワークによる業務改善の効果を実証事業によって数値化して客観的な説得材料を集めたことに加え、管理職全員が週1回はサテライトオフィスなどでのテレワークを実践するように促して「通勤時間を節約できる」「1人で作業に集中する時間を確保できる」といったメリットを管理職自身に実感してもらうようにしました。

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環境を変えて広がる視野が、生産性を向上させる

-テレワークが持つさまざまなメリットを、あらためて整理していただけますか。

まず、分かりやすいメリットとしては、

・苦痛な通勤ラッシュが避けられる
・在宅やサテライトオフィスでの勤務により通勤時間を仕事や家事の時間に回せる
・小さい子どもや要介護者がいる家庭でも世話をしながら仕事を続けられる
・オフィスの外でもすきま時間に仕事を処理できる
・外勤から帰社する必要がなくなり効率が増す

などといった点が挙げられます。

去年の3月末、私の佐賀県での最終登庁日に、「テレワークのおかげで辞めずに済み、これからも仕事を続けられる」「テレワークなしでは仕事と家庭の両立は成り立たない」と直接感謝の言葉を伝えに来てくれたのは、子育てをしながら仕事を続けている女性職員たちでした。必要な時には在宅勤務という選択肢があるということで、仕事をやめる選択をしなくて済む職員が多くいたことを実感した瞬間でした。家で面倒をみる必要が生まれる夏休み期間や、小さいお子さんに急な発熱が起こりやすい冬の間に在宅勤務を選ぶ職員が多いという結果も、それを裏付けているように思います。

こうした日々の生活に身近な課題の解決を入り口にして導入が進むことを願っていますが、もう少し先のことまで言うと、私はテレワークの推進がもたらす本質的なメリットを「オフィスに来なくても仕事できるのが“当たり前”になること」だと考えています。

会社のみんながオフィスを離れて働く経験を持つと、作業場所がオフィスから通える距離にあるかどうかは、だんだん関係なくなっていきます。それこそ山奥とか、海の向こうで働いても、業務への影響はかなり少ないという雰囲気が形作られていくでしょう。

いつもと違う環境に身を置けば、視野が広がって生産性も向上します。働き始めて30年以上が経つ私自身、これまで出張の機会を積極的に利用し、また職場と住む場所も何度か変える中で多様な考え方を持つ人々と出会ってきましたが、そうした経験の積み重ねが仕事で新しい展開を打ち出していくことにつながりました。そのおかげで今、どんな趣味よりもエキサイティングな仕事ができています。

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▲場所にとらわれない働き方を実践してきた森本さんは、自身のキャリアを題材に講演することも

空港にも近い、和歌山県の風光明媚な場所に職住近接のサテライトオフィスを設けたあるIT企業は、「内勤営業」という、顧客訪問のアポイントを取り付ける業務のスタッフを東京から和歌山へ交代で送り込んだところ、その期間の新規案件発掘数が2割増えたそうです。「環境の良い場所で勤務できる」「在宅勤務などで家族のケアをしながら仕事を続けられる」といった福利厚生面だけではなく、本業の業績向上のためにもテレワークが有益という結果が出ているのです。今後は、「テレワークは福利厚生ではなく、経営戦略上の効果がある」ことに気づいた企業が現れてきて、テレワークの導入をどんどん進めていくでしょう。これは働く個人の側からみると「直接オフィスに通えるかどうかに関係なく、自分がもっともパフォーマンスを発揮できる場所で、高い生産性で仕事に打ち込めるようになっていく」ということです。

-環境を変えてリフレッシュするのは魅力的ですが、ひょっとすると「本当に自分がやりたい仕事は別にある」と気づいてしまうこともありそうです。

その可能性は大いにあります。ただ「他にやりたいことがあるから」と、今の仕事をきっぱり辞めてしまう必要はありません。なぜなら、テレワークで節約できる通勤時間を生かして副業を始めてもいいし、今後は長時間労働を排除しながら成果を挙げ、有能な人材を確保していきたい企業が、柔軟な働き方の選択肢を認めていくと予想されるからです。

今やっている仕事と異なる分野でのチャレンジは、本業の合間を充てる「副業」から始めるのが現実的でしょうが、理想を言えば、いくつかの仕事に週何日かずつ割り当てる「複職」を目指すのがよいと思います。今の会社がそれを認めないところがまだまだ多数派ですから、地域活動やプロボノ活動などに、仕事と同じくらい真剣に取り組むという方法から入ることが現実的でしょうか。私の経験からも、いろんな「真剣な関わり」を通じてさまざまな世界を知ることは、それぞれの仕事で創造性を上げることにつながり、将来的なキャリアの判断材料を増やしていくことにもなるのです。

きっと、クリエイティブな仕事で会社に付加価値をもたらせるような人ほど、場所に縛られない自由な働き方を強く望むでしょう。日本は今後、働き手が減っていく中で、一人ひとりの社員がより多くの付加価値を生み、生産性を向上させなくてはなりません。ですから私はテレワークというものを、これからよりよい働き方を考えていく上での「大前提」だと考えているのです。

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テレワークという切り口で知る「経営視点」

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-テレワークを各企業が導入するかは、トップの判断に委ねられています。そんな中で若いビジネスパーソンは、この問題を自分のこととしてどう考えればよいでしょう。

社会人経験がまだ数年という若いビジネスパーソンにとって、自社の経営陣が何を考えて、実際にどう動いているのかは、あまりよく分からないのが普通だと思います。そうした中、「働き方改革」がクローズアップされている今のタイミングは、若手が経営に深く関与できる絶好のチャンスです。「僕らの時代の働き方はこうだ」という、リアルな感覚が、物心ついた頃からデジタル社会で生きてきたことも相まってアドバンテージになると思います。

「自社がこれからどこと提携するか」「どの事業に注力し、何を縮小するか」といった経営判断の流れは、目の前の業務に取り組んでいる現場からは見えづらいし、そうした高度な判断に加わっていけるようになるまでには、しばらくキャリアを重ねていく必要があります。でも働き方の問題は自分も当事者ですから、今すぐ理解でき、経営層に的確な提案ができるはずです。

-経営的な感覚は、例えばどのような接点から知ることになりますか。

「自社の働き方を見直す」と経営陣が決めた会社では、まずどういう取り組みが考えられるか、人事の担当役員に対して検討が指示されます。それを踏まえて同業他社や、先進的な他業界の動向も調査されるはずですが「社内にも聞いてみよう」と若手に意見を求める機会が、まず間違いなく出てきます。アンケートへの回答を求められるかもしれないし、ひょっとすると「社長と話す会」が設けられるかもしれません。

これまで日本の企業は、働き手の量的な確保にさほど困っていませんでしたから「こんな働き方をしたい」という現場の声を、あまり熱心には採り入れませんでした。しかし現在は、どの業界も明らかに質的にも量的にも人手が足りません。どうすれば今いるメンバーに定着してもらえるか、より高い生産性を示してもらえるか、さらに優秀な人を迎えられるかが、切実な経営課題になっています。だからこそ「働き方」という身近なテーマにアンテナを立てておくことで、経営者の感覚も理解できるという状況なのです。自社が働き方の見直しをどこまで検討しているのか、人事担当者と話して感触を探ってみるのも有効だと思います。

-働き方というフィルターを通じて「よい会社」が浮かび上がってきそうな気もしますね。

ええ。よい会社というのは、以前であれば安定した大きい組織だったかもしれませんが、変化が激しい今の時代には、必ずしもそうとは言い切れません。多くの経営者とお話ししていて分かるのは、上場を狙うような元気のある企業や、経営環境の激しい変化にも適応して業績を急拡大している企業は、とっくの昔にテレワークを採り入れて、経営層もその利点を実感しているということ。そうした会社では、社長自身「ずいぶん便利になったよ」と、持ち歩いているスマホで決裁していたりします。

「便利なツールを使いこなしながら、どれだけ柔軟な働き方を実現できているか」「企業にとっていちばん大事な“人”の問題を、どの程度熱心に考えているか」――よりよい自分自身のキャリアを築いていく上でも、そうした視点から会社を客観的に評価してみるのがよいと思います。

【参考図書】

『あなたのいるところが仕事場になる 「経営」「ワークスタイル」「地域社会」が一変する』

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著者:森本登志男

出版社:大和書房

WRITING/PHOTO:相馬大輔

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