夢は“漠然”としててもいい。未熟だった医学生が「地域医療」の課題解決を目指す。実現のために踏んだ“5つのステップ”とは?

社会に出る時、思い描いた希望や夢――「いつかきっとかなえたい」と思いながらも、曖昧な想いをどう実現すればいいかわからないまま日々の仕事に追われ、なんとなくあきらめモードになっている人も少なくないでしょう。

大学生のころから、「地域医療に関わりたい」と将来の自分のあり方をイメージし、着実にステップを重ねてきた研修医の守本陽一さん。最初は漠然としていた将来像を明確なものへと変換させてきた軌跡について、地域医療における「新たな取り組み」とともにお伺いしました。

プロフィール

守本陽一(もりもと よういち)

1993年生まれ。兵庫県養父市出身。医学部卒業後、公立豊岡病院に研修医として勤務。医学部在学中から始めた「モバイル屋台de健康カフェ」や、「地域診断」といった“医療×まちづくり”の活動を、プロボノとして兵庫県北部の但馬地域で継続中。最近は、すてきな住民にフォーカスを当てる「ヒトカド」、地域のヘルスケアを考える勉強会「木曜会」をスタート。誰もが医療や死に納得できる社会の実現を目指す。noteやNewspicksでの情報発信も行う。
日本学生支援機構優秀学生顕彰優秀賞受賞。

「飲み会」で踏み出した、地域医療への“小さな一歩”

―関東の医学部在学中から、出身地の兵庫県北部の但馬(たじま)地域での活動をしていましたが、それはなぜですか?

僕が通っていた大学は卒業後の9年間、出身都道府県の医療の確保が困難である地域、いわゆる「へき地」で勤務することが条件となっています。まさに僕が育った但馬地域は、兵庫県のへき地。地域内で唯一の救急病院である豊岡病院まで車で2時間を要する場所もあり、救急医療にはドクターヘリが使われるようなところです。

活躍するドクターヘリを見て、高校生の頃から救急医療の分野に進み、地元に貢献したいと考えていました。へき地での勤務をきっかけに、卒業後のことを考え、より「地域」を意識した医療をきちんと学ばなければと思いましたね。

―「地域」を意識した医療を学ぶために、どんなアクションを起こしたのですか?

但馬地域で一緒に研修している医療系の学生たちと、「飲み会しようぜ!」というノリで集まりました。学生のうちから、みんなで但馬地域との関わりを深めたいと思ったんです。

ちょうど2年生の終わりごろで、休日に帰省しては何度か開きました。集まった学生たちは、同じ兵庫県民であっても、但馬地域の出身とは限りません。地域の医療に携わるのなら、そこで暮らす人々の視点で地域を見ることが大切だと思うのですが、但馬地域以外の人はどうしても、「但馬は自然が多くていいところ」「田舎だから何もない」という見方だけにとどまってしまいます。まずは、みんなで一緒に但馬地域に関して情報を交換し、より課題を具体化しようとしました。

▲へき地に医師を派遣する地域枠とは、医師不足や診療科の偏在といった問題を解消するためのもの。「但馬地域にはどんな医療課題があるのか、まずは自分の目で確かめたかった」と語る守本さん

―目的意識を持って開いた「飲み会」によって、次のステップは生まれましたか?

ちょうど大学の授業の一環で但馬地域の病院へ見学に行くことになっていました。在宅診療の事情やその地域に必要な医療などについて、教えてもらうためです。しかし、そこでは、都会の病院との比較についての話にとどまり、期待していた「地域ならではの医療」を知ることができませんでした。

但馬の必要な統計データも集めてみたのですが、そのうちデータを基に議論をするよりも、実際に自分たちの目で見にいかなくては、現状を把握できないことに気がつき、次のステップとして「但馬地域の豊岡市で『地域診断』をやってみよう!」ということになったのです。

具体的にどのようなことを進めたのでしょうか?

「地域診断」とは、地域に出向き、直接地域の人にお話を聞いたり、フィールドワークしたりすることで、地域の特性や健康課題を分析することを言います。僕たちは、介護施設の方や道ゆく年配の方々に尋ね、さまざまな視点で豊岡市が抱えている課題を調査したんです。学生だったからか皆さん気軽に答えてくれ、本当にたくさんの声を集めることができました。

―たくさんの人と対話することで、必要とするものが次々と導き出されたようですね。

そうですね。行政の人の話も聞きたかったので、医療関係者につないでいただき、保健所長にもお会いしました。さらには「市長となら核心的なお話ができるだろう」と考えて打診してみたら、本当に当時の豊岡市長にお会いすることができたんですよ。

さまざまな立場の人と会話したことで「医療というものを病院の中の課題にとどめず、地域と一体になってこそやれることがある」と実感しました。漠然とした思いから、少しずつ僕たちが目指すものがイメージできるようになっていきましたね。

「コーヒー屋台」活動で見えた住民と医療者との関係性

―「目指すもの」が明白になったということは、次に取るべき行動がより具体的になったのでは?

地域診断したことで、「豊岡の人々は救急車をあまり呼ばない」という問題が浮き彫りになりました。

増えすぎたコンビニ受診(緊急性のない患者が救急外来を受診すること)の自粛ムードと、田舎ゆえに救急車を呼ぶと目立ってしまうことで、豊岡の人たちは我慢するようになっていたのです。

そこで、問題を解決するために市長や医師、学生や地域住民らからの意見を聞き、受診の仕方やタイミングなどを伝える「医療教室」を開講することにしました。でも、これが失敗で。地元の新聞や関係機関の協力を得て告知したにも関わらず、参加者はわずか数人だったのです。

僕がこの時気付いたのは、「ただ正しいことを伝えようとするだけでは、人は集まらない」ということです。医療に対するリテラシーを上げてほしいとダイレクトに伝えても、それは住民にとって「健康の押し売り」でしかなかったんです。

―大学のみならず、地元の皆さんに協力を求めた結果、大きな気付きもあったのですね。視野も広がったのでは?

地域医療や家庭医療といった「総合診療」の分野は、大学の中だけではなかなか学べません。ですから、患者さん本人の心理社会的な問題、家族や地域がどのような状態なのかなど、レンズを広げて診ることができるように、勉強会やセミナーを探しては参加していきました。

その中で、孫大輔先生(医師・東京大学医学部講師)や密山要用先生(医師・家庭医療専門医)の取り組み、「モバイル屋台de健康カフェ」という活動に出会いました。医師が地域に赴き、屋台でコーヒーを配るのです。

―「屋台でコーヒーを配る」と聞くと、医療と関係がないように感じますが、どういった活動のなんでしょう?

ソーシャルキャピタル(地域社会での人間関係やネットワーク)を探求することを目的としています。

東京の谷根千(やねせん)に広がる路地で屋台を押しながら歩いて周り、医師であることをあえて伝えることはしないで、コーヒーを振る舞いながら住民と会話するんです。最初から医師だと名乗ると、もうそれだけで「先生」となってかまえられてしまう

「コーヒーを売っている人が実は医師だった」というほうが、医療とは関係のない部分で身近な関係性になっていくのです。それってすごくいいなと。医師と住民の関係性を変えるツールとして、屋台という発想も素朴で面白いとも思い、早速但馬地域の中心都市である、豊岡でもやってみることにしました。


▲「モバイル屋台de健康カフェin豊岡」の様子。月に2回のペースで行い、さまざまな人との対話を通じて今でも新たな気づきを得ることも

―屋台の活動に、関係性を変える力をビビッと感じたのですね。

コーヒーを無料で振る舞おうとすると、始めはめちゃくちゃ警戒されますけど(笑)。でも、美味しそう、面白そうといった五感に訴えていくと会話が始まり、伝えたいことが届くものですよ。病気の根本的な原因や、医療が抱える課題解決の糸口は、こういった医療関係者と住民がフラットな関係でいられるからたくさん見出せるのではないかと思っています。
屋台で知り合いになった医者が、健診の話をすれば住民の意識が変わるかもしれない。
医療を施す前に、医者と患者の関係性を構築することで医療領域の川上に関わっていく、明確なビジョンをつくることができました。

アウトプットは完璧じゃなくていい。まずは他者の意見と合わせて、満点を目指す

―漠然としていた医療を通じた地域との関わりについてステップを踏みながら、着実にカタチあるものをつくれたのはなぜでしょう?

共感してくださった方々が「応援をしよう」と動いてくださったのが一番大きいと思います。僕がやりたいと思ったこと自体、最初は漠然としていたけれど、同期をあつめ、地域診断を始めたころから、市長や保健所長などのステークホルダーを巻き込んでいったことで、屋台の活動などもとてもスムーズに運びました。

―20代前半でそこまで推し進められた力は本当にすごいですね。その行動力は、どこからくるのでしょうか?

20歳くらいの時にある人から、「25歳くらいまでは無礼講だから何を言ってもいいよ」と言われたことがありました。もちろん、何を言ってもいいわけではないのですが。「新しいことをやってみなさい。若者のうちは許されるよ」という意味で、この言葉が僕の原動力になっています。

活動している豊岡には、そういった目で相談に乗ってくれたり、応援してくれたりする大人が多くて、スムーズな活動ができ本当にありがたいです。

―依頼や相談をするときは、しっかりと練った上で企画としてプレゼンするのですか?

いえ、むしろ僕は、「80点くらいの出来栄え」で、まずアウトプットしています。同期に声をかけた最初は、漠然としていましたし(笑)巻き込んだ人から「もっとこうしたほうがいいよ」と、アドバイスをもらってから直して再提出したほうが、一人で四苦八苦しているより、早く答えに近づくんだと思います。実際に、壁打ちの「カベ」になってくれる友人や有識者が多くいたことが、企画を実行できた要因です。

「思考の言語化」を習慣にするとアウトプットしやすくなる

“80点のアウトプット”が功を奏したのですね。でも、そのように上手くアウトプットできずに悩む若い人も多いと思いますが…。

アウトプットとして自分なりに考えたことを試しても、当然、すべての人から賛同されるわけではありませんし、頭ごなしに否定さることもあります。

しかし、そういった経験も積みながら、インプットした情報を咀嚼(そしゃく)し、徐々に自分の間口を広げる。そして一人ではなく、さまざまな分野で頑張っている人と一緒に考える。そうすることで、新しいことを始めるときの熱い想いをつぶさずに、自身の思考を整理することもできるのかなと思います。

―守本さん自身は、自分の思考を整理するとき、具体的にどんなことをしているのですか?

知り合いの先生から「何かするときには、そのことを本にするつもりで書き出すといいよ」と教えていただいたことがあります。誰かに伝えようと意識するので、インプットしたことを整理して、自分のものに落とし込んでいくように努めるので、すごくいいですよ。

例えば「このカフェ、落ち着くよね」だけで終わらせるのではなく、「なぜ落ち着くのか」を考えて言語化してみる。すると何かの折に、それが生きてくると思います。

僕は言語化する作業として、ブログを書いたり、情報整理ができるクラウド上のツールに書き込み、考えをまとめたりしています。また、メディアに載せて発信することもアウトプットになっています。

ビジョンを共有できる仲間をつくり、「持続可能な仕組み」で夢の実現へ


▲今春からスタートさせた「ヒトカド」は、普通だと思っている人が、優れた一角(ヒトカド)な部分を持っていることにスポットライトを当てて、話を聞く実験的な企画

―活動をしていれば新たな課題も出てくるでしょうが、研修医の仕事をしながらも継続できるのはなぜでしょう?

いくつかのコミュニティに属していることで、とても助けられているからだと思います。そこには「やりたかったことが潰れても、帰ってくればいい」といった安心感があり、自分の活動を応援してくれる人がいるからかな。そういった場は、家族や友達の中にもあったりしますね。

―小さな一歩を重ねながらビジョンを組み立ててこられた守本さん。ステップを踏むたびに見える景色も変化していったようですが、今はどのような未来図を描いているのですか?

多くの人と触れ合ったことで、医療や健康というのは、「人生を豊かに生きるためにある」ということを、最近つくづく思うようになりました。

ですから今は、人生を豊かにするもの全般を医療に結びつけて考えています。建築物を見て医療施設のあるべき形をイメージしたり、エンターテインメントのコンテンツから、医療情報の発信の可能性を想像したり…。

医療のロジックにとどまらない視点を大切にしながら、医師としての経験を積んでいきたいです。

 

守本さんに見る「夢」実現のために必要な5つのステップ

STEP1:小さな一歩の踏み出しからやってみる!

STEP2:トライアンドエラーでビジョンを組み立てる

STEP3:アウトプットは完璧じゃなくてもいい。80点でOK!
まずは他者の意見と合わせて、満点を目指す

STEP4:「思考の言語化」を習慣にして、アウトプットを上達させる

STEP5:ビジョンを共有できる仲間をつくる

守本さんのように、最初は小さくても、完全でなくてもいいから、周りの力を借りながら一歩ずつ着実にステップを重ねていくことが、夢の実現への道となっていくのでしょう。

文:Loco共感編集部 後藤菜穂

Pagetop