サーバーのホスティングサービスを主力事業とするフューチャースピリッツ。2016年10月末に発表した、就業時間内に月20時間内に限り副業を認める「会社公認 働かない制度」が大きな話題を呼びました。
いま多くの企業が、制度面から働き方の改革を模索するなか、副業という大きなハードルに踏み切れたのはなぜなのか? その導入の背景や狙い、そして同社が目指す働き方について、代表の谷孝 大さんにお話を伺いました。
プロフィール:谷孝 大(たにたか だい)
1977年兵庫県生。1996年大阪大学工学部に入学後、フューチャースピリッツを個人事業として創業、2001年株式会社フューチャースピリッツに改組。 サーバーホスティング事業を中心に、クラウドサービス事業、Webプロデュース事業を行う。2010年に中国の企業と資本提携、その後、マレーシア、タイにて現地法人を合弁で設立し、海外での事業展開を拡大中。
【解説:副業について】
「複業」あるいは「パラレルキャリア」などとも言う、本業以外に収益源を持つ働き方。 「平成26年度 兼業・副業に係る取組み実態調査事業報告書」(経済産業省)によると、副業を認めていない企業は85.3%、推進していないが容認している企業は14.7%、推進している企業は0.0%とされる。
社外活動を通して、新たなビジネス誕生を期待
——まずは、「会社公認 働かない制度」導入の背景を教えてください。
▲株式会社フューチャースピリッツ代表取締役・谷孝 大氏
この制度は「副業解禁」として大きく取り上げられましたが、本来の目的は社員が月間で最大20時間を「自由に使える」という点です。会社側でも研修制度を用意しているのですが、社員自身も業務という枠にとらわれず、社外ネットワークで自由に活動してほしい。そして社員一人ひとりがスキルや人間力を上げていってほしいと考えています。
もともと弊社には個性的なメンバーが多く、ライター業やブログのアフィリエイト等、入社当初から社外活動をしている社員が多く在籍していました。従来までは個別に許可していたのですが、社員からの要望もあったので正式に制度として導入した、という経緯です。
——導入後、社員のパフォーマンスに変化はありましたか?
制度を導入したのが今年(2016年)6月ということもあり、まだ目に見える大きな変化はありませんが、今後長期的に取り組んでいくつもりですので今は何とも言えません。ただ現在、社員66名中約10名から制度の利用申請が来ているので、出だしは悪くないという感触です。また副次的な効果として「会社公認 働かない制度」に興味を持って弊社に応募してくる方が増えた印象があります。
改善点についてもまだ検討中ですが、「制度を利用している社員は何をしているのか」ということを他の社員にも共有するような仕組み作りを今後進め、「他のメンバーはこの制度を活用してこういうことをしている」「こんなこともやっていいんだ」ということを、もっと社内に周知していきたいです。そしてゆくゆくは、「会社公認 働かない制度」で得た知識やノウハウを共有しあい、数人で社内外プロジェクトに取り組むのもアリです。そこから新たなビジネスが生まれてくることを期待しています。
また今回この制度を導入するにあたり、人事部で就業規則や規定に関する議論もありましたが、結論から申しますと就業規則は全く変えていません。申請のフォーマットも「何をするのか」「それによる収入はあるのか」のみのシンプルな内容にしています。上長や私の許可は必要ですが、制度利用のハードルはとても低く設定しているつもりです。そのほか、起きうる問題について議論をしたらキリがないと思いますが、この先大きな問題が発生したら見直すつもりでいます。また、今のところこのスタイルで支障はありませんね。
——「会社公認 働かない制度」の活動内容が、社員の評価に関わることはあるのでしょうか?
制度の利用有無や活動内容が評価に影響することはありません。
ただこの制度を利用した結果、スキルやネットワークの向上・拡大が、本業にプラスになっていくと思っています。その結果社内での評価が上がる、ということはありえますね。
例えば制度を利用して、通常はWebディレクター業務を行っている社員が、副業として手作りアクセサリーをECサイトで販売しています。彼は社内でその受発注業務や問い合わせ対応を行い、ときには郵便局へ行って発送作業をすることもあります。弊社では受託制作や開発を行っているため、彼が制度を通して得たECサイト運営の知識やノウハウは、直接的に本業に還元できると思います。
この他にも制度を利用して、ビジネススクールに通い出し就業時間内で授業に出たり課題をやったり、あるいは他社の社員がスタートした新規事業を手伝っているメンバーもいますね。
「会社に言われたことだけをやる」働き方からの脱却
——就業中にそこまで認めているという企業はなかなか無いと思うのですが、なぜ踏み切れたのでしょうか?
根本にあるのは、「一人ひとりの成長を支援したい」という気持ちですね。
「成長」という言葉には技術的なスキルアップという意味もありますし、交友関係を広げコミュニケーション能力を高めるといった人間的な成長も含めています。
そんなふうに社員一人ひとりの成長が会社全体の底上げにつながり、より良い仕事がお客様に提供できると考えています。
もうひとつは、従来までの働き方や会社のあり方が大きく変わっているのではと考えているためです。これは日本も政府として取り組んでいく課題でしょうし、それに加えて、育児や介護という問題が私たちの年代にはぶつかってきます。そこで「朝に出社して、上司から言われたことをやり、夜には帰る」というサイクルから脱却する必要があるのではないかと思います。
もしかすると10年あるいは5年後には、誰もが2つ以上の仕事を掛け持ちして、フリーランスのような働き方が当たり前になるかもしれません。
弊社はベンチャー企業ですので、事業で社会にインパクトを与えることが大きなミッションとしてあります。一方で私自身の経営者のテーマとして「働き方という面でも他者がやっていない面白いことをやろう」と考えています。 私自身、学生のときにこの会社を作りそのまま法人化したので、良くも悪くも社会人経験がありません。「社会人としてこうあるべき」という概念が無いので、自由に発想しやすいバックグラウンドなのだと思います。
——今後もさらに、自由な働き方を推奨していくのでしょうか?
当社は事業内容自体はBtoBですし、お客様の情報やビジネスをお預かりする大切な仕事をしているため、特にセキュリティーに関しては会社として特に気を付けています。その環境で「会社公認 働かない制度」のような制度を運用できる大前提として、社員への信頼がありますね。弊社には、きちんと自らの良心に従って動いてくれる社員ばかりいる、と自信を持って言えます。
——社員との信頼関係を構築するために、特に取り組んでいることはありますか?
大切にしているのは、スクリーニング(面接)で信用できる相手かどうか、しっかり判断することです。ですが、まずは私から相手を信頼するようにしていますし、日頃から「この人は信用できるだろうか」と意識しているわけでもなく、自然に信頼関係が生まれていると思います。
また社員同士でも、社内で副業を行っているメンバーに対して文句を言うことは無いですね。ときには副業に追われているメンバーを他の社員が手伝うこともありますよ。先ほどのアクセサリー販売をしている社員の梱包作業を、一緒に手伝ったりして(笑)。社員同士で協力して社外イベントに出店することもあり、副業をしているメンバー同士の横のつながりも「会社公認 働かない制度」によって生まれていますね。
制度によって生まれた良い効果として、社員同士が「普段はこういうことをしているんだ」と業務時間外の一面を知れているという点があります。家族構成やライフスタイルについて互いの理解が生まれることで、本業の働き方にも良い効果が生まれるのではないかと思います。
また、制度を「自分の仕事を自分自身でコントロールする良い機会だ」と前向きに捉えている社員も多いようですね。
社員が掲げる明確な目標を、応援する会社でありたい
——今後、取り入れていきたい制度や展望がありましたら教えてください。
決定してるものは今のところありませんが、少し前に話題になったような週休三日制度や、逆に週休一日にして就業時間を4時間にするなど、在宅ワークも含め社員の働き方は引き続き取り組んでいきたいテーマです。 ただ、そのなかでも一番ハードルが高い「副業」がクリアできたので、今後は社員リソースの管理方法さえ検討していけば「新しい働き方」の模索も難しくないのではと考えています。
これまでの終身雇用制度では、新卒から定年まで会社がキャリアマップを作り、丁寧に社員を育てていく仕組みがありました。しかし社会の流れは日々急速に変化しているため、社員一人ひとりのスキルアップを会社が支援するのは、限界があると個人的に思っています。これからは、会社の資産を使っていいので「もう自分でやってよ!」と(笑)。
もちろん、この考え方が正解なわけではありませんし、人によっては過酷に感じられるかもしれません。しかし、一人ひとりの責任でそれぞれスキルアップをしていくことが、これからの時代には求められるのではないでしょうか。
目指す人生や働き方の目標を明確にし、自分の力で近づいていく。そのうえで会社のビジョンや事業に共感したら仲間入りする。そこで会社とは、みんなの夢を実現する場や環境であるべきだと思っています。
自分の目標が明確なメンバーが集まっている会社って非常に強いと思いますし、何よりも会社で自分がやりたいことができると楽しいし面白いのでは?と思うんです。楽しく仕事をして、そしてお客様にも喜んでいただける。それが経営者として私が目指している「みんなの働き方」ですね。
<WRITING/伊藤七ゑ>