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33人で返信を続ける、3500人への感謝と労いメッセージ 創業4期目の急成長は「人と人のつながり」で支えられていた

株式会社CaSy
取り組みの概要
家事代行業務の現場で働く約3500人のキャスト(スタッフ)から日々寄せられる日報に、33人の本部社員が分担して感謝と労いの返信を続けている。キャストと本部社員の間に血の通ったコミュニケーションが生まれ、キャストが仕事のやりがいをより感じられるようになり、定着率向上につながった。また、本部のエンジニアやマーケティング担当者がキャストの声に触れることで、ウェブシステムの改修や広告戦略の見直しなどにも効果を発揮している。このプロジェクトでは、社内システム上で閲覧できるキャストからの日報に対して、経営陣を含む本部社員が業務時間中に毎日3件以上返信。記入内容に応じて専門部署からのサポートにつなげたり、本部のデザイナーが作成した返信用の「CaSyスタンプ」を活用してより温かみを持たせたりといった工夫も行われている。
取り組みへの思い
1人で完結する現場仕事だからこそ「ありがとう」の言葉を本部から積極的に届けたい。AIが日報を読み込み自動返信できる時代になっても、「ハイテク」と「ハイタッチ」を分けて考えたい。人が人と関わるからこその意味が残っていくはず。
受賞のポイント
1. 少人数の本部社員が約3500人のスタッフへ地道に返信を続けている
2. 取り組みにゲーム要素を持たせて全社的な機運を盛り上げた
3. 定着率向上だけでなく、事業そのものの進化にもつながっている

あなたはもっと「ありがとう」と言われる人だ

日報返信プロジェクトを主導する白坂ゆきさん(CHRO 兼 キャストエンゲージメントプロジェクトマネジャー)

共働き世帯の増加や高齢化に伴い、急成長を続けている家事代行サービス。その現場では、一人ひとりのスタッフが顧客と向き合い、単独で業務を完結させている。

その仕事は、ある意味では孤独だ。顧客から感謝の声をかけてもらう機会はあっても、その嬉しさややりがい、大変さを仲間と分かち合う機会はほとんどない。株式会社CaSyは、そんな家事代行の一つひとつの現場に光を当てる取り組みを進めている。たった33人の本部社員から約3500名のキャスト(家事代行スタッフ)へ心を込めて送る「感謝と労いの返信」プロジェクトだ。

キャンペーンで盛り上がっていった機運

「キャストのみなさんに、『あなたはもっと“ありがとう”と言われる人だ』と伝えたいと思っています」

CaSyでキャストエンゲージメントプロジェクト責任者を務める白坂ゆきさんはそう振り返る。1人で顧客のもとへ行き、高いレベルで仕事をするキャストの存在は、間違いなく同社の家事代行事業の根幹だ。しかし現場で完結する仕事だからこそ、キャストにとっては効力感や本部とのつながりを感じにくく、ときにやりがいを失ってしまうこともあるという。「誰も見ていないところで頑張る専業主婦と似ているかもしれません」と白坂さんは話す。

キャストからは、日々「業務日報」が届けられる。特記事項に書かれている内容からは、その現場で起きたこと、感じたことなどがリアルに伝わってくる。顧客の家庭の困りごとを的確につかみ、期待以上の働きをしているキャストもいる。

「これまでも、お客さまへのアンケートなどで高い評価をいただいた場合は個別にフィードバックしていました。しかし残念ながら、本部社員からの感謝と労いの声が日々伝わっているとは言えない状況だったんです。そこで、本部のみんなからも日報に返信して、メッセージを送りたいと考えました」

目標は1人あたり、1日3件以上の返信。日報に細やかに目を通して、特記事項が書かれている人の日報を中心に心を込めてメッセージを返す。特に記載がない人へは、定型の感謝と労いの言葉を返す自動返信システムも開発した。やり取りが少しでも楽しく、温かみのあるものになるよう、本部デザイナーが開発した「CaSyスタンプ」も使われている。

しかし、この取り組みは白坂さんの声掛け一つで動き出したわけではなかった。毎日届く日報は数百件ある。33人の本部で返信するのは簡単ではない。「忙しくてできない」というメンバーが現れるのも当然だった。

そこで白坂さんは、ゲーム感覚の仕掛けでこのプロジェクトを加速させていった。題して「日報返信インセンティブBINGO★」。社内4つの部門と、役員・部門長5名の顔写真をビンゴ形式にして配置し、「全員が毎週15通の返信」という目標を四半期で追いかけていく。各部門・役員や部門長が目標を達成するとビンゴが開き、期末にインセンティブが与えられるという仕組みだ。

「みんなでやろう」をかけ声にして社内は徐々に盛り上がっていった。進捗が悪い人には部署のメンバーから「返信してください!」と声がかかる場面も。こうして目標達成に向かう風土が醸成され、期間中に完全達成という結果につながった。

この機運の中で、本部社員それぞれが日報返信の意義も考えるようになっていったという。

本部と顧客の距離も近づいていく

カスタマーサクセス部門で働く福田信厳(のぶよし)さんは、本部社員の中でも特にこのプロジェクトに思い入れを持っている1人。日頃から業務でキャストと深く関わっているから、というだけではない。実は福田さん自身がキャスト出身なのだ。

「僕自身、1人で現場へ行き、作業を続ける中で孤独感を覚えたこともありました。だから毎日の日報返信は大事だと思うんです。何もないときにも、ないなりに声をかけてあげたいと思っていました」(福田さん)

カスタマーサクセス部門は現場のキャストに最も近い部署ではあるが、事業が拡大して行く中で、徐々にきめ細やかな対応が難しくなってきているという現状もあった。以前は個別にやり取りできていたキャストとも、なかなかコミュニケーションができていない。そんな焦りもあったのだそうだ。

「それが、本部のみんなで返信することで、多くのキャストに対応できるようになりました。長く働くキャストさんからは『昔のCaSyに戻ったね』なんて言われました」(福田さん)

プロジェクトの開始にあたっては心配ごともあった。キャストの心情を考えると、「現場を知らない人に偉そうに言われたくない」と思う人がいてもおかしくはない。「メッセージはあくまでも感謝と労いに絞ってほしい。指示はいらない、という話をしました」と福田さんは振り返る。日報の返信の仕方は、マニュアルにして本部社員に共有した。

「キャストさんには、本部とつながることで『CaSyの一員』だという感覚を持ってもらいたいと考えています。その感覚がないと、現場でうまくいかないことがあっても誰にも相談できず、孤独が深まっていく一方ですから」(福田さん)

プロジェクトは本部社員の仕事にもメリットをもたらしている。エンジニア部門の佐藤亨さんは、これまでに家事代行の現場を経験したことがなかった。

「取り組みが始まるときは、キャストさんの声を直接聞けるのでうれしいと思ったんです。キャストさんを通じて、お客さまからのシステムへの要望もわかるのではないかと。実際にキャストさんを経由して要望が上がり、その日のうちにシステム改修の対応に着手したこともありました」(佐藤さん)

マーケティング部門の加瀬裕里さんも、現場を経験したことがない。社内でキャスト採用広告の制作や運用を担当しているが、「一人ひとりのキャストの声や要望を聞けていない」という課題があった。

「今回の日報返信のアクションによって、キャストさん一人ひとりへの興味が高まったように思います。以前の採用広告では『好きな時間で働ける』『あなたの家事スキルがお金になる』と訴求していたのですが、実際のキャストさんの声をもとに『あなたの家事で笑顔になれる人がいる』といったメッセージも発信するようになりました」(加瀬さん)

本部とキャストのコミュニケーションが密になることで、本部と顧客の距離も近づいていく。日報返信の勢いが加速した背景には、そうした実務上のメリットが明らかになっていたこともある。

(写真左から)加瀬裕里さん、佐藤亨さん、福田信厳さん

「ハイテク」と「ハイタッチ」を分けるもの

CaSyの創業は2014年。市場の伸びとともに多数の企業が家事代行業に参入する中、まだ4期目の同社は驚異的な成長を遂げている。個人宅での料理や掃除、ハウスクリーニング、さらに法人向けの清掃や出張型社員食堂、ウェブサービスの開発など、「家事」を起点にした事業領域の拡大も進む。白坂さんは「キャストの言葉に向き合って、その息づかいを感じることは、経営戦略上も非常に重要」と話す。

高品質なサービスを低価格で数多く提供する。そのためには現場に優秀なキャストがそろっていることが不可欠だ。キャストの定着率向上はその一里塚であるとも言える。

そのため、CaSyでは創業期から本部とキャストとの関係性作りに向けた取り組みを進めてきた。顧客向けアンケートで評価が低かったキャストには電話をして状況をヒアリングし、アドバイスをする。キャスト同士が仕事の喜びや苦労を共有できるコミュニティを作る。そんな積み重ねの先に、今あえて「日報返信」がプロジェクト化されたのはなぜなのか。

全員でやり直そう

「日報返信も、もともとは当たり前のように行っていたことでした。それが事業拡大の忙しさの中で、少しずつ下火になっていったんです」(白坂さん)

創業から間もない頃、本部社員が10人以下のときには、みんなで日報を読みながら個別に返信するのが日常だった。しかし本部の人員が30人規模に増えてくると、機能別組織に分かれて「返信は誰かがやってくれるだろう」といった空気が漂うようになった。

避けられない組織構造の変化もあった。以前はトップキャストを社員に登用していたこともあって、本部はキャストの現場を知っている人ばかりだった。しかし、マーケティングやエンジニアリングなどの専門領域ごとに中途入社した人たちは現場を知らない。それは成長する企業にとって宿命的な変化でもあった。

そんなときに、キャストと最も近い距離にいるカスタマーサクセス部門から疑問の声が上がったのだという。

「私たちがご飯を食べられるのは、キャストのみなさんが頑張ってくれているからですよね。何を大切にすべきか、もう一度考えませんか?」

白坂さんはその声を聞いてすぐに反応した。経営陣の意思決定も迅速だった。かくして、「全員でやり直そう」という方針が示されたのだった。

人が人に直接語りかける言葉の意味とは

現在では日報返信プロジェクトを下支えするような形で、本部の新入社員に向けた「キャストトレーニング」も行われている。キャストの現場へ赴き、プロとしての家事を経験するという研修プログラムだ。自社の事業を知ることはもちろん、「どんな思いでキャストが働いているのかを知る」という大きな目的を持って運用されている。

2018年5月に中途入社した白坂さんは、その研修プログラムを導入し自身も実際に現場を経験した1人だ。単独で完結する現場仕事だからこそ感じる孤独もある。限られた時間内で必死にやり切った気持ちを誰かに伝えたい。そのときに支えとなれるのは、「CaSyと自分はつながっている」という実感以外に何があるのか。そんな疑問をシンプルに感じたのだという。

エンジニア部門を強化し続けているCaSyは、決してアナログな企業ではない。家事代行業にウェブサービスの文脈を持ち込み、新たな仕組みを作り続けている。そんな同社だからこそ、日報返信は大きな意味を持つのだと白坂さんは言う。

「近い将来、AIが日報を読み込んで自動返信できるようになるかもしれません。そんな時代になっても、私たちは『ハイテク』であることだけではなく『ハイタッチ』でいることを大切にしたい。人が人に寄り添い共感し直接語りかける言葉は、大きな意味を持ち続けるはずです」(白坂さん)

日常の中で当たり前のように動いているサービスにも、またどんなに斬新なサービスにも、その裏側で汗を流している「人」の存在がある。人と人がコミュニケーションを図り、関係性を作っていくことは、どんな業界にも欠かせない要素なのだろう。至極当たり前に聞こえるかもしれないけれど、この時代だからこそ。

(WRITING:多田慎介)

受賞者コメント

白坂 ゆき さん

当社は2014年に、子育て中のパパ3人が創った会社です。家事はほとんどできない3人が、キャストとともにサービスを作りあげてきた。そんな背景があるので、創業の頃からずっとキャストを大切にしてきました。加えて、家事代行業界の生命線は労働力の確保です。いかにキャストに選ばれ、働き続けていただくか。キャストとのエンゲージメント向上は競争戦略上の要点でもあります。 直近では、キャストは5000人に増えました。30名強の本部社員で返信していくための工夫は2つ。日報はウェブ上で入力してもらいますが、「CaSyに伝えたいこと」という特記事項があるものには個別に心を込めてメッセージを返し、本社内ではゲーミフィケーションの要素を取り入れて返信をポイント化し、推進しています。特記事項がない日報にも、自動返信メッセージが届くようにしました。 この取り組みをさらに発展させていくには、「効率」と心を動かす「情理」の両立が欠かせないと考えています。そこで現在は、キャスト達が紡ぎあげたCaSyキャストクレドを本部社員も深く理解するよう促しています。そして、社員から「あなたのサービスがこんなふうにクレドを実現している」と意味づけた返信をするようチャレンジしています。

審査員コメント

アキレス 美知子

評価したポイントは3点あります。一つは「日報」のとらえ方。本来は営業現場の管理的な意味合いが強いツールを、CaSyさんでは違った角度で活用しています。1人でお客さまのもとへ行くキャストさんを元気にするために、1日約300件寄せられる声にレスポンスしている。言うは易しだけど実際には難しい取り組みを、テクノロジーも活用して合理的に進めているというのが2つ目のポイントですね。さらに、キャストさんの声をもとにしてサービスの向上や定着率向上にも活かしている。これらが素晴らしいと思いました。

※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります。