社員の本音を聞く「退職者ヒアリング」をきっかけに キャリアアップへの意欲をかき立てる制度改革を実践
株式会社はるやまホールディングス社員の本音を聞く「退職者ヒアリング」をきっかけに キャリアアップへの意欲をかき立てる制度改革を実践
株式会社はるやまホールディングスどこを向いても人手不足の業界ばかりとなった昨今。全国にスーツ専門店を展開するはるやまホールディングスも例外ではない。小売業の中では比較的離職率が低い状況にあったものの、先々のさらに深刻な人手不足を予測していく中で、離職防止に向けた取り組みの強化は欠かせないテーマとなっていた。
そこで同社は、去っていく人の本音を聞く「退職者ヒアリング」を開始する。「一身上の都合」の奥にある思いを受け止め、会社が直せるところは制度として反映していく。その方法は意外なほど直接的だった。
本部がつかめていなくても、日頃から密にコミュニケーションを取っている現場の店長は、メンバーの退職の「本当の理由」を把握していることが往々にしてある。あるいは、店長のヒアリングによって本音を打ち明けてくれる人も。そのため退職者ヒアリングの最初の一歩は、店長が動く。
店長がヒアリングした内容は、「退職者面談シート」として本部に提出してもらう。ここにはヒアリングした本人談でわかった「真因」を記載。主だったものとして考えられる「転勤」「仕事内容」「人間関係」「給与、賞与」「休日、勤務時間」「業務環境」「会社の将来性」から選択するほか、「その他」の理由を記載することもできる。
「店長からヒアリングをしても真因がわからない場合は、私が直接、本人に電話をして聞かせてもらうようにしました」
執行役員として管理本部を管掌する竹内愛二朗さんはそう話す。この電話で初めて竹内さんと直接話す社員も少なくない。突然役員から電話がかかってきて驚く人もいるのではないかと思うが……。
「すでに退職の意向は受け止めていますので、電話で社員を責めるようなことはありません。率直に本音を聞かせてもらえれば、というスタンスです。原因が店舗の人間関係にあった場合などは、本部が人事異動を検討することで退職を思いとどまってくれることもありました」(竹内さん)
こうしてヒアリングした真因は、2015年度から集計してデータ化した。同年度の退職理由では「他の職種に転職したい」が最も多く43.7%、さらに「給与が上がらないことへの不満」が10.7%、「望まない場所へ転勤となることへの不安」が10.0%と続いた。
こうした声を踏まえて、本部は新たな施策を検討することとなった。
最も多かった「転職」では、「ECのようなネット事業をしたかった」「現場を離れて本部業務に就きたかった」という声があったという。
「転職を理由に辞める人は、『職種』を見て動いているケースが多かったんです。そこで新たに社内公募制度を作り、席が空いたり増員したりする部署の情報を全社へ共有し、応募できるようにしました」(竹内さん)
以前は店長の推薦でしかキャリアチェンジの道はなかったが、これによって社員が自由に、直接人事あてに応募できるようになった。多いときでは、1つの募集に対して5人の応募が集まったことも。
一方では、「現場の接客が好き」「管理職にはなりたくない」という人も店舗には多いという。これは2つ目に多かった「給与への不満」にも通じるものだ。「管理職になりたくないが、給与が上がらないのは不満」という声を上げた社員もいた。そこで同社では、販売専門職としてキャリアアップを目指す「スペシャリストコース」を新設した。基準を満たすハイパフォーマーに、店長やマネージャーと同水準の給与を支給するという制度だ。
もう一つ。対応すべき真因として上がっていたのは「転勤の不安」。もともと同社では「地域限定の一般社員」と「どこでも転勤する総合職」という2つの働き方があり、こうした不満には前者で対応できるのではないかと考えていた。
「しかし、実際には違いました。『地域限定』といっても、その範囲は会社が指定する隣接都道府県も含んでいて、必ずしも個々人の希望と合致するとは限らなかったんです。例えば本社がある岡山に住んでいる人でも、実家は東京かもしれない。あるいは『学生時代を過ごした大阪なら転勤してもいい』と考えているかもしれない。働く場所を会社が定めている限り、一般職も総合職も変わらないのだと気づきました」(竹内さん)
そこで従来の地域限定を見直し、「本人が選べる4都道府県」に限定する働き方を導入。例えば大都市でしか働きたくない人は「東京・大阪・名古屋・福岡」を選ぶことができ、休日をアクティブに過ごしたい人は「北海道や沖縄を選択肢に入れる」こともできる。
こうした制度改革によって働き方の選択肢が増え、退職の要因が解消された結果、2016年度に10.2%だった離職率は2017年度に8.8%へ減少した。また、改革が注目されてメディア露出が増えたことで、中途採用における応募数も想定外の急増を見せているという。
はるやまホールディングスには、制度改革によって心の内にあった不満や不安を解消し、現在進行形でキャリアアップを実現している社員も多い。
人事部労務課の課長を務める武政真由美さんのその1人だ。新卒で地域限定の一般職として入社し、その後はキャリア形成を考えて総合職へ。しかし、結婚を機に働き方を見直して一般職に戻った。この選択を柔軟にできた背景には、竹内さんが主導したある改革があった。
同社では従来、転勤のない一般職にはキャリアアップに制限が設けられていたのだという。その制度のもとでは、一般職が昇格できる上限は係長まで。つまり武政さんは、総合職のままでいなければ現在より高みへのキャリアアップを目指すことができなかったのだ。
その状況を変えたのは、竹内さんが主導して実現した一般職のキャリアアップ制限撤廃だった。
「私はもともと、『総合職か、一般職か』という切り分けに異を唱えていたんです。キャリアアップに制限を設けていると、本人の能力とは関係ないところで、家庭環境などが理由になって昇格をあきらめることになってしまう。これでは優秀な人材を上に引き上げるにも限界があります」(竹内さん)
自身が希望する地域で働き、家族との時間を大切にしながらキャリアアップを目指せるようになった。この状況を、武政さんは前向きにとらえている。
「従来も女性課長はたくさんいましたが、みんな全国転勤が条件の総合職でした。一般職の女性課長は私が初めてのケースなんです。今後は育休取得などの機会もあるかもしれませんが、一般職としてさらにキャリアアップを実現していく実例を後輩たちに見せていきたいと思っています」(武政さん)
社内公募制度を利用し、2018年10月に東京都内の店舗から本社・商品管理部へ異動した相原翔さんは、その胸の内に大きな野望を秘めている。
大学時代に冠婚葬祭などの機会を通じて「スーツのかっこよさ」を知り、「将来は独立して自分の思い描くスーツを作りたい」と考えるようになった。就職活動は紳士服業界のみに絞り、見事はるやまホールディングスの内定を勝ち取った。エントリーシートには「いずれは自分で商品を仕入れるバイヤーになりたい」という思いを書いていた。
入社2年目に、思いがけずその夢の入り口を見つける。社内公募制度で、商品管理部の公募が出ていたのだ。
「この部署で経験を積めば、あこがれのバイヤーに近づけるんじゃないかと思いました。部署が変わり、東京から岡山へと勤務地も変わることになりますが、『チャレンジしたい』という思いが強くてまったく気になりませんでした」(相原さん)
将来的には独立してオーダーメイドの店を持ちたい。バイヤーの先のキャリアはまだイメージできないけど、夢に向けて一歩ずつ進んでいきたい……。
その応募を、執行役員の竹内さんは驚きとともに受け付けたそうだ。「社内公募制度で、ここまで熱い思いを書いてきた人は初めてだった」と振り返る。そのエントリー内容は社長の目にも触れることとなり、「すごい若者がいるね」と、喜びを隠せない様子だったという。
「すごい若者」は相原さん以外にも各地にいて、虎視眈々と機会をうかがっているのかもしれない。
「僕の同期にも、明確な夢を持ち、頑張りたいと話している人が何人もいるんです。後輩にも夢を追いかける人がどんどん増えていけばいいな、と思っています」(相原さん)
将来は社内起業のチャンスも、ニーズに応じて作れるかもしれないね……。竹内さんが真剣な顔をしてそう応えていた。
離職率を下げるために進めてきた改革は、前向きにキャリアアップを目指す社員を着実に増やしている。竹内さんをはじめ、同社の経営陣はなぜここまで社員と向き合えるのだろうか。
「脈々と受け継いできたスタンスなのかもしれません」と竹内さんは語る。
「はるやまには昔から、社内の『横のつながり』を重視する風土があります。例えば社長は、バースデーカードや出産祝い、子どもの誕生祝いのメッセージを、3000人を超える従業員全員に書いているんです。創業者から引き継いだ大切な習慣として、これからもずっと続いていくはずです」(竹内さん)
中途採用への応募者が相変わらず増え続けているという同社だが、興味深い変化も起きている。最近では同業他社からの応募者が増加しているのだそうだ。社員の声に耳を傾けて生まれた数々の施策は今、業界のことを知り尽くした転職希望者をも惹き付けているのだった。
(WRITING:多田慎介)
アキレス 美知子 氏
退職者ヒアリングそのものは、多くの企業ですでに人事が取り組んでいると思います。でも書類上では「一身上の理由」ばかりですよね。はるやまホールディングスさんはそこに踏み込んで、退職事由を見える化しています。「仕事でうまくいかないことがった」「もっとステップアップしたい」といった個人の退職理由を客観的に見て分析し、施策につなげている。そうした生の声から、残業しなければ手当が出る「ノー残業手当」や、勤務地を選べる制度などが生まれました。実際に離職率低下や売り上げアップにつながっている点も素晴らしいと思います。
※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります。
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竹内 愛二朗 さん
当社でもかつては、社員の退職理由について「一身上の都合」以上のことを理解できていませんでした。だからまずは「理由をちゃんと聞きたい」と考えたのがこの取り組みの出発点です。実際に聞いてみると、転職希望先が営業や事務など他職種だったり、転勤が嫌だという人がいたり、理由は様々でした。もともと地域社員として会社が決めた一定の地域内で働ける制度はありましたが、それが必ずしも本人の希望と合致しているわけではありませんでした。そこで、「選べる4つの都道府県」の勤務地制度を導入しました。 社員の声をスピーディーに経営判断へ反映するため、私と社長で2人、人事のことだけについて話し合うミーティングを毎週設けています。その上で全役員を集めて議論し、「これは問題だ」と認識したものは即断即決。翌日には私が規程を改定しています。 当社の信条は「お客さまの声をしっかり聞く」とともに「従業員の声もしっかり聞く」ことです。その実践として、社長も頻繁に店舗へ行って社員やパートさんとたくさん話をしています。こうした風土の中で、従業員のほうから気兼ねなく役員へも声をかけられる文化ができていると思います。