「自己肯定感」って高くないとダメなの?

高いほうが良し、とされがちな「自己肯定感」。しかし、たとえ自己肯定感が低く、自信がなくても、毎日の生活や仕事を卒なく進めることはできます。今回は、自己肯定感の持つ意味とその効用、働く毎日をできるだけ幸せに過ごすための工夫について、東邦大学医療センターの小山文彦先生に聞きました。

バルコニーから外を眺め微笑む女性
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自己肯定感とはどういうもの?

まずは、「自己肯定感」のもつ本来の意味から考えていきましょう。自己肯定感とは、「ありのままの自分をそのまま認める感覚」を指します。自分を否定せず、素直に受け入れる感覚、といえるでしょう。

しかし、他人と比べて優れているのか・劣っているのかという「自己評価」と混同されることも多く、ついつい世間では、自己肯定感についても「高いか・低いか」が話題になりがちです。

本来の自己肯定感は、自己評価と違い、相対的なものではありません。たった一人しかいない自分が「今、ここ」に存在している自分の状況を認める、という絶対的な感覚が「自己肯定感」です。

また、欧米と異なり、日本では、謙虚、控えめなことが美徳とされてきた文化的背景があります。そのため、私たちにとっての自己肯定感とは、必ずしも好意的でなくとも、「ありのままに」自分を認めることができれば、それで足りるでしょう。

自己肯定感が高い人・低い人の特徴とは

自己肯定感の高い人は「肯定的な自分軸を持っている人」です。

そのような人は、ありのままの自分、「今、ここ」に在る自分に自信を持っており、自分の意見やアイデアを積極的に打ち出すことができます。

同時に、どちらかというと楽観的な展望があり、目指す目的に迷いなく進んでいけるなど、仕事も順調に、集中的にこなしていく原動力を持っています。

一方、自己肯定感の低い人は「他人軸で物事を考えがちな人」だといえるでしょう。

例えば、自信がないゆえに、意見やアイデアを打ち出す前に、「これが他人からどう評価されるか」を考えてしまいがち、ということです。

仕事を進める中で、自己評価も低い傾向にあるため、不安が高じやすい人も少なくありません。この不安が、日々の仕事(実務と人間関係)のストレスに加わると、疲れやすくなってしまいます。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

自己肯定感が低いのはダメなこと?

自己肯定感の高い人、低い人の特徴を見ると、高い人のほうが仕事の評価も高く、安定したパフォーマンスを発揮できそうだとは思われます。

でも、自己肯定感が低い=仕事ができないダメな人、ということでは決してありません。

誰にでも得手不得手、向き不向きがあります。自己肯定感の高低よりも、それに気づくことのほうが、自分にとっても他人にとっても大事なことでしょう。

また、そもそも自分のことを認めていようがいまいが、「仕事だから」と淡々と業務に向かう人もいるでしょう。

人は、物事を評価する際の「ものさし」のような感覚を持っています。何に高い価値を見出すか(価値観)や、何に喜びを覚えるのか(趣向)は、その「ものさし」によって一人ひとり異なります。

例えば、幼少時期からきょうだいや友人などの他人といつも比べられるような環境にいた、あるいは勉強の成績や受験の合否のたびに成功と失敗という対照的な評価を受け続けた、としましょう。そのような状況に長くいれば、だんだんと他人の「ものさし」から見た評価のほうが、自分の中で優勢になっていきます。

こうした生育歴(過程)を経て自身の価値を計る「ものさし」が作られると、その尺度は人それぞれ。自己評価を高く見積もれる人と、そうでない人とに分かれてきます。

幼少時から褒められ続けた人は自己評価が高い傾向にありますが、それが必ずしも良いこととは限りません。自信過剰に見えて、周りから疎まれがちな(敬遠されがちな)人もいます。

一方で、何でもできる兄や姉の下で育ち、劣等感を持ち続けた場合は、自己評価が低くなりやすい、といえるかもしれません。

ひとたびそうなれば、自身への見積もり方は、そう簡単に変えられるものではありません。そこから自己肯定にまで結びつけてしまうと、“自己肯定感が低い”という状況になってしまうのです。
自己肯定感が低いとされる人が、仮に心理学を学び、「自分を褒め(ほめ)よう」などと意識しても、短期間に、それを高めることは難しいでしょう。

ですが、冒頭でも述べたように、自己肯定感と自己評価は別ものです。

自己肯定感は、ありのままの自分と向き合い、率直に認めること

「これが自分なんだ」「案外頑張ったじゃない」「まんざらじゃないかも」などの寛容さをもって自分を受け入れられれば、それが等身大の自己肯定感です。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

適度な自己肯定感を保つ方法

自己肯定感が低くても、誰しも自分の毎日を過ごしているのです。ただ、それが、より幸せな暮らし、楽に感じられ、充実した働き方につながることに越したことはありません。

では、自己肯定感を弱めず、保っていくためにはどんな方法があるのでしょうか。具体的に、5つの方法をご紹介します。

感じたことを書き出して、ありのままの自分と向き合う「ジャーナリング」

どんなにストレスを感じることがあっても、「等身大の自分を確かめられること」こそが、安心につながります。

おすすめしたいのが、1日の終わりに、仕事上の出来事や人間関係で自分が感じたことを、そのまま書き出してみることです。これを「ジャーナリング」といいます。

思いの丈を吐き出すことで不安や不満のカタルシス(浄化)効果が得られ、心の安定につながります。

ありのままに書き留めたことには、自分の癖や偏りが満載です。時間をおいて読み返すと、とても恥ずかしいものですが、その恥ずかしさが自身を客観的に見直す起点になります。

例えば、昨夜書いたことを翌朝に読んだ時、「なにもそこまで思い詰めなくてもいいのに」「悲劇の主人公になりきっているなぁ」などと感じ、自分が心の舵をとることが必要だな、と気づくことができます。

ジャーナリングは、こうして主観のままに書く作業から「ありのままの自分と向き合い(直面化)、自分を客観視する力」をもたらします。

客観視する力がついてくると、だんだん「他人軸」にたよらず「自分軸」の時間が増してくることになります。

また、自分が困った事態からなんとか抜け出せた経験や方法、自身が救われた経験や言葉を書き留めておくこと(リマインドペーパー)は、今後の自助への大きな味方になります。

自己評価の低さを嘆かず、コンプレックスを強みにする

「ストレスは人生のスパイス」と言う言葉があります。ストレス学説の創始者ハンス・セリエによるもので、何かの失敗を嘆くだけでなく、その失敗という事実をありのままに認め、同じ失敗を繰り返さない方法を考え、実践していくことで、次の成功を生み出すことを示唆しています。

また、人には何らかのコンプレックス(inferiority complex: 劣等感)があるものです。どんなことが苦手で、どんな状況を「アウェイ」に感じるかについては、自分自身が一番よくわかっています。

何かがうまくできないからこそ、苦手の克服に向けて努力し、チャレンジし続けることで、自分が思っていた以上に成長することも少なくありません。

また、苦手なことがあるからこそ、同じようにうまくできない人の気持ちを慮ることができ、相手にわかりやすく教えることもできるようになる。これはビジネス面での強みにもつながります。

自己評価の低さ、コンプレックスに苛(さいな)まれることがあっても、だからこそ得られる強みがあることを忘れないでほしいと思います。

協調が得策!自信満々じゃないほうが救われることもある

自己肯定感の低い人は、自信に満ち、ひとりで何でも成し遂げてしまう人のことを羨ましいと思うかもしれません。しかし、自信がないからこそ、周りから支えられるチャンスに恵まれることも多いです。

「判官(ほうがん)贔屓(びいき)」と言われるように、私たちには、劣性に立たされている人を応援する心性があります。弱みを感じさせる主人公が苦しみながらも頑張り、何かに打ち克とうとするストーリーは、多くの人の共感を呼びます。

その一方で、ストレス対処能力を指すSOC(sense of coherence:困難を乗り越える「首尾一貫の感覚」)においては、孤軍奮闘しないことが大事だとされています。

ひとりでは解決が難しい問題に直面したとき、自信がないながらも、勇気を出して素直な自分の考えを周囲に伝えてみる。すると、だんだんと応援してくれる人が現れます。さらに、その人たちと力をあわせて課題をクリアすることができれば、自己効力(※次項で解説)というパワーを得ることができます。

孤独なランナーでいることは苦しいけれど、チームの面々と互いに励ましあいながら一緒に走るトレーニングなら、長く走り続けやすく、自身を鍛えてきたという実感も得られやすいのです。

日頃から自信満々でいる必要はありません。謙虚で控えめ、と思われたほうが、むしろ周りの人との協調がうまく進むことだってあるでしょう。一緒に目標に向かう協調・協働から、ストレス対処力を高めていきましょう。

“自己効力感”を味方に、小さな成功を積み重ねよう

スポーツ観戦をしていると、「勢いのある選手」「流れに乗ったチーム」を見ることがあります。その流れや勢いを呼び込むものの一つに、先ほど触れた“自己効力感”があります。

日頃の努力、幸運、あるいは誰かの力のおかげで、なにかひとつ小さな成功を収めたとします。何であれ、それに対して感謝しつつ、「次もできる」という気持ちを保てること、自分の可能性を信じられることが“自己効力感”です。

自身の成功体験を積み重ねることにより、自己効力感は強くなります。

自己効力感を高めるために大切なのは、自分が取り組んでいることが「うまくいくか/失敗するか」といった、結果の予測(結果予期)に片寄らないことです。

「うまくいくかどうか」を気にしすぎるあまり、普段の実力を発揮できなくなる経験は誰にでもあるでしょう。結果のプレッシャーに負けることよりも、むしろ、目標に向かって取り組んでいる自分の努力や、周りの応援・支援を、感謝の気持ちとともに自分の中にしっかり携えることが大切です。

「まだ頑張れそうだ」という、パワーの予測(効力予期)を欠かさないことが、自己効力感を高めてくれます。

支え、支えられるバディ(仲間)を見つけよう

ストレスを感じながらも仕事に向き合い続けるには、不快なストレスを心身に充満させないこと。そのためには、話すことにより気持ちを吐露することのできる他者の存在が欠かせません。

誰かに愚痴をこぼす、悩みを聞いてもらうなどの行為には、ストレスで張りつめた頭の空気を抜くように、プレッシャー(抑圧)から解放される「カタルシス効果」があるからです。

また、誰かと話すことで「あるある」と共感を覚えることは、仲間との一体感をもたらし、孤軍奮闘のストレスから解放されます。これを「バディ(buddy)効果」といいます。

仕事の種類や職場環境などにより、なかなか仲間を見つけられない場合は、職場の外に、例えばSNS上などでスポーツや文化・芸術などのコミュニティ等、自分が安心できる居場所を見つけるのがいいでしょう。

「自分たたき」はしないこと

自己評価と自己肯定とは異なる、と繰り返し述べました。自己評価が低くても、ありのままの自分を卑下したりあきらめたりしてほしくないからです。

これまで述べてきたように、人が自分の能力を過信したり、逆に過小評価したりするのは、いつからか偏ってしまった自己評価の結果でしょう。

その多くは、「他人から見てどうだろう」「あの人と比べてどうだろう」など、比較による優劣の見極めが起こしているもの。つまり、他人軸から見た自分が自分だと信じ込んでいる現象です。

短所だと思う点や人知れず抱えてきたコンプレックスにより、自分を最も過小評価するのは、実は自分自身だった、ということもあります。

大事なのは、「自分たたき」はしないこと。「今、ここ」にいる、たった一人の等身大の自分を認めてあげなければいけないのは、他の誰でもなくあなた自身です。

周りの“優秀に見える同僚”や“皆に好かれている先輩”たちも、あなたと同じように、「相変わらずな自分だ」とか、「また締め切りに遅れそうだ」など、ため息をつきながら仕事をこなしているのかもしれません。

自分と素直に向き合ってみて、これからの毎日をたいせつにしていただきたいと思います。

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小山文彦先生小山 文彦(こやま・ふみひこ)
東邦大学医療センター産業精神保健・職場復帰支援センター長・教授。医学博士。1991年、徳島大学医学部卒業後、岡山大学病院、香川労災病院、東京労災病院などを経て、2016年より現職。専門はメンタルヘルス問題の予防と治療。著書に『精神科医の話の聴き方 10のセオリー』(創元社)ほか。音楽家の側面も持ち、2021年にはアルバム『リンゴの赤』を発表。
取材・文:田中瑠子
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