ヤフーが“無限リモートワーク”でもパフォーマンスが落ちなかった理由とは?

新型コロナウイルスの感染対策で大きく広がったリモートワーク。そんな中、2020年10月に、リモートワークの回数制限およびフレックスタイム勤務のコアタイムを廃止し、“無限リモートワーク”を実施したのが、ヤフーだ。なぜ、これほど大胆な施策に踏み切ったのか。そして、社員からはどのような反応があったのか。ヤフーのコーポレートPD本部 本部長 金谷俊樹氏に聞いた。

無限リモートワークイメージ Photo by Adobe Stock
Photo by Adobe Stock

ヤフー株式会社 ピープル・デベロップメント統括本部
コーポレートPD本部 本部長 金谷 俊樹氏

ヤフー株式会社金谷俊樹氏
2007年、ヤフー株式会社に入社。人事部門にて採用・育成を中心に人事企画・組織開発・グループ会社人事を担当。2019年4月からは主にHRBP部門および人事企画部門を管掌し、2019年10月より現職。人事労務や採用等業務を管掌。

92.6%の社員がパフォーマンスに影響なし・向上と回答

──2020年10月に“無限リモートワーク”に踏み切ったのは、どんな背景からだったのでしょうか?

ヤフーでは2013年から月2回まで、2016年からは月に5回まで、働く場所にとらわれず、どんな場所でも働ける制度として「どこでもオフィス」を導入していました。98%の社員が年1回以上利用したことがあり、すでに定着していたんですね。

2020年2月に、新型コロナウイルスの感染拡大により、月5回の利用制限を解除しました。緊急事態宣言が発令された4月には、在宅勤務の指示を出し、コアタイムを撤廃し全社リモート勤務に移行しました。

同時に、社員に向けて「体調はどうですか?」「生産性は落ちていませんか?」といったアンケートを実施していったのですが、92.6%の社員が「パフォーマンスには影響がなかった」もしくは「向上した」と回答しました。

リモートワークによって仕事の生産性が落ちたり、会社の売り上げや利益が落ちたりする影響もなかったことで、このまま続けてもいいのではないか、という議論が起こったんです。

最初の緊急事態宣言の解除後、「在宅勤務を強く推奨するが来ても構わない」という案内に切り替えたのですが、出社率は5%と伸びませんでした。役員からの理解を得られたこともあり、全面的に移行しても問題ないと判断しました。

──「リモートワークなのに、パフォーマンスが落ちなかった」というのは驚きでもあります。どんな社内の声がありましたか?

「仕事が遮断されることなく、集中できる環境ができた」ということが大きかったのだと思います。

例えば、会社では会議がそれなりにあるわけですが、会議室を取るのに難儀をしていたという実情がありました。人に予定を合わせるだけでなく、会議室が空いているか確認する。ようやく会議室が取れたと思ったら、自分のフロアからは遠くて移動に結構時間がかかる、ということも少なくなかった。意外に無駄な時間が多かったということです。

リモートワークになれば、会議室はいらないし、移動時間もいらない。仕事も遮断されないし、集中できる。これは、とてもわかりやすい利点だったと思います。

また、会議自体の生産性も実は上がりました。もともとリモートワークの前でも、他の拠点からリモートで参加してくる社員や「どこでもオフィス」をやっている社員がいるミーティングもあったのですが、リアルとオンラインではどうしても会話のテンポがずれてしまうことが課題になっていたんです。

全員がリモートになってわかったことは、会話のテンポのズレがなくなるということでした。全員リアルか、もしくは全員オンラインのほうが良かったということに気づいたんですね。これも、生産性が上がった理由の一つだったようです。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

オフィス手当4000円と通信費補助5000円を支給

──昨年10月発表の施策では、リモートワークの回数制限の解除、フレックスタイム勤務のコアタイムの廃止のほか、どこでもオフィス手当4000円と通信費補助3000円、最大月7000円の補助が出ることも明記されましたね。

通信費はその後、5000円に増額されまして最大月9000円の補助になっています。リモートワークになれば、通勤交通費の支給がなくなります。率直に申し上げまして、会社はこの経費が浮いたわけです。

一方、自宅で仕事をするとなれば、それなりに環境を整えてほしいと考えました。ビデオ会議が頻繁に行われるわけですから、安定した通信回線を引いてほしいし、いい仕事環境も作ってほしかった。

例えば、腰を痛めない椅子や机、周囲の音が気になるのであればノイズキャンセリング付きのヘッドフォン。さらには、Wi-Fiより有線LANのほうがよければアダプタが必要になりますし、それこそ水道代や電気代だって自宅にいればかかってくる。そういうものを少しでも補助しようと考えました。

──経営陣の理解があったという話がありましたが、経営陣はどう考えていたのでしょうか?

感染対策でリモートワークに振り切ったことで、いろいろなことが見えてきたというのは、あると思います。移動がなくなったことは大きな利点でしたし、そもそもどうして会社に来ていたのか、という議論にもなりました。

一方で、無限リモートワークと同時に外部から副業人材を募集する施策も発表しているのですが、副業も大きなキーワードだったと思います。

インターネットビジネスはどんどん変わっていきます。経営陣が必要だと考えていたのは、新しい気づきを得られる仕組みづくりでした。ヤフーは副業が認められていますが、リモートワークになれば、よりやりやすくなります。オンラインでの参加となれば、外部からの副業参加も得やすい。

こうした副業を推進したり、受け入れたりする取り組みは会社に刺激を与え、イノベーションをもたらし、成長の大きなドライバーになるのではないかという期待があった。これもまた、“無限リモートワーク”に踏み切った理由の一つでもありますね。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

社員を信じる。評価は過程ではなく結果でする

──“無限リモートワーク”導入に当たって、課題と考えていたことはどんなことでしたか?

一つは社員の体調や心の状況への影響はどうか、ということ。それから、仕事の生産性は落ちないか。また、チームビルディングはどうするのかの3点ですね。

在宅勤務では通勤がなくなり、ともすれば家から一歩も出なくなります。環境が大きく変わって、心がうまく切り替えられるか。変化に耐えられるか、というところは心配でした。今は、産業医によるメンタルヘルス研修や、相談窓口の拡充を行っています。

生産性については、リモートですから、仕事の過程は見られず、評価は結果を見る、ということを重視したのも要因のひとつかもしれませんが、生産性は落ちませんでした。

チームビルディングについては、やはりなかなか難しいものがあります。改めてマネジメント層には、マネジメントの核となる1on1ミーティングをしっかりやることを伝え、やり方を含めて再トレーニングをしました。

──リモートで「仕事をさぼっている」かもしれない、という懸念を持つ会社もあります

実際に社員が何をしているのかは、見えません。ただ、社員の勤務中の動きを四六時中監視する方法に向かっていく、ということは考えていません。緊急事態宣言中は、宣言が出ている地域は在宅勤務となりますが、ネットワークがつながっていれば、あとはどこで働いても構いませんし、繰り返しになりますが、リモートワークに移行したことで生産性が落ちるということもありませんでした。

週に一度、上長と30分の1on1ミーティング

──上長のマネジメントについては、何か工夫はありますか?

上司と部下は、週に一度、30分の1on1ミーティングを奨励しています。業務の進捗確認などで部下は上司と週一回はコミュニケーションが確保される。これは安心感につながっていると思います。

Tipsとして、こんな推奨もあります。毎朝、もしくは毎夕、定期的にチームで顔を合わせる時間を持つというものです。今日やる業務の確認や、チームへの相談もできる。顔を合わせられる仲間がいることで、チームビルディングにもつながっていくと考えています。

リモートワークですが、コアタイムがないことも特徴です。深夜勤務は推奨していませんが、いつ働いても構わない、というスタンスにしています。

昨年春の緊急事態宣言中、学校が休みになって、子どもがいるので働けない、という声が上がりました。しかし、こういう時間なら働ける、という時間もあったんですね。

そこでコアタイムをなくして、細切れの時間でもかまわない、とすることにしました。最もパフォーマンス高く働ける時間を自分で選べばいい。

早朝から子どもが起きてくるまで働き、朝ご飯を作る時間は家事をやり、学校に送り出してから再び仕事に向かう。子どもが帰ってくると夕食の準備も含めて仕事を離れ、また夕食後に仕事をする。こんなふうに細切れで構わないんです。

労働時間は、Web上でタイムスタンプを押す仕組みを取り入れています。これで、細切れでもトータルの働く時間が自分で管理できますし、残業時間もわかります。

ただし、いつ働いているのかが全くわからないのは困るので、11時までに勤務を開始しましょう、ということは推奨しています。できれば、その時間にみんなでミーティングを持つ。もし、11時に始められないなら、何時に始めるかを上長に連絡してもらう。これは、安否確認でもあります。

新入社員は、リアル時代との比較ができない

──リモートワークでは、社員間のつながりがなかなか作れない、という声も聞こえています。会社として何か取り組みを行われていますか?

オンラインの懇親会を推奨しています。実は本社の社員食堂はこれまで通りに稼働しています。しかし、もちろん以前のような光景は見られません。

そこで、昨年末からオンライン飲み会に対応したセットを作ってもらってクール宅急便で送る、という取り組みを進めたところ、かなり評判がよく、月に約3600食は使われているようです。

みんな違う場所にいても、同じものを食べて、懇親する。これだけで、やはり違うようですね。また、社員食堂の側からも喜ばれています。

──新入社員や中途入社の社員については、どうされていますか?

2020年4月入社の新卒社員は、こんなことになるとは思っていませんでしたので、リアルでやるつもりだった研修を大急ぎでオンライン版に変えました。ただ、今年4月の新入社員研修では、オンラインを使いながらも、オフラインでやるべきことはオフラインでやるという新しいプログラムを作っていました。

感染状況を見ながら、なかなか難しい舵取りを求められましたが、オフラインでできることとオンラインのほうがいいことと、うまく組み合わせることはとても大事だと考えています。

また、これはオリエンテーションを終えた中途入社の社員もそうなのですが、状況を見ながら配属初日だけは全員が出社してリアルで必ず顔を合わせて受け入れてください、というメッセージを出しています。そこで上長と話をし、同僚と顔を合わせ、PCを受け取る。最初の対面は、とても大事だと考えています。

いきなりリモートワークが中心になって新入社員は戸惑ったのではないか、という声をよく聞くのですが、実は彼らにとってはこれが標準なんですよね。これしか知らないわけです。もちろん、今まではかけなかった手もかけるように心掛けていますが、リアルのときとここが違う、といった比較は彼らにはできません。

継続的にアンケートを取ったり、フォロー期間を少し長くしたりしていますが、あまり心配はしていません。

ただ、配属部署以外の社内のネットワークはなかなか作りづらいのは事実ですから、今年は「友達獲得作戦」という取り組みをしています。新人2~3人がグループを作り、話したいテーマを掲げて、応じてくれた先輩と一緒にオンラインでランチをする。社員食堂から昼食としてカレーがクール宅急便で送られるという仕組みで、そのランチ代は、会社が補助します。

「初任給の使い途は?」「在宅勤務で揃えたほうがいいものは?」「アメコミ好きな人」「Javaに詳しい人」などのテーマが上がっていました。先輩社員は応募すれば無料でお昼ご飯が食べられ、かつ新人とコミュニケーションができる、という仕組みです。社内でネットワークを広げてもらえたら、と思っています。

貸与されたPCでのみ会社のVPNにアクセスできる

──“無制限テレワーク”は1万人規模になりますが、セキュリティ対策はどうされているのでしょうか?

「どこでもオフィス」で会社以外でも仕事をしてもいい、という取り組みをすでにしていましたので、改めて何か制定したものはありません。

もともとセキュリティを担保するために、会社のデスクトップPCでしか仕事ができないようにしていたわけです。それをいかにしてそれを外でも可能にするか。今は全社員にノートPCとiPhoneを貸与し、会社が貸与したPCでVPNにつなぐということ、会社の指定するセキュリティソフトが最新版であるということを条件にしていますし、その他にも、さまざまなセキュリティ対策を行っています。

リモートワークで困ることの一つに、いわゆるハンコがあるのですが、これもオンライン捺印システムを導入しました。自社だけではできませんので、取引のある企業の方にもご協力をいただいています。おかげさまで、先日100%の電子サイン化を達成しました。

──まだコロナの感染状況は一進一退ですが、今後はワクチン接種の拡大もあり、いずれ感染状況の縮小が実現するかもしれません。御社の働き方はまた変わっていくのでしょうか?

一つ間違いなく言えるのは、コロナ前と同じにはならない、ということでしょうね。出社が当たり前、最低でも週1回は出社が義務、なんてこともないと思います。では、完全オンラインのままか、といえば、これもまた違うかもしれません。

出社が当たり前だった時代、保育園の送り迎えを苦労しながら勤務していた社員が、その頃に戻りたいとは決して思わないでしょう。産休・育休明けに時短でなくても働ける、ということに気づいたという声すら聞こえてきています。リモートワークは、大きなメリットのある働き方だということです。

今後は、そもそもオフィスは何のためにあるのか、いろいろな議論が進んでいくことになると思います。もっといえば、会社は何のためにあるのか、何しに行くところなのか、といった再定義が必要になるでしょう。

新しい時代の新しい働き方をしっかり考えて、こちらから社員に提案していくことが必要だと考えています。

▶あなたの知らない自分を発見できる。無料自己分析ツール「グッドポイント診断」

取材・文:上阪徹 編集:馬場 美由紀
PC_goodpoint_banner2

Pagetop