70歳までの定年延長が努力義務として閣議決定され、会社員生活はますます長くなっています。その一方で、最初に就職した会社で定年まで働き続ける時代ではなくなっています。長い人生の中で訪れる転機をどうとらえ、自分らしく生きるために必要な考え方とは何か。人生100年時代における働き方の変化を研究し、変化の時代を自分らしく豊かに生きるための「変身資産アセスメント」を開発したライフシフト・ジャパン取締役CRO/ライフシフト研究所 所長の豊田義博氏に、『リクナビNEXT』編集長・藤井薫が聞きました。
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人生100年時代の働き方はマルチサイクル
藤井:人生100年時代になって、新しい社会構造や価値観が生まれるであろう大きなパラダイムシフトが起きています。かつての働き方や生き方のままでいいのかと不安や疑問を感じている人も少なくありません。ライフシフトを研究している豊田さんから見て、人生100年時代の働き方はどう変わっていくのでしょう。
豊田:「人生100年時代」と言う言葉は、2016年に出版されて世界的に大ベストセラーなった『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)―100年時代の人生戦略』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著、池村千秋訳/東洋経済新報社)から生まれました。
これまでの人生は0~20歳の教育期、20~60歳の仕事期、60~80歳の引退期の3ステージだったものが、平均寿命が100歳となることで、人生の多様化が始まります。
リンダ・グラットン氏は、今までは「教育」を受け、フルタイムで「勤労」し、「引退」生活を送る3ステージだったものが、マルチステージになっていくと記しています。日本においても、今は「勤労」のステージでも「副業」や「起業」をしたり、働きながら大学院に行く「学び直し」をしたり、それぞれが入れ子になって複層化しています。私はマルチステージと言うよりマルチサイクルになるととらえています。
◇人生100年時代で変化する勤労の多様化
出典:ライフシフト・ジャパン研修資料「ライフシフトの法則」を参考に編集部が作成
藤井:マルチになっている背景には何があるのでしょう。
豊田:1つは、テクノロジーの進化のスピードが速くなって、商品などのサイクルがどんどん短くなっていることがあると思います。1つの事業が緩やかに衰退していくときに、次の事業に乗り換える形が出てくる。事業のサイクルシフトは、その事業にかかわる人たちのキャリアの転機。
もう1つは、職業人生が長くなっていることです。自分の価値軸と勤めている会社が求めるものとの間にズレが生まれても、かつてはごまかしながら何とか勤め上げていましたが、職業人生が長くなって、個人の変化、自分の価値軸との変化と向き合うことを避けられなくなっていますよね。
藤井:かつては働いた成果を、部長になるとか、大きい車を買うとか、家を建てるとか、外に向かって一直線に求めていましたが、今は外ではなくて内に、一直線ではなくてマルチに、正解に向かうよりもいろいろ試しながら変化に適応することを大切にしていると感じます。
豊田:そうですね。適応には2つの捉え方があって、かつては会社の働き方や考え方に、多少無理やりにでも自分を合わせていくことを適応と言っていました。現代のように、変化のスピードが速い社会では、自分が本当に大切なものを尊重しながら自分なりの在り方を探すことが、適応なのだと思います。
藤井:自分を深く知るために豊田さんが考案されたのが、「変身資産アセスメント」なんですね。
豊田:「変身資産」とは、自分の中にある変化し成長し続けるための「見えない資産」です。本の中でも概念が提示されているのですが、私たちは専門家とディスカッションを重ね、1700人への調査とデータ分析を通じて、行動特性やマインドセットを紡ぎ出しました。
人生の変化を前に進める変身資産を「心のアクセル」、変化を止めるマイナスの変身資産を「心のブレーキ」 と名付けて体系化しています。それが「変身資産アセスメント」です。
◇変身資産:心のアクセル10・心のブレーキ10
出典:ライフシフト・ジャパン研修資料「ライフシフトの法則」より(⇒)
変化に適応し、人生の主人公として100年ライフを楽しむ
豊田:自分のマインドや行動を変えて、人生の主人公として100年ライフを楽しむことをライフシフトと位置付けているのですが、そこには4つの法則があると考えています。
第1法則は「5つのステージ」を通ることです(※図1参照)。仕事に意義が感じられずにこのままでいいのかと感じたり、子どもが生まれて心がときめいたり、「心が騒ぐ」ステージ。心の騒ぎに忠実に、何か新しいことを始めてみる、目的地は定めていないけれど小さな一歩を踏み出してみると、2つめの「旅に出る」行動になります。
大学院に行ったり、副業を始めたり、何か一歩を踏み出すことで、心の変化や今まで眠っていたありたい自分に改めて気づく。これが3つ目の「自分と出会う」。変化や新しい価値軸に気づくと改めて何かに取り組み始める、試行錯誤を重ねることが「学びつくす」ステージにつながります。そして変わるべきところは変えて、自分のコアである部分を大切にしながら、こうありたいと考える自分になっていく「主人公になるステージ」です。このサイクルを何度となく重ねていくことで、100年ライフを楽しんでいくのです。
図1:第1法則「5つのステージを通る」
出典:ライフシフト・ジャパン研修資料「ライフシフトの法則」(⇒)より
藤井:それをスパイラル的に重ねていくことが、まさに人生100年時代のマルチサイクルなんでしょうね。花にたとえてイラストが描かれていますが、風や雨や光を浴びて揺らいだときに旅に出て、また自分の中に隠れていた花に気づくみたいなことを、僕らは人生の中で何回もしているということですよね。しかし、会社とか既存の正解ばかりに過剰適応していると、心が騒いだり、旅に出たりするチャンスや自分に出会う機会をなくしてしまいそうです。
豊田:旧来は、会社の指示に従うことが是で、会社からの辞令や指示に心が騒ぐのはいけないことだと考える人もたくさんいたと思いますが、今の時代は、それをやっていると自分自身をどんどん毀損してしまうし、会社人生が終わった後にも人生はずっと続くのだから、疑問に感じたりときめいたり、何か心が騒いだ時に動いてみることは大切だと思いますね。
第2の法則が「旅の仲間と交わる」こと、第3の法則が「自分の価値軸に気づく」ことです。たとえるなら、旅の仲間は触媒であり、自分の価値軸は羅針盤に当たるものです。(※図2参照)
かつてはキャリアデザインというと、なりたいものをガシッと決めて、そこに向かっていくスタイルでした。今は明確なゴールを定めるのではなく、自分の価値軸に合わせながら試行錯誤して進んでいく。そうすることで、コアである部分を大切にしながら、新たななりたい自分になっていくと考えています。
図2:第2法則「旅の仲間と交わる」第3法則「自分の価値軸に気づく」
出典:ライフシフト・ジャパン研修資料「ライフシフトの法則」(⇒)より
変化し成長し続けるための「変身資産」を知る
藤井:その変化を加速する要因として、第4の法則「変身資産を活かす」があるわけですね。私も「変身資産アセスメント」を受けさせてもらったのですが、200問ぐらいのテストで自分の心のアクセルやブレーキを診断でき、10項目の強弱がレーダーチャートで出てきました。
豊田:心が騒ぐ状態をキャッチできる違和感センサーとか、自分流の学び方、小さな一歩を踏み出せることも心のアクセルですよね。ブレーキは、例えばもうこの年だから新しいことなんかできないと自分自身でブレーキを踏んでしまう年齢バイアスとか、今持っているものを手放したくないから新しいプランに挑めない、ノットリリースなどですね。
車の場合もブレーキがないと大変なことになってしまうように、アクセルとブレーキの両方を誰もがもっていて、自分なりのバランスがあるのだろうと思います。
◇変身資産アセスメントレポート見本
出典:ライフシフト・ジャパン研修資料「ライフシフトの法則」より(⇒)
藤井:さらに自分のアクセルとかブレーキの組み合わせには配列のようなパターンがあって、13兆ものパターンがあるそうですね。その中のたった1つが、自分の心の中の配列だと思うと、本当に自分だけの心の在り方なんだと、改めて感じました。
最初は200問って大変だなと思ったのですが、質問に答えながら20年前の異動のことを思い出したり、前日の息子とのケンカのことを思い出したり、この1年間のテレワークで自分は何を進化したんだろうなって思い返して、自分自身を理解する機会になりました。
豊田:回答プロセスの中でも、自身との向き合いの機会になればいいなと思って、リフレクションすることを意図して設計しています。アセスメントの結果は必ずしも「あなたの強みはこれです」と明示したり、指南したりするものではないですが、回答プロセスも含めて自分なりのアクセル・ブレーキをみつけていただき、小さな一歩を踏み出すことにつながればいいなと思いますね。
◇変身資産アセスメントでわかる「心のアクセルとブレーキの配列」
出典:ライフシフト・ジャパン研修資料「ライフシフトの法則」より(⇒)
新しい出会いや他者との対話の中で、価値軸に気づく
藤井:変身資産アセスメントのワークショップも実施していて、幅広い年代の方が参加しているそうですね。
豊田:他の年代と比べると、実は20代の方が、変身資産のブレーキのスコアが高めの傾向があります。若いときのほうが、他者比較にとらわれてしまうのかもしれません。でも、設問に答えている中で、以前よりも遠慮をやめてブレーキを少し外すように変わった自分に気づいたという方もいましたし、時間の流れをイメージできたという方もいました。
変化の時代に一番大切なのは、自分を知ること。それがライフデザインのコアになるのだと思います。心が騒いでも何もせずに同じ生活をしていては、自分にとって大切なものは見えてきにくい。一歩を踏み出して新しい仲間と出会い、他者との対話や変化の中で、自分の価値軸に気づくのだと思います。
藤井:朝顔は朝に咲き、ひまわりは太陽に向かって咲く。花は自分がどういうときに、どう咲くかを知っていますが、人は自分がヒマワリなのか、カスミソウなのかアジサイなのかも知らないですよね。でも花と違って、人は歩けますし、旅ができる。変化や人との出会いの中で、自分自身に気づいていくことが人間にとって大事な要素かもしれませんね。
豊田:その過程の中で、変幻自在に何かに変わっていけるかもしれないのが、人間の強みです。
藤井:自分自身を知れば、人はまさに変幻自在になれるチャンスがあるということですね。貴重なお話、ありがとうございました。
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研修資料協力:ライフシフト・ジャパン株式会社
<プロフィール>
ライフシフト・ジャパン株式会社 取締役CRO
ライフシフト研究所 所長 豊田義博氏
東京大学理学部卒業後、リクルート入社。就職ジャーナル、リクルートブック編集長などを歴任、リクルートワークス研究所にて就職や働き方についての研究調査に携わる。現在は特任研究員としてリクルートワークス研究所の特任研究員として、20代の就業実態・キャリア観・仕事観などの研究に携わるほか、一般社団法人産学協働人材育成コンソーシアム理事、高知大学、金沢工業大学大学院の客員教授も務める。著書に『就活エリートの迷走』『若手社員が育たない。』(ちくま新書)、『「上司」不要論。』(東洋経済新報社)ほか多数。
株式会社リクルート
『リクナビNEXT』編集長 藤井 薫
1988年にリクルート入社後、人材事業の企画とメディアプロデュースに従事し、TECH B-ing編集長、Tech総研編集長、アントレ編集長などを歴任する。2007年からリクルート経営コンピタンス研究所に携わり、14年からリクルートワークス研究所Works兼務。2016年4月、リクナビNEXT編集長就任。リクルート経営コンピタンス研究所兼務。著書に『働く喜び 未来のかたち』(言視舎)。