「大企業の社員」と「起業家」を両立させた富木毅さんが、幕張でクラフトビール醸造に挑む理由

複数の仕事を持つことが普通になりつつある現代。しかし、「大企業の社員」と「起業家」を両立させるのは簡単ではありません。
今回お話を伺った富木さんは、NECソリューションイノベータで全社戦略策定や新規事業立ち上げなどに携わりながら、自ら幕張に飲食もできるクラフトビール醸造所をオープンしました。2回に渡る記事の前編は、富木さんが二者択一ではなく、“両取り”の働き方に挑むまでの道のりを追います。

富木毅(とみきたけし)さん

1999年明治大学農学部農芸化学科を卒業後、2004年総合研究大学院大学で博士後期課程修了(遺伝学専攻)し、NECソフト(現NECソリューションイノベータ)に入社。以来、バイオ領域の研究開発や新規事業開発を行う。2017年9月に千葉の海浜幕張にビアパブ「幕張ブルワリー」をオープンし、2018年6月よりクラフトビールの醸造も開始した。

「自分を知りたい」から、遺伝子の研究者になった

──富木さんは大学院では遺伝学を専攻され、その後NECソリューションイノベータに入社されてからもバイオ領域の研究開発を行われています。なぜこうした領域に進まれたのでしょうか。

私はなぜか「自分のことを知りたい」という思いを子どもの頃から抱えており、心理学にも興味を持っていました。その流れから、大学院では遺伝子や脳について研究を行うことで、自身を知ろうとしました。その後、NECソリューションイノベータでバイオ領域の研究者を募集していたことから、応募し、採用されたという経緯があります。

就職してしばらくはバイオ領域の研究を続けていましたが、やがて自分の研究内容を事業にどう結びつけるかも知りたくなり、徐々に新規事業開発の仕事にシフトしていきました。

NECソリューションイノベータは、「これをやりたい」と希望を出せば挑戦させてもらえる風土のある会社です。ここ数年は、会社全体の技術戦略の策定やITを活用した新規事業の立ち上げなど、バイオ領域と必ずしも関係しない業務にも関わっています。

起業に至る最初のきっかけは、市民活動への参加から

──富木さんは現在、NECソリューションイノベータに勤めながら、千葉市の海浜幕張で「幕張ブルワリー」を立ち上げ、ビアパブ事業を経営されています。きっかけは何だったのでしょうか。

最初のきっかけは、千葉市が実施している市民シンクタンク事業「千葉市まちづくり未来研究所」でした。市民が自主運営によるグループワーク等を通じて政策提言を取りまとめ、市に提言をするという市民活動です。私は、「自転車によるまちづくり」というテーマのもと、この活動に参加していました。

もともと私は幕張の近くの出身なのですが、活動の中で、自転車で走ってみると知らない発見がいろいろあったんですよね。幕張は、幕張メッセで大規模イベントが行われたり、大きなショッピングモールがあったりするなど、新しく作られた都会的なイメージのある街ですが、それだけではありません。長い歴史を持つ神社や、豊かな自然、地元産の野菜や果物など、自転車で走りながら多様な良さがあることを知りました。

わざわざ遠くの観光地まで行かずとも、すぐ近くに豊かなものが溢れている。そのことに気付いた私は、市民活動を通じて増えた地域の知り合いと共に、幕張で身近にある豊かなものを日常的に楽しむようになってきました。そうした経緯で、身近な豊かなものを、身近な人たちと共有する場として「コミュニティカフェをつくりたい」という気持ちが芽生えました。

コミュニティカフェ構想の“挫折”を経て、クラフトビールで再起

──コミュニティカフェとは、どういったものなのでしょう?

地域の住人が集まってコミュニケーションを取れるカフェです。地域の身近な人同士で集まり、身近にある地域資源を楽しみ、集まる人同士でいろいろなコラボレーションが生まれるような場所をイメージしていました。そんな場所を作りたいという思いからビジネススクールにも通いましたね。

コミュニティカフェというアイデアが浮かんで、海外の事例を調べていたら、アメリカのオレゴン州にあるポートランドという街が目に入りました。ポートランドは、全米住みやすい都市№1にも選ばれているのですが、地産地消の料理など、身近なものを大切にして豊かな生活をする文化が根付いているとのことで、これが私の目指す世界観にピッタリ合う感じがしました。

実際にポートランドに初めて行ってみたところ、地元の人は優しくて、それぞれが豊かな暮らしを楽しんでいる様子も見えました。これまで仕事を通じてアメリカの様々な街に行く機会がありましたが、ポートランドの空気感は、他のアメリカの街とはまったく違ったんです。

ただ……。結果的にコミュニティカフェの構想はうまくいかなかった。立ち上げる過程で、大切にしていたはずのコミュニティを崩してしまったんです。この失敗から半年くらいは、立ち直れず何もできませんでしたね。

──なるほど。その後、現在のようにブルワリーを作るアイデアが浮かんだのでしょうか。

そうですね。私はもともとビール愛好家というわけではなかったのですが、NECソリューションイノベータの仕事で、アメリカの様々な街に出張で行きました。そして、各地で出されるクラフトビールの味に感動したことがきっかけになりました。

アメリカで出会ったクラフトビールは、ビールの種類が非常に多くあり、使われる原材料も様々で、ものすごく多様で味わい深いものでした。だから気分に合わせて飲むビールを選べますし、それが楽しい。私が特に好きなのはIPAというホップのきいたスタイルのビールなのですが、IPAを飲むと、ホップの苦みと華やかな香りによって、自分自身の感情がとても動かされます。

そんなふうに一気にクラフトビールを好きになったので、「もっと飲んでみたい」という気持ちが募り、自分でも作りたくなって。調べたら茨城県にビールを作らせてもらえる醸造所があったので、そこでビール造りを体験しました。

そのとき、せっかくなので地元の食材を使ったクラフトビールを作ろうと考えたんです。幕張周辺はにんじん畑が多くイチゴ農園もあるので、そうした食材を使って何か作れないかな、と。

そこで、にんじんやイチゴを副原料に使ったクラフトビールを「幕張ビール」と名付け、地元のお祭りに模擬店として出してみたところ、これがものすごく売れまして。新聞記事にもなりました。

会社員と起業家、二者択一ではなく、“いいとこ取り”をする

──なるほど。そこから事業化に進んでいかれたんですね。NECソリューションイノベータの仕事との両立についてはどう考えられていたのでしょうか。

やはり、本格的にブルワリーを始めるのであれば、会社を辞めなくてはいけないという気持ちがあったのは確かです。そんなときに、以前通っていたビジネススクールで教わった並木将央先生に相談したところ、「なんで両方取るという選択肢がないんですか」と言われたんですよね。

そのときは、「そんな選択肢があるのか」と驚きましたが、職場に相談したところ、驚くことに許可を得ることができました。当時はNECソリューションイノベータには兼業制度がなかったので無報酬で地域貢献目的という条件のもと事業をスタートし、今は新たにできた兼業制度のもとで許可を得て事業を続けています。

平日の日中はNECソリューションイノベータの仕事をして、平日の夜と休日は幕張で仕事をするという生活ですが、自分のやりたいことをやっているせいか、不思議と大変という感じはしませんね。

──2017年9月に「幕張ブルワリー」をオープンされていますが、場所や設備を準備するのも大変だったのではないでしょうか。

私はアメリカで飲んだクラフトビールの味を味わいたいと思ったため、アメリカから醸造設備を輸入し、アメリカから醸造技術者を呼んでビール造りを教えてもらうことにしました。しかし、そのためにかかる費用は、とても私だけで賄える金額ではありません。

そこで、幕張の地域の活性化のために投資をしている企業から出資を受けられないだろうか、と考えました。すると、海浜幕張の新たな大規模住宅地「幕張ベイパーク」を開発している三井不動産レジデンシャルさんから「ここでビール造りをしませんか」とオファーをいただくことができたんです。そのおかげで、店舗の場所や醸造設備を整える目処が立ちました。

──それはすごい偶然ですね。

奇跡的だと思います。しかも、幕張ベイパークはポートランドの街づくりを参考に開発が行われています。お話したように、私も以前コミュニティカフェを構想していたときにポートランドを頭に浮かべていたので、まさにコンセプトが合致したんですよね。

こうして店をオープンする場所は決まったので、次は醸造技術を高めなくてはいけません。ここはクラウドファンディングで出資を募り、アメリカのビール醸造技術者に3週間ほど日本に来ていただき、みっちり教わることができました。

おかげで、アメリカらしい味を出せるようになったと思います。自社製のクラフトビールをお客さんに出すと、大手ビールメーカーさんのラガービールとはまた違うおいしさを楽しんでいただけているようです。「ビールが苦手だけど、これは大丈夫」という声もありました。

もちろん、今後も品質を高め、安定した商品を作り続けていくためには、まだまだ勉強しなくてはなりませんが、ビール造りはひとまず形にできたと思います。

――後編に続く

文・小林 義崇 写真・刑部友康

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